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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


私を知る彼女【完結編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『私を知る彼女』――。
 9月半ばのある日、星村高校に通う少女・伊藤はるな(いとう・はるな)から依頼を受けた草間興信所所長・草間武彦は、仲間たちとともに転入生の少女・雪村樹理(ゆきむら・じゅり)の調査に乗り出していた。
 調査の過程で、樹理の父親が海外で名を知られた雪村湯三郎(ゆきむら・ゆざぶろう)医学博士であることや、樹理が3年前に軽井沢の私立高を病気で休学していたことなどが判明する。
 その矢先、急転直下な事態が起こってしまう。樹理にお熱だった3人組の中の1人、上野浩二(うえの・こうじ)がグラウンドにある木から転落して死亡したのだ。だが仲間を失ったはずの残り2人、有田昭治(ありた・しょうじ)と井田健児(いだ・けんじ)には上野の死を悲しむ素振りは見られない。いや、むしろこれ幸いと思っている節もあった。
 さらに調査を続ける一同。その結果、雪村博士から意外な事実を告白される。実は睡眠薬を飲んで自殺したある少年の脳の一部を、脳腫瘍であった樹理に移植したのだと。雪村博士にそうさせた背後には、山羊の角を持つ半身半獣の悪魔の影が……!
 その少年の名は月城友則(つきしろ・とものり)。有田たち3人にいじめを受け、はるなに好意を持っていた少年であった。
 いったい全ての謎はどう繋がっているのか、そして悪魔の目的は何なのか。一同は決着をつけるべく動き出した。
 悪魔がどこかで嘲笑っているような気がした――。

●若者たちを見守る者たち【2】
 デート当日――品川区・港区・江東区の3区が入り乱れる場所・台場。
 数年前ならいざ知らず、発展してきた今となっては平日にも関わらず訪れる者は決して少なくない。もっとも、これが夏休みや日曜祝日であれば、さらに人の数は膨れ上がるのであるが。それこそ、老若男女問わず洒落にならないくらいの人数に。
「また……厄介な場所を選んだもんだな」
 ビルの壁にもたれ掛かりながら、新聞を読んでいた草間が呆れたように言った。そして額の汗を手の甲で拭う。9月に入ったとはいえ、残暑はまだ厳しい。
 草間は新聞越しに、その先に目をやった。そこには水色のワンピースに身を包んだ樹理をエスコートしている田中裕介の姿があった。裕介に買ってもらったのだろうか、樹理の手にはブティックの袋が握られていた。
「最初にブティック、それからレストランで昼食、で、この後はウィンドウショッピングかしら?」
 草間の隣に居たシュライン・エマは、そう言いながら手にしていたコンビニの袋から、あんぱんと牛乳を取り出して草間に手渡した。ちなみに今シュラインが言ったのは、これまでの裕介たちの行動である。
「……あいつ、本気でデート楽しんでるんじゃないだろうな?」
 冗談混じりに草間が言う。そんなことはなと分かっていての言葉だ。裕介が辺りをそれとなく警戒しているのは、今日ずっと追いかけて見ているので理解している。
「さてと。他の皆にも差し入れして、それからまた私も周囲を調べてくるわ。伝言あれば伝えてくるけど?」
「1度顔を突き合わせて、状況を確認したい。合間を縫って、俺の所へ来てくれ」
「ん、了解。武彦さん、気を付けて」
「そっちもな」
 言葉を交わし終えると、シュラインは他の皆の所を回るべく草間から離れていった。
 台場に居て裕介のデートの様子を追いかけているのは、この2人だけではなかった。真名神慶悟、戸隠ソネ子、宮小路皇騎、御崎月斗らも他の場所に潜んでいるはずだ。
 その時、草間の携帯電話が鳴った。出てみると、それは守崎啓斗からの電話であった。
「俺だ。ああ、分かった。じゃあ……気を付けてこっちに来てくれ。おいおい、ヒルズじゃない。お台場だからな。そりゃそっちも観光スポットには違いないが……ともかく、待ってるぞ」
 苦笑しつつ電話を切る草間。そして、シュラインの差し入れであるあんぱんに手を付け始めた。

●来訪者【3】
 同じ頃――草間興信所。
 こちらはこちらで人が居た。留守を預かる草間零の他、海原みなも、セレスティ・カーニンガム、そして雪村博士とはるなの合わせて5人だ。万が一のことを考え、ここで待機しているのである。
「……これ、何ですか?」
 はるなは不思議そうな顔をして、テーブルの上に並んでいる小瓶を見ていた。今日はここに来るまで、みなもに付き添われてやってきていた。その間、みなもはあれこれと月城について尋ねてみたが、ごく普通の性格だったようだという答えが返ってきていた。
「こっちのグループが聖油で、そっちのグループが聖水です」
 零が小瓶の各グループを指差し、ぐるぐると指先を回して示しながら答えた。
「聖水ですか?」
 聖水の方の小瓶を手に取り、みなもがしげしげと見つめた。
「シュラインさんが置いていってくれたんですけど……」
「なるほど。対悪魔用ですね」
 セレスティが納得したように言った。相手の程度にもよるが、悪魔相手であれば多少なりとも効果は期待出来るだろう。
「雪村博士」
 それからセレスティは向き直って、雪村博士に話しかけた。
「そういえば、悪魔とはどのような契約をされたのですか」
 皆の視線が一斉に雪村博士へ注がれた。そうだ、肝心な話である。今日の行動は、悪魔との契約を無理に破ろうとしているようなものだ。内容如何では、樹理などにどのような影響が及ぶか分からない。
「…………」
 しかし、雪村博士は黙っていた。何やら考え込んでいるようにも見える。
「博士」
「うむ……」
 少ししてセレスティが促すと、雪村博士はようやく口を開き始めた。
「契約……は結んだことになるのだろうな。結果的に、私は悪魔のささやきに乗ったのだから。だがよく考えてみれば……代償について、はっきりと約束した気がしない。漠然と魂を取られるのだろうとは思っていたが……」
 難しい表情を浮かべる雪村博士。と、その時、玄関の扉が2度ノックされた。
「どなたですか!」
 咄嗟に身構え、扉の方を向く零。やや間があって、扉の向こうより声が聞こえてきた。
「入ってもよろしいでしょうか?」
 優し気な女性の声だ。
「どうぞ」
 零がそう答えると、扉を静かに開いて女性が1人入ってきた。中華テイストの入った衣服に身を包んだ、年の頃なら30歳前といった美しき容貌の女性であった。
 女性は入るなり、室内をきょろきょろと見回した。それから少し残念そうな表情を浮かべた。
「もう出かけた後なのね……」
「あの……」
 零が怪訝そうに女性に話しかける。すると女性はつかつかと零の方へ歩み寄ってきた。そしておもむろに――。
「えっ?」
「きゃ〜っ、可愛いですわね〜っ♪」
 女性は零にぎゅっと抱きついて、感激した様子を見せていた。その行動に、他の皆はただ呆気に取られるばかりで……。
「あっ、あのっ? どなた……なんですか?」
「あら、ごめんなさいね」
 零の困惑した様子に気付いた女性は、零からぱっと離れると、改まった口調で自らの名を名乗った。
「宮小路綾霞と申します」

