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<PCシナリオノベル(シングル)>


魅惑の褌少女

 きらりんっ☆
 あたし、ウメ♪ ピンクのふわふわセミロングの髪にミニスカートがトレードマーク。ヘアバンドにはちょっと可愛いお星様、テーマソングは『らぶらぶ☆ふんどしウメ』よ☆
 宜しくねっ♪



「兄さん事件です」
 ネタが古い。ということは一先ず置いておくとして。零のその訴えに、草間の口からポロリと煙草が落ちるのを、来生・十四郎(きすぎ・としろう)はなんとなく見ていた。特に大騒ぎする事でもない。
 草間が煙草を落としたと言う事実も、そして零が告げ、草間に加えていた煙草を落とさせた衝撃の内容もである。
 ご町内を褌で溢れさせる少女。
 シュールだ。とてつもなくシュールではあるがだからといって死ぬわけでも傷を負うわけでもない。知ったことかと言うのが十四郎の正直な感想だった。
「褌になる他に被害がないなら構わないだろう」
 来客用ソファーの背もたれに体重を預け、ふかりと天井へ煙を吐き出しつつ、十四郎は呟く。それをじとっと眺めたのは誰あろう草間武彦その人である。
「十分に被害だとは思わんのか?」
「別に死ぬわけじゃないだろう。痛い思いするわけでもなし」
「……心に生涯消えない傷を負うとは思わんのかお前は」
「全く思わん」
 きっぱり言い切る十四郎に草間はがっくりと肩を落とした。零がどこか心細そうに草間を見上げる。
「……兄さん」
 どうしましょう? そう問われて草間は胡乱な目つきで十四郎を眺めた。
 嫌だが。自分ははっきり言ってどうしようもなく嫌ではあるのだがハードボイルド探偵としては。その立場がどうも怪しい気がする昨今だからこそ断じて嫌なのだが。
「……死にもしないし、痛くもないな」
「あん?」
 舐めまわすような視線に、十四郎はぴくんと片眉を跳ね上げる。草間は一転して満面に笑顔を浮かべ、つかつかと来客用のソファーを占拠している間違っても客ではない人相の悪い男へと近寄った。そしてその肩に、ポンと手を置く。
「来生」
「なんだだから? 気色の悪い顔しやがって」
 その暴言にも草間は怒らなかった。眉間に少しばかり青筋が浮いていたが、それでも笑顔は絶やさない。
「ネタだぞ?」
「なるほど」
 草間の浮かべているものよりは数段人の悪い笑顔を浮かべて、十四郎は頷いた。



「帰る」
「まあそう言うな」
「なんで俺がここへこなきゃならんのだ! お前のネタだろう!」
「ネタは勿論だが、これはお前からの依頼でもあるだろうが。きっちり出すものは出してもらわにゃならんし、出させるからには俺が仕事をした証明はしなきゃな」
 至極尤もなことを、十四郎はいった。これで表情も真摯なら問題は何も無いのだろうが、残念な事にその顔は実にタチの悪い笑みを浮かべている。因みに手にはしっかりと喚き散らしている草間の首ねっこを捕らえていた。
 場所は件の商店街。状況はといえば。
「お、お婿にいけない……」
「きゃああへんたいー!!!!」
「男なら緊褌一番よぉ!」
「ぁ、見てみてよしこ、坂本君ってばまだほら、もうこはん!」
「もーアキコのえっちー」
「あああ、兄貴ぃいいいい」
「さぶぅううぅ」
 阿鼻叫喚である。
 しかも単に褌に変じているだけなら可愛げもあろうというものだが、どれもこれもただの褌ではなかったりする。
 赤越中や、日の丸褌は勿論の事、白や黒の総レース、花柄、豹柄、レザーに加えて、シースルーまで存在する。言うまでもなく丸見えだ。ならいうなとか言わないように。やはり表記したほうが色々と楽しいのである。
 その悪夢のような褌変化が、可憐な少女のステッキの一振りによってどんどん進んでいくのだ。
 少女は鼻歌のように『らぶらぶ☆ふんどしウメ〜、らぶらぶ☆ ふんどしきいて〜♪』等とどっかで聞いたような歌を歌っている。何の事だか分からない人はちょっと特殊な趣味を持つ人に尋ねてみるといいだろう。因みに筆者はその昔それの魔法のステッキを両親に強請って買って貰ったと言う可憐な少女であった。本筋には全く関係ない。
 話はそれたがまあこの惨劇では草間が逃げたくなるのも無理はあるまい。
 何しろ草間武彦もうすぐ三十路は立派な男性であるからだ。褌の恐怖に見舞われているのは通りすがりの学生や魚屋のおっさん、兄貴とサブなど男性のみである。
「ホントに褌に変わってやがるな」
「はーなーせー!!!」
「じゃあ仕事するか」
 十四郎は草間を捕らえたまま実に器用に。
 ――脱いだ。
 その引き締まった身を包む唯一の武装こそ、褌。きりりと引き締められたその下半身には真っ白な褌が燦然と輝いている。
 まあ正確には褌ではない。草間興信所の給湯室の窓にかかっていたカーテンを適度に切り裂いただけの長い布である。カーテンでも締めれば立派な褌だ。ひも付き越中だけが褌ではない。六尺褌などは締めなければ単なる長い布なのである。
「まあっ☆」
 きらりんっ☆
 哀れな犠牲者に向けてまたステッキを振った褌少女は、十四郎のその凛々しい姿に瞳を輝かせた。
 舞うように軽い足取りで、やはり歌いながら駆け寄ってくる。
「素敵っ☆ 魔法を使わなくてもこんな素敵な人に出会えるなんてっ☆ ウメ感激っ!」
 そーかーそーかというように十四郎は頷く。草間は真っ青になった。
 至近距離に問答無用で褌にされる魔法のステッキがあるのである。
「は、はなせ来生!」
「まあそう言うなよ」
「うう〜ん? あなたはとっても素敵だけど、このおじさんはちょっと素敵じゃないみたいっ☆」
 きらりんっ☆
 少女がステッキを振った瞬間、草間武彦の時間は止まった。



