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目覚めよと呼ぶ声がうるさい
〜 眠れない夜が明けて 〜
「目覚めよ……」
声が聞こえる。
「目覚めよ……」
どこからともなく聞こえてくる声が、漆黒の闇の中に響き渡る。
「目覚めよ……」
静かな、しかし決して聞き逃し得ない声。
「目覚めよ……」
そして、とうとうその声に負けるかのように……三下は、目を覚ました。
眠い目をこすりながら、枕元の時計に目をやる。
午前三時二十五分。
この前に目を覚ましてから、まだ十分ほどしか経っていない。
(何で、こんな目に遭わなきゃならないんだろう)
そう思いながら、三下はもう一度目を閉じる。
眠りの世界に入ろうとする三下の耳に、またしても、どこからかあの声が聞こえてきた。
その翌朝。
「ふあぁ……おはようございます……」
睡魔と一進一退の大激戦を繰り広げながら、三下は編集部のドアを開けて……中の様子に、我が目を疑った。
なんと、編集部にいる全員が、三下と同じく疲れた表情を浮かべて眠気に耐えているのである。
もちろん、編集長の碇も例外ではない。
「へ、編集長まで、一体どうしたんですか!?」
驚きという援軍を得て睡魔の軍勢を押し返した三下が、あわてて碇のもとへ駆け寄る。
すると、碇は眠そうに三下の方を見て、大きくため息をついた。
「どうもこうもないわ。
眠ろうとする度に、目覚めよ、目覚めよって変な声が聞こえてきて、おかげですっかり寝不足よ」
その言葉に、近くにいた編集者がこう続ける。
「寝不足は寝不足なんだが、居眠りしようとしても、やっぱりあの声が聞こえてくる。
このままじゃ、本当に気が狂いそうだよ」
「そこ、いくら眠くても、編集部で居眠りしようとしない」
碇は部下の失言に軽くツッコミを入れると、三下の方に向き直った。
「見たところ、三下くんは比較的大丈夫みたいね」
その言葉に、あわてて首を横に振る三下。
彼とて、昨晩はほとんど眠れていないのである。
しかし、碇はそんな三下の無言の抵抗などいっさい気にとめず、きっぱりとこう言いはなった。
「このままじゃ仕事にならないから、至急この現象の原因を突き止めて、何とかしてくること」
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〜 調査開始 〜
「みあおはそんな声聞こえなかったけど、なんだか大変そうだね」
話を聞いて、海原みあお(うなばら・みあお)は心の底からそう思った。
「そうなのよ。最近は特にハードなスケジュールで仕事をしてて、ようやく一段落ついたところだったから、なおのことキツイわ」
「そうそう。昨日はせっかくゆっくり眠れると思ったのに」
碇の言葉に、他の編集者たちもやつれた顔で頷く。
彼らの様子を見る限り、少なくとも編集部の人間は全員がその声を聞いているようだった。
しかし、みあお自身はその声を聞いていない。
と、いうことは、やはり聞こえる人間と聞こえない人間とがいるらしい。
ならば、まずはその境界線を見極めることが必要であろう。
聞こえる人間がどういった人間なのかがわかれば、原因の方もある程度特定できようというものである。
「とりあえず、編集部の人以外にも聞こえた人がいないかどうか、探してみた方がいいんじゃないかな。
編集部の中だけなら、絶対原因は三下にあるはずだし」
「ど、どうしてそうなるんですかあぁぁ」
みあおの発言に、当然のごとく抗議の声を上げる三下。
だが、そんな彼を弁護してくれるものは、誰一人としていなかった。
「当然の結論じゃない」
「同感だね」
碇を筆頭に、全員がみあおの言葉に同意する。
それを確認してから、みあおは三下の肩を叩いた。
「じゃ、さっそく調べに行ってきてね」
「え?」
きょとんとした顔をする三下。
「え、じゃなくて。三下以外の誰が行くの?」
「そういうこと。手がかりが見つかるまで帰ってきちゃダメよ」
みあおたちがそう言うと、三下はがっくりと肩を落とした。
「わかりました、行ってきます……」
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〜 参上 → 惨状 〜
