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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


殺人ジャグラー


 神聖都学園は知る人ぞ知る巨大教育機関である……幼稚園から大学まで揃い、さらには複数の専門学校の機能を併せ持つことで全国的にも有名だ。1万人を超えようかという学校の中では、当たり前のように事件が起こる。誰かは誰かをいじめた。誰かが誰かにいじめられた。そんなことはしょっちゅうだ。

 ただ、この学園には普通では考えられないようなことまで起きる。そう、それは一般社会の中で『超常現象』と呼ばれる非科学的で実証不可能な出来事である。しかし、前述した内容の相談は決して多くない。非日常的なことが日常を起こり得る数を超えた時、それが日常的と呼ばれるのだから当たり前かもしれない。だが、その背景は決して短絡的なものではない……不思議と、そうなっているのだ……



 里中蛍子もそのひとりだった。彼女は放課後、比較的仲のいい教師である響カスミにある相談を持ちかけていた。外は厚い雲に覆われてすでに真っ暗だった……そんな不気味な雰囲気の中、カスミの常勤している音楽準備室にすがる思いで駆け込んだ彼女はこんな話をし始めた。


 「あ、あの……響先生はご存知ですか? 『殺人ジャグラー』の噂……今、高等部の中で広まってる噂なんですけど。その殺人ジャグラーって、なぜか学業の成績が悪い子ばかりを襲うらしいんです。最近、それで自主退学したり怪我をして入院した生徒もいるって聞いてるんです。その怪我した子はピエロみたいな、大道芸人みたいな姿をした奴にひとりでいるところを襲われたって言ってるらしいんです。3つくらいそういう話を聞いたんですけど、絶対に殺人ジャグラーはひとりの時を狙ってくるみたいなんです……」

 「……里中さん、それはあくまで噂話でしょ? 確かに高等部では自主退学する子や怪我をして長期のお休みをする子は多くなったような気はするけど……それに殺人っていうわりには死んだ人がいないみたいだし。そういうのは偶然が重なったと思って聞き流す方がいいわよ。」


 蛍子の話をしっかり受け止めてから、カスミは持論を展開しつつ説得する。しかし蛍子はその言葉を聞いても安心どころかますます顔を硬直させるばかりだ。カスミは怪談話を突っ込んですることをなるべく避けたかった。彼女は無類の怖がりで、蛍子の話だけでもノックアウト寸前だった。そんなカスミだったが、しばらく蛍子の顔を見てあることを思い出した。


 「そういえば里中さんって、学年でもベスト10に入るほどの秀才でしょ……『殺人ジャグラー』なんかと関係ないように思えるんだけど……」

 「実は……これ……見てください。私の机の中に入ってたんです……こんなメモが。」


 青ざめた彼女からくしゃくしゃになったメモを受け取ったカスミはそれをおもむろに開く……すると彼女の心臓を喉から出してしまうような言葉が並んでいた。一瞬のインパクトですべての内容を覚えてしまったカスミ。彼女は教師という立場から逃げることはできないと観念したのか、怖いながらも荒い息を吐きながら仕方なしにその内容を口にする……


 「なんで里中さんが……『お前を殺す。ひとりの時はご用心。 殺人ジャグラー』なんてものをもらうの……?」

 「実はこの前の中間テストの社会で……解答欄をひとつずらして書いちゃったんです。それで赤点を取っちゃって……たぶんそれが原因だと思います。けど、私が赤点を取らないと殺すっていうのならわかるんです。だったら同じクラスの人に脅されてるのかなって思えるから。でも今回は取っちゃった後に『殺す』って送られたから……もしかしたら殺人ジャグラーって……」


 カスミは蛍子が可能性として残したものを信じられないといった表情で叫ぶ。


 「まさか……先生の中にいるっていうの?」

 「でも、そうじゃないと……だって社会担当の石山先生は私のことみんなの前で怒鳴ったし……一気に嫌われた可能性だってありますよ……」

 「確かにその話は職員室で聞くわよ。それでもお年を召した先生方は笑い飛ばしてらしたわよ。国語担当であなたの担任の栗原先生ももう熟年になる先生だけど、『弘法も筆の誤りとはよく言ったものだ』とおっしゃってたわ。考えすぎよ、きっと。」


 そこまで話してもまったく表情を崩さない蛍子を見たカスミは決心した。この事件は自分の手に余る。いっそそういうことに強い人に任せるべきだ。彼女はそれに該当する人間の名前を頭の中に浮かべていった……蛍子に残された時間は、ない。静かな準備室に遥か彼方で鳴り響く雷の音が聞こえた……





 「また……あそこか……」


 神聖都学園を取り囲む森の一角に潜む影。彼は人間とは異なる形をした生物だった。その物々しい姿は学園内で噂になっている『殺人ジャグラー』を連想させる。彼は『水銀の眼』を使って学校を見つめていた。同じ制服を着て歩く生徒たちやどっかりと腰を据えた学園長の銅像などを見渡し、興味深そうに首を動かす。彼の目的が何なのか……それは誰にもわからない。ただ静かに、ひっそりとそこにいた。


 「しかし、さすがに今度は人間も動き出すだろうな……」


 その青く澄んだ目はすべてを映し出す。その映像を見て、彼はいったい何を思うのだろうか。


 「ちょっと行ってくるかな……面白そうだ……」


 異形の怪物は少しずつ前へと足を踏み出す……学園を包み込む脅威は少しずつ膨らんでいく……





 カスミの頭の中で真っ先に思いついたのは、蛍子と同じ女子生徒だった。その少女はカスミが手配した校内放送で呼び出されて音楽準備室にやってきた……しかし、蛍子の相談からすでに1時間は経っている。そんなことはお構いなしとばかりに、彼女はやわらかなノックをしてドアを開ける。するとそこには白銀の髪を持った美人が立っていた。静かに一礼すると、カスミの目の前まで静かに歩く。


