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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


タナボタ? 年末大掃除

■□オープニング
 年越しを控えた古書店【天幻堂】。
 アルバイト店員である刑部(おさかべ)・きつねは、店主である天幻老師(てんげんろうし)に年末の店内清掃を命じられていた。
 しかし、
「うあー。かったるー」
 始終こんな調子で作業は少しもはかどらない。
 きつねの紋章術によって無理やり少年の姿に変化させられた店の飼い猫・歌留太(かるた)は、そんな彼女を見て何度目かのため息をついた。
「きつねさん。こんなんじゃ大晦日に間に合いませんよ」
「もとより終わるとは思ってないわ」
 作業を任された本人は、あっさりと言ってのける。
「じゃあどうするんですか! 正月三が日も大掃除なんて嫌ですよ!?」
 きつねはわめく歌留太を落ち着かると、新聞紙に挟まっていた広告を取り出し、油性ペンを手に取って裏に何やら書き始めた。

『年末大掃除要員ボシュウ。
 報酬:お望みの本一冊。どんな本でもタダで差し上げます。
 その他・御用レジ店員話掛。』

「どうよ」
 書き終えた紙を満足げに見せる。
「どうよじゃありませんよ! 何ですかこの『報酬:お望みの本一冊』って!」
「だってアタシ金持ってないし。店の本ならいくら出したってタダじゃん。一冊二冊なくなっても、誰も気付きゃしないでしょ」
 天幻老師は年末最後の仕入れに行くといっていたので、しばらく店には帰ってこないと踏んでの計画である。
 手抜きのためなら手段を選ばない女、きつね。
「後で老師に怒られても知りませんよー!!」
 歌留太の叫びも空しく、張り紙はその日のうちに店先に張り出された。


■□「頑張ってお店を綺麗にしましょう♪」 by.歌留太
 数日後。
 きつねは募集に応えてくれたメンバーに招集をかけた。
 いつもの開店時間より少し早い午前九時四十五分。
 朝早い時間にも関わらず、レジのすぐ後方にある座敷には五名の人物が勢揃いしていた。
 集まったのは、綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)、鹿沼(かぬま)・デルフェス、シュライン・エマ、新野(にいの)・サラ、田中・裕介(たなか・ゆうすけ)の五名。
 尚、汐耶とサラは現役の司書として活躍している心強い助っ人だ。
「きつねさんの張り紙でこんなに集まってもらえるなんて……みなさんありがとうございます」
 出迎えたのは、少年の姿をした書店の飼い子猫・歌留太だ。
 普段は猫の姿で店先に丸まっているのだが、ことあるごとにきつねの術で人型にされている。
 要するに、人手不足なので猫の手を借りているわけである。
 「粗茶ですが」と断りつつお茶を出す姿をみると、とても子猫の技とは思えない。
 ちなみに、猫の一歳は人間年齢で言うところの十七歳辺り。
 しかし歌留太は十代前半の少年にしか見えなかった。術を使ったきつねの趣味なのか。はたまた、歌留太が童顔なのか。
 それはともかく。
「ふっふっふっ。現役司書がいれば書棚整理なんぞ楽勝よ」
 きつねは既に掃除を終えた気でいるらしい。
 助っ人五名にお茶を出しつつ、歌留太は嘆息した。
「何言ってるんですか。きつねさんも一緒に掃除するんですよ」
 歌留太の言葉に、汐耶が湯飲みを受け取りながら頷く。
「歌留太くんの言う通りよ、きつねさん。確かに司書は分類仕事には慣れているけれど、どう分類するのかは貴女が指示してくれないと」
 さらに頷いたのはシュラインだ。
「並べ方の指示もいるわね。皆が無節操に動いていたら、棚から本を下ろしただけで一日終わってしまいそうだもの」
 続いてデルフェスが穏やかに頷く。
「みなさまのおっしゃる通りですわ。仕事を分担するにしても、指示があるのとないのでは作業効率が格段に違うと思いますの」
 それを聞き、きつねは見るからに「心外」という顔をした。
「酷いわ。みんなアタシに働けって言うのね?」
「「「「「「当たり前です」」」」」」
 きつね以外の全員が見事なツッコミを入れる。
 当のきつねはツッコミを軽く受け流すと、先ほどから黙ったままのサラに声をかけた。
 彼女は湯飲みを持ったまま、ずっと店先を見つめている。
「にーの。どうした?」
 声をかけられ、サラははっと我に返った。
「あの……古書さんたちの聞こえたものですから……」
 サラは古書の声を聞く能力を持っているのだ。
「このお店では特殊能力は使えないと聞いていました。なのに、さっきからお店の古書さんたちの声が聞こえるんです」
 古書の声が聞こえないまま掃除をするのだと覚悟していたらしく、声が聞こえるとあってサラは嬉しそうにしている。
「ああ、老師の結界のことを言ってんのね」
 きつねはすぐに納得した。
「老師の結界は何でもかんでも能力を抑制するってもんじゃないのよ。店と本に害をなすであろう能力だけ封じ込めるの。だからにーのの能力とか、シュラインの声は対象外なわけ」
 アタシの紋章術もね、と付け加えて歌留太を見やる。
 子猫である歌留太を少年の姿へ変えたのは、きつねの紋章術だ。
「それで声が出せたのね」
 シュラインが納得したように言った。彼女の声も特殊な能力を秘めている。
 ちなみに、タバコなどの火も勝手に消火されるようになっていた。良くできた結界だ。
「それじゃ、老師が帰ってくるまでに片付けるとしますか」
 きつねの呼びかけに、各々頷いて立ち上がる。


