コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


惚れ薬パニック

【オープニング】

「わ、私は、大変なものを作ってしまったのです!」
 薬剤師だと名乗ったその女は、草間事務所に入るなり、いきなり、唾を飛ばしてそう叫んだ。
 草間は、その知人友人ほど、奇態な能力は持っていない。ヤクザ三十人と喧嘩して、命からがら逃げ帰る程度の戦闘力は有しているが、多少人に自慢できる力といえば、その程度のものだった。
 したがって、女の意図するところが、全然、さっぱり、わからないのである。
「まぁ、お茶でもどうぞ」
 と、熱い湯飲みを差し出して、とりあえず、依頼人を落ち着かせるところから始まった。
「何を作ってしまったんです?」
 薬剤師、と主張したからには、やはり毒薬か。
 しかし、だとすると、草間には畑違いもいいところである。胸を張って威張れることではないが、草間は、薬の種類なんぞまったく知らない。子供のころから、健康だけが取り柄だったし、胃薬を風邪薬だと信じて飲めば、それで自然治癒してしまうほど、単純明快な体の作りをしていたわけである。
「こ、こ、これなんですけど……」
 女が取り出したガラス瓶の中には、毒々しい紫色の液体が揺れている。どう頑張っても、体に良さそうなものには見えない。
「あ、出さなくていいです。仕舞ってください。危ないですから」
「は、はい」
「で。これを、どうしろと?」
「処分して欲しいんです!」
「それは、貴女のほうが、よほど専門家なのでは?」
「駄目なんです! もう、私の手には負えないんです!」
 興奮して、女が、だん!と、両拳でテーブルをたたく。灰皿が浮き上がるほどの勢いだった。ついでに、例の怪しの薬入りのガラス瓶も、浮き上がった。
 え?と、全員が凍りついたように見守る中、ガラス瓶は、お約束のように、床に落ちた。がしゃんと割れて、紫の液体から、しゅーしゅーと煙が吹き上がる。
「な、なんだぁぁ!?」
「駄目です! 煙吸っちゃ駄目です! それ、惚れ薬なんですぅっっ!!」

 惚れ薬。
 古今東西、その名称を耳にしたことがない者は、いないだろう。
 実在するはずもないのに、あまりにも有名な薬である。聞くまでもなく、その効能は、全員が知っていた。

「ちょっと待て! 本気か!? 本当か!?」
「全員、目隠しぃぃ! 絶対に目を開けちゃ駄目です! 最初に見たものに、惚れ抜きます! 例え、それが、猿のぬいぐるみでもリカちゃん人形でもポスターの中で微笑んでいるマッチョなブ男でも! 目を開けたが最後、まともな恋愛は出来ないと思ってください!」
 薬剤師は、そう言って、自分は逃げた。自分だけは、煙を吸わなかったらしい。去り際に、中和剤はありませんと、世にも無情なことを言っていた。
 誰もが思った。

 なんて迷惑で勝手な奴だ!

「だ、だ、誰か! 中和剤作ってくれぇぇぇ!!」

 薬の効能が切れるのが、先か。
 気を利かせて、誰かが中和剤を作ってくれるのが、先か。
 それとも……地獄を見る羽目になるのか。





【ヤバイモノ】

 目隠しぃぃ!の絶叫に反応して、全員が、目を閉じる。さらにその上から、自分の手で視界に蓋をした。
 本気で、リカちゃん人形だの猿のぬいぐるみだの果てはマッチョなブ男だのに惚れ込んでしまっては、目も当てられない。全員が思った。これほど性格も種族も年齢も違う面々の心が、一つになった。
 絶対に目を開けない!! 死んでも御免だ!!
 惚れ薬とやらがどの程度持続するかはわからないが、薬であるからには、いずれは効果も切れるはず。
 それまでは、耐えて耐えて耐え忍んでみせる!
 万一にも「ヤバイモノ」を見てしまったら……なまじ他のメンバーも揃っているだけに、末代までの恥をかかされるのは、間違いない。





【そして悲喜劇の始まり〜村上涼と水城司の場合】

「てて、点呼! とにかく点呼! 一番おっさん! 数えるまでもなく居るわね! 二番私! 村上涼(むらかみりょう)! 三番は誰っ!?」

 がっちりと目を瞑ったまま、村上涼が提案する。とりあえずは良い意見だ。
 そう。ここにいる面々が、誰なのかを知るのは、最重要項目。
 もしかすると、墓場までも持って行きかねない、恐るべき秘密を共有することになるのだ。頼むから変な奴はいないでくれと、祈るような気持ちでいた涼の耳に、次々と、居合わせた不運な調査員たちの声が答えた。
 
