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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


年末害虫決戦

■恐怖到来
 いま、草間興信所は危機的状況に立たされていた。
 この興信所を人間らしい場所として管理している貴重な存在、草間零がいないのだ。
 あやかし荘主催の、忘年会兼慰安旅行に誘われた零は3日ほど前から、長野の温泉へと出かけている。助手の何人かも慰安旅行に共に出かけており、完全に彼女らに頼りきった生活をしていた草間武彦は、家事などすっかり忘れているため、掃除や洗濯はもはや何処から手を付けて良いのかすら分からない。
 かといって家政婦を今さら頼むような予算はこの興信所にはない。たった数日間だというのに、整然としていた興信所はすっかり廃墟へと代わっていた。
 よれよれのシャツの襟を何とかただし、着回しできる最後の一着に袖を通した。
「さて……明日から何の服を着るかな……」
 そう思いながら煙草の火をつける。細く立ち上る煙の向こうにかけられたポスターをぼんやりと眺めながら呟いた。
「零が帰ってくるのは2日後か……それまでなら何とかなるか……」
 ガサリ。
 聞き慣れない音に武彦は全身をこわばらせた。視線だけ音の方に向けると、山積みの書類が風もないのに揺れている。
 じっと息をのみ見つめていると、その正体が姿を現した。それは1匹のネズミだった。その口にくわえられていたものに、武彦は容赦なく彼を叩き落とした。
 落ちた衝撃で、ネズミの口から「奴」が逃げ出した。
「逃がすか!」
 武彦は素早く殺虫剤を手にし、敵に吹きかけた。が、彼は華麗な足さばきで書類棚の隙間へと逃げ込んでいく。
 はっと気配を感じて武彦はおそるおそる背後を振り向いた。
 全長8センチ程の黒光りした昆虫がワラワラと壁に集まりはじめている。
「……そうか……貴様ら、帰ってきやがったか……」
 零が興信所に来て以来、姿を見せなくなった彼らが再び猛威をふるい始めていた。
 古代より生きる化石、その名も『ゴキブリ』が。
 
◆お掃除開始
「それにしても、3日でここまで荒すのはある意味、一種の才能だねー」
 吸い殻の山になった灰皿を手に、四方峰・恵(よもむね・めぐむ)は半ばあきれた様子で辺りを見回した。
 食べっぱなしのカップ麺、ソファにかけられたままの服、整頓されていない書類の山、日々送られてくる新聞とダイレクトメールの数々……冬のこの時期、良く換気をしていれば臭いもこもらないはずだが、ずっとつけっぱなしの暖房のおかげで、何やら部屋全体がほんのりと生臭い。
「こんなことでは嫁の1人もこないぞ。自分の身の周りぐらいきちんとしたらどうだ!」
 Tシャツとジーンズの上にエプロンを羽織った、お掃除スタイルの矢塚・朱姫(やつか・あけひ)は壁際に潜んでいた虫を的確にしとめていた。
「よしっ、まずは1匹!」
「……倒してくれるのはかまわんが……俺の睡眠の邪魔をしないでくれないか……」
 徹夜明けなのか、瞼の下にどんよりとクマをおとした武彦が迷惑そうに視線で訴えた。
「なにいってんの、もうお昼まわっちゃってるよ。文句言わないで手伝いなさいっ」
 ばっと毛布をはぎ取り、恵はさっさと片づけを始めた。虫退治も必要だが、まずは部屋の掃除からと判断したのだ。
 興信所の窓という窓を開放させ、外気の新鮮な空気を部屋に送りこむ。
 すると、床をはっていた蛇たちがもそもそと暖房の下へ群がるように集まっていった。
「ととっ……どこからこんなにも蛇が……」
 ぺちりと新聞紙で小さな虫を叩き落としながら柚品・弧月(ゆしな・こげつ)がいぶかしげに蛇達を眺めていた。彼が眉をひそめるのも無理はない。なにしろ大蛇と呼ばれる類いの蛇から小さな細い蛇達まで様々な蛇がうごめいていたからだ。
「あら……駄目じゃないあなた達、ちゃんと駆除のお仕事にいってらっしゃい」
 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)の一言で、蛇達は波が引くように壁の向こうへと消えていった。
「先程の蛇は冴那さんの蛇でしたか、凄い……数ですね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。どうかしら、あなたも害虫駆除に優秀な蛇を1匹飼ってみては?」
「大学の研究室辺りなら飼ってもよさそうですが、なにぶん蛇は寒さに弱いですよね。冬越しや普段の世話が大変ではありませんか?」
「そんなことないわ。あの子達はきちんとしつけてありますもの。居心地の良い……程よい暖かさと餌さえあれば充分な働きをみせてあげられるわよ」
 さすがは自慢の蛇達だけあって、冴那は得意げに蛇達をすすめる。言うことを忠実に聞く素直なペットなら、いても充分に役立つのだろうが、蛇やは虫類といった類いはどうしても好みが分かれてしまう。特に1メートルを超えるものや、毒をもつものならばなおさらだ。
「先程の蛇達の中に……俺の記憶が正しければハブがいたような気がしたのですが……まさか、そのようなものは連れてきてはおられません、よね?」
「そのような小さいことは、気にしてはいけません」
 さらりと冴那は言葉を返す。問いの答えとも感想とも取りかねない発言に、少々肩をすくめながらも弧月は次の作業へと意識を集中させることにした。
「もっとも……虫も好きだけれど、生き物の肉が好物の子を連れて来ているのは……確かですけどね」
 すっと目を細め、冴那は何気なく天井を見上げた。
 