セレスティ・カーニンガムが月刊アトラスの編集部に現れたのは、三下が出て行ってからしばらく後のことだった。
いつもなら多くの編集者が忙しく働いているはずの編集部。
けれども、今日は少し、いや、かなり様子が違っていた。
編集者たちは皆ぐったりとした様子で、中には居眠りしそうになっているものも見受けられる。
しかし、そういったものも、決して実際に居眠りするまでには至らない。
その代わりに、突然弾かれたように目を開けると、いらだたしげに髪をかきむしったり、コーヒーを入れに行ったりしている。
(どうやら、この人たちも眠れていないようだ)
セレスティはそう考えると、自分から話を切り出した。
「見たところ、皆さんもあまり眠っておられないようですね。
もしや、皆さんにも『目覚めよ』というおかしな声が聞こえているのではありませんか?」
彼のその言葉に、編集長の横で窓の外を見ていた銀髪の少女が、驚いたような顔で振り返る。
みあおであった。
「そうみたいだけど、ひょっとして、セレスティさんにも聞こえるの?」
そう言ったみあおの様子は、彼の知っている普段のみあおとなんら変わらない。
「ええ。その様子だと、みあおさんには聞こえていないようですね」
「みあおは聞いたことないけど……セレスティさんにも聞こえたってことは、編集部だけの問題じゃないってことだね」
と、みあおが腕を組んで考えるような仕草をした時。
編集部に、また新たな訪問者が姿を現した。
「月刊アトラスの編集部はこちらでしょうか?」
訪ねてきたのは、にこやかな笑みを浮かべた二十代前半くらいの青年だった。
「ええ、そうですけど。あなたは?」
とっさに居住まいを正しながら応対する碇に、青年はこう自己紹介した。
「僕は刃霞璃琉(はがすみ・りる)と申します。
こちらの三下さんという方からお話を伺ってきたのですが、実は僕にも問題の声が聞こえているんです」
それを聞いて、みあおがまた不思議そうな表情をする。
「ひょっとすると、聞こえてる人って結構多いのかな」
「そうかも知れませんね」
そう答えてから、セレスティは自分の思うところを述べた。
「聞こえると云う事は、知っている人物なのか、それとも眠ろうとする時だけ干渉できる能力を持つ人がしているのか、そのどちらかだと思ったのですが……私と璃琉さん、そして編集部の皆さん全員に共通する知人がいる可能性は、決して高くないでしょうね」
その分析に、璃琉も同意する。
「それよりは、後者の方がまだ可能性がありそうですね」
だが、みあおはまた少し違った考えを持っているようだった。
「でも、声の主が人間だとは限らないよ。
目覚めよって言っているんなら、目覚まし時計の九十九神とか、勇者をなくした導きの妖精じゃないかな」
言われてみれば、まだ声の主が人間であることを示す証拠は何一つない。
「なるほど。その可能性もありますね」
そう答えて、もう一度手元の材料を整理してみる。
(いずれにせよ、結論を出すにはまだまだ材料が不足していますね)
セレスティがそんなことを考えていると、不意に、璃琉が思い出したように言った。
「それはそうと、三下さんはどこまで調査に行かれたんでしょうか?」
「そう言えば、ずいぶん遅いね。どこで道草くってるんだろう」
三下がさぼっていると決めつけて、みあおが呆れたような声を出したその時。
「そこ、窓開けて! 他の人は全員窓の前から待避して!!」
突然、碇が大声を出した。
言われるままに、セレスティも窓の前にあたる位置から慌てて後退する。
すると、次の瞬間。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
聞き覚えのある悲鳴とともに、何かが猛スピードで窓から飛び込んできた。
その物体は、窓を器用にくぐり抜けると、机の上にあったものをあらかたふっ飛ばしつつ、編集部のど真ん中を駆け抜け、奥の壁にぶつかる寸前で何とか停止した。
編集部にいた全員が、眠いのも忘れて呆然とその物体を見つめる。
無理もない。
セレスティ自身も、この想像を絶する事態をどう解釈すればいいのか、未だわからずにいたのだから。
飛び込んできたのは、自転車だった。
その自転車のサドルの上には、中学生くらいの少年が立っていた。