 「硝月 倉菜です……カスミ先生、校内放送でお呼びになりましたか?」

 「ええ、呼んだわ。けど遅かったわね……もしかして忙しかった?」

 「いえ、料理研究会の活動中に放送を聞いて包丁を持ったまま教室を出て行ったら、廊下の先でちょっとした騒ぎを起こしただけです……」


 少しも表情を変えずに事情を話す倉菜の顔を見ながら、カスミは早くもガックリと肩を落とす。もしかしていきなりの人選ミスかとも思った。だが、今日のカスミに抜かりはない。さまざまな方面の知り合いにこの件を打診していた。倉菜を蛍子の隣に座らせ、自分は気を取りなおして事の次第を説明する。話の途中、なぜか蛍子はやたらと落ち着きなく何度も倉菜の顔色を伺っているようだった。

 カスミの説明に口を挟まず、静かにすべてを聞いた倉菜は半ば呆れたように話し出した。


 「何なのそれ。一度のテストで解答欄を間違ったから殺すってこと?」

 「まぁ……一言で説明するなら、今、硝月さんが言った通りね。」

 「たったそれだけでいつも勉強を怠けてたり、勉強が苦手な人たちと同列に並べるなんて……とても生徒のする発想じゃないわ。間違いなく先生ね。だいたい成績で人間の価値を決めようとすること自体ナンセンスなのに。成績よりももっと大事なものなんてたくさんあるじゃない。私だってそう。こんな理屈の通らないこと、許せないわ。蛍子さん、私があなたを守ってあげる。あなたが努力してることは、私だって知ってるもの。」

 「あ、ありがとう……倉菜さん。いつもは順位を争う立場なのに……よかった……」


 倉菜と蛍子はテストの際、いつも名前が近くにある。蛍子も倉菜という少女の存在を知っていたのだろう。蛍子はライバルの関係にある倉菜がこの話を聞いた時、『そんなのはただのケアレスミスだ、自業自得だ』と無常に言い放つことを恐れていたのだ。逆に倉菜から励ましの言葉をかけられ、彼女は心の底から安心した。倉菜は震えている蛍子の肩にそっと手を置いた……ささやかな安心が身体中に染み込んでいくその途中で横槍が入る。


 「カスミ先生って、ここですか。事務室で聞いたらここだって……話、聞きに来たんだけど。」


 蛍子が怯えた表情でドアの先を睨む。その様子を見て、倉菜は『大丈夫よ』と耳元で囁いた……彼女の視線の先には同じ年の青年がふたり立っていた。ふたりは神聖都とは異なるが、同じ種類の制服を着ていた。ひとりは制服を几帳面に着こなす長身の真面目そうな青年、そしてもうひとりは制服のボタンを適当に留めている明るい表情が印象的な青年だった。

 彼らはカスミを見つけ出すと、自己紹介を始める。長身の青年は矢塚 朱羽と、明るそうな青年は直井 晴佳と名乗った。ふたりはカスミからの電話である程度の状況を知っていた。現場に着いたのでさっそく詳しい説明を聞こうと空いている椅子にどっかりと座る晴佳。朱羽はそれを見て額に手を当てながら、遠慮して彼の側に立つ。それを見た蛍子が気を利かせて近くの椅子を持っていく……朱羽は蛍子にひとこと礼を言って好意に甘え椅子に座る。だが朱羽はその過程で晴佳の頭を一発殴った。慌てて頭を両手でさすりながら隣の友人に文句を言う晴佳。


 「い、いってー! 何すんだよ、朱羽っ!」

 「お前が遠慮を知らないからこうなったんじゃないか。自業自得だ。だいたい……なんで神聖都の問題に首を突っ込む必要があるんだ。確かにこの学園にはいろいろな噂はあるが……」

 「あ、それね。実はこのカスミ先生が『学園の食堂でいくらでもおごってあげるわ〜』っていうから引き受け、あがっ。」


 すかさずもう一発殴る朱羽。その右手は唸りを上げて晴佳の脳天に突き刺さった!!


 「お前……俺があれだけ言っただろう! 知らない人からもらう餌は気をつけろと何度も何度も!!」

 「ほほっ、本気で殴るなよっ、いってーーーっ!!」


 「……非常に盛り上がってるところ悪いんですけど、そろそろ私から説明してもいいでしょうか。」


 倉菜が冷静なツッコミをふたりに贈る。すると彼らはばつが悪そうにもじもじしながら声を合わせて「どうぞ」と答える。それを聞いた倉菜はカスミから聞いた話を他学校のふたりに聞かせる。

 倉菜は内容は正確に伝えている最中、どうも晴佳が落ち着かない。最初こそ静かに倉菜の顔を見ながら話を聞いていたが、その表情はどんどん曇り、周囲をきょろきょろする回数が増えてきた。それはまるでカスミの説明を聞いている時の蛍子のようだった。彼はどうやら『ミスさえしなければ今回も学年でベスト10』とか『赤点すれすれの生徒が次々と襲われている』とかいう言葉に反応しているようだった……しかし、それとは逆に朱羽は微動だにしない。倉菜の話に頷きながら聞いていたが、晴佳が恐れをなすような言葉が出てくるとその頷きがどんどん大きくなっていく。その頷きは今にも音を立てそうな勢いだった。

 話が一通り終わって持論を展開し始めたのは、やはり朱羽だった。その内容はほとんど倉菜と同じだ。一度のミスで命をつけ狙うとは言語道断と椅子から立ち上がって力説する。ヒートアップする朱羽とは対照的に、隣の晴佳はついに両手で耳を塞ぎ始めた。