●推測と確信【4】
 台場・某ビルの喫煙スペース。
「……クシュン!」
 皇騎が盛大にくしゃみをした。そんな皇騎に、草間が煙草片手で心配そうに尋ねる。
「夏風邪か? それとも煙か?」
「いえ……ちょっと鼻がむずっとしただけで」
「ならいいが。で、どうだ?」
 さっそく本題に入る草間。皇騎は現在までの状況を、報告に来たのである。
「今の所は異常はありません。この……人の多さは少々困りますが」
「全くだな。それでも徐々に、あいつらの回りに人は少なくなってきたようだがな」
 苦笑する皇騎と草間。確かに、時間が経つにつれて裕介と樹理の周囲には人の姿が減ってきていた。デート開始当初が10だとすれば、今は5か6だろうか。
「一応手は打っていますから、その効果が出てきたんでしょう。欲を言えば……他の場所の方が何かとやりやすかったんですけど。例えば、学校」
「まあ……な。他への被害を最小限に抑えられるだろうしな。けれど、あいつにはあいつなりの考えがあるんだろう。人が多い場所だからこそ、逆に襲われないとか」
「かもしれませんね」
 くすっと笑みを浮かべる皇騎。しかし、すぐに表情を引き締めた。
「それはそれとして……背後で糸を引く悪魔の企みが気になります」
「どう思う?」
「……あくまでも推測ですよ」
 そう前置きして、皇騎は自らの考えを口にした。
「意識……あるいは魂の移植を目的としているのではないかと。樹理さんの謎の行動も、彼女に移植された脳に残っていた記憶が表面化・フラッシュバックしていると考えれば説明は可能です」
「そうか……」
 煙草を吸っていた草間は、大きく煙を吐き出した。それから皇騎は2、3の事柄を草間と確認すると、再び警戒へと戻っていった。
 入れ替わりに喫煙スペースへやってきたのは慶悟だった。慶悟は来るなり煙草を取り出し、火をつけた。
「……バカとはなかなか現代的だったな」
 しばし一服した後、思い出したようにぼそっと慶悟がつぶやいた。
「何の話だ?」
「近頃の悪魔は現代事情に通じているらしい」
 苦笑いを浮かべ、慶悟は草間に言った。しかし目は笑っていない。それだけで何の話かは察することが出来た。草間はそれ以上、深くは尋ねなかった。
「山羊頭にウマシカ呼ばわりされるとは思わなかったが。まぁ……雪辱は晴らさねばな」
 雪辱を晴らすべくは『バカ』と言われたことか、それとも逃がしてしまったことか……たぶんその両方なのだろう。
「思いっきり晴らしてやれ。馬鹿と言う奴が馬鹿、なんて言葉もあるくらいだからな。……で、どうだ?」
「不可視の式を見張りにつけているが、今の所は異常はない。会話も……伝え聞く限り、不自然さは感じないな」
 慶悟の話からすると、デート自体には妙な所はないようだ。これは多少安心出来る要素だと言えよう。
「持久戦だな。相手も警戒しているのか……」
「来るだろう。復讐を成就させるには、もってこいの場面だと思う」
 草間のつぶやきに慶悟が反応した。
「それに、悪魔を呼んだのは博士ではなく月城かもしれん。復讐のため……にしては大仰だが」
「そう思う根拠は何だ」
「すでに1人死んでいる」
「……なるほどな」
「何にせよ、悪魔が居ることに変わりはない。さて……悪魔は地獄にお帰り願わないとな」
 慶悟はそう言い残し、煙草を消して元の場所へと戻っていった。

●真意【5】
 再び草間興信所。
「あの……今日はどのようなご用件ですか?」
 綾霞の前にお茶を出し、零が尋ねた。
「そうですね。いくつか用件はあるのですけれど」
 と言い、まず綾霞が答えたのは、対悪魔戦に備え応援を率いてきたということであった。現在デートが行われている台場はもちろん、事務所の周囲にも応援の者たちが配置されているという。
「それは……心強いですね」
 みなもが一瞬安堵の表情を見せた。悪魔に対峙するには、味方はいくら居ても困ることはないのだから。
「あ、そうです。私がこちらに伺っていることは息子には……です」
 ピンと立てた人指し指を口元に持ってゆき、黙っていてほしいというゼスチャーを見せる綾霞。
「息子さん……ですか?」
 首を傾げる零。ややあって、ポンと手を叩いた。
「あ、皇騎さん!」
 気付いた零の言葉に、こくんと綾霞が頷いた。
「ああ、そうでしたか。先程から、どこかでお見かけした気がすると思っていたんですよ」
 セレスティが穏やかな笑みを浮かべた。対する綾霞もにこりと笑顔を返す。
「用件の1つはこれで終わりです。そしてもう1つ……雪村博士」
 綾霞は雪村博士を不意に呼んだ。
「……何でしょう」
「非常に大切なご質問をさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「何なりとどうぞ」
「それでは。今回の一件に関して、博士の真意を改めてお伺いしたく思います。そして……ご自分の責任はどうするおつもりか、この場で答えていただけますか」
 綾霞がまっすぐに雪村博士を見据えて言った。室内はしんと静まり返り――長い沈黙がこの場を支配した。