「三番。シュライン・エマ」

 まぁ、彼女がこの場に居るのは、順当だろう。しかも、シュラインの場合、万一の時には草間を見ればいいだけの話なので、あまり困った様子も無い。
 割れたガラス瓶、片付けないと危ないのよねー、と、かなり余裕を伺わせる発言まで出る始末。怪しの薬の中和剤を調合できそうな心当たりを、一つ、二つ、三つと、心に浮かべる彼女の姿は……見えてはいないが、頼もしい限りだ。
 完全石化してしまっている草間より、よほど現実的である。
 
「じゃあ、私が、四番ですね。七瀬雪(ななせゆき)といいます。皆さん、よろしくお願いしますね」

 こちらも余裕を滲ませて、自己紹介する七瀬雪。目を瞑りながら、シュラインと、大変なことになりましたねーと、全然大変そうではない口調で、囁き交わす。
「見てしまっても、問題ない人とか、いる?」
 シュラインが、彼女の余裕を彼氏アリと判断したらしく、問いかけた。
「え? えーと。その……ここには居ませんが。一応は……見てもいいかなぁ、という方は」
「あ……ここにはいないの。それは残念。でも、その人のためにも、マッチョなブ男なんて、見れないわね。絶対」
「そ、それはさすがに避けたいですわ」
 そうなったらなったで、心配はしてくれそうですけど、と、物騒なことを考える。
 彼はあまり感情を表に出さない人だから、たまには驚かすのも、面白いかもしれない。……あくまでも、マッチョなブ男は除外して、だが。

「はい! はーい! 僕が五番!」

 元気よく挙手したのは、藤井蘭(ふじいらん)。生まれてからわずか一年の、オリヅルランの精霊だ。外見は十歳くらいの少年で、さらさらの緑の髪に、硬玉のような銀の瞳が印象深い。
 植物の化身なだけあって、癒しの力には定評がある。実は、少年自体、まったく意識していないことだったが、この場でも既にその能力は発動していた。
 怪しい薬の煙をたっぷり吸ってしまったにも拘らず、何故か皆が比較的冷静なのは、彼がたまたま居合わせたからに他ならない。でなければ、興信所内は、とっくの昔に喜劇の地獄と化してしまっていただろう。
「万一の時には、あの子を見るって手もあるわね」
 シュラインと村上涼が、冷静に分析する。
 オリヅルランの精霊なら、下手なものを見るよりは、よほど安心だ。かなり可愛い男の子だったし、姉弟の感覚で、ほのぼのと窮地を脱することが出来るに違いない。

「……じゃあ、俺が六番という事で。御影涼(みかげりょう)だ。何だってこんなことに……」

 とほほ、と、語尾が萎んでゆく。煙を吸ってしまったのは、一生の不覚だった。慌てて目を閉じたものの、これでは何も見えないし、普通に歩くことさえもままならない。元凶の薬剤師は、逃げてしまっているし……。
 せっかくの運動神経も、豊富な知識も、様々な特殊能力も、悲しいほどに役に立たないのだ。だいたい、惚れ薬の煙を吸わされるなんて、前代未聞、空前絶後の、およそあり得ない一大事である。いくら頭が良くても、これは予測できるはずがない!
 いや。そもそも、本当に惚れ薬なのか? 何かの間違いではないのか? 目を開けてみれば、全てがハッキリするのだが……それを我が身で試すのは、さすがに恐ろしすぎる。
「何も見ない……。絶対に見ないぞ! 俺は自力でこの窮地を脱してみせる!」
 と、変に決意を固めている人間ほど、悲惨な目に遭いやすいのだ。既に、不幸へのカウントダウン開始十秒前状態の、御影涼だった。

