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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


赤い掌は芸術か否か?


 渡されたのは、黒いスーツ。
 そして目の前の彼もまた、黒いスーツだった。
 何かの取引。
 そう言われれば否定は出来ない。
 今行っている事は、それ以外の何者でもないのだから。
「もちろんそれは支給される物であって、これから渡す手帳さえ所持してくれればIO2を名乗れる」
 縦に開く黒い手帳にはIO2のロゴ、中には身分を証明する写真とIDナンバーその他細々としたデータ。
「それを受け取るか受け取らないかは自由だ」
 鷹揚な態度で、書類を差し出す。
「もし手帳を受け取るのなら、君はその書類の特権を受ける事が出来る」
 例えばそれは刑事と同様の立ち振る舞いだったり、IO2に納められている資料や道具の使用許可でもあるのだろう。
「今までやっている事と何ら変わりはない、むしろこれまで以上に何かがプラスされる……そうだろ?」
 そうしてサングラスをかけ直しながら、彼は楽しげに笑う。
「何か裏があるかも知れないと言ったら?」
「与えられた組織の力をどう使うかは、自分次第だろう」
「道理だな」
 男もまたニッと笑った。
「……ご機嫌ね」
 割って入った第三者の声、リリィの声に二人はギシリと固まる。
「何回目、そのハードボイルドごっこ」
「これは……その、な?」
「練習だ、練習っ」
 慌てふためく草間武彦と盛岬りょう。
 真相を明かすなら、IO2という組織が東京を中心とした地域であまりにも怪奇事件が多発したおかげで職員の手が追いつかなくなった事に始まる。
 決断を迫られた組織は、事件を解決できる人に任してしまおうと言う結論に至った。
 かくして法改正がなされ、怪奇事件担当の警察とでも言うような組織が出来上がった訳である。
 警察のような地位を与えられ、黒服を着た二人がやっているのがさっきの光景。
 そんな二人にため息を付いてから、書類を渡す。
「仕事よ、頑張って解決してきてね」

■報告書
 都内各地で十数件に及ぶ『マンションの側面に全体に手形が残される』という事件が発生している。
 これにより捜査を開始した捜査官が犯行を行っている男性を確保。
 芸術的な犯罪を目的として供述しているが、更に状況を聞き出したら街に存在する浮遊霊を操り協力させているとの事。

「ちなみに最初に捕まえた人は、今は脅えてて何も話せそうにないわ」
「……大変だな」
「誰の所為?」
 リリィに詰め寄られ多りょうが慌てて手帳を手に立ち上がる。
「じゃ、行ってくる!」
 さっさと立ち去った後に、残された一文を読み上げる。
「犯人は一人じゃない、二桁……三桁に昇る可能性もあるって話よ」
「それなら他にも協力者を呼んだほうがいいな」
 草間が内線を取り上げる。
 結局はやっている事にあまり違いはないのかも知れない。

