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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


クリスマスパーティー


 クリスマス一色に世間が染まっている頃。

 ここはとあるケーキ屋さん。土曜だけど時間が早いためか、店内にお客さんは少ない。
「わぁ! ケーキだぁ☆」
 宝石でも眺めるような眼差しで、みあおはケーキを眺めている。ショートケーキやチョコレートケーキ……店内の端から端まで、みあおはてってと駆けてガラス越しのケーキに歓声をあげている。
 一方、あたしはというと。
(んー……)
 お財布片手にケーキを覗き込み、それから値段とにらめっこ。
(クリスマス前だけあって、多少は安いかなぁ……)
「みあお、これがいいー!」
 みあおは小さな指先でガラスケースの向こうを指差す。そこには、一個のデコレーションケーキがあった。スポンジを生クリームが包み込み、上には赤い苺がたくさん盛られ、そして中央には袋を持ったサンタクロースがちょこんと乗っている。
「サンタさんがいるのー!」
 みあおのお目当てはこのサンタクロースらしい。みあおの声に気付いた店員さんがこちらを見た。
「それはお買い得ですよ。残りはあと一つですし」
 残り一個だってー、とみあおはあたしの服を引っ張る。お目当てのケーキを前に、みあおはほっぺたを紅潮させていて、断り辛い。
(他のケーキに比べたら少し高いけど)
「じゃあ、それをください」
 みあおの顔が朝顔のようにほころんだ。
(可愛い)
「ねー、そのケーキ、みあおが持ってもいーい?」
「うん。でも、落とさないでね」
「だいじょうぶ!」
 みあおは両手でケーキを抱きしめ、ゆっくり一歩一歩進む。
(大丈夫、かな?)
 少し心配だけど、ケーキを抱いているみあおは嬉しそうで取り上げる気にはならない。
「今日のパーティー、楽しみだね」
「うん☆ ケーキたべて、遊ぶの! あとねー帰ったらツリー飾ろうね!」
「ツリーかぁ」
 家にクリスマスツリーはない。昨日それを思い出し、あたしはデパートにツリーを買いに行こうと思った。
 でも――。
「買う必要はありませんわ。わたくしが代わりを用意しますから」
 お姉さまがそう言うので、あたしは結局デパートへは行かなかった。
 代わりって何だろう。
(お姉さまに確認しておけばよかったかな?)
 訊いても答えてくれなさそうだけど……。

 家に帰ると、お姉さまがツリーの装飾を用意していた。これからのことが楽しみでならないような笑顔。みあおとは違った意味での笑顔だけど――。
「ただいまー!」
「あら――。気付きませんでしたわ。おかえりなさい」
 お姉さまは、赤い毛皮のような衣類を取り出した。
「みあお、これを着ましょうね」
「なーに?」
 みあおはケーキをテーブルに置くとお姉さまからそれを受け取り、
「うわぁ、サンタさんだぁ☆」
 跳ねて喜んだ。
「着ていーの?」
「勿論ですわ。みあおのために用意しましたの」
「やったぁ!」
 みあおは服のボタンを外し、素早く着替え始めた。
「では、わたくしも……」
「お姉さまも着替えるんですか?」
「ええ……わたくしはサンタクロースではなく――トナカイに扮しますわ」
 話しながらも、お姉さまの指はまるでそれだけが全く別の命を宿したように――機械的に服を脱いでいく。それから茶色の服を着て、首に鈴をつける。頭に角を乗せて……トナカイそのもの。
(あたしはすることがないなぁ)
 何か準備することは――。
(そういえば)
「お姉さま、クリスマスツリーはどこです?」
 トナカイになったお姉さまは、ゆったりとした動作であたしを見た。
「すぐ傍にありますわ」
 傍って――……。
 目の前には、みあおと、お姉さまと、ケーキと、クラッカーと、植木鉢と……。
(植木鉢?)
 何でこんなものがこんなところに?
「それでは、そろそろツリーを用意いたしますわね」
 突然お姉さまが背後からあたしを抱きしめた。
「きゃあ! 何するんです!?」
 何って――お姉さまが聞き返し、ふふと笑った。
「みなもがツリー役ですわ」
「え!? 何であたしがツリーなんです?」
「わたくしはトナカイ、みあおはサンタクロースになっているのに、みなもだけみなものままだなんて不公平ですから」
(不公平って)
 そういう問題だろうか。
「みあお、助けて!」
 と叫んでみたものの、みあおは、はしゃいでいて聞いていない。
「わーい、サンタさん〜!」
 白い大きな袋をかつぐみあお。
「みあおがサンタさん〜☆」
 お姉さまはあたしの身体の自由を奪うと、植木鉢の冷たい土の中にあたしの足を突っ込んだ。
「喜んでいるみあおにクリスマスツリーを見せて、更に喜ばせてあげましょうね」
 あたしの耳元で囁いて、あたしの足を固定させるお姉さま。
(こ、これでみあおが喜ぶの?)
 みあおはあたしを見て。
「わぁ、みなもねーさまがツリーなんだぁ!」
「そうですの。みあお、ツリーを飾りつけましょうね」
「はぁ〜い☆」
(そ、そんな自然に……)
 さすがに人体に電球をつけると危ないから、使用するのはキラキラと光るモールと、星型のぬいぐるみ等々。
「青、赤、黄色!」
 みあおは声に出しながらモールを選んで、あたしの腕から首、胸、腹部、脚と絡ませていく。その度に、植物のススキに撫でられている感覚というか、くすぐられているような感覚が身体に走った。
「みなも、動いてはいけませんわ」
「ツリーは動いちゃだーめ」
「ど、努力するね……」
 でも、不思議。動いては駄目と思えば思うほど、くすぐったさが増して動かずにはいられない。
「動いちゃだめー!」
 みあおに何度も注意され、何とか終了。ツリーの出来上がり。
「では、そろそろ始めましょうか」
「メリークリスマス☆」