◆出張「猫の手」
 古い雑誌を捨てに興信所の階段下におりていた恵は、灰色の猫が興信所の前で丸まっているのを見つけた。
「あれ、猫だ。おいでおいでー」
 出来る限り驚かさないように、恵は身をかがませて猫に近付く。
 一瞬、人影に警戒しつつも、猫はゆったりとした歩みで恵に寄り添い、身体をこすりつけてきた。
「にゃぁー……ん」
「んー? 寒いんだね、お手伝いしてくれるなら入れてあげても良いよ」
 ひょいと抱き上げようとする恵の手をのがれ、猫はするりと階段下へと降りていった。一呼吸おいて、シュライン・エマが階段を上がってきた。その腕には先程の猫がちゃっかりと抱かれている。
「ただいま。武彦さんが心配だからちょっと早めに戻って来ちゃった」
「あっ、その猫……シュラインさんの猫さんだったんだね」
「いえ、違うわ。この人はエリゴネさん。興信所の大切な戦力のひとりよ」
 そう言いながら、シュラインはがちゃりと興信所の扉を開いた……
 バンッ!
 瞬きも出来ない早さで扉を閉めると、シュラインは一目散に階段を駆け降りていった。隙をついて彼女の腕から逃げ出していた猫ー藤田・エリゴネ(ふじた・ー)が、跳ね返りで出来た扉の隙間から、するりと中へ入り込んでいく。
「シュラインさーん……?」
 飛び出していったシュラインの事が気になるが、今は追う余裕も理由もあるはずがない。取り残された恵は仕方なく、興信所に入り込んだエリゴネを追いかけるため、興信所の扉をそっと開くのだった。
 