そして、その自転車の前カゴには、後ろの少年に支えられながら、三下が立っていたのである。
いや、支えられながら立っていたと言うより、なかば気を失った三下を、少年が無理矢理立たせていたと言った方が事実に近いだろうか。
いずれにせよ、この事態に論理的な説明をつけるのは、当事者である少年以外にはどう考えても不可能そうだった。
「これだけやればきっと十分♪ 問題解決間違いなしだよっ☆」
満足そうに、その少年――水野想司(みずの・そうじ)がきっぱりと宣言する。
その発言の意図はさっぱり不明だったが、それをきっかけに、止まっていた編集部内の時間が動き始めた。
目の前に広がるのは、大地震の後でもこうはなるまいと思われる、目を覆いたくなるような惨状。
「三下が動くと、いっつも被害が大きくなるよね。
……ということは、三下を行かせるべきじゃなかったのかなぁ」
みあおのつぶやきが、開け放たれた窓から吹き込む風に流されて消えていった。
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〜 意外な真相 〜
それから、数十分後。
一同は、編集部からほど近いところにあるビルの4階に来ていた。
目の前のドアには、「坂之上超科学研究所」と書かれた紙が貼られている。
「なんだか、ものすごくうさんくさそうだよね」
納得したようにうなずくみあお。
そんな彼女とは対照的に、三下は相変わらず不安いっぱいの様子でこう尋ねた。
「本当に、ここが原因なんですか?」
「間違いないよっ♪」
想司は自信満々にそう答えたが、本当のところ、璃琉には彼を信用していいのかどうかわからなかった。
自転車に乗った想司と三下が編集部に飛び込んできた後。
ただちに二人に対する事情聴取が開始され、それに応える形で想司のトンデモ推理が披露された。
もちろん、その推理の根拠はきわめて薄弱であり、セレスティと璃琉が無数に存在する疑問点の中からいくつかをあげると、想司はいともあっさりとその推理を放棄した。
それにかわって、彼が持ち出したのが「五円玉催眠術」である。
糸を通した五円玉を振り子のように揺らし、見ている人間を催眠状態にするという、とても実効性のある方法とは思えないものであったが、実際に三下を実験体として試してみたところ、彼はいともあっさりと催眠術にかかり、その結果、聞こえてくる「声」の発信源を「このビルのどこか」というところまで一気に絞り込むことに成功したのであった。
「これぞ吸血鬼ハンターギルド驚異の五円玉催眠術♪ そんじょそこらの五円玉催眠術とはひと味もふた味も違うんだよっ☆」
想司はそう言っていたが、やはりうさんくささはぬぐえない。
どうひいき目に見ても、「坂之上超科学研究所」と同程度にはうさんくさいように璃琉には思えた。
とはいえ、ここまで来ておきながら、確認もせずに引き上げるわけにもいかない。
違っているなら、それはそれで仕方がない。
むしろ、ここが原因であれば、儲けものだろう――本当に、そのくらいに考えていた。
研究所にいたのは、頭のはげ上がった、小太りの老人であった。
「私が所長の坂之上だが、月刊アトラスさんが私にいったい何の御用かな?」
取材にでも来たと勘違いしているらしく、嬉しそうな表情を隠しきれない坂之上。
そんな彼に、セレスティはきっぱりとこう言った。
「実は、昨晩から眠ろうとする度に『目覚めよ』という声が聞こえて、大変困惑しているのですが、何か思い当たることなどございませんでしょうか?」
なにを聞かれたのかわからなかったのか、坂之上は一瞬呆けたような顔をした。
そして、次の瞬間。
彼は、突然弾かれたように立ち上がった。
「まさかっ!」
そう一声叫ぶと、大慌てで奥の部屋へと駆け込んでいく。
その様子を、一同は唖然として見送った。
その後、戻ってきた坂之上が平謝りに謝りながら語ったところによると。
今回の騒ぎの元凶は、彼の発明した「潜在能力覚醒マシン」であった。
このマシンは、「目覚めよ」という声を、霊的な波動に変換して発信し、催眠状態の目標の潜在意識と魂に直接呼びかけることで、眠っていた能力を目覚めさせることができるマシンである……と、本人は主張している。