「ちょっと待って下さい、みなさん。掃除をする前に、ひとつ大事なことを忘れてはいませんか」
 それまで黙っていた裕介が声を上げた。
 座敷から店先へ移動しようとしていた女性陣は、何事かと足を止めた。
 裕介は持参していたトランクをダンッと畳に置くと、収められていた各種メイド服を取り出して見せる。
 一般的なエプロンメイドからシスターメイド、チャイナに和服にゴスにクラシック。トランクの中にはまだまだ他の種類の服も入っているらしい。
「掃除中、服が汚れたら大変です。そんな時もメイド服なら安心! 宜しければいかがですか……?」
 裕介は服だけでなくカチューシャやカフス、付け襟などの小物を取り出しながら言った。良くもまぁこれだけ揃えたものだ。
 居合わせた女性陣は興味深そうにメイド服を眺めていたが、着るとなるとまた別の話である。
 着慣れないメイド服よりも、着慣れた服で掃除をした方がよかろうというわけで、皆丁重にお断りした。
「そうですか……」
 報酬の本もそうなのだろうが、メイド服の女性と掃除できる(かもしれない)と期待して来ていたらしい。裕介は見るからにショックを受けていた。
 しかし、古書店のホコリをあなどってはいけない。
 皆掃除をしても良いような格好で来ていたものの、最終的にどれほどのホコリを被ることになるか見当がつかない。
 エプロンくらいは着用させてもらっても良いのではないかという結論に至り、それぞれエプロンだけ借りることにした。
 さすがにフリルなどの付いたエプロンを選んだ者は居なかったものの、裕介にしてみれば用意した服を着てもらえるだけでも十分至福である。
「ワンピースもありますから、必要があれば遠慮なく言ってくださいね」
 とりあえず、女性陣はその言葉を聞かなかったことにした。