「俺が最後かな? 七番、水城司(みなしろつかさ)」

 と、水城が挨拶をした途端、遠いような近い場所で、悲鳴が上がった。
「な、なんでここにいるのよ!?」
 悲痛な悲鳴の主は、村上涼。彼女と水城司とは、例えて言うなら水と油。蛇とカエルという極めつけの宿敵同士なのである。
 さらに突っ込むとすれば、悲しいかな、カエルの役回りは、いつも涼の方だった。認めたくない、大いに認めたくはないが、ハッキリ言って、言い争いは、涼よりも水城の方が数十倍も達者なのだ。
 これは涼が弱いのではなく、水城の毒舌が冴えすぎるだけなのだが、そんな彼に気に入られてしまった時点で、彼女としてはまことに不運としか言いようがなかった。
「こんの陰険極道兄っ!! なにさり気なく混じってんのよコラ!! 惚れ薬なんぞに関わらなくても、キミなら両手両足に大漁豊作でしょ!? タラシは素直にとっととここから出て二股でも三股でも四股でもかけてなさいよ!! その脅威の蛸足配線に、私を巻き込むんじゃないっ!!!」
 決死の形相でまくしたてる涼だが、これがかえって、司の苛めっ子の部分を刺激する。人間、逃げる奴は追いかけて、ついでにとっ捕まえてやりたくなるものだ。
 まだまだそれがわからないなんて、青いなー、と水城は思わず苦笑する。本当にオマエは二十三歳の若者なのかという草間の突っ込みは完全無視して、極道兄貴は、この楽しすぎる状況を大いに利用することにした。
 現状において、既に錯乱気味の村上涼に、初めから、勝ち目などない。全然ない。
「相変わらずというか、何と言うか……。誰が四股で蛸足配線だって? この場には、初対面の人物も居るのだから、あまり妙な誤認識は吹き込まないでもらいたいね。品行方正、文武両道、清廉潔白を地で行っているようなこの俺に、恐ろしげもなくそんなことを言ってくれるのは、世の中広しと言えども、村上嬢くらいのものだよ」
「あーら! そうよね! そうなのよね! 私だけしか言えないわけよ!! 世の中のか弱い女性たちのため、村上涼、心を鬼にして言い続けるわっ! エマさん! 七瀬さん! この水城司はとーんでもない超タラシなの! ついでに陰険で極悪で極めつけの苛めっ子なわけなのよ! 注意してね!? 注意しないと、精神と肉体に著しいダメージを負う事にもなりかねないわっ!!」
 勢い込んで、七瀬雪の手をはっしと握る。いや、握ったつもりだった。
 が、掴んだ感触は、なぜか、随分とごつごつしている。ついでに、女性のものとは思えないほどに、大きい。
 実は、彼女が勘違いして握っているのは、宿敵・水城司の左手だったりするわけだが……これは本人のためを思うなら、隠してやるのが人の道というものだろう。
 が、司は、逆にこの状況を利用した。
 だから極悪とか言われてしまうのだ。
 何か変、と、涼が思った瞬間、頭の上から声が降ってきた。
「おい、あれは何だ?」
 え?
 と、思わず上を見る。

 見てしまった。
 
 そこにあったのは、水城司の、毒舌さえなければ十分すぎるほどに整った、顔。
 しまったぁぁぁ!!!と、涼は心の中で絶叫する。ってゆーか、こんな古典的な方法に引っかかるとは、一生の不覚!! 末代までの醜聞!!!

「ふぎゃーっ!! 寄るな触るな近づくなーっ!! 違う違う絶対に違うっ!!」
「即効性じゃないんだな。惚れ薬って。すぐに抱きついてくるのかと思ったんだが」
 とりあえず、涼が逃げないように、がっちりと腕の中に閉じ込める。普段なら間違いなく鋲入り金属バットが異世界より召喚される頃合だが、やはり薬の影響か、その気配もない。
 意外なほどおとなしく、ちゃんとその場に収まっている。ふと見ると顔は真っ赤で、なぜか目も潤んでいる。急に忍びなくなって、司は恐る恐る手を離した。いつも元気に喚いていてくれる状態でなければ、調子が狂って仕方ない。
「お、おい……。泣くほど嫌だったのかよ」
「うー……。うぅ……」
 何だかよくわからない返事が返ってくる。ぼそぼそと、嫌じゃないけど、と、涼が呟いた。
 その一言に、司自身、驚くほどの安堵感が襲ってくる。多かれ少なかれ、彼も薬の影響をやはり受けているのだろう。
「たまには、真面目に俺の話聞けよ。タラシとか何とか、いつも話半分だろ」
「だ、だ、だって、本当にタラシでしょうがっ!!」
「どこからそういう話になったんだ? 全く身に覚えが無いんだが」
「自分胸に聞いてみなさいよっ! 何かって言うとすぐに私に突っかかってくるし!!」
「いや。それは、気になるから」
「……………っっっ!!!」
 ぽん、と音が飛び出すくらいに、涼の顔が赤くなる。
 目が完全に泳ぎ出したので、司は、ぐいと涼の顔を両手で挟んで自分の方を向かせると、いいから聞けよ、と、嫌に真剣な面持ちで前置きを入れた。