【光月・羽澄】

 連絡が入ったのはいつも通りの事で、今回欲しいのは情報だというのはほんの少し違う事。
 そして一番違うのは呼び出された先がIO2だと言う事だった。
 色々と因縁があったり、思惑が渦巻いているようなイメージがあるのだが……。
 最近では何かを始めたというのがもっぱらの噂であり、本当の事でもある。
 そして、いま光月羽澄の目の前にいるのが呼び出した人物……つまりりょうなのだが。
「なんで黒服なのよ」
 通路に立っているだけなのだが、知り合いじゃなかったら避けて通りたくなるような雰囲気ではあった。
 写真でも撮って、凶悪犯ですなんて言ったとしても見せられた人はなんの理由もなく信じるだろう。
「支給品」
 簡潔にそう答えたが、羽澄は手元に持っているジッポライターに動く。りょうには絶対に必要のない物である。
「………何してたの?」
「……聞くな。それよりなんか知らないか?」
 相変わらず省略されきった聞き方だが、ある程度の情報は手に入っているので気にしないで話を進めた。
「手形の事ね、ネットでも噂になってるわ」
 怪奇現象として扱われているし、手形で一杯になったビルの映像を貼り付けているサイトは幾つも存在する。
 そこでは呪いの手だの怨念だのなんだのと言われていたのだが……。
「これ、芸術らしいぜ?」
「………有り得ないわ」
「私もそう思います」
 かけられた声に振り返る。
「こんにちは」
 綾和泉汐耶と偶々そこで一緒になったのだという斎悠也。
「………どこの帰りだ?」
「仕事だったんです」
 悠也も同じように黒服でありサングラスをかけているのだが……シックな装いが普段よりも落ち着いて見え、ワックスで整えられた前髪や、サングラスなどは形容しがたいほど様になっている。
「………お前」
 僅かに解れた髪が、素でハードボイルド映画に出演している俳優のような装いであった。
「何ですか?」
「なにがって……いや、いい」
 何か言いたげなりょうに羽澄がため息を付いてから、話を元に戻すように促す。
「大人気ないわよ」
「わーってるよ」
 持っていたライターを羽澄に押しつけ肩を落とす。
「何がしたかったんですか?」
「……なんでもない」
 どちらが悪い訳ではないはずだ……おそらく。
「話を戻してもいいですか」
「ああ……」
 汐耶の言葉で事情を簡単にまとめて説明しながら、会議室へと向かう。
 ノックをしてから、中へとはいると既にシュライン・エマと天薙撫子、そして草間は既に揃っていた。