「うふ☆ とっても素敵っ☆」
 ミニスカートの裾をふわふわと揺らしながら褌少女は可憐な笑みを浮かべる。
 衿がなくなってしまったために(衿どころかなんか全部)十四郎の腕の呪縛から逃れた草間がその場にがっくりと膝をつく。見事に放心状態。周囲の女学生からはきゃーっと言う悲鳴が新たに上がった。
 満足そうに歌っている少女は隙だらけ。こんな事なら盾――無論草間だ――などもってこなくとも良かったかと思いつつも、十四郎は迷わずその小さな手からステッキを奪い取った。
「きゃ☆」
「さて、別に物騒でもないが得物はこっちに貰ったぜ?」
「うう〜ん。そのステッキはウメにしか使えないのよっ? 世界に褌を広めたいって言うおじさんの心意気は素敵だと思うけどぉ?」
「誰もそんな心意気は持ってねえ」
 バキっと十四郎はステッキを折る。少女は硬直し次の瞬間泣き叫んだ。
「あああ、ウメの魔法のステッキがあ!!!!」
 投げ捨てられたそれに取り縋って、少女はしくしくと泣き出す。商店街のアスファルトの上に少女のミニスカートが広がっている。その裾にはいくつものアップリケが縫い取られていた。くまでも兎でも星でも花でもなく――おすもうさんが。更に良く良く見ると少女が身につけている服は随所にお尻ぷりりんな飛脚だの褌人形のマスコットだのが縫い取られていたり、縫いつけられていたりする。
「ごめんなさい褌の神様っ☆ でもでもウメの褌への愛は変らないわっ☆」
「というかお前なんでこんな事したんだ?」
 こんな事呼ばわりに少女は白桃の頬をぷうっと膨らませる。
「ウメは褌大好きっこなのっ☆ 世界が褌で満たされますようにって毎晩お祈りしてたら、ある日目の前に褌ハゲのある猫がやってきたの。褌猫はウメにこのステッキをくれて、今日からあなたは褌少女よって☆」
「なるほど」
 つまり動機とかそういうものではなく単に褌好きがこうじて褌の神様に見初められたと、そういう事らしい。
「ウメ負けないっ☆ また褌のために頑張るわっ☆」
 折れたステッキを大事そうに抱えた少女はふわっと立ち上がるとそのまま駆け出した。
 その背と放心脱力している草間を見比べ、十四郎はうんと頷いた。
「――まあ面白いからいいな」
 いいわけあるかぁ!
 という突っ込みは残念ながら自閉中の草間からは帰ってこなかった。



 ぐしゃっと草間はその週刊誌を握り潰した。握り潰されたのは週刊民衆。十四郎が記事を書いている雑誌である。
『怪奇探偵! 褌少女の謎に体当たり密着取材!』
 写真入で掲載されたその記事に、草間は銃刀法違反上等でこそこそデスクの机の中に隠していたトカレフを持ちだした。
「来生ィィイイ!!!!!!」
 ちょっと離れた編集部で、十四郎がくしゃみをしたかどうかは定かではない。



 きらりんっ☆
 あたし、ウメ♪ ピンクのふわふわセミロングの髪にミニスカートがトレードマーク。ヘアバンドにはちょっと可愛いお星様、テーマソングは『らぶらぶ☆ふんどしウメ』よ☆
 宜しくねっ♪
 またいつか、あなたの街へいくかもしれないよっ☆

 合言葉は、『L・O・V・E、らぶりーふんどし☆』だよっ!