●思いがけぬ事態【6】
「わぁ……可愛い……」
 ウィンドウの中ガラス越し、椅子の上に鎮座する大きなくまのぬいぐるみを、樹理は目を輝かせて見つめていた。
(普通……普通の少女だな)
 裕介は樹理の横顔を見ながら、そんなことを思っていた。
 今日これまでずっとデート中だが、裕介が見ている限り樹理は樹理であった。言い方を変えれば女性であるということだ。
 ブティックやレストランも、ただ行った訳ではない。樹理の主人格がどうなのかを判断する材料とするためである。
 例えばブティック――知り合いの店であるので、店員たちには予め言い含めていた――では、ジーパンを主とした活発な服装を選んで試着させてみた。
 その時にベルトを締めさせ、締め方を見たのだが……ベルトの先は右側へ向いていた。これは女性に多い締め方だった。
 そしてレストラン。ここでは角砂糖をわざと樹理の方へ転がるよう落とし、その拾い方を観察した。けれども樹理は足を広げて、スカートでそれを拾った。女性の拾い方である。
 会話にも不自然な点は見られなかった。それとなく、月城に関係するような事柄をいくつか振ってみたのだが、樹理はきょとんとするばかりであった。
(となると、主人格は樹理か……)
 そうこうしているうちに見ているのに満足したのか、樹理がくるっと裕介の方を振り向いた。
「あ……ごめんなさい。私ばかり楽しんでしまって。退屈していませんか?」
 裕介に気遣いの言葉を投げかける樹理。しかし裕介は首を横に振った。
「いいや。誘ったのはこっちだからな。そっちが楽しいのならそれでいい」
「そうですか」
 ほっとしたのか、樹理が笑顔を見せた。
(周囲には今の所怪しい気配もない。本物のデートだな、この状態)
 心の中で苦笑いを浮かべる裕介。まあ、他人からすれば本物だろうが偽物だろうが、デートに見えていることには違いない訳で。
「すみません、行きましょう」
 それから樹理はウィンドウから離れようとしたのだが――。
「きゃあっ!」
 急にがくんと、前のめりに転びかけた。それを裕介が慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「す……すみません。何だか今、足首に何か絡まった感覚が……ああっ!」
「うわっ!」
 咄嗟のことに足元が不安定だったのか、樹理が足を滑らした。樹理の体重が一気に裕介へとかかる。運の悪いことに裕介の支え方も不十分だったようで、妙な形で樹理の全身を受け取ることになり……そのまま後ろへ尻餅をつく形で倒れてしまったのだった。
 そして、そういう間の抜けた光景が展開された瞬間である。ウィンドウガラスが2度割れる音がしたのは。
「きゃあっ!!」
 短い悲鳴を上げ、頭を下げて身を竦める樹理。裕介は反射的にウィンドウの方を見た。そこにあったのは蜘蛛の巣のようなひび割れ2ケ所と、銃痕と思しき穴2つ。位置関係からして、今まで2人の身体があった場所を通過したのは明白だった。
(狙撃!?)
 何らかの襲撃の可能性は予想していたが、よもやこんな手に出てくるとまでは思っていなかった裕介は、今度は銃を撃ってきたと思われる方角を向いた。
 遠くの方で走ってゆく少年の姿が見えた。後姿から察するに、どうも月斗のようだ。
(ここは任せるか……)
 裕介はがたがたと震えていた樹理の手を、しっかと握った。
「大丈夫か、怪我はないか?」
「は、はい……」
 こくこくと頷く樹理。しかし震えは未だ止まらない。そのうちガラスの割れる音を聞き付けたか、2人の周囲に人だかりが出来てきた。にわかに騒がしくなってくる。
「おい、君ら怪我はないか?」
「エアガンでも撃ったかな……酷い悪戯する奴も居るな」
「おーい、とりあえず警備員呼んでこい!」
 人だかりが出来る中、反対にすっと離れてゆく者の姿もあった。ソネ子である。
 樹理を躓かせたのはソネ子の仕業であった。周辺の異常の認知に務めている最中、遠くで何者かが2人の方を狙っていることに気付いたのである。そして髪の毛を足に絡ませ……ということだ。
「……怪我しナクて……ヨカッタ……」
 ソネ子はぼそっとつぶやくと、草間の居る方角へと向かっていった。