 というわけで、今日と明日は姉妹だけのクリスマスパーティーの日。
 といっても、中身はただのパーティーと変わらないかもしれない。お姉さまの心の中には神様はいない。御方のみがお姉さまの中に存在している。みあおだって、神様なんて信じていない。事情は違うけど、信じていないのはあたしも同じ。
(だけど今はそんなこと)
 どうでもいい。あたしたちが三人でいることの方が、ずっと重要なことなのだから。

「ねーケーキ食べようよ、ケーキ!」
 みあおの視線はケーキに集中。
「そうですわね」
 動けないあたしの代わりに、お姉さまがケーキを切り分ける。
「みあお、サンタさんが乗ってるところがいいなぁ」
「わかりましたわ。はい、みあおの分」
 白い皿に乗ったケーキを渡されて、みあおは笑顔だ。フォークを口へ運び、口にクリームをつけている。
(いいなぁ)
 あたしも食べたいけど、足が固定されているので動けない。
「みなも、口を開いて」
 お姉さまがあたしの分の皿を持って、声をかけてくれた。でも、お姉さまの手にフォークは握られていない。そういえば――あたしは温泉旅行の時を思い出した。お姉さまは手掴みで食事をするのだ。ということは手でケーキを掴んであたしの口へ運んでくれる訳で――。
「自分で食べますから、フォークをください……」
「そうですの? 遠慮しなくても良いのに……」
 遠慮というよりはお願いなのだけど……。とにかくお姉さまからフォークとケーキをもらって食べる。手は動くから、ケーキを味わうのに集中できる。
(美味しい)
 抑えた甘さの生クリームに、スポンジの中の苺。すぐに平らげてしまった。勿論、三人の中で一番綺麗に食べたのもあたし。それでもお姉さまはあたしから皿を受け取ると、あたしの唇をぬぐってくれた。
(結構楽かも)
 ツリーになったお陰で、二人が動いてくれる。役得と考えることもできるかもしれない。
(ゆっくりできそう)
 せっかく三人で集まったのだから、ね。
 みあおはオレンジジュース、あたしはりんごジュース、お姉さまはぶどうジュースをそれぞれ選んで、乾杯。

「今ここでは流行っているのかしら」
 ぶどうジュースを飲み干したお姉さまが突然話を切り出した。
「そうですね……」
(何が流行ってるかなぁ?)
 テレビで見たものや学校での話を思い出してみる。あたしもそんなに流行に敏感な訳ではないし……。
「みあおの学校ではねーくすぐり!」
「?」
「あのね、まず始めに誰かの後ろに近寄ってね、くすぐるの。で、くすぐられた人は誰か他の二人をくすぐるのね。そしたら、次くすぐるのは三人。どんどん増えていくんだよ☆」
「そういえばあたしのときも似たようなことをやったなぁ」
(でもこれって流行にいれていいのかなぁ?)
 疑問はあるけれど、お姉さまはしきりに頷いている。
「くすぐる代わりに抱きつくのもあるよー。後ろからね、ぎゅうって抱きつくの。だからチャイムがなるころにはね、列車ごっこみたいにみんなひっついてるの」
「興味深いですわ」
 お姉さまはぶどうジュースをコップにそそぎ、飲んだ。お姉さまの頭の中では、ドミノのように並んだ人が互いにくっついている様子がありありと再現されている。
「一人が倒れたら、次々に倒れてしまわないかしら」
「んー。どうかなぁ。みあおは倒れたことはないなぁ」
「みなもの学校ではやりませんの?」
「中学ではあんまり……。抱きついてくる子はたまにいますけど」
「そうですの。面白そうなのに、残念ですわ」
 と言いつつ、お姉さまはあたしのわき腹をくすぐってきた。
(ただ単に、自分がやってみたかっただけなんじゃ……)
 お姉さまらしいといえば、らしいけれど。
 みあおが首をかしげた。
「みそのねーさまは、やったことないの?」
「ありませんわ、みんなでくっつくだなんて――ライバルですもの」
「ん〜そっかぁ」
 よくわからないような、でも本当はわかっているような表情のみあお。

