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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


エスケープメント

とんでもないことになってしまった。どうやら月刊アトラス編集部で働いている桂という人の、空間をねじ曲げる力に巻き込まれてしまったらしい。素直に出られればよかったのだが、出口を間違えた。桂がありとあらゆる場所をつなぎ合わせてしまったため、写真の中に閉じ込められてしまった。
ただ、写真の中だからといって動けないわけではない。多分、現実世界でこの書斎の写真を見れば、あなたはうろうろ歩いている。なぜならあなたが今手にしている雑誌、月刊アトラスの後記に掲載されている編集部写真の中では彼を巻き込んだ桂本人を含め数人が動き回っているからだ。
閉じ込められた六人は、誰からともなく名乗っていた。
「えっと、あたしは雨柳凪砂……です」
戸惑いつつ凪砂は名乗る。不安がさらに言葉を続けさせる。
「あ……あの、あたし、どうしてここにいるんでしょう?」
凪砂の視線は車椅子の男性に注がれていた。理由は単純、全員の中で彼が現状に対し最も動揺していないように見えたからだった。セレスティ・カーニンガムは車椅子の車輪、室内用なので清潔だ、を撫でながら肩をすくめる。
「キミがただ方向音痴で道を間違えただけなら、私に説明はできませんね。けれどキミが私と同じように、同じ手順を踏んでこの空間に迷い込んできたとすれば、キミは私の説明を聞く意味があるかもしれません」
「は、はあ……」
凪砂の他にも数人、現状を把握していないようだった。彼らのためにセレスティは唇と舌を労働に傾ける。だが、セレスティの話はかなり高度な思考で構成されているため、空間と次元の関係について実際理解できたわけではないようだった。
「わかったかい?」
「あ、は、はい」
それでも凪砂は、理解しなければ申し訳ないというように頷いた。善良な精神の持ち主なのだ。
一方原因と結果を把握している二人、誰の仕業か見当はついている二人は悠長に部屋の検分を始めていた。眼鏡をかけた長身の女性、綾和泉汐耶が本棚に並ぶ背表紙を指でなぞる。
「悪くない趣味よね。私、こんな広い書斎が欲しいと思ったのよ」
「それじゃあ僕に注文してみませんか?腕には自信あるんですよ」
答えた功刀歩は建築事務所に勤務している一級建築士。だが汐耶はその笑顔にただならぬ気配を感じたのかきっぱり断っていた。そんな二人の間からひょこりと、和装の本郷源が飛び出す。丸い頭の上には猫が乗っている。
「確かに広い部屋じゃのう。だがわしの家よりは狭いな」
相槌を打つように、頭の上の猫がにゃあと鳴く。さらに続けて、少年の声。
「ああ確かに広いだろうさ。なんたって部屋じゃなくて家だからね」
「なんじゃと!」
源が振り向くと、如月縁樹の抱いている人形がケタケタと笑っていた。どうやら、今の暴言はその人形から発せられたものらしい。
「こら、ノイ。失礼じゃありませんか」
「だって当たり前のこと言ってるから、おかしくってさ」
「失礼ではなく無礼じゃこの人形!」
「人形じゃなくて、ボクにはノイって名前があるんだよ」
「やかまし……」
ノイと源が一触即発寸前のそのとき、源の猫がふと頭の上から飛び降り、セレスティの車椅子に近寄るとその足をふんふんと嗅ぎだした。
「こら、にゃんこ丸。お前も失礼じゃ」
セレスティは戸惑いつつ笑っている。
「すまぬな。こやつはあまり人に迷惑をかける猫ではないのだがな」
「構いませんよ」
「そういえばあんたも妙な臭いがするな」
ノイが凪砂を見据え、いきなりそんなことを言い出した。
「え?」
思い当たるもの、首輪に触れ、凪砂は言葉に詰まる。しかしノイを抱く縁樹が
「ノイ」
「縁樹もわかるだろう?不思議な臭いがするよ、こいつ」
「ノイ」
繰り返しノイの名前を呼び、少し厳しく睨んでみせる。と、ノイはわかりましたと言わんばかりに首をすくめて口をつぐんだ。
「ごめんなさい。口は良くないんですけど、根はいい子なんです」
「い、いえ、気にしませんから……」
だが凪砂の心臓は跳ね上がったままである。動揺を察したのか縁樹はノイの背中にあるチャックを開き、中からなんとティーセットを取り出し始めた。
「よかったらお茶でも飲みませんか?」
「はい?」
この部屋に閉じ込められてから予想外の事態ばかりだった。不思議の国の、という言葉が喉元まで競りあがったが凪砂は言葉を抑えこむ。まさかお茶まではできすぎだ。
「立っていたって現状が変わるわけでもないですし、だったら今を楽しまないと」
見る見るうちに縁樹はティーカップを次々書斎の大きな机に並べていく。ノイは五十センチくらいの人形なのだが、一体どこにティーセット丸々入っているのか凪砂はつくづくその背中を見つめてしまった。するとノイに
「いやらしい」
と悪態を吐かれてしまう。ごめんなさい、とたじろぐ凪砂の後ろでセレスティが私にもお茶を頂けるかな、と片手を上げていた。勿論です、と答えながら縁樹の手は全員分のティーカップをノイの背中から取り出し終えていた。
「こっちにいらっしゃい」
ノイに横目で睨まれしょんぼりしていると汐耶がソファに手招きしてくれた。二人掛けなのだが二人で座ってもまだ隙間があった。と、思っているとその間に源が飛び込んできた。
「酒のほうがいいのう」
と言いつつ砂糖を二杯も入れながら飲んでいる。凪砂はこのままで充分に美味しいと思った。しかし、セレスティだけが。
「確かに美味しいですが」
「ですが?」
縁樹が不安そうな表情を浮かべる。
「私たちはどうやってここから脱出しましょうか?」
その言葉が六人を再び現実、いやここが現実であるかはわからないのだが、閉じ込められた空間に押し戻す。
「確かにどうしましょうか」
素直に反応したのは凪砂。
「僕、夕方から仕事があるんですけどね」