 揃ったところで、話をまとめる。
「今こうしてる間にも被害は増えてみたいだな、真っ赤になったビルの持ち主が騒いでたりギャラリーが集まってるみたいだ」
「数が多いから質が悪い、一人二人叩いても今のままじゃ焼け石に水だろ?」
 その意見は理解できるのだが……。
「もう少し話が聞ければ何とかなったのにな」
「それはまあ……」
 草間の意見にりょうが引きつりかけ……。
「どうして脅えているのでしょうか、その捕まえた犯人には黒幕がいるのでは?」
 撫子の言葉にハタと、動きを止めた。
「黒幕と言われればそう見えるわね」
「確かに」
 素直な感想を述べるシュラインと悠也の言葉に、うなだれたりょうが呻くように言う。
「誤解があったみたいで悪いな、でも犯人にはちょっと脅かしただけなんだぜ?」
「盛岬様がなさったんですか」
「………はい」
「その格好で?」
 測らずとも自供を迫られた犯人のようであったが、自業自得だろう。
「………」
 沈黙はそのまま肯定を意味する。
 ちょっとがどの程度かは不明だが、脅したとしたら効果は想像以上だったのに違いない。
 その光景が容易に想像できた羽澄が眉をひそめると、汐耶が言葉を繋ぐ。
「盛岬さん……相変わらずと言いますか、計画性ゼロですね」
 今度こそ撃沈。
 それはさておき話を元に戻す。
「黒幕というのはいるかも知れませんね、数が多いとなるとまとめる必要がありますから」
 誰の指示もなしに、同じ行動色々な場所でとる事はないだろう。そうなればやはり気になるのは『誰が』と『どうやって』である。
「一人は捕まえたのよね、その人が指示を出してたの?」
 シュラインのが尋ねた事に、撫子が細かく状況を聞く。
「そうですね、何か解った事はなかったのでしょうか、例えば……他の事件との相違点や連絡を取ろうとしてた等、些細な事でも構いません」
「そうだな、現場の指示は出してたみたいだけどな……そういや芸術だのなんだの言ってる時にモブ・プロジェクトとかなんとか」
「……聞いた事はあるるけど」
「これの事?」
 手早くキーボードを叩く羽澄のが目的のヴェブページを開いて全員に見せる。
 モブ・プロジェクト、別名フラッシュ・モブ(一瞬の群衆)とも言われ、アメリカ各地で行われている。モバイル端末を通じた情報で決められた時間、場所に全く見ず知らずの人々が集まり、集団パフォーマンスを行ったかと思うと、あっという間に解散するパフォーマンス・アートだ。
 もっともそれは店が行う宣伝行為であったり、誰か遊びで言いだした事や芸術だという人もいる。
 想像していただきたい。
 突然二桁、三桁の人間が表れて、人々の注目を浴びては何事もなかったように解散し消えていく。
 実際に起きた事例としては意味もなく集まった群衆がホテルの前で一斉に拍手をして消えたりしたそうだ。
「罪のない悪戯ですか」
「今回は人の代わりに幽霊を集めたって訳ね」
 思わず苦笑する悠也とは反対に、なんだかバカらしい事件にシュラインはため息しか出ない。
 拍手や一瞬騒いで帰るぐらいならどうにも出来ない事だろうし、行動によって個人の意見は分かれる筈だ。
 だだ今回は色々な点で、法や常識が決めた線を超えてしまったのである。
 突然現れてビルの側壁一面に手形を残す行為は完全に犯罪だ。
 しかもその赤い掌を残しているのが幽霊ともなれば……はっきり言ってビルの持ち主や住人にとっては恐怖体験でしかない。
「迷惑な人たちですね」
 ばっさりと切って捨てた汐耶の言葉に、一同もはっきりとうなずいた。
「もっと上手くやればいいのにな?」
「それも困ります」
 りょうが洩らした意見に悠也が笑う。
「……緑でしたら、クリスマス時期の企画にご協力してもらえたんだけど」
「あー……?」