 「あなた、晴佳さん? ……話が始まってから急に体調が悪くなってたみたいだけど、どこか悪いの?」

 「ぐさっ。」


 表情ひとつ崩さずに晴佳の心配をする倉菜。晴佳の心はその一言でずたずたにされた。さらに朱羽がずたずたになった心を切り刻む。


 「ああ、心配はいらない。晴佳は俺たちと違って勉強が得意じゃないんだ。最近は努力もしてるんだが、いまいち成績は伸びない。ま、殺人ジャグラーの餌食になり得る存在だな……」

 「ぐさっ。ぐさぐさっ、ぐさぐさぐさぐさぐさ。」


 部屋中の人間が怯える晴佳に視線を向ける……彼が今怖いものは殺人ジャグラーではない。カスミを含めた秀才たちの視線だった。晴佳は我慢できず椅子を立ち、大声で叫ぶ。自分の心に届くくらい大きな声を張り上げ、右腕はなぜか天を突いていた。


 「だ、だ、大丈夫さ、成績優秀な蛍子ちゃ〜〜〜ん。成績の悪い奴を懲らしめる殺人ジャグラーなんか、こっ、この成績のかなり悪いこの俺がやっつけてやる! 成績が悪いだけで怪我させて退学させるなんてぇ、許せないぞぉ〜〜〜!」

 「……………わかった晴佳、わかったから椅子に座ろうな。ちょっと落ち着こう。お前の言ってることももっともだ。だから、ちょっと、落ち着け。」

 「矢塚さんのいう通りよ。そんなに気にしなくてもいいの。もっと大事なものがあなたにあるなら、それで……」


 「どぉ〜〜〜んと来い〜〜〜っ、殺人ジャグラーっ!!」


 朱羽も倉菜も心からやさしい言葉をかけるが、晴佳のプッツン気味のやけくそは止まらない。そんな時、半開きになっていたドアからふたりの小さなお子様が現れる……ひとりは神聖都のセーラー服を着た緑色の瞳を持つ少女で、もうひとりは他校の制服を着た小学生の女の子だった。さまざまな理由で必死になっていた青少年たちを黙らせ、ふたりは思い思いのことを喋り出す。


 「たまたま通りかかったら、せいせきの悪い子を殺すこわい人の話をしてるでぴゅ! 僕がこーとー部に進学した時にそんな人がいたら殺されるでぴゅ。僕も殺人ジャグラーをさがすでぴゅ。ピューイ、がんばるでぴゅ。明るいこーこー生活のためにだぴゅ!」

 「みあお、この前からずーっと殺人ジャグラーのうわさを追ってたんだ〜。ここのがっこ、こういううわさはすっごく正確なんだもん! みあおもピューイ……ピューイくんといっしょにがんばるから仲間に入れて〜っ!」

 「みあおさんっ、僕はおとこでぴゅ。でもぴゅーちゃんって呼んでほしいぴゅ!」

 「わかった! ぴゅーちゃんね!」


 一瞬にしてそこは幼稚園の学芸会のような雰囲気になってしまった。ピューイとみあおのやり取りを見ているうちに、当初の目的を見失いそうになってしまう青年たち。そこへまたも場を混乱させるような生徒がやってくるから始末に負えない。その人物は半分以上開いていたドアをわざわざ殴りつけるかのように開く。全員が彼に注目する中、その身の丈にまったくあっていないぶかぶかの学ランを着た男……の子が、迷わず蛍子の元へと向かう。そして戸惑う蛍子の肩をしっかりとつかみ、ハッキリとした口調で話す。


 「殺人ジャグラー……なんて奴だ。大丈夫、里中さん! この俺が、不城 鋼が君を守る! 守り抜いて見せるっ!!」

 「え、えっ……あ、は……はい……」


 鋼が目を輝かせながら蛍子を説得する……彼女は戸惑いつつもなんとか頷いた。しかし、周囲が見るその光景にはかなりの違和感があった。鋼の身長は蛍子と変わらず、視線が同じ高さなのだ。勢いよく肩を持ったはいいが、鋼の腕がわずかに上がっているのもおかしい。どうしても彼のセリフと動作が噛み合わない。さらに追い討ちで、隣でまったく同じポーズをピューイとみあおが真似しているからよりいっそうその光景はおかしくなる。そして周囲にいる人間もその雰囲気に飲まれておかしなことを口走り始めた……


 「お前の名前……聞きそびれてしまった。なんだったかな、確か……不城 しょうたろ」

 「朱羽、それこいつの見た目だけで言ってないか……? でも、お前ちっちゃいな〜。実は中等部の子だろ?」

 「ぴゅーちゃんは女の子に見えて、実は男の子だから……あなたは男の子に見えて、実は女の」


 「お前ら、わざと言ってるだろ?! 俺は普通の高校生、不城 鋼! れっきとした男だ! 俺の……俺の正義の心に火がついた! さぁみんな、今すぐ殺人ジャグラーを探そう!」

 「そうだぴゅ。探すぴゅ、探すぴゅ!」

 「手がかり手がかりっ!」


 ボケまくりの青少年を諌め、周囲の雰囲気はようやく本筋へと向かおうとしていた……カスミはなぜこうなってしまったのかをテーブルに肘をついたままずっと考えていた。そしてなぜこんな大所帯になってしまったのかを真剣に悩んでいた。





 「この建物から出てくる若い人間は……みな目的を持って歩いている。いいことだ……」


 異形の怪物は森を抜け、堂々と校庭の端を歩いていた……今にも降り出しそうな天気と暗さが幸いしたのか、誰も彼の存在に気づかない。満足そうにひとりごとをつぶやく彼は盛んに『水銀の眼』を働かせながら、大勢いる人間たちの視覚の隙と死角をついて移動していた。時にあらぬ方向に歩を踏み出すが、彼が目指すところはただひとつ。ただひたすらそこに向けて進んでいた。


