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<東京怪談ノベル(シングル)>


いつでも君を

【すれ違う心】

「昴の顔なんて、もう見たくない!」
 彼女の口から飛び出した、予想もしなかった拒絶の言葉。
 少ない時間を遣り繰りして、ほとんど何も無いところから捻り出すようにして暇を作って会いに来たのに、目の前で、ぴしゃりと扉を閉められる。
「!?」
 わけがわからないまま、とにかく扉越しに呼びかける。何度も何度も、その名を口にするうちに、やがて、普段の彼女からは想像もつかないほどに、暗く気弱げな声が返ってきた。
「もう……もう、昴にも、自分にも、振り回されるのは嫌なんだ!」
 たくさんの事を、望んだわけじゃ、ないんだよ。ひっそりと、呟く。
 ほんの少し、会いたかっただけ。ほんの少し、話したかっただけ。今日はこんな事があったんだよと、ただ、側にいて、聞いて欲しかっただけ。
 他の幸せそうな恋人たちの姿に憧れて、たとえ拙い真似事でも、それを演じてみたかっただけなのに、いつもいつも、答えは同じ。
 
「ごめん。今日は、駄目なんだ」

 外せない大学のゼミがあるから。経営している喫茶店を、人任せには出来ないから。難しい呪具破壊の仕事があるから。
 どこかの女たらしの、下手な言い訳じみた、その言葉。
 いつの間にか、彼女の優しさに甘えていた。我儘も明るさで包んでくれるその強さに、頼っていた。無理をすれば、時間を作れないことも無かったのに、都合ばかりを優先させて、誤魔化した。
 それが、恋人の心の中に、幾つも幾つも、ささくれ立った棘を育てていたことなど、考えもせず……。

「ごめん……」

 天真爛漫だった彼女を、ここまで変えたのは、自分。
 人が人を好きになれば、そこには、必ずしも、綺麗なものばかりが生まれてくるわけではない。
 知りたくなかった感情も、嫌と言うほど、味わうことになる。人は不完全な生き物だから、不安や焦燥や嫉妬は、それこそ無限の泉のように、湧いて出てくる。時として、心を蝕む。

「……ごめん」

 謝罪に対する返事は、無い。気配さえも去った。沈黙は、絶対的な拒否。
 そんなに傷つけていたなんて、知らなかったんだ。
 浮かんだ弁解に、昴自身、愕然とする。自分は、何もわかっていなかった。明るくて強い彼女の像を勝手に作り上げ、何もわかろうとはしなかった。
 怠惰で曖昧な、これまでの応対。恋人が怒るのも、無理はない。
 こんな事になるのなら、いっそ、離れたほうが良いのかもしれないとまで、考える。
 初めから居なければ、傷つかない。赤の他人でいる限り、傷つけない。

「俺は……」





【想いの行方】

「昴! 昴! クリスマスパーティーしようよ! みんなでぱーっとさ!」
 穏やかで誠実な人柄の天樹昴は、誰からも好かれる。
 時々言動に天然が入るのも、そこはご愛嬌の一つ。が、有事の際には、三で済むところを十まで引き上げて完璧に仕上げる彼は、単純に好かれるだけではなく、同時に信頼される人物でもあった。
 友人は多く、後輩らには慕われ、先輩たちには可愛がられる。どこかへのお誘いは、日常茶飯事。ほとんど競争だ。
 クリスマスパーティーへの招待も、あちらこちらと多数来た。少しでも顔を出してと、皆、口々に言ってくれる。
「楽しそうだね」
 それは本心。嘘ではない。だが、笑顔はどこか空回りしていた。彼女のことが気になって、表情が強張る。営業用とすら呼べないような、作り物めいた微笑を浮かべ、何とかその場は流したが、帰宅した頃には、心身ともに疲れきっていた。
「ただいま」
 家の門を潜り抜けた途端、塀の隅に、発見されるのを恐れでもしているかのように、こそりと置かれた手提げ袋を、見つけた。
 中身は、シンプルなカードと、綺麗にラッピングされた小さな包み紙。
 カードの名前を確かめなくても、その差出人が誰かは、すぐにわかる。
 舌が曲がりそうな味のチョコレートが、いかにも彼女らしい。
 それに、メッセージカードの空白に残る、キスマーク。素直といえば聞こえはいいが、早い話、恋愛ぶきっちょの彼女が、どんな顔をしてこの印を付けたのかと思うと、自然と口元が綻んでくる。
 純粋なひと。
 不器用なひと。
 人前では、何があっても弱音を吐かない彼女が、唯一、感情をさらけ出すことの出来る他人が、この自分。

「会いたい……」

 明日までも、待てない。
 言いたいことがたくさんある。伝えたいことがたくさんある。
 彼女と共にいない、一分一秒が、惜しい。
 
 玄関の扉を開けることもなく、昴は来た道を戻った。バスに飛び乗り、地下鉄を乗り継ぎ、恋人の家を目指す。その長い長い道のりで、あれこれと、謝罪と仲直りの言葉を考えた。大学の試験より、喫茶店の経営より、難物の裏仕事より、もっと、ずっと、真剣に、頭を悩ませた。
 上手い台詞など、当然、浮かぶはずもない。
 我ながら笑ってしまうほどに単純な文章を、破いたノートに、書いた。



「ごめん。でも、好きだから、会いたい。昴」



 近くのコンビニで買った封筒に、手紙と、自宅の合鍵を同封する。
 それを、ポストに投函した。彼女に気付いてもらうために、玄関の呼び鈴を押そうとした指先が、ひどく、緊張した。
 初めて電話をかけたときと、同じ感覚。
 出てきてくれるだろうか。こんな事をして、迷惑がりはしないだろうか。彼女の心が、既に完全に離れてしまっていたら、どうしようか。
 
 だが、それら不安な気持ちの全てを、ただ、会いたい、という想いが、上回る。

 呼び鈴を押して、その場を立ち去った。
 とどまらないのは、あくまでも、彼女に選んで欲しいから。
 彼女には自由が似合う。縛る気はない。押し付ける気もない。渡る鳥のように、気ままに飛んでいて欲しい。疲れたら、その止まり木には、自分がなるから。

 彼女がこの場にいたら、照れくさくて、絶対に言えないことを、心の中で呟く。





【いつでも君を】

 君が知っているよりも、もっと、ずっと、俺は、君が、好きだよ。

 愛してる、なんて、ありふれた言葉では簡単に言い表せないくらい、君の事を、想っているよ。