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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幻想の国から〜万病薬

●一大事件の始まり

 その報せは唐突にやってきた。
「結城、結城。大変っ!」
 バタバタと騒がしい駆け足とともに、芳野風海(ふうか)が芳野書房に駆けこんで来た。
「どうしたんだよ・・・?」
 全力疾走をしてきたらしい。ゼェゼェと荒い息をついた風海は一度大きく深呼吸をして息を調えてから、真剣な表情で口を開いた。
「おじいちゃんが・・・危篤状態に・・」
 風海の祖父はこの芳野書房の店主。本を大事にしてくれるその老人は、本の九十九神である結城にとってはとても大事な人だった。
 これから病院に行くという風海に、結城はついて行くことができなかった。
 何故なら、老人は結城の存在を知らないのだから。いきなりお見舞いに訪ねて行っても変な顔をされるだけだ。
 なにか・・・・・何か、できることはないだろうか?
 じっとしていられなくて、うろうろと本屋の中を歩きまわって。
 そしてふと、思い出した。
 以前見つけたファンタジー小説の中に、そういえばどんな病にも効く薬というのがあった。
 慌てて探し出した本を確認してみればそれはとある植物の花びら――なのだが、結城は『生物』を現実側に引っ張り出してくることはできない。
 その本では登場人物の台詞の中に存在が描かれているだけで、薬として加工された実物は――すなわち『物品』は出てこなかったのだ。
 現実に手に入れるためには植物のところまで直に行って、花びらをひっこぬいて生命活動を停止させ『物品』にする必要がある。
「・・・一人で行くのは・・・ちょっとなあ」
 自分が本の中に行く際に、誰かを本の中に引きずりこむのは問題ない。
 残るは、誰に頼るか、ということなのだが・・・・・・・。
「草間さんとこ行ってこようっと」


●草間興信所にて

 その日も草間興信所は大盛況だった。・・・・・・草間武彦の望まない方向に。
 興信所事務員のシュライン・エマがいるのは当然だから良い。ちょくちょく仕事の依頼を聞きに来ている真名神慶悟もまあ、良いだろう。
 しかし残る面子は客でもなければ仕事の依頼を聞きに来たわけでもない――いつものパターンから考えて、何かがあれば手を貸してくれるだろうが。
 学生である白里焔寿、音楽家の七瀬雪、元大学教授の天宮一兵衛。皆、用があってというよりは、なんとなく集ってきているような感じだ。
「まあ、ほら。今日は少ない方だし、ね」
 興信所というより溜まり場と化している近頃の惨状を思って溜息をつく武彦に、シュラインが苦笑する。
「そうだな・・・今日は騒ぎ出すような面子じゃないだけマシだな」
 シュラインの微妙なフォローに、武彦も苦笑を返してソファーに目を向ける。
 ソファーに座っている四人は穏やかに雑談を繰り広げていた。
 と、その時――
 バタバタバタバタッ・・・バタンっ!!
「草間さんっ!!」
 あまりの剣幕に、全員の視線が入口のドアに集中した。
 入ってきたのは蒼い髪に金の瞳の少年――本の九十九神、結城だった。
「突然で悪いんだけど、手を貸してくれないか?」
 一瞬目を丸くした武彦であったが、すぐに気を取りなおして真剣な表情で頷く。
「ずいぶん焦っているようだけど・・・何があったの?」
 シュラインの問いに、結城は大事な人が病に倒れ、危篤状態に陥っていること。病を治す薬を手に入れるために力を貸してほしいことを告げたた。
「お医者さまに任せるのではダメなんですか?」
 アメリカンショートヘアの愛猫・チャームを膝に抱いて、焔寿はおっとりと問い返した。
「ダメってわけじゃないけど、オレも何かしたいんだ。でもオレ一人じゃ無事に薬を手に入れられる自信がなくてさ・・・・・・頼むよ」
 折目正しく、深々と頭を下げる。
「一人で辿り着けない・・・? どんな場所にあるんだ、その薬は」
 結城の物言いに引っかかる部分を見つけたらしく、慶悟が怪訝そうな顔をした。
「えーと・・・本の中の世界」
「本の中に行くんですか? すごい、どんな世界なんでしょう?」
 胸の前で両手を合わせた焔寿がおっとりとした口調は変わらないまま、わくわくと瞳を輝かせる。
「あ、今持ってきてる」
 さっと結城が出した本はよくある『剣と魔法のファンタジー』ってヤツだ。人間やエルフや有翼人なんかが、普通に存在しているような世界観の。ジャンル的にはライトファンタジーに入るだろう。
「ふぁんたじぃな世界か。一度行ってみたかったのじゃ」
 一兵衛が楽しげに笑う。
「私も同感です。本の中に入るなんてすごいですわ。ぜひお供させてください」
 雪もにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。
「そうだな・・・。俺はファンタジー小説とはあまり縁がないが、命に関わる話と聞いた以上、無視する気にはならないな」
 慶悟の言葉にシュラインが同意を示して頷き、ここに、ファンタジー世界に突入する面子が決まったのであった。