「くだらん就職活動、やめてしまえよ。俺のところに永久就職すればいいだけの話だろ?」





【そして悲喜劇の始まり〜シュライン・エマと御影涼の場合】

「つ、ついに犠牲者が出たか」

 一連の話を盗み聞きしながら、草間が胸の辺りを押さえる。
 御影涼が、こちらは石のように表情を固めて、頷いた。
「ほ、本当に、惚れ薬だ……」
 目を瞑っているので、先の犠牲者二名の様子は、見えない。だが、声は聞こえるし、こういうことは、雰囲気で何となくわかるものだ。あの二人、宿敵同士にも拘らず、完全に二人の世界を構築してしまっている。
 しかも、こんなにギャラリーが居るにも拘らず!!
 しかもしかも、御影にとっては、奇しくも名前が同じ「涼」。水城司の口から、涼、という言葉が飛び出すたびに、ざわざわと悪寒が背中を這い上がる。
 まるで、自分が口説かれているような気分になるのだ。これは誰のせいでもないのだが、やはり精神衛生上、非常に良くない。恐ろしい。
「涼……」
 また、聞こえた。
 もう耐えられない!!と、ざっと御影は立ち上がる。隣で、草間の声がした。
「シュライン。電話だ! 誰でもいい。中和剤を作れそうな薬剤師に、即行電話!!」
 シュラインが、わかったわ、と、そろそろと移動する。見えないから、足取りもおぼつかなくなる。あ、と思った瞬間には、何かに引っかかって転んでいた。
「痛っ!」
 思わず上がった悲鳴に、御影涼が反応した。大丈夫ですかと、振り返る。

 なまじ優しい性格が、仇になった。悲鳴が聞こえてきたら、やはり心配になって声をかけてしまうのが、御影涼その人の性分なのだ。
 頭は抜群に良い彼だが、その明晰な頭脳は、狡猾な損得勘定には決して向かわない。純粋に、人を労わることの出来る青年だった。

 それ故に……目を開けてしまった。

 視界に真っ先に入ってきたのは、ソファとその傍らにうずくまる、シュライン。コンマ数秒の差で、ソファの方が主導権を握った。
 御影涼。ソファに一目惚れ。
「こ……」
「こ?」
「このスッキリとした直線に、座り心地のいいとは決して言えない、まるで座る人を拒絶するかのような硬さかげんのクッション性。赤なんだか紫なんだかエンジなんだか微妙なラインを行ったり来たりして、そこはかとなくハゲかかっている色と生地……。完璧だ! 俺の伴侶になってください!!」
 がばっ!とソファに抱きつく。どうやら、薬の量が、多少人より多かったらしい。通常の御影からは、恐ろしくかけ離れすぎた行動だ。
 そして、草間家のボロソファに向かって熱く愛を語る御影の傍らで、シュラインが、いやに悲しそうな顔でじっと彼を見つめている。
 そう。シュラインも、目を開けていた。すっ転んだ瞬間に、大丈夫ですかと声のした方を、ついつい振り返ってしまったのだ。
 彼女が見たのは、ソファではなく、御影涼その人。御影が正常状態なら、これはこれで、なかなか様になる美男美女のカップルだったのだが……。
 御影は、既にソファに夢中。一生懸命、全然答えてくれない冷たいソファを口説いている。それを、寂寥感一杯に眺めるシュライン。

 あえて言おう。
 かなり「変」な光景だ。
 
「御影……。大恩ある雇い主の女を掠め取るとは、いい度胸だな……」

 と、そこへもってきて、草間が、更に話をややこやしくする。普段より二オクターブも低い声で囁く彼の手には、なぜか、抜き身の刀が。
 シュラインが声を上げたとき、当然、草間もそちらを振り返っていた。普段は容赦なくシュラインを扱き使っているこの所長だが、なんだかんだ言って、やはり彼女が大切なのだ。
 そこまでなら、ただの美談で済む話なのだが、本日は、惚れ薬が絡んでくるから、全くもって、始末に負えない。
 気が付けば、ソファを溺愛する御影にシュラインが恋心を募らせ、そのシュラインに惚れ込んだ草間が恋敵の御影を追いかけ回すという、世にも恐ろしい構図が出来上がっていた。

