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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今宵、ひとときの温もりを……


 ■序曲:朝■ 

「んぁ…………」
 宮佐・鞠生は朝のBGM用に用意された交響曲『四季』の一番、『春』に全く似つかわしくない大欠伸を寝起き早々一つ吐く。
 気分が重く寝覚めが悪い。
 胸やら首やらに纏いつくような感覚を感じて眉を寄せた。
「…………」
 ぼんやりと辺りを見回せば自分の部屋で、鞠生は溜息をついた。夢の中の断片をかき集めてみたが記憶が曖昧で思い出せない。枕元に置いた2オクタープの鍵盤のピアノを手に取ると曲を弾き始める。
 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの協奏曲第一番ト短調作品4の1、HWV289の壮重で重厚な序奏的性質の第一楽章の最初の一分が、今の自分の気分だった。
 雅に何かが始まるような感じがぴったりだが、第一楽章の方は次のアレグロに移行するや調性が変わる。今の自分とは全く正反対だった。
 ここのところ、こんなことが毎日続いている。
 重く何かが圧し掛かり、鬱々とした気分をどうにかこうにか払拭しようと思うのだが徒労に終わる。仕方なく溜息をつきつき、鞠生はレクイエムを弾くのだった。


 ■第一楽章:鞠生受難曲■

 毎朝感じる倦怠感の原因を探ろうと、鞠生は知り合いの西條・アドルフィーネに相談する事にした。
 アドルフィーネの方は喜んで応じてきたのだが、鞠生としては嫌な予感がしてならない。
 待合の喫茶店でおもむろに愛用の鍵盤を取り出すと、またも『レクイエム』を弾き始める。
 すると静かだった店内が俄かにざわめいた。方々で、小さな声で「宮さま」と自分の事を呼ぶ声が聞こえる。
 顔が下膨れなのでもなければ、高貴な家の出身でもないのに、なぜかニックネームは宮さまで、いつのまにやらファンクラブまでも存在していた。実は宮さまと呼ばれるのが嫌なのだが、そのことをうまく伝えられない鞠生は黙っているしかないのだった。
 重ーい暗ぁ〜い気分は更に酷くなるばかり。
 それは寝起きの悪さの所為ではないだろうと思われる。
 アドルフィーネは日独ハーフで、金髪のボブカットとフリルのいっぱい付いた衣装がよく似合う可愛らしい女の子だ。それは自分も認めるところだった。
 そうなのだが、どうも乙女な思考に偏りがちな彼女のことを考えると気が重くなる。
 彼女が魔女修行中の女子中学生で、師匠である母の指示で魔女としての経験を積むべく、多くの事件やイベントに首を突っ込んでいることも影響しているのかもしれない。
 いっそ、寝起きの悪さ覚悟で、家に帰って寝てしまうべきかどうかを、鞠生は真剣に悩んだ。
「…………ぅー……」
 鞠生はベートーベンの『運命』を手で爪弾きながら、思わずうめく。
 めったなことでは鞠生は喋らないのだが、杞憂を隠し切れずについ声にしてしまった。
 思わず手を止めて口を押さえる。
 自分の声というか歌に不思議な力を持つ身としては、少々の呟きさえも気になるものだった。
 これでこのうめきにも似た声を聞いて世を儚み、誰かが自殺でもしたらたまったものではない。
 辺りに人は居ないかどうかをつい振り返って確認してしまった。
「…………」
 ほっと溜息をつくと鞠生は鍵盤を爪弾き始める。
 今日は気分が乗らない。
 つらつらと弾いたほうが気分的に楽だ。
 中天に太陽が差し掛かった頃、アドルフィーネが喫茶店のドアを開けてこちらにやって来た。
「鞠生さんッ♪」