「模造紙繋ぎ合わせた物に、クリスマスツリーを描いて子供達に飾らせる企画があるんだけど。このセンスじゃ子供達も飾る気なくすだろうし」
 それはそうだろう、子供がこれを長時間見たらトラウマになるに違いない。
「とにかく、これ以上被害が増える前に何とかしないと行けませんね」
 放って置く気はないが、撫子の言うとおり時間が立てば愉快犯も増えるだろうし更に手が終えない可能性もある。
 東京中のビルが赤くなる前に何とかしたほうがいいだろう。
「問題は誰かに動かされていた場合よりも個人の意志で勝手に動いてる場合かしら」
「確かに愉快犯ほど厄介な人種はいないからな」
「前者は元を捕まえて何とかすればいいですが、おもしろがってやってたら捕まえにくいですね」
 シュラインや悠也の予測通り、まず間違いなく逃げるに違いない。
「まとめて一気に捕まえた方がいいんじゃない?」
 羽澄の一言に、必然的にそうなる。
「そうね、その意見には賛成だわ」
「人手は分けたほうがいいでしょう」
「それなら大本を捜して、幽霊を誘導して……捕まえると言うところでしょうか」
「何か法則性があるならそのビルに集めたほうがいいでしょう」
「それが一番有効な手ですね」
 ここまで話しているのだから、何か解った事があるかも知れない。
「他に気付いた事は?」
「俺が捕まえた奴、普通に幽霊と話してたから、なんか力あったのかもな。操れるような力とか……脅かしててっ感じでもなかったな、なにしろちょっとけたぐり回しただけでああだし」
「なに気に不穏当な発言が混ざってない?」
「今さら気にするな」
 そんな様子で手早く会議が進んで行き、おおよそ決まったところで会議室のドアがノックされる。
「……はい?」
 ドアを開けに行ったりょうが、僅かに固まり……数秒後に後ずさった。
 その横を通り抜けてきたのはリリィとナハト、そして夜倉木に抱えられ藻掻いている一人の少女。
「……メノウ!?」
 ここにいるほとんどが想像していないだろう人物の登場に、流石に驚く。
「どなたですか?」
 事情を知らない撫子が問うと、汐耶が立ち上がり簡潔に状況を説明する。
 前にあった『S』と言う事件で、ナハトと共に、色々と事件を起こしたのがこの少女だ。
「私が連れてきて欲しいと頼んだんです、気になった事があったものですから」
 そう言うと夜倉木の方へ歩いていき、メノウを下ろすように言う。
「何故そんな荷物のような扱いなのですか? 返答次第では……」
「噛むからです」
「……噛む?」
「ここに連れてくるまでに俺は手を三回噛まれた」
 状況が理解できても、多少思っていた事と逸脱する事実だ。
 立ち上がった悠也もまたメノウに近寄り、様子を確かめる。
「……ここの対処は、催眠暗示だと思ってましたが」
「メノウもそれなりの使い手だからな、そう言う方法をとるには時間が足りないんだ」
「結局そう言う方法をとるつもりなんですね」
「まっ、まって!」
「どういう事?」
 慌てて立ち上がったシュラインと羽澄を夜倉木が制止する。
「れっきとした犯罪者だから。こういう措置を執らざるを得ない状況を作ったのは事実です。反省もあまりせず、催眠術をかけようとした相手に散々抵抗すれば当然でしょう」
 なかなかに過激だ。
「それで、どうするんですか?」
「このままにしておけば、催眠は続けられるんですよね」
「そうなるな」
 さも当然のように言ってのける夜倉木に、汐耶がはっきりと断言する。
「それなら、私が預かります」
「……助かる。これであの医者が愚痴る事も少なくなります」
「どうして?」
 話を聞いていたメノウにとっては気になる事だ。
「ほおって置けないから」
 床の上へと降ろされたメノウに、汐耶が答える。
「私は厳しくいきますから、覚悟していてください」
「………はい」
 迫力に気圧され、思わずメノウはうなずいた。