「そこへ直れ! 素っ首叩き斬ってくれる!!」
 と、草間が叫べば、
「何をするんだっ! 俺とソファの仲を裂くなら、草間さんだって許さないぞ!?」
 御影が、猛然と、微妙にずれた抗議をする。
「喧嘩はやめて! 私のために争わないでっ!!」
 言葉とは裏腹に、かなり楽しそうなシュラインに、
「一人の女性を巡って、争う二人の男性。うーん。ロマンですわ〜」
 もはや完全観客と化してしまっている、どこまでも呑気な七瀬雪。
 
「こんの、ちょこまかと!! おとなしく殺されろ!!」
 一応、ハードボイルドを目指している、探偵・草間武彦。本気で戦闘モードに入ったら、悪夢のように強い。避けているのが御影でなければ、とっくの昔にナマス切りにされているところだ。
 それにしても、この刀、一体どこから出してきたのか……などという事を突っ込んではいけない。
「仕方ないな。……相手が草間さんでも、こればかりは譲れないんだ! どんな手を使ってでも、ソファを奪い取ってみせる!」
「面白い! 出来るものならやってみろ! あいつは絶対に渡さないからな!」
「俺はソファに誓ったんだ! 彼女のためなら、何でも出来る!」
 ………………彼女なのか?
「それはこっちの台詞だ! 覚悟を決めたのが自分だけだと思うな!」
 ………………会話だけ聞いていれば、お互い、とっても真剣なのだが…………何かが違う。

「私って、罪な女?」

 少しは、事態に危機感を抱いてもらいたいものである。シュライン・エマ。…………………いや無理か。





【そして悲喜劇の始まり〜七瀬雪と藤井蘭の場合】

「止めた方が、良いのでしょうか……」
 いや、でも、面白いし。
 七瀬雪は考える。
 その隣で、やっぱり真剣に考える小さな人影は、藤井蘭。
「みんなドタバタしていて、とっても楽しそうなの。僕も混ぜて欲しいの」
 もともと危機感にかけたメンバー中、確実に一番何も考えていない蘭は、思ったことを、忠実に実行した。
 惚れ薬が辺りに充満した時、咄嗟にシュラインが巻いてくれた布を、目元から取り除く。ぱちぱちと瞬きして、何気なく、隣の人影の方を見た。
「綺麗なのー!」
 ぎゅう、と抱きつく。身長が圧倒的に足りていないので、抱くというよりは、お姉さんに甘える小学校低学年の図である。七瀬雪が、え?と驚いて下を向いた。サラサラの緑の髪が、まず見えた。
「でーとなの〜。持ち主さんと見たどらまで見たの。大好きな人と、お出かけするの〜」
 ね?と、蘭が小首をかしげる。犯罪的に可愛い。
 その笑顔に、恋心というよりは母性本能をくすぐられて、そうね〜と頷く七瀬雪。何ともほのぼのしたペアが出来上がった。
「放っておいても、皆さんは大丈夫そうですし。蘭くんと一緒にお出かけしましょうか?」
「わーいなの! 柿の木のお兄さんや、もみじさんに、紹介するの!」
「柿の木? もみじ??」
「友達なの!」
 オリヅルランの精の少年は、植物たちと語らうことが出来る。能力というよりは、生まれ持った資質と言うべきだろう。それは、彼にとっては、息をするよりも自然なことなのだ。
「お出かけなの〜!」
 未だ混乱の冷めやらぬ現場を引き払い、歩き始める二人。
 近くの公園までの短いデートが、始まった。



「公園にね。桜の主さんがいるの。この辺りの木さんたちの、一番えらい木さんなの」
 ぐいぐいと手を引っ張る蘭に急かされて、着いた先は、公園が出来る前からここに居た、桜の老木の前。
 既に生命力はほとんど失われ、裸の枝が、ひどく寒々しく見えた。なまじ聳え立つような大木であるから、かえって緑の無い肢体が哀れを誘う。
「さくらの主さん〜。遊びに来たの!」
 蘭の声にも、答えない。
 少年の顔が、たちまち曇った。
「主さん、やっぱり、具合悪いの……」
 雪は、そっと表皮が剥がれかけた幹に手を添えた。彼女は植物の声を聞く能力は無いが、天使としての生来の感覚で、死に逝くものの魂を見ることができる。