―― じゃーん、じゃーん、じゃぁ〜ん♪

 元気良く声を掛けてきたアドルフィーネに鞠生は鍵盤を鳴らして挨拶した。音楽会などで一番最初に一同で礼をするときのアレである。
「お待たせしました」
 ニッコリと笑って言ったアドルフィーネの挨拶と重なり、思わず二人で音に合せて礼をしてしまう。頭を上げた後もアドルフィーネは笑っていた。
「私に御用って何かしら?」
 小首を傾げてアドルフィーネが言った。
 肩先で金髪が揺れる。
 鞠生は今朝方弾いていた協奏曲を弾き始める。
 楽譜の正確さはそっちのけで、怪しく重たげにトロールが歩いてくるように弾いた。
「嫌な夢でも見たのですか、鞠生さん?」
 相手も流石のもので、その曲を聞くや否や眉を寄せてそう言った。
 鞠生は弾きながら頷く。
 更に地獄に続く階段を一歩一歩下りてゆくように弾いて聞かせた。底なしの赤い沼に溺れていくような情景を思い浮かべつつ、一音一音弾いていけば、キッチンの方で叫び声が聞こえてくる。
「うぁああああああああああああ!!!!」
 驚いてアドルフィーネが振り返ると、カウンタの向こうで喫茶店の店長が果物ナイフを振り回して暴れていた。その店長を止めようと、アルバイターが必死で店長の腕を掴んでいる。
「店長、危ないです!!!!」
「俺なんかどうせ、借金から開放されないんだあああああああ!!!!」
 叫んだ店長はカウンタに突っ伏して泣き始める始末。
 鞠生はそれを聞くと深い溜息をついた。
 今日の調子だと、店内の人間を鍵盤だけで天国送りにしてしまいそうだった。


 ■第ニ楽章:魔女のファンファーレ■

 早々に喫茶店から逃げ出した二人は仕方なく鞠生の家へと向かった。
 防音設備が聞いているのはカラオケ屋か、鞠生の自宅以外には考えられない。
 しかも、カラオケ屋などで引いてしまった日には、そこの店員も巻き添えにしかねなかったのだ。さっきから、鞠生の重たげな曲を聴いても暴れださないアドルフィーネの横顔を見つつ、困惑と苦悩に満ちた眼差しを相手に向けていた。
 アドルフィーネの方はそんな鞠生の世話を甲斐甲斐しく焼いている。魔法で出したスコーンや紅茶を並べてテーブルをセッティングしていた。
 その間、鞠生の視線には気が付いていない。
 お茶会の再開準備が整うと、アドルフィーネは鞠生の方を向いた。
「どうかしました?」
 小首を傾げて鞠生に言う。
「眉間に皺が寄っていますよ?」
 目が悪いわけでもないのに、鞠生はいつも眉間に皺を寄せている。そんな鞠生に向かって、アドルフィーネは笑いかけた。
 鞠生は鍵盤を出すと何かを引き始めた。
 それはアドルフィーネも知っている曲で、エリック・サティの代表作、ジムノペディーだった。最も好きなクラッシック曲のランキングで必ず上位に入っている有名な曲だ。
 この曲が発表されたのは、1888年でサティが22才の時で考えてみれば随分と古い曲。
 4分の3拍子で構成されたこの曲を弾く鞠生の横顔をアドルフィネは見つめた。ゆっくりとしたメロディーラインが染み入ってくる。
 大分落ち着いた事を示すために、鞠生が弾いているようにも思えたが、ジムノペディーの名が由来する意味を考えると、何かありそうな気がしてくる。
 古代ギリシャの舞踏の名前からとったらしいこの名は、直訳すると「裸の子供達」となるらしいが、本当の意味は謎だ。
 アドルフィーネは小首を傾げた。
「その曲が意味するところは何なのかしら?」
「……変な……夢…」
 ぼそっと鞠生が言った。
 話し始めるとは珍しい。
 滅多に話さず、鍵盤ばかり弾いている鞠生を見ている人たちは鞠生が喋れないのだと思っていた。
 実際のところ、鞠生は自分の歌でドイツに居た頃に間接的に人を殺めてしまったため、歌どころか声自体封じてしまったのだった。
 アドルフィーネは鞠生が喋れるのは知っていたし、曲を弾いても大概は何を言いたいのか分かるので、深く詮索するような事もない。
 曲では説明できない何かがありそうで、アドルフィーネは鞠生に言動に注目した。
 彼の話すところによると、ここ何日か前から寝起きが悪く変な夢を見るのだそうだ。
 どの夢にも美女が現れて、まだ14歳にしかならない鞠生を誘惑するらしい。そうと聞くや、アドルフィーネの眉がピクリと上がる。
 宮佐・鞠生の本命が誰なのか、ずーっと気になっていたのだ。
 うんともすんとも言わぬ鞠生を見ていると、まさか男が本命じゃないだろうかと気が気ではないのである。
 年頃の乙女の考える事とは、可愛いものだった。
「まさか……鞠生さん」
「……まだ…誘惑されきってない」
「誘惑されてからでは遅いんですっ」
 じとーっいうような目で鞠生を見ると、アドルフィーネは言った。
「じゃぁ、その夢を見るようになったころに身の回りで変化はありました?」
 そう言われると、鞠生はしばらく考え込んだ。
 思い起こしてみれば、ドイツから届いた怪しい置物を壊した記憶があった。
 それを話すと、アドルフィーネはすぐさま、その壊れた置物が置いてある部屋に走っていく。仕方なく鞠生も後をついていった。
 アドルフィーネはその置物を見るなり、難しい顔をした。
「やっぱり……」
「……どうした?」
「これです。……サッキュバスの残り香がしますから。きっと鞠生さんの夢の中で巣食ってるんです」
 それを聞くなり、鞠生はまた難しい顔をした。
「夢の中……」
「そうです。……早く手をうたないと大変な事になるのよ」
「……どうしたら」
「退治する方法は簡単です。…夢の中に入って倒せばいいんです」
 その置物に封じ込められていたサッキュバスをお払いをする方法はたった一つ。2人で同じ夢を見てその中で夢魔を退治するしかないらしい。しかも、そのためには密着した状態で眠りにつかなければならないらしいのだ。