 本が欲しくば掃除すべし。
 そうして助っ人に訪れた面々は、きつねの指示の元店内清掃に取りかかった。


■□「はい。皆キリキリ働いてねー」 by.刑部・きつね
 都会のビル群に埋もれるようにして存在しているとはいえ、古書店業界ではちょっとは名の知れた店である。
 入り口から見るとせいぜい五・六畳かと思いきや、小学校の教室一部屋くらいはあるだろう。店の奥は住居と繋がっているため、実質結構な広さを持った建物だ。
 隙間を余すところなく書架として利用していることもあり、本の量も半端ではない。
 きつねは風が通るよう店の扉を全開にすると、レジに椅子を置き、持ってきたノートパソコンを睨みつけた。
 パソコンの中には膨大な本のリストデータが収められている。ちなみに、パソコンは老師の持ち物であり、きつねのものではない。
 「このリストの通りに分類して並べるように」と老師のお達しなのである。新しいもの好きな老人なのだ。
 きつねは老師の作成したリストに目を走らせながら、てきぱきと各人に指示を出していった。
「まず裕介。書棚の上から順にホコリを落としていって」
「了解した」
 歌留太が持ってきた脚立を利用しつつ、裕介が手早く棚上のホコリを落とす。
 メイド本がかかっているだけあって、指示に応えて迅速に仕事をこなしていく。
「次はデルフェス。ホコリ落としが終わった棚から、本を座敷へ移動。量が多いけどお願いできるかな」
「問題ありません。かしこまりましたわ」
 優雅に微笑み返答するデルフェス。
 一見楚々とした優美なお嬢様だが、実は中世時代に錬金術師によって創られた真銀(ミスリル)製ゴーレムである。
 裕介の仕事が済んだ場所から、両腕いっぱいに本を抱えて座敷へと運んでいく。
「んで、汐耶とにーのは座敷の本を分類」
 プリントアウトした蔵書リストを二人に手渡す。
「汐耶は傷のある本があったら修復。暴れる本があったら適宜封印よろしくね」
 暴れる本、とは、曰く付きの本のことを指す。年季の入った本が自己主張を起こし、ひと騒動起こすのは稀にあることだ。
「まったく。人使いが荒いわね」
 口ではそういうものの、汐耶もまんざらではない。
「使えるものは友でも使えってねー」
 汐耶の発言にケラケラと返す。
 歳が近いだけあってきつねも色々頼みやすいらしい。
「で、にーのって記憶力良いんだよね? これ、ネットで受けた注文リストなんだけど、ここに載ってる本があったら抜き出しといてもらえるかな」
 きつねが渡したリストは、結構な厚さがあった。
 サラはその量に驚きつつも、さっそく目を通しながらリストの暗記にかかる。
「これ、一体何年分あるんですか……?」
「えーと。三年分くらい」
 ケロっと言ってのける。そんなに客を待たせて良いのかというツッコミを入れる前に、きつねは次の指示を飛ばしていた。
「シュラインはホコリ落としの終わった裕介やデルフェスと一緒に、店内と棚の掃除お願い」
「本も乾拭きした方がいいんじゃない?」
 シュラインの提案に、きつねは頷く。
「申し出はありがたいけど、もっと手を抜いていいよ。どーせ来年もホコリは積もるんだから」
「古書店アルバイトとは思えない発言よ、それ」
 天の邪鬼らしい物言いに苦笑するも、渡されたほうきを手に床の掃除を始める。
「キリの良いところで、休憩して昼食ってことで」
 言うなり、きつねは歌留太にお金を持たせ、カレーの材料を買ってくるように命じた。
「さっきから使いっ走りばっかりじゃないですか」
 不満を漏らす歌留太に、きつね、ひと言。
「あんたの好きな“かるかん”も買ってきて良いわよ」
 歌留太は踊るように出掛けていった。
 しょせんは猫である。


■□「何じゃ。やけに店が綺麗だな」 by.天幻老師
 きつねが作った昼食(水が多すぎてスープのようになったカレー)を食べた後、一同は掃除を再開した。
 店内清掃は既に片づいていたので、後は分類の終わった本から本棚に並べていくだけだ。
 疲れが出たのだろう。昼食後、歌留太は猫の姿に戻って座敷で丸まってしまった。
 汐耶・サラ・きつねの三人で残りの本を分類し、その間にデルフェス・シュライン・裕介の三人が本を並べていくことになった。

 こちらは座敷での分類整理組。
「それにしても、ご店主の仕入れは相変わらず節操ないのね。……まぁ、その品揃えに私もお世話になっているんだけど」
 本を分類しながら汐耶がぼやく。
 現役都立図書館司書からしてみれば、特徴もなく集められた本が気になるらしい。
 隣で注文本を仕分けしながら、サラも頷いた。
「それでいて新書も古書も文句を言わずにきちんと並んでいるんですから、老師さんの管理が良いんでしょうね」
 先ほどから作業中に本の声を聞いているようだったが、そのほとんどが掃除に対する感謝の言葉だったらしい。
「じーさまの集めた本が感謝の言葉ねぇ。ペットは飼い主に似るって言うし、そんな素直な本ばかりとは思えないんだけど」
 きつねは呵々として笑う。
 そんな彼女に、汐耶は呆れたように言った。
「アルバイト店員は一体誰に似るのかしらね」
 汐耶のツッコミにきつねも負けてはいない。
「そういう常連客は誰に似るんだろうね」
 サラはそんな二人を見てくすくすと微笑む。
 本に囲まれて、こんなに楽しく会話ができるのだ。
 手伝いに来て良かったと、声に出さずとも思っていた。