●お前のせいだ【7】
「くそっ! 失敗したじゃねえか!!」
「何であそこで倒れるんだよ!!」
 狙撃の起きた場所から離れた所にあるビルの屋上。そこにあの2人が居た――有田と井田である。
 有田の手にはライフルが握られていた。当然本物ではなくエアガンだが、人に向けて撃つようなおもちゃでは決してない。
「こんなもん、役立たずじゃねえかよ!!」
 有田がライフルをコンクリートの地面に叩き付けた。その有田の行動に井田が怒った。
「おい、何すんだよ! 俺が徹夜して、必死で調達してきたもんだぞ!」
「るせえ!! 徹夜だろうが何だろうが、当たらねえと意味ねえだろうが! こんなヘボライフル手に入れやがってよ!」
「……お前の腕がヘボなんだろ。道具のせいにしてんじゃねえよ、この力馬鹿が。1発目はしょうがないとしても、2発目は落ち着いて撃ちゃよかったんだよ!」
 2人の間に険悪な空気が漂い始めていた。そして、どんどんと悪い方悪い方へ流れてゆく。
「ん……だとぉっ!」
「あーあ、俺が撃ちゃよかったぜ。力馬鹿にゃ飛び道具なんざ、豚に真珠だよな」
「はっ、笑わせるぜ! 試し撃ちの時、的にひとっつも当たらなかったのはどこの頭だけの馬鹿だ?」
「はあ? お前こそ当たったの、まぐれの1発じゃねえかよ! 笑わせんな!」
「くっ、黙って聞いてりゃ……!」
 さすがに切れてしまったのだろう、有田はズボンのポケットに手を突っ込み、ナイフを取り出してみせた。
「ほーう、やるってか? お前がその気なら、俺もやるぞ?」
 呼応するかのように、井田もナイフを取り出して有田の方へ見せつけた。その時、一瞬辺りが白くフラッシュしたような感じがしたが、気にせず2人は互いに罵り合ってゆく。
「けっ、口だけの奴が! どうせ刺せねえんだろ?」
「けっ、能無しの奴が! 刺す技術も持ってないくせによ!」
 そして――最後のこのやり取りが決定的なものとなったのである。互いへの、殺意の。
「死ねやぁぁぁぁぁっ!!」
「お前がなぁぁぁぁっ!!」
 有田と井田の身体が交差し……井田の身体がコンクリートの地面へ沈んだ。有田の手にはナイフはない。
「くく……くくくっ……馬鹿め! 俺に逆らうからそうなるんだよ……」
 邪悪な笑みを浮かべ、有田はうつ伏せに倒れている井田に近付いていった。そして、足先でごろんと井田の身体を転がした。死に顔を見て嘲笑うためである。ところが。
「あっ……!」
 有田は絶句した。何故ならそこに倒れていたのは井田ではなかったからだ。倒れていたのは自分……有田自身であったからである。
「う……お、俺……? 俺が俺を……? うっ……うう……うわあああああああっ!!!」
 絶叫し、有田は頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んでしまった――。

「たく……世話かけさせやがって」
 やれやれといった口調でそんなつぶやきを吐いたのは、非常階段の所から様子を窺っていた月斗である。
 ここからは頭を抱え込んで、叫び続けている少年2人の姿を見ることが出来た。2人……? そう2人だ。有田だけではない、井田も同じ状態だった。
「やっと見付けたと思えば、仲間割れの真っ最中かよ。ぶっそうなモン、振り回してるしよ。話す暇すらありゃしねぇし」
 ぶつぶつと文句を言う月斗。この2人に探りを入れるべく姿を探し回っていたのだが、どうしたことかここまでまるで見付からなかったのだ。そしてようやく見付けたかと思えば……これである。文句の1つも言いたくなるというものだ。
「幻術の中とはいえ、自分で自分刺したのはさぞかし痛ぇだろうなあ……色んな意味で」
 月斗がニヤッと笑みを浮かべた。そうなのだ、すんでの所で月斗は2人に対して幻術をかけていたのだ。もし間に合っていなかったら、間違いなくあの2人は互いに生命を奪い合っていたことだろう。
「ど……どうしたの、あれ?」
 そこに少し戸惑った様子の女性の声が加わった。やはり2人を探していたシュラインである。
 月斗が状況を説明すると、シュラインはほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「よかったわ……最悪の事態にならなくて。そうなってたら、それこそ悪魔の思う壷だもの」
「だよなぁ。契約の代償、3人の生命なんだろうし」
「それはそうなんだけど……」
 奥歯に物が挟まったような言い方をシュラインがした。
「ん? 異論でもあんの?」
「グラウンドの木……調べたのよね?」
「あ、うん。正確には、見たのは俺じゃなくて啓斗がだけど。確か、枝が折れてたんだよな?」
「枝から落下は悪魔の力で?」
「そうだ……って、あれ?」
 改めて口に出して言ってみて、月斗も何か引っかかるものを感じたようだった。
「何か回りくどいよな、やり方。もうちょっと直接的な方法も取れんだろうし……」
 思案する月斗。ただ生命を奪うのであれば、別に直接首を刎ねたって構わないはずだ。だのにそうはしていないということは……?
「卵が先か鶏が先か……うーん」
 シュラインも思案する。何だろう、問題が色々と入り組んでいて、なかなか正解が見えてこない。
 その最中、月斗はシュラインが手にしていた小瓶に気が付いた。
「何だそれ?」
「ああ、これ? 教会で聖油と聖水を分けてもらってきたんだけど……」
 そう言ってちらりと2人の方を見るシュライン。未だに頭を抱え、叫び続けている。
「あの様子じゃ、どうやって塗布しようかしら」
「んじゃ、俺がやってきてやるよ」
 月斗はひょいと小瓶を取り上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 なお、この後どうやって月斗が塗布したかは述べないが、2度ほど何かが割れる音がしていたということだけは言っておこう。
 それから屋上に駆け付けた警備員たちによって、2人はそのまま連れてゆかれたのだった。月斗とシュラインはその様子を見届け、こっそりと下へ降りていった。