 「そろそろ……時間だ。」


 不気味な瞳は妖しく揺らめく。





 音楽準備室の中では即席の会議が行われていた。カスミたちはテーブルを囲み、いろいろな話をしている。可能性がありそうな教師の名前が何人か挙がったが、やはり関係がありそうなのは担任の栗原と社会科教師の石山に絞られた。しばらくの間、それぞれが静かにいろいろなことを考える……

 その輪の中心に殺人ジャグラーからの予告状が置いてあった。その予告状に興味を示したのは倉菜だった。それを手に取り、じっくりと細部を眺め始める。その脅迫状は手書きのものだった。文字を指でそっとなぞる倉菜……そんな彼女の持つ紙に興味を持ったのか、向かいからピューイが必死に見つめていた。目を凝らしてじーっと見ているのを倉菜が気づき、そっと紙を差し出す。


 「ぴゅーちゃん、見る?」

 「ううん、見なくてもいいでぴゅ。ただ……それって殺人ジャグラーが書いたものでぴゅか?」

 「たぶんね。愉快犯や模倣犯がやったとは思えない……みんな、これ借りていい? ちょっとこれを鑑定しようと思うの。」


 倉菜が静かに紙を上げ、周囲の同意を得ようと声を上げた。だが、それを止めるものはいない。彼女は小さく頷き、それを胸ポケットにしまいながら言葉を続けた。


 「もし……堂々と先生方に会いに行かれる方がいるのなら、直筆の書類か何かを持ってきてほしいわ。より正確な鑑定ができると思うから。」

 「俺、ふたりの先生のとこに行くつもりだから、その時もらってくるかなんかするよ。」


 話の流れから晴佳が倉菜の依頼を引き受けることになり、彼女は「お願いね」と励ます。晴佳は胸を大きく叩く。


 「まっかせて! ところで朱羽はどうするんだ?」

 「俺は硝月と一緒にここに残ろう。引っ掻き回す行為はお前の方が得意だろうからな、あらゆる意味で。」

 「それもまっかせて。いい意味で。みあおはどうする?」

 「みあおは栗原のみはりっ! たぶん犯人だとおもうよ、えっへん!」

 「た、たぶん……ね。」


 みあおの理由のない結論を聞き、大粒の汗を額にたらす晴佳。だが、みあおが次に口を開いた時、表情には似合わない真面目なことを言い出した。


 「みんなあのね、みあおはわかんないんだけど……担任のせんせいって、おしえごのテストのてんすうが悪いとだれかに怒られるの?」

 「怒られるということはないだろうが……まぁ、教え方の問題だとか周囲に言われる可能性はある。だが、たったひとりの生徒が解答欄を間違えたくらいでそんなことはないだろうな……」

 「ふ〜〜〜ん、そうなんだ。」

 「みあおちゃん、改めて聞くけど……誰が犯人だと思う?」

 「栗原っ!」


 朱羽があれだけみあおの疑問に対して説明したにも関わらず同じ結論へとたどりついたのを確認した晴佳はさすがに呆れてしまった。とりあえずの気晴らしに鋼へ視線を向けると、彼は自分から口を開き、独自の情報網でこの事件を調べると答えた。晴佳は素直に驚く。


 「へぇ〜〜〜、お前、顔広いんだな〜。」

 「ま、まぁな。俺のことをバカにしたり誤解するのは、ここで止めるなら今までのことは許してや」


 「鋼さん……たくさんあだ名があって羨ましいわ……『不城ヘッド』とか『鋼の総番』とか『あたしの鋼ちゃん』とか『かわいい彼氏のは・が・ね♪』とか。私のクラスメートに兄貴と慕ってる男子生徒と私設ファンクラブを結成してる女子生徒がたくさん」

 「くっ、倉菜っ! よよよよよ、余計なことを無表情アンド棒読みで言うなっ! 誤解されるだろ……」


 「はがねおにーちゃん、もしかして女の子のにんきもの?」

 「すごいでぴゅ、みんなのヒーローだぴゅ!」

 「やっぱりっていうか……さすがっていうか……」

 「俺にはなぜお前が番長なのかという方が謎だがな。とりあえず誉めておこう。お前はすごい。」


 倉菜が鋼の素性を正確に暴露するも、想像以上の事実だったためか誰もが『彼がすごい理由』を曖昧なイメージのまま口にする。これには鋼も肩を落とす。そして彼は心の中で誓う。


 『硝月 倉菜。覚えてろ……』


 「さぁ、時間もないから早く行動に移しましょう。このまま学園が閉鎖されたら、蛍子さんを守りにくくなってしまう……」

 「校門が閉めるまでが勝負か……カスミ先生、なるべく閉校時間を延ばしてください。よろしくお願いします。」

 「ええ、わかったわ……」


 会議もそこそこに、彼らは作戦を実行するために動き出した……





 初等部の廊下は外と同じ暗闇に染まっていた。今に中等部の明かりも落ち、彼にとっては歩きやすくなるだろう。雲がゆっくりと雨の音を奏で始めたのを耳で聞きながら、彼はただ前を見つめる。その動作は今までとまったく同じだ。彼が発するひたひたという音が廊下に響く……


 「勉学をいそしむ場所か。人間とはよくできた生物だ。それゆえか、衝動で人を殺めるのは。その頭脳で判断がつかない時に暴力を振るう。そうか、そうなのか……」


 彼はひとり、人間の理について考えていた。そう、彼は今まさに哲学者だった。その歩みを止めた時、彼は何らかの答えを出しているのだろうか……青い目を静かに動かしながらも、彼はしばらくそんなことを考えていた。