そして、そのマシンには、電源および出力調整のためのツマミがついていた。
そのツマミを、どうやら昨夜に限って逆に回してしまったようなのである。
当然、坂之上は電源を切ったものと信じて疑っていないから、使う予定のない間は、電源のツマミをチェックするようなことなどしない。
結果、「目覚めよ」という声が最大出力で夜通し発信され続け、その霊的な波動を受信できるほど霊感が鋭い者、もしくはその周波数の霊波に反応してしまう者は、眠ろうとする度にその声を受信してしまった……ということのようである。
かくして、いろいろと釈然としないものを残しつつも、謎の声事件は無事に解決したのである。
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〜 その後 〜
「……で、お詫びにこれを受け取ってきたのね」
そう言いながら、碇は怪訝そうに目の前の機械を見つめた。
坂之上の話によると、これは「労働意欲向上マシン」であるらしい。
原理は「潜在能力覚醒マシン」とほぼ同じであるが、起きている相手の潜在意識に直接「働け」というメッセージを送り続ける仕様になっている。
そう言われると、確かに作業能率は上がりそうな気もするが、それ以上にやっかいな副作用が出そうな気がしないこともない。
「やっぱり、やめといた方が無難だと思うけどな」
みあおはそう言ってみたが、碇は寝不足のために判断力が大分低下していたらしく、みあおの反対を押し切ってマシンのスイッチを入れた。
効果は、直ちに現れた。
編集者たちは皆一心不乱に働き、仕事にならなかった分の遅れを取り戻すどころか、普段の三倍近くの仕事をさくさくと片づけるようになったのである。
「最初は半信半疑だったけど、これ、使えるじゃない」
碇は思わぬ収穫に嬉しそうな様子だったが、みあおの心配は消えなかった。
そして、その心配は、やはり的中した。
四日目辺りから徐々に作業ペースが落ち始め、その上心身に不調を訴えるものが続出したのである。
ことここに至って、碇もマシンの電源を切ることを決断。
その後、ダウンしていた編集者たちも徐々に復帰してきたが、結局仕事にならなかった期間を計算に入れると、マシンを使わなかった場合とほとんど差し引きゼロに終わった。
「ね、やっぱりそんなにうまくはいかないんだよ」
その話を聞いて、みあおは軽く苦笑した。
しかし、碇は微笑みながらこう答えたのである。
「でも、『労働力の前借り』と割り切れば、使い道はあるわ。
それに、連続使用しなければ副作用は出ないのかもしれないし、ね」
その後、編集部でこのマシンが起動した形跡はない。
けれども、碇が「いざというときの切り札」としてこのマシンを所持していることは、ほぼ疑いようのない事実である。
そして、「編集長がまだこのマシンを所有している」というだけで、編集者たちの働きが目に見えてよくなっていることも……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
1415 / 海原・みあお / 女性 / 13 / 小学生
0424 / 水野・想司 / 男性 / 14 / 吸血鬼ハンター
2204 / 刃霞・璃琉 / 男性 / 22 / 大学生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武でございます。
この度は私の依頼にご参加下さいまして誠にありがとうございました。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で五つのパートに分かれています。
このうち二番目と五番目のパートにつきましては、PCによって内容が異なっておりますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(海原みあお様)
今回はご参加ありがとうございました。
みあおさんの描写は、こんな感じでよろしかったでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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