歩はそう言いながらどこか平然として見える。
「私だって同じよ、これでも忙しいんですから」
「源は学校休めるなら楽しいのう」
初対面の時分から薄々感じられていたことだったが、ここにいる全員が現状、一つの空間に閉じ込められていることに対してそれほど切羽詰った危機感は抱いてはいなかった。むしろ特異な空間を楽しんでいるように思えた。わずかにでも現状打破を試みようとしているのは、仕事が差し迫っている歩と汐耶くらいだった。
「原因は多分、桂くんね」
「恐らく」
「桂というのは、この写真の少年ですね?」
汐耶、歩、セレスティの頭が集まると会話は冷静に進む。それぞれフランス人の思考方法を尊んでいるように見える、外国のことわざだ。
「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える」
一方源、凪砂、縁樹とノイはスペイン人の思考方法が気に入っているらしく。
「この扉から出てどんどん進めば出られるのではないか?」
「でも、セレスティさんがここは写真の世界だと仰ってましたよ。ただ歩くだけじゃ写真の世界からは出られませんから、本当の世界との接点を見つけなければ……」
それでも縁樹はいくらか冷静だ。
「匂いで辿れるでしょうか?えっと、あたし、そういうの得意なんで」
本当は空間を喰らってもいいのだけどさすがにそこまではできない、と思ったらノイが。
「面倒だなあ。いっそのことこの世界破壊しちゃえば早いよ」
言うが早いか背中から巨大な大砲を取り出す、だがそれはさすがにセレスティたちから止められる。
「キミ、それは感心しないね」
「それよりやっぱり、桂氏に連絡をとるべきだよ」
「どうするのじゃ?」
源が首を傾げる。足元のにゃんこ丸もにゃあと鳴く。すると、汐耶がハンドバッグの中からなにかを取り出した。折りたたまれているそれをぱちんと開き、そして。
「携帯電話、つながるかしら?」
この不可思議な世界においてあまりに常識的な意見だったもので、思わず凪砂はくすりと笑ってしまった。
机の上に置かれた月刊アトラス、編集後記の写真の中で桂は動き回っていた。なにか資料集めをしているようなのだが、ふとなにかに気づいて顔をあげ、ポケットを探り出した。
「つながったみたいね」
携帯電話を耳にあてた汐耶は呟いた。
「もしもし?」
雑誌の中から桂の声が聞こえた。
「もしもし、綾和泉ですけど」
「ああ、汐耶さん」
写真の中で桂がにこりと笑うのが見える。どうしたんですか、と答える声は六人の現状を知らないせいか明るい。
「今編集部かしら。もしそうだったら、コピー機のそばにあるインテリア雑誌を見てごらんなさい」
「はい?」
桂は意味がわからない、という顔をしながらコピー機の周囲を見回している。やがて目的の一冊を取り出し、なにげなくページをめくり、今自分が会話している女性とさらに五人が閉じ込められているページに出くわす。
「あれえ?」
「なにが起きたか説明できるかしら。いえ、説明してもらえるかしら」
どうやら僕のせいみたいですね、と桂が素直に非を認める。電話で話しつつも、桂は雑誌の写真に目を落とし続けている。
「私たちここから出たいんだけど」
「ええ、碇さんが国会図書館まで調べものをお願いしていたんですよ。だからそこにいられると僕も困ってしまいます」
「だったら早くしてくださいよ」
横で聞いていた歩が痺れを切らしたように口を出す。
「それじゃあみなさん、目を閉じて」
「目?」
縁樹とノイが顔を見合わせる。それを見つめる凪砂自身の目。目なんて閉じてどうするのだろう。すると、桂は言った。
「知らないんですか?目は、人間の一番身近にある扉なんですよ」
扉を閉じて、開けてください。そうすればあなたたちの行きたい場所へ僕が空間をつなげます。桂に促され、全員が目を閉じた。そして再び開いたとき、全員はあるべき場所に立っていた。
凪砂は目を開けた。自分が編集部の前に立っているのに気づいた。左手の時計を見ると時間は以前に見たのとほとんど変わらない。
「どうなっちゃったんでしょう?」
扉を開ければ多分、桂がいるのだろう。自分を見て笑いかけるだろう、だがそれが、凪砂の幻を証明づけることにはつながらない。今のは夢だったのかしら、と首を傾げずにはいられなかった。
だが、あの空間は夢ではなかった。なぜなら
「お茶でも飲みませんか?」
肩を叩かれ、聞き覚えのある声が聞こえたからだ。凪砂は振り返り、そこに縁樹とノイがいるのを見つけて笑った。仕事探しはまた明日、に決めた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1108/ 本郷源/女性/6歳/オーナー・小学生・獣人
1431/ 如月縁樹/女性/19歳 /旅人
1449/ 綾和泉汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
1847/ 雨柳凪砂/女性/24歳/好事家
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2346/ 功刀歩/男性/29歳/建築家・交渉屋


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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
作品ではいつも、各キャラクターの個性を出せるよう意識して書いていきたいと思っています。
あと不思議な空間における日常の面白さとか。
凪砂さまは素直そうな方だったので、一番振り回される役になってしまいました。
もう少しその純粋さをいい面に強調できればよかったのですが、申し訳ありません。
それらの印象が、作品中にうまく覗いていれば、幸いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。