 一方店内での書棚整理組。
 きつねが手渡したリストを手に、デルフェスと裕介にシュラインが指示を出していた。
「シュラインさま、この本はどちらに置けば宜しいんですの?」
「右手に抱えている本を右端の棚に真ん中から並べて、左手で抱えている本はその下の段にお願いします」
 デルフェスは本を下ろした時同様、両腕いっぱいに本を抱えて指示通りに本を並べていく。
「デルフェスさん、シュラインさん、今からでも遅くはありません」
 裕介は脚立の上で、抱えた本を並べながら声をかける。
「エプロンついでにワンピースもいかがですか」
 しかしその提案はシュラインによってあっさりとかわされた。
「裕介くん、その本はこっちに置いてね」
 指摘された本を指定の場所に並べ直しながら、裕介はまだ諦めきれないようだった。
「デルフェスさんには紺のワンピース、シュラインさんにはワインレッドのワンピースが似合うんじゃないかと思うんです」
「裕介さま。お言葉は嬉しいですけれど、集中しないと脚立から落ちてしまいますわよ」
 デルフェスは裕介の言葉を冗談と取ってくすくす笑っている。
「デルフェスさんの言う通り。ほら裕介くん。真面目に働かないと報酬の本をもらえなくなるわよ」
 シュラインの叱責に、裕介は渋々仕事に集中する。
 メイドマニア垂涎ものの本をみすみす逃すわけにはいかない。
 「絶対似合うと思うんだけど」という言葉を飲み込み、裕介はシュラインの指示通り本を並べていった。

 座敷に置かれた座布団の上では、歌留太がふわぁとあくびをしていた。


 そうして店内の棚が殆ど埋まった頃には、空は夕暮れに包まれてしまっていた。
 一同はお互いの働きぶりを労い、座敷でお茶を飲んでいる。
 丸まっていた歌留太も起きだし、皆に遊んでもらって上機嫌。こういうところはまだまだ子猫だ。
 ふと、その歌留太が動きを止めた。座敷を飛び越えて店内へ、店内から入り口へ一直線に走っていく。
 一同がその姿を追っていくと、店の入り口に老人の姿があった。
 老人は足下に駆け寄ってきた歌留太を抱きあげ、撫でる。
「あ。じーさま」
 座敷に居たきつねがシマッタという顔をする。
 この老人こそが、【天幻堂】店主こと、天幻老師その人なのである。
「きつね! わしの了解も得ずにあんな張り紙を出しおって!」
 時既に遅し。
 天幻老師は既に貼りっぱなしにしていた『報酬:お望みの本一冊』の張り紙を読んだらしい。
 その後、きつねが老師にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。


■□エンディング
 老師は片付けられた店内を見、非常に満足したようだった。
「五人とはいえ結構な量だったじゃろう。よくもまあ綺麗に片付けてくれたもんだ」
 店内を歩き回りながら、綺麗に棚に並べられた本の背表紙を撫でる。
 きつねが無断でした約束とはいえ、店を手伝ってくれたお礼にと、老師は約束通り報酬として本を渡すことを了解した。

 きつねが座敷の奥から持ってきた本を、老師がひとりひとりに手渡していく。
「カバラの魔術書とは。おまえさんも物好きだのぅ」
 『モーゼの第七の書』を手に取り、老師はくつくつと笑う。
 汐耶に本を手渡そうとし、老師はきつねに命じてレジの後方に並べてあった本を取ってくるように言った。
「確か他にも二冊本を注文しとっただろう」
「ええそうです。W・ローメイン・ニューボルト著『ロジャー・ベーコンの暗号』と、――」
「カレル・ヴァイスマン著『歴史的回顧録』、だろう?」
 汐耶の言葉に続け、老師がニヤリと笑う。
「じーさま、ビンゴ」
 きつねは、『モーゼの第七の書』と共に持ってきた二冊の本を汐耶に手渡した。
「ありがとうございます、ご店主」
 目的の本を手にし、汐耶は満足げに微笑んだ。

 続いてデルフェスの番だ。
「おまえさんはパラケルススの本が欲しいんだったな」
 老師はデルフェスをフムと言って眺めると、再度きつねに命じて棚からいくつかの本を持ってくるように言った。
 きつねは不満げにそれを請け負うと、少しして三冊の本を持って戻ってきた。
 パラケルススの医書三部作である『Volumen medicinae paramurum』『Paragranum』『Opus paramirum』の三冊だ。
 元々探していた本と合わせ、四冊の本をデルフェスに差し出す。
「これは……?」
「パラケルススの著作じゃな。三冊は写本だが、『ホムンクルスの書』はオリジナルだ。大事にするといい」
 まさかこんなにも本を譲ってもらえると思っていなかったデルフェスは、感激の面持ちで礼を言った。
「ありがとうございます老師さま。必ず大切にすると約束いたしますわ」