●決定打【8】
「例の3人組の残り2人、警備員に捕まったらしい。ともあれ……懸念事項が1つ消えたことになるな」
 月斗とシュラインからかかってきた電話を切り、草間がそばに居た2人に説明をした。ソネ子と、ようやく合流を果たした啓斗であった。
「えー、こっちに居たのかよ。夕べといい、今朝といい散々探してたてのに……」
 がっくりと肩を落とす啓斗。合流が遅れたのは、有田たち2人を探していたせいもあったようだ。
「灯台下暗シ……?」
 ぼそりとソネ子がつぶやく。まさにそうかもしれない。
「……ま、いーけど。それより、これ」
 気を取り直し、啓斗は小脇に抱えていた写真屋の袋の中から、分厚い写真の束を取り出して草間に手渡した。
「写真?」
「月城の自宅のだよ。ついでだから、カメラ持ち込んで片っ端から撮ってきた」
「……家族に許可取ってか?」
 草間がそう聞き返すと、啓斗は無言で明後日の方を向いた。
「……忍ビ込ンだノ?」
「留守なのか誰も居なかったし……そりゃ、出来れば俺だって許可取って調べたかったさ。好き好んで危険犯す必要もないだろ?」
 憮然として答える啓斗。正攻法が取れるなら、そっちを使うに越したことはないのだ。だけども、それが無理だった以上は仕方ない訳で。
「分かった、分かった。非常事態だ、しょうがない。で……痕跡は残してないだろうな?」
「愚問だろ」
 草間の言葉に、啓斗はびしっと親指を立てて答えた。さすがは忍びと言うべきか。
「ならよし。けどお前、どうして自宅調べてきたんだ?」
「そのことかあ。調べたんだが、悪魔との契約には誓約書のような物が必要なんだろ? そんなのがもし自宅に残っていたら、それを破棄すれば事件解決しないか? そう思ったんだけどなあ……」
 唇を噛み締める啓斗。
「なかったのか」
「ああ。天井裏から床の下まで調べたけど、皆無だった」
「……口頭デ……契約シタ……?」
 ぼそりと口を挟むソネ子。一瞬、周囲の空気が固まったような気がした。
「そうかぁ……口約束があったか……!」
 顔を手で押さえ、しまったといった様子の啓斗。草間はそれに構わず、すっすっと写真に目を通していった。ソネ子もそれを覗き込んでいた。
 やがて本棚を写したらしき写真が、2人の目に飛び込んできた。
「……ア……」
 草間が次の写真に捲ろうとした時、ソネ子がつぶやきを漏らした。
「何だ、どうした?」
「……男のコのマンガ……」
 その写真には、表紙が少しくたびれた感じの少年漫画の単行本がアップで写されていた。左の方が少し切れているが、写っている少年漫画が5巻まであることは確認出来る。
「……樹理チャンノお部屋にアッタのと同ジ……」
「何?」
「は?」
 草間と啓斗の視線が、ソネ子に集まった。
「それは本当か?」
 草間が確認すると、ソネ子はこくんと頷いた。
「……カレのオモイ……モシカシタラ魂が残ってイルのかも……彼ノ記憶が名前を憶えてタ……」
「決定だな。魂はともかく、記憶が僅かでも残っていることはもう疑いようがない事実だ。全てが……その方向を指し示している」
 ふうっ……と草間が溜息を吐いた。

●責任の取り方【9】
 台場での懸念が1つ消えた頃、草間興信所でも長い沈黙が破られようとしていた。
「真意……か。真意も何も、私はただ愛する娘の生命を救いたかっただけだ。しかし医師としては……失格なのだろう。1つの生命を救うためとはいえ、決して許されざる行為に及んだのだから」
 雪村博士の言葉が、室内に響いた。話はまだ続いていた。
「ああ……責任の取り方も心得ているとも。この罪を償うには……死を以て償う他にないだろう……」
「そんなことダメです!!!!!」
 他の5人の声が、ピタリと重なった。雪村博士が驚いて、皆の顔を見回す。
「そんなことすれば……残される雪村さんはどうなるんですか?」
「そうです! そんなの……自分勝手じゃないですか!」
「……悲しい思いをさせるんですか?」
 みなも、はるな、そして零が相次いで雪村博士に言った。どれももっともな言葉である。
「……死を選ぶ他に、罪を償う方法はあると思いますが」
 一呼吸置いてから、セレスティが雪村博士に話しかけた。そのセレスティの言葉に、綾霞が静かに頷いた。
「博士の研究は行為は間違えども……後に人々の役に立つのではないでしょうか。今からでも……やり直しませんか? 罪の償いとしても意味があるでしょう」
 優しい口調、けれども厳しいものを感じさせる綾霞の言葉だった。
「それは……」
 言葉に詰まる雪村博士。綾霞はさらにこんな言葉を投げかけた。
「その気があるのであれば、然るべき後には協力を惜しまないつもりです」
「…………」
 雪村博士は無言で、再度皆の顔を見回した。表情は様々だが、皆が自分のことを心配してくれていることは伝わってきていた。
「あ……ありがとう……」
 そう言った雪村博士の目には、光る物があった。その時である。
「ハナシハオワッタカ? マッテテヤッタンダカラ、オレサマニレイクライイエヨ。ケケケ……」
 室内に、邪悪なる声が聞こえてきたのは……。