 一悶着は有りはしたが、事件が終わった訳ではない、ここで分かれて悪戯を続けている幽霊の問題解決に動き出す。
「それにしても意外だったんだけど」
 電話越しの会話は、羽澄が頼んだ物を持ってきて貰うためだ。
『それは俺だって同じだ』
「りょうは何か知ってたの?」
『……俺はよく覚えてないからな、夜倉木だったら知ってた可能性はあるな』
「そう……」
 曖昧な言い方に、もしかしたらりょうも催眠術でもかけられてたかも知れないと思ったが、それは事件が片づいたら細かく聞けばいいだろう。
『信号変わるから切るな、後五分ぐらいで付くから』
「解ったわ」
 予告通りの時間に来たりょうとナハトが車から降り、肩に抱えている網やらロープやらを羽澄へと見せる。
「これでいいか?」
「ありがとう」
 羽澄が頼んだのは、幽霊でも捉える事の出来る仕様のなされた特別製の物だ。
「でも使うのは後になると思うから、取っておいて」
「了解、とりあえずこっちな」
 黄色いテープの貼られたビルの周りには人だかりが出来ていたが、羽澄を手でこまねき警官の前で縦開きの手帳をサッと開いてみせる。
「構わないな」
「はっ、お通り下さい!」
 真っ直ぐに敬礼をする警官が上げた黄色いテープをくぐり、中へとはいる。
 見上げたビルには、今も尚楽しそうに幽霊達が赤い手形を残していた。
 霊感のない人間なら、突然壁に手形が表れいるようにしか見えないのだから……確かに怪奇現象だろう。
「ちなみに俺が捕まえた時に、幽霊を先導してた奴はビルとビルの間で隠れてた」
「見える範囲には居るって事ね」
 念のためと隙間をのぞいてから、今度は上を見上げる。
「居るのは屋上ね」
「解ったのか?」
「ここら辺でいそうな場所って言ったらそこだけよ」
 ビルの屋上へと続くエレベーターに乗り込む。
「所でさっきの、なかなか決まってたろ?」
 ニッと笑うりょうに一言。
「何回ぐらい練習したの?」
 そうでなければ、ああも慣れている説明が付かない。
「……貰った日に徹夜で」
「本当に好きよね、そう言うの」
「いや、これには夢と浪漫がだな……」
 説明をするよりも早く、エレベーターが最上階に付いた事で会話を制止する。
「屋上に上がる階段は?」
「鍵はかかって……触った形跡はあるな」
「当たりね」
 ただの錠前だ、少し知識があれば開けるのは簡単だろう。
「よし、開いた。こんぐらいはチョロいな」
「りょうも出来たのね」
「まぁな」
 そっと声を潜めながら、階段を上がり屋上へと続く扉の影から息を潜めて外をの様子をうかがう。
 相手は一人。手にした呪札で周囲から幽霊を呼び寄せて手形を押させているようで、見たところ好きだらけもいいところだった。
 羽澄が動きを止めてもいいのだが、男のいる位置が何故か一段高い給水塔のハシゴの前なのだ。
 捕まえる時に暴れて、万が一落下でもされたら目も当てられない。
 念のため、取れる限りの安全策を採る事にした。
「行くわよ……」
「オッケー」
 開いた扉から羽澄が飛び出す。
 男が羽澄を見つけ、声をかけるよりも早く下へと駆け寄った。
「あなたがここの霊を集めている犯人ね」
「ご名答」
「どうしてこんな事を……?」
「知りたいなら教えてあげよう。これは芸術だ」
 自信たっぷりの男に、羽澄は首を左右に振る。
「到底そうは見えないわ」
「理解できないようだな、ならば……っ!?」
 話している真っ最中の男を、後ろに回り込んでいたりょうが蹴りつけた。
「おわ! なっ、なっ!?」
 羽澄は素早く落ちてきた男をナハトがのし掛かり取り押さえる。
「捕まるかも知れないのに、話してるのはよくないわね」
「話せって言ったのにーー!!! 卑怯者ーー!!!」
「理由は大体知ってるから」
 こういうタイプは大体自分のやっている事を話したがる物だ。少し話を促して見たのだが……想像以上に効果てきめんだったのである。
「言い訳は後で聞くから」
 それ以前の問題だろう、ああも隙だらけの方が悪いのだ。
「人でなしーー!」
 藻掻く男をはりょうが手錠をかけると、ショックを受けたように途端に大人しくなる。
 こっちはこれでいいが、残りは幽霊達。
「……まだ続けてるな」
「楽しそうにね」
 試しに止めるように言ってみたのだが……。
『いやだーー、俺は死んだ証をここに残すんだ!』
「……死んだ証って」
 とにかく、止める気はなさそうだ。
 元々男が集めたのかも知れないが、やっている内に楽しくなってきてしまったのかも知れない。
「とりあえず私が集めるから、捕まえたほうがいいわ」
「そーだな」
 スッと息を吸い、羽澄は歌を奏で始めた。
 幽霊を集める振動。
 硝子のような輝きは、羽澄を中心に収束しているように見えた。
 集まり始めた幽霊達を、捕まえては網の中に放り込んでいく。
 そして全員捕まえたところで、ぎゅうぎゅうに幽霊が詰まった網を見上げる。
「圧縮できないの?」
「そう言う技能は無いな」
 とりあえずここはクリア。
 羽澄は幽霊達をどうしようかとは思いつつも、連絡を入れようと電話した。