 晴佳は途中までピューイとみあおを引きつれて職員室に向かっていた。社会科教師の石山は大職員室に机があるとカスミから聞いたのでそこに向かっている最中だった。しかし、途中にあった人気のない教室にピューイもみあおも勝手に入ってしまう。晴佳はバックして教室の中を覗く。


 「おーいおい、どうしたんだ?」

 「僕、今から夢の中にはいるでぴゅ! あの脅迫状の『夢』に入れば、おのずと犯人がわかるでぴゅ。えっへんでぴゅ!」

 「本当かぁ〜〜〜、ぴゅーちゃ〜〜〜ん? みあおちゃんは確か……」

 「栗原のみはり〜。みあおはちっちゃな鳥になって『こくごじゅんびしつ』にひそむよ!」

 「あ、わかった。気をつけろよ、相手は殺人ジャグラーだからな!」

 「わかった〜! あ、はるかお兄ちゃん、栗原のとこについたら上のまどのところで待ってるから。いっしょに中にはいろーね!」

 「任せろって!」


 そう言い残すと、晴佳はさっさと大職員室へと向かう……暗い教室に残ったみあおは小鳥の姿になって国語準備室へ、ピューイは青いちょうちんアンコウのような生物に身を変え、そのまま夢の世界へと旅立っていった……





 一方、音楽準備室では蛍子を守るため、倉菜と朱羽、そして鋼が待機していた。ところが鋼はポケットから携帯電話を取り出すと周囲に断りを入れる。


 「悪いけど、しばらくここで里中さんを守っててくれるかな。俺、情報収集するから。」

 「わかった。ここは任せろ。」


 朱羽の返事を聞き、彼は準備室を出て廊下の隅で携帯電話を操作し始める。メモリから番号を送信するとワンコールですぐつながった。そして耳元で黄色い悲鳴が響く。


 『きゃ〜〜〜〜〜っ、鋼さまぁ〜〜〜〜〜ん!』

 「あ、悪いんだけど急いでるんだ。ちょっと聞きたいことがあって……学校で流行ってる殺人ジャグラーの噂、聞いたことある?」

 『ありますよ〜〜〜。怖いですぅ〜〜〜。勉強をサボってる子を辞めさせるんでしょ?』

 「勉強を……サボってる?」


 鋼は私設ファンクラブの少女が何のためらいもなく『サボっている生徒』と答えたのが引っかかった。彼はジャグラーがそれと同時に『成績の悪い生徒』も狙っていると思っていた。鋼が問い質すまでもなく、彼女たちは勝手に喋り倒す。


 『だいたい点数が上がらない子まで狙ったら、何十人単位で学校を辞めてますよぉ。』

 「まぁ、そうだけど……でも噂では成績のいい子も狙われてるみたいだよ。これってどう思う?」

 『え〜〜〜、そういう子って簡単な問題を間違えて天狗になってるから襲われるんじゃないですかぁ? ほら言うじゃないですか、注意一秒怪我一生って!』

 「あのさ、あの……そうだ、うちの学校でマメな先生っていない? こうすればもっとよくなるとか、細かく指導してくれる先生。いなかったっけ?」

 『あ、そういえば……』


 その話を聞いて、鋼は背筋が冷たくなっていくのを感じた……彼女たちは迷いもせずある教師の名前を挙げたからだ。鋼は静かに準備室のドアを見つめる……





 「んじゃ、失礼しました〜〜〜。たはは。」


 国語準備室から晴佳が出ていく……しかし、中には小鳥の姿をしたみあおがじっと栗原を監視していた。みあおは犯人だと決めつけてみているものだから一挙手一投足が妖しくて妖しくてたまらない。彼が眠そうにあくびをしても、彼女の監視の目は休まらない。


 「みあお、かんしビーーーーームっ!」


 小さくても元気なみあおはまばたきの速度も調整しながらじっくり熟年男性を睨みつけていた……





 晴佳がふたりの教師が書いたメモを手に入れ、それを音楽準備室に届けた。倉菜と朱羽が首を長くして待っていたらしく、彼の帰還を喜びながらもすぐに鑑定作業に取りかかった。ふたりの分析を鋼と蛍子が見守る。そんな真剣な場面にしばらく首を突っ込んでいた晴佳だったが、彼は再び部屋の外へ出ようとする。そこを朱羽に止められた。


 「晴佳、もう仕事は終わりだろ?」

 「ああ、ただトイレに行ってくるだけだ。心配すんなって。」

 「殺人ジャグラーに気をつけろよ。」

 「冴えない冗談をありがとう、朱羽クン。こう見えても気にしてるんだぜ。」


 ふたりは顔を合わせることはなかったが、お互いに微笑んでいた。再び廊下を歩き出し、トイレを目指す晴佳。長い廊下の途中で曲がり、彼は目的地を発見した……その個室の中に入り、静かに用事を済ませるのだった……





 「ぴゅぴゅ、ただいまゆかいな夢の中だぴゅ。この先が……真っ暗な夢だぴゅ。きっと殺人ジャグラーの脅迫状の夢だぴゅ!」


 実況を織り交ぜながら、ピューイは殺人ジャグラーの中へと入りこむ。そこはどす黒い陰謀が渦巻く危険な場所だった。あの脅迫状の文字が奇怪に踊る中、ピューイはある感情に触れる。


 「こ、これって……危ないぴゅ! 今にも吹き出しそうな邪念ぴゅ! ここは殺人ジャグラー自身の夢だぴゅ〜〜〜!!」


 彼はその時、殺人ジャグラーの正体を知った。そして慌てて現実世界の廊下へと戻る。その横を小鳥のみあおが通り過ぎようとしていた……それを引き止めるピューイ。


 「みあおちゃん、どうしたでぴゅ!?」

 「栗原が……栗原がいないよ〜〜〜! 石山といっしょに部屋から出るところをおいかけようとしたら、とつぜんいなくなって……」

 「やっぱりでぴゅ! みあおちゃん、急がないとダメでぴゅ。蛍子ちゃんが危ないでぴゅ〜〜〜!」


 ふたりは天井すれすれで音楽準備室へと急ぐ……!