 数分後に、みあおは思い出したように真面目な顔になった。

「ねー、おねーさまたちは神様がいるとしたら、どういう性格だと思う?」
「神様、ね……」
 あたしとお姉さまは顔を見合わせた。
「完璧な性格だと思う? みあおはわからない」
 だって神様なんて信じていないから――とみあおはぽつりと呟いた。
(あたしだって)
 神様の存在は信じていない。……その存在が正確に見えてこない、と言った方が正しいかもしれない。
「そうだなぁ」
 天井を見上げて、少し考える。
「完璧、ではないんじゃないかなぁ。光を持てば影も濃くなるのと同じな気がする。完璧なんて、きっと無理だよ」
 何て返せばみあおにとって良い回答となるのか、あたしにはわからなかった。
 横目でお姉さまを見たけれど、お姉さまは言葉を返すことなくただ微笑んでいた。
「今日は冷えますわね」
 お姉さまが呟いた。
「雪が降るかもしれませんわ」
「本当!?」
 みあおが目を輝かせた。
「ええ。きっと」
「そっかぁ。楽しみだなぁ」
 みあおは立ち上がって、窓越しに空を見上げた。降る、降らない、降る、降らない……呟く声が聞こえてくる。
「みあお」
 思い出したように、お姉さまが言った。
「神様というのは、信じている人の心に存在するものですわ。ですから神の性格は思い描く人により様々で、勿論神を信じない人からみれば神は実在しないことが真実なのだと思いますわ。全てが自由――神を自分の中で思い描くのも、性格を想像して愛し憎むのも、それによって喜ぶも悲しむも堕ちて行くのも、」
 そこでお姉さま息をのみ、空を見上げ、
「きっと雪は降りますわ」
 と残した。

 本当に、雪が降った。
「雪〜☆」
 みあおはまっさきに外に出て、手袋の上から雪を持ち、集め始めた。
「雪うさぎ!」
 成る程、小さな白兎が出来上がっている。目のところには小石が埋めてあって、愛嬌があった。
「可愛いね」
(あたしも何か作ろうかな)
 と思っていると。お姉さまがかき集めた雪をあたしのふくらはぎにくっつけてきた。ひんやりとした感触、その後雪が足の体温で溶けていく。
「何をするんです?」
「みなも雪だるまですわ」
「駄目ですっ もう!」
(お姉さまってば)
 そんな会話をしていると、
「冷たっ!」
 後頭部に雪の玉があたった。振り返ると、笑い転げているみあお。
「みあお〜!」
 あたしは雪を丸めて、みあおへ投げた。それはみあおの胸にあたって、粉々になった。
 予想外に始まった雪合戦は長く続いた。あたしは手加減しながら、みあおは背伸びをする子供くらい本気で。お姉さまは当然加わらず、微笑しながら見ていた。
「あさってになっても、雪残ってるかなぁ?」
「どうかなぁ」
「残ってるといいな。学校でクラス対抗雪合戦やるの!」
「雪があると、昼休みは校庭に出ちゃいけないんじゃない?」
「いいの! 帰りがけにやっちゃうもん☆」
 隣では、お姉さまが小声で笑っている。
(雪は溶けたり凍ったりすると厄介だけど)
 今日だけは、もっと降ってもいいな――降って欲しいと思った。

 夜眠るとき、みあおは小さな靴下を両手で引っ張っていた。少しでも中身が入るようにとの願いらしい。
「もうプレゼントはもらったでしょ?」
「そうだけど……もしかしたら今日ももらえるかもしれないもん☆ 準備準備!」
 みあおは十分に伸ばした靴下を枕元に置くと、
「それじゃあ、おやすみなさーい」
 すぐに眠ってしまった。
「みあおは無邪気ですわね」
 お姉さまはまだ寝付けないらしい。
「少し、二人で話します? みなもの日常の中で、変わったことや嬉しいことがあれば――」
「ええ。でも、ちょっと待っててください」
 あたしは立ち上がって、自分の机へ行くと包みに入ったキャンディーを持ってきた。
(みあおの寝顔を見てたから)
 あの靴下に、無性にプレゼントを入れてあげたくなっていた。キャンディーを靴下の中に、そっと詰める。
 お姉さまの、抑えた笑い声が聞こえてくる。
「――それじゃあ、ちょっとだけ。最近起きたことは……」
 こうして、長い夜が更けていく。



終。