 それから程なくしてシュラインの所へと集まってからそれぞれで起きた事をまとめる。 幽霊達をどうするかという事になったのだが、それは汐耶の一言で決定した。
「責任は取らせないと行けませんね、当然掃除させませんと」
「そうね、それがいいわ」
 マンションの掃除は大変だろう。
 自分たちがやった事なのだから、それは当然だといえた。
「後気になるのが……」
「わたくしがお会いした方ですね。ナーサリー・ライムズと名乗っておられました」
 撫子が会ったという、変わった男。
 なにやら組織が裏にありそうな気配である。
 羽澄と悠也が捕まえた犯人に話を聞いてみたが、協力して貰ったと言うだけで大した情報は引き出せそうになかった。
「それなら……私知ってますが」
 そう言ったのは、メノウである。
「え!?」
「私が虚無の境界にいた頃に、ナーサリー・ライムズとか言う『芸術的な犯罪』を掲げてる人が何人か居ました」
「ナーサリーライムズ……つまりマザーグースね」
 簡単に言えばマザーグースのイギリスでの通称と思っていただければいい。
 すぐに解ったのは翻訳の仕事をしているシュラインならではだろう。
 これは……重要な証言だ。
「でも今回の事件が芸術的だなんて到底思えないですが」
「そうよね、やった事と言えばビルに手形を付けただけだし」
 裕也の意見に羽澄が同意する。
 こういってはなんだが、虚無という組織のやる事とは思えないのだ。
「あれはただの遊びではないかと思いますが、やってみたかったからと言う理由で動く人は結構いますから」
「誰かは解る?」
「そうですね、特徴は解ります?」
「はい、丁寧な口調をしておられましたが……まるで子供のような表情をなさる方でした」
「きっとそれはジャック・ホーナーって名乗ってた男だと思います」
 偽名である事は間違いないだろう。
「他に何か知ってる?」
「死体をオモチャにするので有名な男なんです、能力は詳しくを解りませんが……読心術や霊を憑依させての精神破壊が主であったと記憶しています」
 だとすれば、撫子があの場で深追いしていたなら被害は間違いなく広がっていただろう。
「その場にいたのが盛岬でなくってよかったな」
「どういう意味だ」
「そのままだろ」
 相変わらず仲の悪い事であるが、もっともな意見ではあった。
「またとんでもないのが出て来たみたいですね」
「笑い事じゃないわよ、そんなのが普通にいるなんて……」
 苦笑する悠也に、シュラインが落ち込みたくなるのも頷けた。
 普通であったなら、そんな頭のおかしい人間とは関わり合いになりたくない。
「これからまだ動く可能性があるって事ね」
「そうではないでしょうか?」
 思わずため息を付きたくなるような意見に、草間がヒラと一枚の紙を取り出す。
「ま、起こるかどうか解らない事件で頭を悩ませるよりも、今はひとまず決着が付いたと言う事にしたほうがいいじゃないかす」
「気楽ですね……」
「武彦さん……」
 渋い顔をされはした物の、めげずに紙をみるように促す。
「IO2既約、協力した者にはそれなりの金額が支払われる」
「そう言えば聞いてなかったわね、依頼料……っ!?」
 言葉を詰まらせたシュラインに、草間とりょうが満足げに笑みを浮かべる。
「一人120万!?」
 金額を聞いて思わず納得する。
「それは凄いですね」
「まあ……」
 悠也も撫子も驚いたような言葉は発しているのだが、何故かそうは見えない。
 さすが国家権力と言いたいところだが、これだけの額をこうも簡単に支払っているところをみると何か裏があるのではないかと思ってしまう。
「どういう事?」
 全員が感じているだろう疑問を、羽澄が尋る。
「今回ちょっとだけと言えども。虚無の境界が関わってきたからな……それの所為だろう?」
 それならば納得は出来るが……。
「せっかくですから、貰っておきましょうか」
 当然の権利だと主張し微笑んだ悠也に、りょうもニッと笑い同意する。
「そうそう、貰えるもんは貰っとかないとだな」
「それもそうですね、これから入り用になると思いますし。帰りに買い物でもして帰りましょうか」
「はい」
 汐耶の現実的な意見に、メノウがこくりとうなずく。
「まずはタバコだな」
 空になったタバコをポケットに突っ込むのをみたシュラインが、素早く引っ張り出す。
 中から出てきたのは、くしゃくしゃに握りつぶされたタバコの箱が三つほど。
「少し控えてっていったわよね」
「……いつの間に入ったんだか?」
「武彦さん!」
 小さくなる草間にクスクスと笑い声がかけられる。
 しばらくは潤う事になるとは思われるが草間に限ってはまた何か出て行ってってしまうに違いない。
 まあ……それはその時の話だ。



     【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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『赤い掌は芸術か否か?』に参加していただきありがとうございました。
個別部分はオープニングと幽霊達への対処となっております。

今回は軽い事件でこれから先の事件を予感させるような物をと思っていたのですが。
良い意味でそれ以上の展開になりました。

誰か背後にいるな、程度でぼかそうとしていたのですが……見事に出てきてます。
そしてメノウ。
これはと思いました。
今回引き取って貰えてなかったら……もう何話か後で催眠治療が終わってる所でした。
だからこれで良かったなと思ってます。

掌事件はこれで完結ですが、IO2のやっている事は色々曖昧なままなので気になった方は遠慮無く言って下さい。
だだ一つ言える事は、IO2は組織であり人の集団です。
裏で何やっているか解らない人間もいれば、純粋に誰かを守るためという人もいます。
何か目的があるという人もいますし、理由があって束縛されている人もいます。
その点をご理解いただければ幸いです。

それでは、またお会いできる時をお待ちしています。
ありがとうございました。