「せっかくご招待していただいたのに、何だか寂しいです……」

 意識せずに、背中に畳まれていた見えない翼が、光を集めた。
 純白の羽が質量を持ち、ひらひらと、幾つも幾つも舞い落ちた。唇から自然と洩れ出るのは、復活を司る、白き魔法の言霊。
 枯れていた幹に、力が戻る。葉が生まれ、ざわめき、やがて蕾が芽吹いた。ゆるやかに花開く、桜。秋の空を背景に、遅咲きとしてもあり得ない、桃色の光景が広がった。

「凄いの! 桜の主さんが、生き返ったの!」

 蘭が、ばんざいをして飛び上がる。桜の老人が、少し、ここで休んでお行きと、囁きかける。その声が聞こえたわけではなかったが、雪はその場に腰を下ろした。蘭も座った。
 オリヅルランの精霊が、銀翼の天使の頬に、口付けた。
「大好きな人にはこうやるって、どらまで見たの!」
 一瞬驚いた雪だったが、緑の香のするキスは、素直に心地よい。お返しと、雪も精霊の少年の額に、祝福を与えた。

「でーと完了なの〜!」

 人外の者同士の幸せな一時が、こうして、幕を下ろした。


 
 
 
【そして全ては終わりを見せる?】

 惚れ薬の持続効果は、約二時間。
 それを知っていた例の薬剤師は、正確に二時間後、再度、草間興信所を訪れた。

「いやー。皆さん、災難でしたね」

 誰のせいだ、コラ。思わず殺気立つ面々…………ただし一部例外あり。
 
 村上涼は思った。
「この記憶は封印するわっ! これは無かった! 何も起こらなかったのよっ!!」
 あの、蛇すらも喰らうマングースのごとき水城司に、真剣に口説かれて、喜んでいた自分の姿など、想像するも恐ろしい!! もし、万一、これを話題にする命知らずな輩がいたら、七代先まで金属バットで襲い続けてやるっ!!!
 
 水城司は思った。
「いや。かなり面白かったから、全然災難ではなかったな。殊勝で謙虚な村上嬢なんて、珍しすぎるものも堪能したし」
 また変な薬を開発したら、持ってきてくれ。
 と、恐ろしいことまで考える。こんな奴に、村上涼が敵うはずがない。やはりマングースは強し。

 シュライン・エマは思った。
「惚れ薬のせいとはいえ、あんなに必死になった武彦さん見たの、初めてかも。たまにはいいわね……」
 この状況すらも、たっぷりと楽しんでしまった、シュライン・エマ。…………いや、まったく、女は怖い。
 
 御影涼は思った。
「俺、なんか、ソファに岡惚れして、あり得ないことを散々口走っていたような……。気のせいか??」
 いいや。気のせいではない。
 ここに六名も証人がいる! 少なくとも、七十五日間、この噂が御影涼を悩ませたという話は……本人の名誉のために伏せておこう。





【振り出しに戻る】

「あのー。実は、もう一つ、処分して欲しい惚れ薬があるんですよ。皆さんを見込んで、ぜひぜひお願いしたいと……」

 惚れ薬の瓶を、大切そうに、得意そうに、掲げてみせる薬剤師。
 帰れ!!!と草間が叫ぶ前に、薬剤師の女は、何もない所で転んだ。そして、薬瓶は、またもお約束の通り。

「あ」

 そして、全ては、振り出しに戻る……。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家&草間興信所事務員】
【0381 / 村上・涼 / 女性 / 22 / 学生】
【0922 / 水城・司 / 男性 / 23 / トラブル・コンサルタント】
【1831 / 御影・涼 / 男性 / 19 / 大学生兼探偵助手】
【2144 / 七瀬・雪 / 女性 / 22 / 音楽家】
【2163 / 藤井・蘭 / 男性 / 1 / 藤井家の居候】

お名前の並びは、整理番号順です。
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ソラノです。
初めまして。水城司さま。御影涼さま。藤井蘭さま。
お世話になっております。シュライン・エマ様。村上涼さま。七瀬雪さま。

惚れ薬パニックをお届けします。
読んで胃と気を悪くされたら、申し訳ありません。
皆さんけっこう壊れています。いえ、これでも、自重しました……はい。

組み合わせは、村上涼さまと水城司さま。(一応らぶらぶ?)
シュライン・エマと御影涼さま。(草間乱入ドタバタ悲喜劇)
七瀬雪さまと藤井蘭さま。(ほのぼの爽やか編)
………………となっております。

こんな変な依頼は、後にも先にもこれだけです。
もう出ませんので、ご安心ください。
それでは……。(逃げ腰)