◆犬も喰わぬは……
「……さすがだな……」
 見る間に片付けられていく興信所内を眺め、武彦は素直な感想をもらした。全く不器用でないはずだから、武彦も掃除をしようという意識があればやれるのだろうが、なにぶん普段、身の回りを世話してくれる人がいたせいか気力が起こらない。
「そんなこと言ってる暇があるなら、手伝ってみてはどうだ?」
 ゴミ袋をまとめていた朱姫がじろりと武彦を睨みつける。痛い視線をなんとなく逸らし、武彦はコーヒーを淹れるために席をたった。が、いつも置いてある場所にコーヒー豆が見つからず、ばたばたと辺りを掻き回しはじめる。
 その時だ。
 ジリリリリ……
 時代錯誤の黒電話が鋭い音をたてて鳴り響いた。傍にいた冴那がさりげなく電話に対応する。
「はい、草間興信所です……あら、シュラインさん……ええ、いますよ。少々お待ち下さい。武彦さん、シュラインさんからお電話です」
「……あ、ああ……」
 冴那から電話を受け取り、電話の受話器に当てた武彦の耳に響いたのはシュラインの叫びに近い声だった。
「武彦さん! 何よその部屋はー! 何であんなのが存在してるの! なんで世界崩壊してるのー!!」
「世界崩壊って……お前なぁ……」
「旅行にいくときちゃんとやること教えたでしょ!? なんで守れてないのよー!」
 チン。
 最後の言葉も聞かず、武彦は仏頂面のままに受話器を置いた。間髪いれずに電話のベルが鳴るも、武彦は取ろうとしなかった。
「……そんなことしてると、後が怖いですわよ?」
「……今やかましいよりマシだ」
「強がりを言っていると、明日からシュラインさん来てくれなくなりますよ?」
「…………」
 胸ポケットから煙草を取り出すも、中身がないことに気付き……武彦は仕方なく電話をとり、ダイヤルを回した。
 その様子をさりげなく見守っていた恵がこっそりと朱姫に耳打ちをする。
「ねえ、やっぱり姉さん女房ってことになるのかな?」
「……あの2人がか?」
「いい感じじゃない? お互い悪いようには思ってない感じだし♪」
「そこ。何を話してる」
 じろりと睨みつける武彦の視線に、2人はそそくさと作業に戻っていった。
 まったく……と一息吐き、武彦は再びシュラインへの電話に集中する。
「とにかく、掃除の方はなんとかするから明日ちゃんと来てくれよ! 虫……? 虫も処理しておくから! だからそうわめくな……」
「にゃっ!」
 チン。
 ゴキブリを追い回していたエリゴネが、見事に電話のフックスイッチを踏み越えていった。
 ツー……という電子音しかならない受話器を置き、武彦は徐にエリゴネのしっぽをつかみあげる。
「きーさーまー……今のはわざとだろう!」
「にゃっにゃっ!」
 ベシっとネコパンチを顔面にあたえ、エリゴネは素早く弧月の背後に回り込んだ。壁の汚れを黙々と取っていた弧月はエリゴネに気付き、一旦手を休める。
「……武彦さん、動物をいじめるのはよくありませんよ」
「被害を被っているのは俺のほうなんだが……」
「ほら、こんなにもおびえているではないですか。ご老人は大切にしないと」
 ぱっと見た目だけで判断するとなれば、エリゴネはずいぶん年老いている。だが、その見た目とはうらはらにかなり活発でやんちゃなことを知っているだけに武彦は容赦ない。
 見かねた冴那が彼らの間に割り込み、双方を制した。
「そんなことをしていないで、掃除を早く済ませておきましょ。日が落ちないうちに済ませた方が気持ちがいいですものね」
「……まあ、そうだな」
 勝ち誇った笑顔をほんのり見せるエリゴネ。ちっと舌打ちをしつつも、武彦はゴミ出しの手伝いをしに奥の部屋へと移動していった。
「さて……エリゴネちゃん。ゴキブリ退治のお手伝いをしてくれるのは嬉しいけど、もう少し……大人しくしてもらえるかしら? わんぱくが過ぎたら私の蛇達があなたに罰を与えかねないわよ」
 す……っと目を細め、冴那は冷たい視線をエリゴネに向ける。本能で恐怖を察知し、エリゴネは大人しく弱ったゴキブリいじめにいそしむことにした。
 何となくその姿に哀愁を感じ、弧月は冴那に言う。
「彼女も自分なりに頑張っているのですし、虫退治に専念させても良かったのではないですか?」
「掃除が一通り終わったらね、今暴れられても邪魔になるだけだわ」
 人間は噛むなといってはいるが、猫を噛むなとはいっていない。あまり自分の視界外で暴れられては、蛇の攻撃をエリゴネが受けてしまうかもしれない。冴那が心配しているのはむしろそういった不慮の事故だ。
「今はもう少しだけ大人しくしていて欲しいのよ……」

◆パンドラの袋
 気付けば興信所の中はずいぶんと綺麗になっていた。掃除が得意な弧月が細かい箇所も丁寧に仕上げている上、普段以上の人手で取り組んでいるため、半日で興信所は元の姿を取り戻そうとしていた。
 沸いていた虫達も冴那の蛇やエリゴネの働きでほぼ壊滅状態になっている。もっとも、通常より知能も生命力も上の彼らを完全に退治出来てはいないため、まとめて焼却するために一時的に放り込んである袋は無気味にカサカサと絶えず動いている。
「これ、シュラインに見せたらどうなるだろうな」
 戦の歴史を物語る汚れたスリッパを片手に、朱姫は楽しげに袋を見下ろしていた。
「……二度と口をきいてもらえないことは確かだろうね」
 苦笑いを浮かべて恵は不燃ゴミの袋を両手につかんだ。本来ならば指定日の朝に出すべきなのだろうが、ここのビルは地下で可燃と不燃をわけて一時保存が出来る。量が量だけにこの際まとめて出しても仕方がないだろう。
「でも、燃やすといっても……誰が?」
「……零ちゃんあたりじゃない?」
「……それまでこの状態にしておくのか……」
 そのまま放置していては確実に次の日あたりに興信所に血の海が降るだろう。それだけはさすがに避けておきたい。
「あやかし荘辺りに持っていけば、燃やしてくれるかもしれんな」
 帰り道にあやかし荘によって手渡しておけば、あのアパートの住民のことだ、影も形も残らず焼却してくれるだろう。もしかすると……嬉璃(きび)あたりが己の使い魔にしてしまうような気がしないでも……ないが……
「さて、不燃はこれだけだよね? 出しにいってくるねーっ」
 扉を勢い良く開けて、恵は軽快な足取りでゴミ置き場へと駆けていった。可燃とリサイクルゴミを分けながら朱姫は横目で無気味に動くゴミ袋を眺める。
「……届けるまで保つといいのだが……」