●決戦の序曲【10】
「気分はどうだ?」
「はい、だいぶましになりました。ごめんなさい……わがまま言ってしまって」
 冷たい飲み物を手渡してくれた裕介の気遣いの言葉に、樹理は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 2人が今居るのは、お台場海浜公園である。ここからはレインボーブリッジがよく見える。夜であれば、ライトアップされたレインボーブリッジが見えてよりよいのであろうが……日中に来た以上は仕方がない。
 どうして2人がここに居るのか。それは樹理の希望によるものだった。あの騒動の後、警備員室へ連れてゆかれた2人は、あれやこれやと事情を聞かれていた。それで具合を少し悪くしたのか、静かな所へ行きたいと樹理が言い出したのである。そして裕介が連れてきたのが、お台場海浜公園という訳だ。
(少し早くなったが……どちらにせよ、ここには来るつもりだったからな)
 裕介はぐるりと周囲を見回した。しばらく整理されていないのか、地面に大小の石が散らばっているのが目に入る。不思議なことに、見える範囲に人の姿はなかった。
「でも……今日は本当に楽しかったです」
 樹理が少し嬉し気に言った。
「こういう所に来るの、私初めてでしたから。ああ、健康になったんだなあ……って、心から思えます。田中さん、ありがとうございました」
 にこり微笑む樹理。その笑顔からは、微塵の邪気も感じない。
「俺は別に……」
 と、裕介が何か言おうとした時だった。辺りにややくぐもった声が響いたのは。
「そうか。だったらもう思い残すことはないな?」
 一聴しただけで分かる邪悪さを、その声は抱いていた。そして……空気が一変した。
「貴様たちには、私の計画の妨害をした償いをしてもらおう。その血と肉と魂を以て!」
 そんな言葉とともに、裕介たちの前方の空間がゆらりと揺れ、姿を現した者が居た。山羊の角を持つ半身半獣の男――すなわち、悪魔が。
「ひっ……!」
 樹理に怯えの表情が浮かんだ。裕介が悪魔の視線を遮るように、樹理の前に立ち身構える。
「現れたか!」
「貴様たち何やら術師を使って人払いをしていたようだが……私にとっては好都合だったな。感謝しているぞ」
 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、悪魔が言い放った。裕介はちらりと後ろの樹理の様子を窺った。樹理はがたがたと震え、大粒の涙をも浮かべていた。
(演技か……いや違う、あれは本気だ! なら、樹理本人は悪魔と関わりがないということか……?)
 裕介が樹理の様子を窺っていると、悪魔が2人の方へ歩み出そうとした。するとどうしたことだろう、地面に散らばっていた大小の石がその姿を変え、人形となって一斉に悪魔の身体を押さえたではないか!
「む!?」
 悪魔は歩みを止め、自分に向かってきた人形たちを次々に払い除けていく。正直、悪魔を倒すことは適わない。けれども、時間稼ぎにはそれで十分であった。
 直後、周囲の空間が静まり返る。騒音がないのとは違う、違った意味での静けさがそこにはあった。
「天人地、すなわち空間の三元を制し……天球の布陣を敷いた。逃げ場なし」
 近くの木の陰から声が聞こえ、慶悟が姿を現した。替形法を施し石に見せかけ先回りにして周囲に散らしていた紙の式神たちが悪魔を足止めしている間に、十二神将を配置して上下も横も塞ぐ結界を敷いたのである。
「ほう、さすがに学習したか。馬鹿は馬鹿なりに成長するものだ。だが貴様1人で私の相手をするつもりか?」
 挑発的な悪魔の言葉。しかし、この場に居るのは慶悟のみではない。
「おーい、無視すんなよな」
 別の場所から、月斗が姿を見せた。そしてまた別の場所には、皇騎がゆっくりと姿を現す。都合3方向から、悪魔と対峙する形となる。
「なるほど、3人がかりか。それで私をどうにか出来るとは、何とも愚かしい」
 悪魔は挑発的な態度を崩さなかった。
「きゃっ!!」
 樹理の短い悲鳴が上がった。見れば、ソネ子が髪の毛を樹理の身体に絡み付かせ、ぐいぐいと悪魔から遠い所、シュラインと啓斗が誘導する方へ引っ張っていた。
「彼女についててくれ」
 いつの間にやらそばに来ていた草間が、裕介の肩をポンと叩いて言った。裕介は小さく頷くと、樹理の方へと走っていった。
「さあ……どうなるか」
 草間が悪魔の居る方へと向き直る。悪魔と、それに対する慶悟・皇騎・月斗3人との睨み合いにも似た状態はまだ続いている。

●悪魔は語れり【11】
「何を目的に……動いていたんです」
 皇騎が悪魔へ疑問をぶつけた。
「くっくっく……目的か。いいだろう、教えてやろう。どうせここが貴様たちの墓場となるのだからな」
「……自分の墓場の間違いじゃねぇの?」
 月斗がぼそっとつぶやくが、どうやら悪魔には聞こえていなかったようだ。
「博士を我が手中に収めること、それこそが我が目的。そのために、長く機会を窺っていた。しかし……何という名だったかな、自殺した少年が現れたのは重畳だった。おかげで博士をそそのかすことが出来た……自殺してくれたことに、感謝しなければな。くっくっく……」
「そんで、月城と契約したんだな?」
 月斗が吐き捨てるように言った。
「契約? ふん……契約といえば契約だろう。私が何か望みはないかとささやいたら、『いじめた3人に罰を』などと頼んできたのだからな。だが、手段までは指定されていない……それゆえ、好きなようにさせてもらった。くっくっく……娘が原因で3人の生命が奪われたと知れば、博士はどう苦しむか……見物だとは思わないか? 風を起こしてハンカチを木に引っかけさせたり、それとなく行動の後押しをしてみたり……くっくっく、いやあ愉快だ。私が直接手を下さなくとも、愚かな人間は自滅するのだからな」
 色々と思い出しているのか、楽し気に言う悪魔。はっきり言って不快感が漂っている。
「罠にかけたんですか……!」
 皇騎が悪魔を睨み付けた。話を聞いていれば、そうとしか思えないからだ。人の心の弱さを巧みに突いた罠。確かに、月城は自分をいじめていた3人に罰を与えてほしいと願ったのかもしれない。だが、3人の生命を奪うことまで望んでいたのか?
「罠? 人聞きの悪い。復讐は出来る、娘は助かる、そして私は魂と手駒が出来る……誰も損はしない、いいこと尽くめじゃないか。何が罠だ? が……貴様たちがその邪魔をしようとしている。邪魔者は……排除せねばな」
 そう言って悪魔は、話を打ち切って攻撃態勢に移ろうとした。しかしそれよりも早く、月斗が十二神将を召喚して攻撃を仕掛けた。
 十二神将の攻撃は、その大半が悪魔に命中した。だが……攻撃を終えた後、そこには平然とした状態で悪魔が立っていた。
「効いてねぇっ……!?」
「くっくっく……この程度か?」
 悪魔が月斗を見てニヤリと笑った。その背後から、今度は皇騎が武器召喚で呼び出した神剣『天蠅斫劔』で、悪魔の背中から胸にかけて貫いた。
「ぐっ!」
 効果あった、かと思われた。ところが皇騎が『天蠅斫劔』を悪魔の身体から抜くと、たちまちに傷口が塞がっていったのである。
「くっくっく……無駄だとも」
「再生能力……か」
 間合いを取り、身構えながら皇騎が言った。
「滅するのが不可能ならば、無理にでもお帰り願うしかなさそうだな……」
 と言い、慶悟が強制送還の準備に入ろうとした。その時、悪魔が口を開いた。
「送還するつもりか? 面白い、やれるならやるがいい。けれども、相応の代償は払ってもらうぞ」
 何故だろう、押され気味なのにこのような台詞を吐けるのは。そして、草間の携帯電話が鳴った。
「……もしもし?」
「助けて!!」
 草間が電話に出た途端、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。事務所で待機しているはずの、はるなの声であった。
「おい、どうした!?」
「もしもし、代わりました」
 今度はセレスティの声が聞こえてきた。落ち着いた口調ではあるが、気のせいが若干の焦りを含んでいるように感じられる。
「どうした……何があったんだ?」
「悪魔の襲撃です。山羊の角を持つ半身半獣の……」
 同じ頃、事務所にも悪魔が現れていた。零と綾霞が悪魔と対峙し、みなもとセレスティは部屋の隅へ下がって雪村博士とはるなの身を守っていたのである。
「え? 待て、そいつなら今ここにも……」
 そこまで言い、草間がはっとした。
「2体居るのか!!」
 草間の叫びに、一斉に視線が集まった。台場に居る悪魔が、高笑いを始めた。
「はぁーはっはっはっはっはぁっ!! ようやく気付いたか……くっくっく……。私をどうにかした瞬間、もう1人の私は離脱することだろう。そうだな……無差別に人間の生命を奪うのも面白いか……くっくっく」
 冗談ではない、本気だ。本気で実行するつもりだ。台場での戦闘は、膠着状態へ陥った。