 トイレから出た晴佳はハンカチで手を拭きながら音楽準備室へと急ぐ。しかし、ある気配を感じて振り返る……そこには異形の物体がいた! 晴佳は迷いなく狼の姿に変身し、その姿を観察する!


 「お前……お前が殺人ジャグラーか?!」


 青い目をした怪物は静かに盾を取り出し、それを両手で構える。だが彼はそれ以上の動作をしない。ただその口がわずかに動いただけだった。


 「俺の名はF・カイス。偉大なる大死霊に使える墓場の森の番人だ……今宵は人も殺せぬ道化師を見物にやってきた。俺が探しているものとお前が探しているものは等しいようだ。」

 「お、お前も殺人ジャグラーを探してるのか?!」

 「いや……」

 「お前な! 今、確かに探してるっていったじゃねーか!!」

 『それはね、晴佳ク〜〜〜ン。キミの後ろにボクがすでにいるから、彼は正確に答えただけなんだよ〜〜〜。わかるぅ?』


 晴佳の背後に殺気が満ち溢れる……あまりの気持ち悪さに晴佳は吐き気をもよおした。晴佳は振り向きざま、長く伸びた爪を後ろにかざす! するとそれを大鎌で防御する男がいた……そう、少し宙を浮いているその男こそ、殺人ジャグラー本人だったのだ! ある意味で名前通りの血のように赤い衣服とマント、そして真っ白に塗られた顔に真っ赤な鼻……この姿からではとても犯人を断定することはできない。晴佳は叫ぶ。


 「蛍子ちゃんを……蛍子ちゃんを狙うのはやめろぉ!!」

 『それは〜〜〜、聞けない相談だねぇ〜〜〜。』

 「だったら退治するまでだ! うおぉぉぉりあぁぁぁっ!!」

 『う、うっそ、ちょっと待った待った! いきなり切りつけてくる奴がいるかっ!』


 言葉だけ聞けば慌てているように思えるが、実際は晴佳の攻撃を軽く避けている……だんだん苛立ちを募らせる晴佳にジャグラーが囁く。


 『蛍子を助けて、お前は成績では敵わない女の子にいい顔がしたいのか?』

 「な、なんだとぉ……!」

 『それとも朱羽に恩返しがしたいのか? お前は彼からよく勉強を教わっているそうじゃないか。つまり、お前は彼の時間を搾取していることになる……わかるか、搾取だ。搾り取ると書いて「搾取」だ。お前は……朱羽から自由な時間を、安息の時間を搾り取っているんだ……』


 ジャグラーの言葉にウソはない。それを証明するかのように、晴佳の心の中には朱羽に対する申し訳ない気持ちが生まれていた。鍔迫り合いのような体勢に持ちこんで、力でジャグラーを押そうとする晴佳。すでにジャグラーはその身をのけぞらせている。圧倒的な力の差を見せつけている状態で、晴佳はつい自信なさげにこう言った。


 「そりゃ……そりゃそうかもしれないよ……友達だからって、ちょっと行き過ぎてるかもってなんだ……うおぉぉぉ、や、やばい!」

 『そうだよなぁ、そうだそうだ! お前は朱羽に迷惑をかけてるのさぁ! きゃっはっはっは!!』

 「なんなんだ! さっきまで俺が押してたのにどこからこんな力が……そんなバカな!!」

 『俺も驚きだよぉ〜〜〜、こんな力がお前から手に入れられるとは! これで俺は蛍子を殺すことができるぅ! ありがとよ、晴佳ぁぁぁ! 朱羽によろしくなぁ!』


 訳のわからぬうちに急激なパワーアップを遂げたジャグラーは晴佳を無視してその場から消え去る……急に手ごたえがなくなったのを知り、晴佳は廊下に尻餅をつく。彼はかろうじて狼の姿を保っていた。荒い息を吐く晴佳に向かって、カイスはつぶやく。


 「ただの見世物ではなくなった。あれは人を殺す力を得た。お前、ケイコとやらがどこにいるのかわかるか。」

 「ああ、俺は先を急ぐぜ。お前……お前も来るのか?」

 「もちろんだ。ただ、お前に言っておきたいことがある。あれとお前に関することだ。少し冷静になって聞け。」


 カイスは先を急ごうとする晴佳を引き止め、ある話をし始めた……





 「硝月、これは……!」

 「間違いないわ、殺人ジャグラーは……蛍子さんの担任の栗原先生よ。」

 「そ、そんな……そんなはずない……まさか……」


 倉菜と朱羽の鑑定結果に驚く蛍子を隣にいる鋼が落ち着かせる。しかし、彼の口から出るのも彼らと同じ結論だった。


 「さっき俺も……ファンクラブの女の子に聞いた。栗原先生は丁寧な指導を心がける人として有名だけど、その徹底しすぎた指導方法がうっとうしいと思われてもいるのは事実だ。その闇の部分が蓄積して『殺人ジャグラー』を生み出した……これって、言い過ぎじゃないと思う。」


 『まぁ、ひどいこと言うねぇ〜〜〜、そこのお坊ちゃん!』

 「出たな……殺人ジャグラー……」


 ついに殺人ジャグラーは音楽準備室にやってきた。瞬間移動の力を備えているらしく、音もなく突然現れた……そして大鎌を構えると、鋭い先を蛍子に向ける!