◆最終決戦
 朱姫の予感は的中した。一通りの大掃除を終えて、一服していた時のことだ。
 本能の制御についに耐えきれなかったのか、エリゴネが虫を入れていた袋を盛大にやぶってしまったのだ。
 のんびりとお茶をすすっていた一行の視界に黒びかりする雲が一気にわき起こった。
「……っ! この私に歯向かうとは良い度胸だ!」
 何時の間にか用意していた弓を構え、群れの中心に向かって朱姫は矢を打ち放った。身体を貫かれその場にボタボタと落ちていくも、数が多すぎる。ゴミ袋一杯に詰めていた物が一気に放たれたのだからそれは当然というものだろう。
「朱姫さんっ! そんなんじゃ間に合わないよっ! 私にまかせなっ!」
 言うが早いか、恵ははえ取り紙をぐるぐるに巻いたほうきを群集の中で振り回した。面白いぐらいにはえ取り紙にひっつき、あっという間に黒い固まり付属のほうきが完成した。
「……そんなちまちまやっていちゃ終わらないわよ……武彦さんっエリゴネさんの耳を塞いでて!」
 思わぬ声が聞こえ、武彦はとっさにエリゴネを抱きかかえた。
 次の瞬間、超音波が興信所内に響き渡った。ぴたりと虫達の動きが止まり、逃げ出すように開け放たれた窓から外へ逃げていった。
「さあ! 窓を閉めて!」
 全員総出で素早く窓をばたばたと閉めていく。一通りの窓を閉め終えると、全員その場に崩れ落ちた。
「ふぅ……これで一安心、ね。お掃除お疲れさまでした。皆、お土産のおまんじゅう、食べる?」
 そう言って、シュラインはにっこりと微笑んだ。
 
◇商売の基本です
「と、いうわけでどうかしら。害虫駆除に1匹」
 冴那の首に人なつこい蛇がするりと絡み付いてくる。その様子に少々眉をひそめ、武彦は低いうなり声をあげた。
「しかし……零やシュラインが何と言うか……」
「この子達はちゃんとしつけてあるから人をめったに噛みはしないわ。自分の身が危険にさらされたら反撃するし、不法侵入への番犬にももってこいよ」
 冴那はこちょこちょと腹の辺りをこする。蛇は鋭い牙を見せて武彦を威嚇した。
「……俺の判断だけじゃどうにもならないからな……一応、相談しておくよ」
「ええ、楽しみにしておきます。そうそう、もしかすると先日の蛇達の中で……この部屋が忘れられずにまた遊びに来てしまうことがあったら、すぐに連絡してくださいね。そうでないと住み着いてしまいますから」
「……それは脅しか?」
「いいえ、注意ですわ」
 あくまで表情は変わらないが、冴那は武彦の反応に楽しんでいるようだった。
「今後もどうぞ水月堂をよろしくお願いします……ね」
 
おわり
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/    PC名   /性別/ 年齢/ 職業 】
 0086/シュライン・ エマ /女性/ 26/翻訳家&幽霊作家
                      +草間興信所事務員
 0376/ 巳主神 ・ 冴那 /女性/600/ペットショップオーナー
 0550/  矢塚 ・ 朱姫 /女性/ 17/高校生
 1493/  藤田 ・エリゴネ/女性/ 73/無職
 1582/  柚品 ・ 弧月 /男性/ 22/大学生
 2170/ 四方峰 ・  恵 /女性/ 22/大学生
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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
 「年末害虫決戦」をお届けします。
 
 思わぬメンツの集合で、うっかりボスの登場がないままハッピーエンドを迎えてしまいました(ボス?)
 恐らく彼は日の目を見る前にエリゴネさんのネコパンチをくらい、蛇の総攻撃にあって喰われていたことでしょう。
 ……あんまり考えたくない状況ですが。文章でよかった……うん……
 
巳主神様:ご参加有り難うございました。数には数で勝負! まさに弱肉強食の世界です。しかし、天井裏を蛇がはいずりまわり、ゴキや羽虫を漁っていく……なかなかものすごい情景では……ありますね……

 今年の草間興信所での依頼はこれで最後になります。
 皆様よい年末年始をおすごし下さいませ。
 また新しい年になっても、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 それでは少し早いですが。
 
 I wish you a merry christmas & Happy New Year!
 
 文章執筆:谷口舞