●結末へのカウントダウン【12】
「はっ! はあっ!!」
「えいっ!!」
 事務所では黒檀扇と白檀扇を手にした綾霞と、侍の怨霊を刀に実体化させた零とが、悪魔と戦闘を続けていた。悪魔を雪村博士やはるなに近付けぬよう、悪魔に攻撃を行っている。
 だが台場での戦闘同様、悪魔がダメージを受けているようには見えなかった。時折みなもが聖水を操って悪魔へと導いていたが、一瞬怯み攻撃力が低下するものの、その程度だった。
「ケケケ……ソトノヤツラヨリハヤルガ、マダマダダゼ。マルデキカネーナ」
 悪魔はそう言うと、雪村博士の方を見た。
「オイ、ハカセ! コイツラヲカタヅケタラ、オマエニハイロイロハタライテモラウカラナ。ソウダナア、テハジメニ、コイツラノシタイデモキリキザンデモラオーカ……ケケケ!」
 何やら物騒なことを言い出す悪魔。少なくとも、雪村博士の生命を奪うつもりはないらしい。利用価値を認めているのだろう。
「ひっ……ひっ……」
「大丈夫です……きっと守ってみせます」
 泣きじゃくるはるなに対し、みなもがなだめの言葉をかける。その姿を横目に、セレスティが声をひそめて電話先の草間に尋ねた。
「……どうしますか?」
「1体倒しても……もう1体は残るんだよな」
「話を聞いた限りでは、そうでしょう」
「1つ考えが浮かんだんだが……今、どの電話からかけてる?」
「携帯電話です」
「分かった。じゃあ、まず音量を最大にしてくれ。それから、俺に合わせろと皆に伝えてくれ」
「分かりました。合わせればいいんですね」
 事務所の皆に聞こえるよう、セレスティははっきりと言った。そして携帯電話の音量を最大にする。
「頼んだぞ」
 草間の声が携帯電話から聞こえた。皆の耳に、僅かながら聞こえていた。
「啓斗!」
 草間が啓斗に向かって手招きをした。啓斗が駆け付けると、草間は何やら耳打ちをした。
「……了解。でもその意味は?」
「あいつらなら分かるだろ。危険だが……頼んだぞ。お前が適任だろうからな」
 草間の言葉に頷くと、啓斗は悪魔と対峙している3人の所へ駆け出していった。
「何をちょろちょろとしている!!」
 悪魔が駆け回る啓斗に向かって、細かい針のような物を放った。
「させるかよ!」
 しかし、月斗による十二神将が間に入り、針を全て防ぎ切った。その間に啓斗は、慶悟・皇騎・月斗の順番で、草間からの伝言を伝えていった。
「伝えたぜ!」
「よくやった!」
 啓斗が草間の所へ戻り、草間が出していた手をパンと叩いて報告をした。啓斗はそのまま通り過ぎ、後方に避難しているシュライン・裕介・ソネ子たちへも同じ言葉を伝えに言った。
「さあ……」
 草間は慶悟・皇騎・月斗の3人各々に視線を向けた。目が合うと、3人とも小さく頷いていた。草間の言葉を理解した証拠である。
 草間が大きく深呼吸をする。一瞬の間があり、草間が大きな声で叫び始めた。
「3!」
 次の瞬間、悪魔と対峙していた3人が新たな態勢に入った。月斗はいつでも攻撃出来るように、皇騎は不動明王の『羂索』を新たに召喚し、そして慶悟は『オンマリシエイ……』と大日の眷属・摩利支天の真言を唱え始める。
「2!!」
 草間の声に、皇騎と月斗の声が重なった。
「1!!!」
 さらにそこへ、シュライン・裕介・ソネ子・啓斗の声が加わった。事務所でも、綾霞・セレスティ・みなも・零が声を揃えてカウントしている。
 3・2・1とくれば当然――。
「0!!!!!」
 悪魔と対峙していた全員の声が揃い、攻撃可能な者たちは思い思いの手段で一斉に悪魔に向かって攻撃を仕掛けた。
 神剣が、陽炎の矢が、十二神将が、仙術が、刀が、手裏剣が、聖水が……対峙している目の前の悪魔に対して集中砲火を浴びせかける。
「ばっ、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「バッ、バカナァァァァァァァァッ!!!」
 数秒の後、東京の2ケ所で同時刻に断末魔の叫びが聞こえていた。後に残ったのは……何も、ない。