 『殺してあげるよ……里中 蛍子。きゃははははっ!』

 「里中さん、俺の後ろに!」


 鋼が蛍子を必死でかばうポーズを見せる中、倉菜は静かにジャグラーの目の前に立った。その足元からは何らかの力が沸き上がっていく……表情は変わらないが、その目は確かに怒りに震えていた!


 「栗原先生、やめてください。もうわかったんです、あなたの正体が……こんなこと、やめてください。」

 『優秀な生徒には用はな〜〜〜い! 黙って後ろに下がりなさ〜〜〜い!』

 「なら……私はあなたを……倒すわ。」


 倉菜がそうつぶやくと、彼女の身体に異変が起こる! 銀色の髪は真紅に染まり、青紫の瞳は金色に輝く! そして背中から蝙蝠の翼が生え、その姿は魔神と呼ぶにふさわしい姿になった! 彼女は静かに手を開くと、その場に硝子の剣が出現する……そしてそれを握り締めた瞬間、剣身が赤く染まり本物の剣へと変化した!!


 『楽しませてくださ〜〜〜いよぉ〜〜〜! きゃーははは!!』


 ジャグラーは倉菜に一撃を見舞う。それを軽く弾き飛ばそうとした倉菜だったが、思いのほか強い力で打ちこまれたのか両手を使ってなんとか受け流す。その一撃で彼女の劣勢を悟った朱羽は唇を噛み締める。


 「まずい……殺人ジャグラーはあの姿の硝月を倒すだけの力を持っている。彼女ひとりだけでは無理だ。早く……早く帰って来い、晴佳!」

 『あ、晴佳クンならさっき廊下で骨抜きにしておきました。トホホな顔をキミにもお見せしたい〜〜〜、ひゃははは!』

 「くっ、まさか……晴佳っ?!」

 『それに……こんなものですかぁ、硝月さんあなたの力は。結構弱くてガックシですよ、きゃははは!』


 明らかにジャグラーが倉菜を誘っている。この場を収めようと必死になっている倉菜はその言葉に乗ってしまい、過剰な力を求めようと手に力を込める……すると彼女の周囲に再び強力なパワーが集まり始めた!


 「あなたは……倒さなければならない相手……!」

 『ひゃっはっは、予言しましょ〜〜〜う。あなたは負ける。きゃははは!』


 「おねーちゃんをいじめちゃダメ〜〜〜っ!」

 「ぴゅーちゃんとみあおちゃんのダブルアタックだぴゅ!」

 『くっ……せっかくいいところを……力が有り余っているというのに、この子どもたちはぁ! 邪魔です、あっちに行きなさいっ!』


 小鳥のままのみあおと魚のままのピューイはジャグラーの周囲を飛び回って集中をかき乱す。倉菜は攻撃するわけにも行かず、いったんはその力を戻し冷静さを取り戻した。次第にふたりは飛び回るだけではなく、体当たりやくちばしで攻撃し始めると、ジャグラーにある異変が起こる……


 『い、痛いっ! やめなさい、さっきからピーチクパーチクとこざかし、いたいたたたっ!』

 「ピーチクパーチクなんていわないもん!」

 「ピーチクパーチクだぴゅ!」


 「おい、朱羽……なんか変じゃないか、あいつ。さっきまであのふたりの突っつきなんてぜんぜん痛がってなかったのに、倉菜が力を抜いた途端に痛がりはじめたぞ?」

 「鋼、もしかしたら……この戦いに剣はいらないのかもしれない……」

 「は?」


 鋼が疑問を口にした時、ドア付近が騒がしくなる。廊下にはようやく到着した晴佳とカイスがいた。晴佳は申し訳なさそうに朱羽に謝る。


 「悪りぃ……俺が……俺がそいつをパワーアップさせたんだ!」

 「やはり……晴佳、お前こいつに根も葉もないこと吹き込まれたんだな。それでこんなことになった、というわけか。硝月、剣を下ろせ。こいつのパワーは今になくなる。無理に強大なパワーで立ち向かわなくてもいい。さ、晴佳、何をジャグラーに言われた。」

 「そっ、そんなこと言えるわけないだろ……」

 「余計なことを考えるな! 人間の命がかかってるんだ、早く言えっ!!」


 「俺は……お前の自由な時間を奪っていると……」


 『そうだ、朱羽も自覚しろ! お前はもっと自由に生きられる! そいつの相手などせずとも、もっと自由に生きられるはずだ! きゃははは!』


 とっさに放ったジャグラーの言葉を聞いて倉菜がはっとする。そして自らの力を解除し、彼女はあえていつもの姿で敵と対峙した。そして彼女は静かに話し始めた……


 「そういうことだったの……あなたが敵を挑発する理由がやっとわかった。あなたの力の源は近くにいる人間の恐怖心や不安、憤怒や嫉妬などの負の感情なのね。だから、あなたはいつも目標にした生徒がたったひとりの時にしか動かなかった。いえ、正確には動けなかったのよ。」

 「『殺人』と名乗るくせに人が殺せない理由はそこにあった。普通の人間から得られるパワーだけでは人を殺すだけの威力がない。お前が得られるパワーはその人間の潜在能力に依存する……俺もそれを知って失望した。お前は本物の見世物だ、殺人ジャグラー。」

