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回想記録
よく晴れた空が、目に眩しい。窓辺からぼんやりと外を見上げていた御巫・傀都は、わずかに目を細めてから、部屋の中に視線を戻した。
そこは傀都の部屋。休日の昼下がり、のんびりとした雰囲気漂うそこにいるのははもう一人。あぐらをかいて座る、幼馴染の鬼柳・要の姿もあった。
傀都の視線をたどり、雲がちょっとと屋根ばっかりの外を一瞥してから、やはりぼんやりと、要は呟いた。
「相変わらずおいてあるんだな、あれ」
一度傀都と視線を合わせ、要が示したのは、部屋に置かれている人形だ。
ぬいぐるみなどの類ではない。傀都が生業上使っている、傀儡だ。部屋の中に自分以外の何かがいるような気がして少し無気味だと思ったのは、ほんの、幼いころの話。
要が人形の存在をからかいの材料にしていたのもまた、幼いころの話だ。
人形を見ていると、そんな昔のことを思い出す。
「要に泣かされた記憶ばかりだな。それには」
「おいおい。そんなことばっかりじゃなかっただろうが」
苦々しい顔をしながらも笑い合えるのは、いまはその存在が何であるのかを、それが傀都にとって大事なものなのだと、判っているから。
ひとつ呼吸を置いてから、要はなんとなく、人形を眺めた。
人形を見ていると、思い出す。もっと、昔のことを。
「なぁ、みか……覚えてるよな?」
「…さぁ、何のことだろうな」
わずかに間を置いて問いかえすのは、肯定の意。
傀都もまた思い起こしていた。ずっとずっと、昔の記憶を。
はじめによぎるのは、混沌。そして、暗黒、壊乱―――
すべての物が壊れ、すべての者が死に、言うなれば地獄とも呼べそうな世界が、記憶によみがえった。
それは退屈しのぎの空想でなければ、ありもしない幻想でもない。
恐怖と絶望にまみれた戦乱の地。人の力では決して敵いもしない存在が、その時代、確かにいた。
そして彼らは、自分たちは、確かにそこに、生きたのだ。
唯一の希望として人々を守り、あるいは救い、自らは死と隣り合わせて戦ったのだ。
血に汚れることもあった。非情な選択もした。舞い上がる炎に焼かれ、鋭利な剣に貫かれ、それでも、ただ己が信念を持ち、明日の希望を信じて戦った。
そして、朽ちた。
辛い記憶に、二人の言葉もとまる。続く沈黙の中、先に口を開いたのは傀都だった。
「辛かった。けど、それだけじゃなかったよな……」
懐かしむような瞳は、何を見ているのだろうか。
おそらくそれは、要と同じ場所。記憶によぎる。自らを『地獄』に投げ入れた彼らが憩いとしていたその場所が。
そこでの出来事や、刀を納めたあとの、ささやかな喜び合い。少しずつ見えてくる希望の光を追う人々の姿が、脳裏に焼き付いている。
「何で、憶えてるんだろうな」
なんとなく、要はそう呟いた。
そう、本来ならば忘れているはずの記憶だ。『過去』と呼ばれ『前世』という名をつけられる。この記憶は。
「あまりに強烈過ぎて、忘れられないとか?」
冗談めかして言う要だが、それだけでないことは判っている。
「忘れてはいけないといわれているようなのは、不愉快か?」
傀都もまた、少しだけ笑みを浮かべて、言う。
「いや、そんなことはないさ」
要が歯を見せて笑うと、傀都も微笑した。
忘れられない記憶。忘れてはいけない記憶。伝えなければならないというのだろうか。後に、また数多の混沌が蘇る時のために。
いまはまだ、判らない。心の中では互いに何かしらの意識をもっているかもしれないが、それは露呈することなく、内に秘められているのだ。
要はそんなことを思いながら、そっと人形を見やった。
「傀儡師、か……」
またしても、なんとなくつぶやく要。つられ、傀都も人形を見る。
いま傀都が手にしている傀儡たちは、過去の時代の彼は手にしてはいなかったもの。
天地の理を読み、式を使い、陰陽を駆使していたのが、過去の傀都。
超人的な破壊力。紛うことなき『鬼』の力を奮っていたのが、過去の要。
どちらもの過去も、現在の彼らに少なからず影響している。
だが、傀都は傀儡師の道を選んだ。資質を持ち合わせ、いまでも駆使することはできるのに、それを本業とはしなかった。
それでも、何故とは問わない。判っているから。
傀都にとって、過去の自分は、存在としては変わらぬものだが、いまここに生きる自分とは、違った自分なのだ。
過去に囚われ、この世に生きる『自分』を否定したいとは、思わないから。
過去の影響を性質において強く受けている要もまた、そんな傀都の意思を否定しようとは思わない。
伊達に幼馴染ではない。互いの事情は、理解している。
「ところで要。宿題、済ませてからきたのか?」
「あぁ? なんっでそんなやなこと思い出させるかな〜みかは…」
暗い話は終わり。感傷に浸ってしみじみするのは、時々でいい。
そんなことを告げるように、二人は他愛もない、『高校生同士』の会話に笑いあっていた。
忘れ得ない記憶は、胸に秘めて……。
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