●2004年1月20日【13】
「草間さん、何を読んでいるんですか?」
「これか? エアメールだよ……雪村博士からの」
 草間はそう言い、零に封筒と便せんを見せた。差出人は雪村博士、その住所は何とアフガニスタンと記されていた。
「新年の挨拶と近況の他に、娘のことをくれぐれも頼むって書いてあった」
 事件解決後、雪村博士はシュラインの勧めもあって、警察に出頭し自首をした。ところが肝心の月城の遺体がないため、事情聴取されたものの、逮捕そのものがされなかったのである。そりゃあまあ、娘に脳移植を行ったと言った所で、信じる者は少ないだろう。
 そして雪村博士は宮小路財閥とリンスター財閥の協力を受けて、一介の医師として単身アフガニスタンへ向かった。自らの罪を少しでも償うために。
「今日も家に行ってきたんだよな?」
「はい。はるなさんも来ていました。それで1時間ほどお話を」
「……元気そうだったか?」
「はい」
 零は笑顔でこくんと頷いた。それを聞き、草間が安堵の表情を浮かべた。
「そうか」
 樹理には雪村博士の口から全てが語られた。衝撃的な内容に樹理はショックを受けたそうだが、取り乱すことなく最後まで話を聞いていたという。
「父の罪は私の罪でもあります。月城さんの分まで精一杯生きてゆくことが、今の私に出来る償いだと思います」
 不意な零の言葉。草間が確認をした。
「そう言ってたのか」
「はい。樹理さんがそう……」
 樹理のその言葉は立派でもあり、悲しさも感じられた。その中にあって1つ幸いだったのは、樹理の体調は事件解決後も何らおかしくならなかったことだろう。念のために精密検査を受けたが、どこにも異常はなく健康体であるということであった。
「まあ、心配要らないだろう。友だちも居るんだ……悪魔の陰謀に気付いた友だちが」
 友だちとは言うまでもない、はるなのことだ。もしはるなが何かを感じることなく、草間興信所を訪れもしなければ、今頃はどうなっていたことだろう。確実に言えることは、死体が3つ出来ているということだ。ちなみに死体にならずに済んだ2人は、停学処分を受けた後、自主退学したそうだ。
「あの、草間さん」
「何だ?」
「どうして……あの時、同時に攻撃することが浮かんだんですか」
 言われてみればそうだ。何でそんなことを思い付いたのか。
「1体ずつで問題あるなら、同時に攻撃する他にないだろ。試す価値はあると思ったんだ。それに」
「それに?」
「失敗した時に責任負うのは、俺1人で十分だろ」
 草間がニヤッと笑った。その時、窓ガラスからコツンと小石が当たったような音が聞こえた。
 椅子から立ち上がり草間が外を見下ろすと、そこには今回の事件に関わった者たちが集まっていた。草間の姿を見付けると、一斉に手招きを始めた。
 今夜、延び延びになっていた事件解決の慰労会をようやく行うことになっていたのだ。一説にはバイト代の代わりという話もあるが、それはさておき。
「ああ、もう時間か。それじゃ零、行くぞ」
「はい!」
 身仕度をし、皆が待つ外へと出てゆく草間と零。草間のコートのポケットには、雪村博士からのエアメールがしっかりと突っ込まれていた――。

【私を知る彼女【完結編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと)
                   / 男 / 12 / 陰陽師 】
【 1098 / 田中・裕介(たなか・ゆうすけ)
              / 男 / 18 / 高校生兼何でも屋 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 2335 / 宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)
   / 女 / 43 / 財閥副総帥(陰陽師一族宗家当主)/主婦 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変長らくお待たせをし、非常にご迷惑をおかけいたしました。ようやく昨年9月を舞台にしたお話の完結編をここにお届けいたします。
・経緯を改めて説明いたしますと、昨年暮れにメインパソコンが突如動かなくなりまして。そして代替パソコンの入手、作業環境の再構築、データ回収、執筆再開……という過程を経たため、お届けするのがここまで遅れてしまいました。本当に申し訳ありませんでした、深くお詫びをいたします。
・今回でようやく事件が解決しましたが、本文にもありますように悪魔の狙いは雪村博士にあった訳です。言葉は悪いですが、悪魔にとって月城は雪村博士をそそのかすためにちょうど都合よく現れた存在にしか過ぎなかったと。なので、誰が悪魔を呼んだのかと問われると、ちょっと明確には答えを出せないんですよね。強いて言えば、人の心の弱さということになるのでしょうか。
・樹理は悪魔とは関係がありませんでした。脳移植されたことにより、一部月城の記憶を受け継いだのですが、今はもうほとんど薄れてしまっています。この先、月城の記憶が表に出てくることはまずあり得ないでしょう。
・悪魔が1体ずつへの攻撃ではほとんど平然としていたのは、恐らく何らかの手段を使っていたのでしょう。ちなみに2体居ることは、前回にそれとなく示していたりします。
・シュライン・エマさん、67度目のご参加ありがとうございます。そうですね、月城もそそのかされたようなもので。はるなと仲良くしたかったというのは……無意識のうちにあったのかもしれません。それはそうと、学園の文子についてはその通りです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。