 『ぐぐぐ……余計なことを……』


 カイスからも鋭い指摘を受け、悔しそうに唸るジャグラー。そして彼は言葉を続ける。


 「そんなお前の犠牲になったハルカが不憫だったので、少し諭してやった。あとは本人次第……といいたいところだが、この場合はそうもいかん。あとはそこの友人に任せた。」

 「仕方ないか。少なからず俺にも責任はあるかもしれんからな。だが硝月を追いこむほどのパワーを献上するとは……底知れぬパワーを持ってるんだな、お前は。晴佳よく聞け、今まで俺がお前のことを少しでも邪魔者扱いしたかどうか、日々の生活をよく思い出せ。俺は惰性で好きでもない人間と付き合えるような器用さはない……わかってるだろうそれくらい。」


 カイスからバトンを受け取り、朱羽は晴佳に自分の気持ちを打ち明ける……その素直な言葉に心を打たれる晴佳はうつむきながら答える。


 「しゅ、朱羽……俺……ごめん、ありがとう。」

 「しかしお前、大勢の前でこんなことを言わせるな。まったくもって困った奴だ。」


 朱羽は照れが入ったのか、頭を掻きながら晴佳を叱責する。晴佳も自分自身を恥じたのか、顔を紅潮させたままうつむいていた。カイスはその様子を見てほくそ笑む。その声を聞いたふたりは過敏に反応する……カイスに顔を向け、同時にじっと睨む。しかし、今度は口ではなく鼻で笑うカイス。それを見てふたりは豪快に笑った。


 『やめろぉ! そんな茶番はやめろぉぉぉ! お前らにそんな感情は必要ないっ!』


 自分の体から力が抜けていくのを感じたのか、なりふり構わず周りを非難し始めるジャグラー。その姿はあまりにも哀れだった。鋼は蛍子の肩をつかみ、目と目を合わせて説得する。


 「蛍子さん、あなたも同じだよ。晴佳と一緒だ。確かに自分で犯したミスだけど、それをカバーする機会ならいくらでもある。絶対ある、きっとある! だからそんなに悲しまなくてもいい。心配しなくてもいい!」

 「おねーちゃんもね、いつでもあかるく笑えばいいんだよ!」

 「がんばることが、いいことなんだぴゅ!」


 『やめろぉぉ……やめるんだ……その子のためにならない……ために……ならないんだ……』


 「あなたには心の安らぎが必要ね。耳を澄まして……あなたにも数字では推し量れない大切な思いが……あるはずよ。」


 倉菜は具現化したバイオリンを手にし、静かに音楽を奏で始める……その音はジャグラーの悪意を徐々に剥がしていく。大鎌は崩れ去り、真紅のマントは朽ち果て、顔を隠したメイクは消えていく……そこから現れたのは蛍子の担任の栗原だった。彼は倉菜の音楽に包まれながら、無意識に口を動かす。


 「だ、ダメなんだ……一度のミスで彼女の進学の幅が狭まるんだ……彼女のやりたいことに繋がらないかもしれない……それが心配なんだ……彼女ほどの才能を持った子は……さまざまな選択肢がなければならない……可能性が……あるんだ……もう……取り返しがつかない……」

 「そこまで生徒のことを思ってやれるのに、なんであんたは道を踏み外したんだ……里中さんと一緒だ。あんたも絶対にやり直せるはずだ。だからやり直せよ。わかったな!」


 鋼はうつろな目をした栗原の肩をつかみ、目に涙を浮かべながら言い聞かせる。その言葉に返事はない。だが、ここにいる誰もが信じた。彼がまた正しい道を歩くことを……倉菜が心を込めて弾く曲は音楽準備室を包み、その悲しい思いをすべて浄化させた……





 事件が解決する頃には夜になっていた。こんな時間に学生食堂が開いているはずもなく、晴佳が楽しみにしていたごほうびは後日に持ち越しとなった。このごほうびの話を後から聞いて大喜びしていたのがピューイだったがお預け決定になった瞬間、「一生懸命がんばってお腹が空いたでぴゅ」と寂しそうにしていた。結局、また日を改めてみんなと会食しようという鋼の案が採用された。


 人の形を取らないカイスは誰もいない校庭で皆に別れを告げる。彼は会食にも顔は出さないと答えた。


 「いい見世物だった。また観察にでも来るか……」

 「バイバイ、おじさん!」

 「また会おうでぴゅ〜!」

 「だが、『墓場の森』に近づいたら追い返すぞ……」


 カイスは迷いなくまっすぐに森へと向かう……彼が歩く姿は、彼を見守る人間たちが歩く『道』を象徴しているかのようだった。カイスはそれに気づき、少し笑った。そして無意識のうちに後ろを振り返った。彼は振り返らずとも彼らの姿が見えるはずなのに……


 振り返った先には、まっすぐに生きる者たちの姿が映っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2043/ピューイ・ディモン /男性/ 10歳/夢の管理人・ペット・小学生
2101/直井・晴佳     /男性/ 17歳/高校生・獣人
2319/F・カイス      /男性/  4歳/墓場をうろつくモノ・機械人形
2194/硝月・倉菜     /女性/ 17歳/女子高生兼楽器職人
1415/海原・みあお    /女性/ 13歳/小学生
2058/矢塚・朱羽     /男性/ 17歳/高校生・焔法師
2239/不城・鋼      /男性/ 17歳/元総番(現在普通の高校生)


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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は『学園ホラーサスペンス』でした。
ところが中盤まではいつもの市川テイストで締められてますね……なんででしょう?(笑)
今回は大所帯7名様のシナリオなので、もう本編盛りだくさんです!


同級生の晴佳くんとの強力タッグを見せつけてくれた朱羽くん、今回は武器なし!
それでもこの事件は観察と友情と信念で乗り切ってくれました。ありがとう、朱羽!(笑)
個人的には倉菜ちゃんとの頭脳派タッグも好きです〜。あ、晴佳くん怒るかな?


この作品は個別での変更点がありません。あえて統一感を出してみました。いかがでしょう?
今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!