 次はシュラインだ。
「あんたは『英和対訳袖珍辞書』か。なかなか良い本を読みおる」
 老師は嬉々として本を差し出した。見るからに古びた本だが、保存状態は良いようだ。
 だが、シュラインは本を受け取らなかった。
「でも店主さんに悪いですから。1862年の貴重な本ですし、数日お借りして返しに来ます」
 その言葉に、老師がニッと笑う。
 本を持っていない左手を背中に隠したかと思うと、次に手を見せた時には右手と同じ本を持っている。
 同じ本が、二冊。
「これなら返す必要もあるまい?」
 シュラインは呆然と本を受け取る。いかに古書店とはいえ、1800年代の本が二冊も揃うとは思えない。
「これ、本物なんですか?」
「さて?」
 結局、老師は最後まで種明かしをしなかった。

 次はサラの番だ。
「おまえさんが欲しい本は『夜空の物語』か。よしよし」
 老師はまたもニヤリと笑みを浮かべた。
 きつねに渡された本を眺め、裕介の持っていた布を借りる。
 サラは老師が何を始めるのか、興味深く見守っていた。
「あんたの欲しい本はこれじゃなくて……」
 言って本の上に布を被せる。
「こっちじゃろう」
 布を外し、サラに本を渡す。
「じーさまボケたね? さっきと同じ本じゃん」
 きつねがツッコむも、サラは「違います」と声を上げた。
「この本、以前私が持っていた本ですね? このページの折れ目、覚えています。誤って折り目が付いてしまって、とてもショックだったのを覚えているんです」
 なぜその本を老師が持っているのか不思議だった。
 けれどそれ以上に、なくしてしまった本ともう一度出会えたことが嬉しくて仕方なかった。
「ありがとうございます、老師さん」

 そして、最後は裕介の番だ。
 老師は本を見るなり嘆息した。
「内容はともかく貴重な本じゃ。大事にせぃ」
 ぽすっと裕介の手に置いてやる。
「やった……ついに……ついにこの本が私の物に……!」
 裕介は『上流階級内においての労働者階級の考察(和訳)』――通称『メイド服大全集』を手に感動に打ち震えている。
 そんな裕介を横目に、きつねは老師に耳打ちした。
「じーさま。あれもオリジナルなの?」
 またしても老師はニヤリと笑みを浮かべる。
「さてねぇ?」
 やはり老師は真偽のほどを語らなかった。どこまでも喰えない老人である。

 そうして、集まった五人は目的の本を手に、それぞれの帰途へとついた。


 その日の夜。夕食後の【天幻堂】座敷にて。
「掃除も終わったし、これでアタシも研究に没頭できるわ」
 ウキウキと自室へ戻ろうとするきつねの背中に(彼女は住み込みで雇われているのである)、老師の厳しい言葉が飛ぶ。
「馬鹿もん。おまえは今日仕入れてきた本をデータ入力しておけ」
 老師の膝の上では、猫姿の歌留太が丸まって眠っている。
 ちなみに、今日仕入れてきた本は総計で五百冊を越えていた。
「無茶苦茶だ! 今日一日掃除に費やしたんだよ!? アタシの研究時間が減っちゃうじゃないか!」
 老師はひるまない。
「店の本を勝手に私物化した罰だ」
 一喝され。きつねは敗北を認めた。
 一ヶ月タダ働きを命じられなかっただけマシと思うより他にない。

 その晩、きつねは夜明けまでかかって本のデータを入力し続けたという。


 Successful mission!



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書】
【2181/鹿沼・デルフェス/女/463/アンティークショップの店員】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2142/新野・サラ/女/28/司書】
【1098/田中・裕介/男/18/高校生兼何でも屋】

※発注申込順

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■         ライター通信
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 初めましての方も、二度目のおつき合いの方もこんにちは。
 「タナボタ? 年末大掃除」へのご参加ありがとうございました。
 こんなに楽しい原稿は久々です! おかげで執筆スピードも執筆量も倍以上。
 ちょっと早い老師からのクリスマスプレゼント(?)、お受け取り頂ければ幸いです。

>シュライン・エマさま
 いつも細やかなプレイングありがとうございます。
 なかなか全てを盛り込むことはできませんが、どうしても本だけは受け取って頂きたかったので(意地/笑)、老師に一肌脱いでもらいました。
 どうぞ気兼ねなくお持ちくださいませ♪
 また機会がありましたら、是非きつねや歌留太と遊んでやって下さい。

 【天幻堂】の作品は今後も「界鏡現象〜異界〜」よりお届けの予定です。
 気が向かれましたら、ひょっこりお店を覗いてみて下さいね。
 それでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
 今宵も貴方の傍に素敵な闇が訪れますように。

 西荻 悠 拝