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天使か悪魔か
私には、とても気になっている人がいる。
ただ最初に断っておきたいのは、”気になる”というのは恋愛の対象としてではなく、あくまで単なる興味の対象としてである、という点だ。
それだけは決して、間違わないで欲しい。
私がその人を見かけたのは2度。たった2度だけで、その人は私の好奇心スイッチを押しまくり、とうとうこんな調査ファイルまで作らせてしまった。
ある意味とても空恐ろしい人である。
■調査ファイル1 仮称・天使さん
その人との初遭遇は真昼の公園。平日の真昼だったので、きっと私と同じく大学生なんだと思う。
その人は芝生の上に寝転んで、何故か一匹のうさぎを「高〜い高〜い」していた。
(ペットかしら?)
うさぎをペットにしている人は、私が知らないだけで結構多いのかもしれない。けれどこんなふうに散歩(?)に連れてくる人は滅多に見ないので、私は気になって声をかけた。同じくらいの歳だったので、かけやすかったというのもあるだろう。
するとその人は感じよく笑って(――最初から笑顔ではあったのだけど)。
「いえ、今拾ったんですよ、このうさぎ。可愛いでしょう? 僕のペットにしようと思いまして」
とても嬉しそうに応えた。
(拾った? ……あ)
ふと思い出す。
(そういえばこの公園、動物を飼育してるコーナーがあったような……)
広い公園ゆえ、いつも同じ場所しかこないので忘れていたのだ。
(もしかしたらこのうさぎ、逃げ出してきたんじゃ?)
そう思ったけれど、楽しそうにうさぎと戯れているその人には言い出せなかった。
それに――
(癪だけど、凄く似合ってる)
黒い髪と黒い目。女の子のような外見は、白いうさぎと驚くほどよくマッチしていた。おそらく私がうさぎを抱くよりもずっと、似合っているだろう。
結局私は何も言わないまま、その場を離れた。うさぎに夢中だったその人は、それにも気づかなかったようだ。
そして私も、すぐにその人のことを忘れた。
■調査ファイル2 仮称・悪魔さん
――はずだったのに、思い出すはめになったのは……思い出すどころか、忘れられなくなったのは、翌日のことだった。
私は友人と街に映画を見に行った。その帰りのこと。
「HEYそこのカノジョ! おぃちゃんとお茶しない?」
あまりにも古めかしいナンパの文句にずっこけそうになるのを堪えながら、2人して無視して歩いていた。
が、”おぃちゃん”はやけに諦めが悪かった。
「おいおい無視しないでくれよ。おぃちゃん淋しくて死んじゃうよ〜」
(何うさぎみたいなこと……)
「!」
じろりと睨もうとした私は、そこで思わず足をとめた。「どうしたの? 知り合い?」と不思議そうに訊いてくる友人にも、答えを返すことができない。
(同じだ……!)
昨日見たあの人と、同じ顔だったのだ。
「お? なんだ、脈アリ? おぃちゃんとお茶してくれるの? 嬉しいなぁ」
「…………」
しかしこの喋り口はどうだ。
(ちょ、ちょっと待ってよ?)
しかもよく見ると、瞳の色が違う。昨日は黒かったはずなのに、今日はキレイな翠色をしていた。髪だってもっと黒くて、そしてもっと短かったはずだ。
(――別人?)
「そんなに見つめられたら、おぃちゃん困っちゃうよ。――結婚しようか?」
頬に手をやりわざとらしく顔を赤らめると、その人はそんなことを言った。
「あ〜、でも結婚は少なくとも3ヶ月くらい付き合ってからじゃないとな! まずはお付き合いから、よろしく♪」
黙っていると永遠にそんな独り言が続きそうだったので、私は返事の代わりに呟いてみる。「うさぎ――」と。
(これで反応したら、同じ人だと思うことにするわ!)
こんなに似ていてうさぎ好きなら、そうとしか思えないのだ。髪の色や長さ、瞳の色なんて、ウィッグやカラコンでいくらでも変えられる。
するとその人は、きょとんとした顔をして。
「うさぎ? 好きなの? 大丈夫、おぃちゃんもうさぎ大好きさ! 何せ飼ってるんだからNE★」
にっこりとやけに嬉しそうに笑った。
(やっぱり?!)
確信を掴むと、私は友人の首根っこ掴まえて走り出していた。
「あ、ねえっ、カノジョたちぃ〜」
追いかけてくるその人を振り切って逃げた。
(なに、あの人、もしかして……)
二重人格?!
適当な言い訳をして引きずってきた友人と別れると、私は家に帰ってすぐこのファイルを作った。
(ぜぇったい、変よ)
あの人の謎、解いてやるわ!
彼は2度の遭遇で、私の好奇心に完璧なまでに火をつけてしまったのである。
(とりあえずは――)
呼び名、よね。
少し考えてから、私はペンを走らせた。
先に会った方が、天使さん。
後に会った方が、悪魔さん。
何てことはない、それぞれの第一印象である。
(覚悟してなさいよ〜)
今度会ったら思い切り観察してやるんだから!
うさぎがちょっと羨ましいと思ったことは、書かないでおこう。
(終)
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