●出掛ける前の注意事項

「花のある場所はわかってるんだ。本の中に入って、どの場所に出るかは好きに出来るから、そこに直接出ることもできる」
 本を前にした結城の説明に、一行は不思議そうな顔をした。
「そうすると・・・何故私たちの力が必要なんでしょう?」
 最初にその疑問を口にしたのは雪だが、他の面子もまったく同じ疑問を抱いていた。
 結城が、大きな溜息をつく。
「その、花が、問題なんだ」
「ほう。どう問題なんじゃ?」
 一兵衛の問いに、結城は再度溜息をついた。
「その花ってさ・・・人食い植物に寄生する植物なんだ・・・」
「・・・・つまり、人食い植物を倒さねば、目的の花は手に入れられないというわけだな」
 要点を整理した慶悟に、結城はがっくりと肩を落としたままで頷いた。
「一人では無理な理由はわかりました。では、中に行ったら注意することってあります?」
 焔寿は相変わらずチャームを抱えたままで、結城に向き直った。
「えーと、俺からはぐれたら帰れなくなる」
「ほかには?」
「そんくらいかなあ。あと、本の中っつっても、入っちゃえば現実と同じだからその辺気をつけてくれば・・・」
「現実ではないと思って油断しちゃいけないってことね」
 シュラインが真剣な声で呟く。
「他は・・・質問とか準備とか、ある?」
 申し訳なさそうに結城が呟いたところ、数人が立ちあがった。
 簡単な言葉のやり取りののち、待つこと数十分。
 焔寿は可愛らしいアリスルックで。一兵衛は本当にファンタジー小説によくありそげな、街人普段着風の服装で現われた。
 いや、向こうに行ったらこの方が確かに目立たないんだけど・・・・。
 ここに戻ってくるまでの道をこの格好で歩いてきたのかと思うと、ちょっと苦笑してしまう結城であった。


