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<東京怪談ノベル(シングル)>


ある日の客の人生相談

 最近は知る人も増えてきた。
 その筋では有名な怪奇スポットあやかし荘の近くにぽつんと建つ、おでんの屋台。
 よくありそうな風景ではあるが、ちょっと普通と違うのは、その店の主は六歳の幼女だと言うこと。
 だがそんな珍しい光景も、最近ではごくごく普通のこととなっている。
 今日も今日とて仕事帰りのサラリーマンのおじさま方のオアシスとして。また元気な中高生の学校帰りの腹ごしらえの場所として。
 なかなかに繁盛しているのである。
 何を隠そうこの幼女。ただの幼女とはちと違う。
 本郷コンツェルンという富豪を実家に持ち、祖父はその現総裁。
 これだけならばああそうか、良いところの箱入りお嬢さんなのかと言われそうだが、その意見も少しばかり間違っている。
 幼女――本郷源が経営する店は多数。現在のところはこの屋台おでん処の営業に熱を入れているが、実際には質屋や呉服屋など、様々な職種に手を出してもいるのだ。
 そのうえ小学校にもきちんと通っているというのだから、なかなか優秀なお子様だとも言えよう。
 だが本人はそんな自分の凄さをたいして自覚することもなく、日々を楽しく過ごしている。
 今日も今日とて、おでん処はなかなかの繁盛ぶりを見せていた。
「ありがとうなのじゃ〜」
 ドッと一気にやってきた客のその最後の一人を見送って、源はふうと一息ついた。
「やーれやれ。一息ついたか」
 可愛らしい童女の和服を身に纏った源は、テキパキと次のお客様を迎える準備にかかる。
 にゃあん。
 足元で鳴く相棒、にゃんこ丸にニィっと元気な笑顔を返し。
「まだまだ、これからが稼ぎ時なのじゃ!」
 言って顔を上げる――と、見覚えのある風貌の男がこちらの方に歩いてくるのが見えた。
「おおう、あれに見えるはこの前雑誌をくれた男じゃ」
 気付きながらもあえて声はかけずに、屋台の内へ戻る。
 あの歩き方や雰囲気からして、きっとここに寄ってくれるだろうという考えのもとの行動だった。
 長らく経営者などをやっていると――あくまでもそれは源の感覚であり、祖父に比べれば、笑われてしまうくらいの短い年月だが――お客になる人間、ならない人間がなんとなくわかってくるものなのだ。
 そして彼、現在のあの男は間違いなく、お客様である。
 数分ののち。
 予想通りと言うべきか。男はふらふらと元気のない足取りで、蛾が灯に吸い寄せられる姿を連想させてくれる様で、店へとやってきた。
「いらっしゃいなのじゃ!」
 元気に言うと、男はぱっと顔を上げて、目を真ん丸くする。
「どうしたのじゃ?」
 にっこりと笑って見せると、男は不思議そうな顔で、キョロキョロと店の奥に視線を向けた。
「ここはわしの店だからして、他の者はいないのじゃ」
 悩んでいるらしい、男。
 まあ、大概最初はそうなのだ。子供が一人で屋台を経営するなど、珍しいで済ませられる域はすっかり通り越してしまっている。
「まあ、そう悩むな。最初じゃからな、オマケをしてやるのじゃ」
 どんっとコップ一杯の酒を出す。
 男は素直にコップに手を伸ばした――と思ったら、そのままぐいっと呑み干していた。
 何か、よほどイヤなことでもあったのだろうか?
 男は本来酒に弱いタイプらしく、あっという間に顔が赤くなった。
 そして・・・・・・。
「うう、酷いんですよ、みんな」
 思いきり、泣き始めた。
 どうやら泣き上戸でもあるらしい。
「なにが酷いのじゃ?」
 聞き返してやると男は次々と最近の自分の不幸とやらを列挙していった。
 曰く、努力しても努力してもいつも足蹴にされるだとか。なんかもう人権自体無視されてるような気がするとか。遊びのネタにされまくるだとか。
 いや、その辺りはまだ良い。頑張れば反抗のしようもあるし、当り散らす――この男の気概ではそんなことできそうにないが――先もある。
 もっと問題なのは、何故だか男は怪奇現象で酷い目に遭う確率が高いらしい。
 勤め先は怪奇ネタ満載雑誌月刊アトラスの編集部。自宅は噂の怪奇現象スポットあやかし荘。
 これで怪奇現象と縁がないと言うならば、それはよほどの鈍感霊感ゼロ人間のみである。
 不幸なことに、本人の意思に反してこの男、そういった事件に好かれる傾向にあるらしい。所謂トラブルメーカーと言うヤツだ。
 時に頷き、時に相槌を打ちながら。そんな愚痴とも人生相談ともつかぬ話に耳を傾けていた源。
 ふいに、話が止まる。
 どうやらだいたい話したいことを話し終えたらしい。
 話の余韻でか酒のせいか。さめざめと泣き続ける男の肩を、源はぽんっと軽く叩いた。
「いろいろ大変なんじゃのう、おぬしも」
 そこで、にっこりと笑う。
「まあ、人には持って生まれた星というものがあるのじゃ。運命というヤツじゃな。お主がそういった体験をするのはもはや運命じゃ」
 突然の言葉に、男はぴたりと泣きやみ、目を丸くした。
「諦めるのじゃ」
 その、最後通告に。
 男はワッと泣き崩れたのであった。


「そんなに酷いことを言ったのじゃろうか・・・? 真理だと思うのじゃが」
 男が帰ったあとの屋台でそんなふうに呟きつつ、あやかし荘近くの屋台おでん処は今日も大繁盛のうちに一日を終えた。