●人食い植物の森

 うっそうと繁る森。時折聞こえる奇怪な声。足元は一面が草と土で覆われている。ぐるりと視界を巡らせて見れば山と、下方に小さく街が見える。澄んだ空気と美しい小川。
 現代東京では絶対に見れない光景だ。
「人食い植物の居場所はわかってるのか?」
「この辺に生息してるってくらいしかわからないんだ」
「なら、地道に探しましょ」
 ちなみに、結城と慶悟と雪の三人は現代の普段着。シュラインは実は今夜出掛ける予定があったため、余所行きの格好をしている。そして焔寿と一兵衛は本人なりのファンタジールック。
「そうですねえ・・・私、少し上から様子を見てきますわ」
 ばさりと、雪の背から白い翼が現われ、髪が金色に変化する。
「うわ、すごい・・・。綺麗だなー」
 感心したふうな結城に、雪がにっこりと笑った。
「ファンタジーな世界なら、天使の姿が見つかっても大丈夫そうですしね」
 ふわりと飛んで行く雪を見送ってからしばらくののち――白い翼を羽ばたかせて雪が帰って来た。
「おかえりなさい、どうだった?」
 シュラインの問いに、雪は困ったような顔をした。
「動く植物はいましたけど、どれがそれなのかまでは・・・・」
「そんなにたくさん動く植物がいたんですか?」
 焔寿が尋ねたちょうど時。また。奇怪な声が聞こえた。
 ふと、雪が思い出したよう呟く。
「そういえば、あの音の近くで、よく動く植物を見かけましたわ」
「ふむ・・・・・・。仲間を呼んででもいるのじゃろうか?」
「なら、試してみる?」
 シュラインの提案に即頷いたのは、慶悟だ。この面子の中ではシュラインとの付き合いがかなり長い方になるゆえの、即答だ。
 他の面子も頷き、そして。
 シュラインの口から音が零れる。高く、細い――何かと何かを擦り合わせたような音。
「あ、あれっ!」
 最初に気付いたのは焔寿。がさごそと繁みを揺らして、現われる――毒々しい赤い花びらを持ち、根っこをわさわさと動かして移動してくる、植物。その茎には細い糸のような物が巻きついており、小さな白い花が咲いていた。
「あれだな」
「うん」
 白い花を指差した慶悟に、結城がこくりと頷いた。
「よし、さっそくボス戦じゃな!」
 と、張りきってくれた一兵衛さんには申し訳ないくらいに、戦闘は、あっさりと終わった。
 白い花を傷つけてはいけないと言うハンデがあっても、慶悟の式神で攻撃して一撃で片がつく程の弱さだったのだ。結城本人もこんなに弱いとは思っていなかったらしく、半ば茫然としている。
「・・・・結城くん」
 あまりのあっけなさに思わずといった感で、シュラインの呟きが漏れた。


●そして、帰還

「えーと・・・実は俺お金とか持ってないからさあ・・・お礼は、持ち帰れるモン持ち出しオッケーってことで良い?」
「まあ、そんなとこでしょうね」
 もともと結城がお金を持っているなどと期待していなかったシュラインが苦笑を浮かべた。
「それなら私は、お花を持って帰りたいですわ」
 雪がにっこりとたおやかに笑う。
「えーと、根付いてないやつなら大丈夫だよ、切ったばっかの花は持ち帰れるか怪しいけど」
「あら、どうしてですか?」
 焔寿の問いに、結城が至極真面目な表情で答える。
「生き物は現実に持ち出せないから」
「ふむ・・・それなら花の種かなにか持ち帰ってみたらどうじゃ?」
 ふいに、一兵衛がそんなことを言い出した。
「ああ、それなら大丈夫なんじゃないか?」
 市兵衛に同意して慶悟も頷く。
「えーと、じゃあ花の種ね。他の人は?」
 結城の問いに、残る面子も希望を告げて。一行は、無事現実に帰って行った。



 後日――結城の住まう芳野書房が久方ぶりにシャッターを開けた。
 その店番をするのは無事退院することのできた店主と、そして、もう一人・・・・・・。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2144|七瀬雪     |女|22|音楽家
0389|真名神慶悟   |男|20|陰陽師
1305|白里焔寿    |女|17|新聖都学園生徒・天翼の神子
1276|天宮一兵衛   |男|72|楽隠居(元大学教授)

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■         ライター通信          ■
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 こんばんわ、日向 葵です。
 このたびは依頼にご参加頂き、どうもありがとうございました。

 本の中での行動よりも、行く前の準備段階に重きを置いたプレイングが多かったので、本の中の描写は案外あっさりとしてしまいました。
 ファンタジー世界や戦闘を期待していた方がいらっしゃいましたら・・・ゴメンナサイ(--;

 それでは、皆様が少しでも楽しんでいただけることを祈りつつ・・・・。