「…………」
 鞠生は考え込んだ。
 一方、先程の鞠生が弾いていたジムノペディーがアドルフィーネの脳内で鳴り響いていた。
 それも、二人の愛の歌に等しく。
 そんな妄想に浸りつつ、アドルフィーネは鞠生に微笑みかけた。鞠生にしてみればいい迷惑である。
 流石に本人は気がついていないらしく、密着状態を保たねばならない事に難色を示していた。
 アドルフィーネが相手だと何処まで密着してくるのか分からない。
 実に困ったような、嫌そうな顔を鞠生はしていた。
 だが考え込んでいた鞠生を無視して、アドルフィーネはベットの用意を始める。
 なぜか手には透け透けのネグリジェを持っていた。
 枕元にお守りになるようなハーブのキャンドルを灯し、レースがたくさんついたアロマピローを置いて不気味な笑みを浮かべている。
 鞠生の手は鍵盤をかき鳴らしはじめた。
 それはクラシックではなくポップスで、尾崎豊の『15の夜』だ。この鬱屈した思いを表現するにはこの曲しかなかった。
「さぁ、準備は出来ましたv」
「…………」
 鞠生は深い溜息気を付いた。
 13歳とは思えぬナイスバディーの少女が、イケイケで透け透けのナイティーを着ている姿は正視に堪えぬものがある。
 あまりにも倒錯的で魅惑的な姿に、鞠生は淫魔を倒しても意味ないんじゃないかと思っていた。


 ■第ニ楽章:魔女と淫魔の円舞曲■

 半ば無理矢理夢の中に連れ込まれた鞠生は、自分の夢の中で見回した。
 辺りを窺い、淫魔がやってくるのを待つ。
 無論、隣には罪作りな姿のアドルフィーネがいた。
「あぁ、これで二人は一つになれたのね」
「…………」
 鞠生は首を振った。
 一緒に寝ただけで、究極的には一つになってはいない。
 怪しい発言に鞠生は肩を落とした。
 さっきからアドルフィーネはこんな調子なのだ。
 とりあえず、胸の谷間は見ないようにしながら、鞠生は淫魔を探した。
「鞠生さん、恥ずかしがらないで」
「…………」

―― 胸……背中に…感じてるんだが……

 離れろと言いにくくて、鞠生は眉を寄せる。
 すりすりと寄ってくるアドルフィーネに危機感を感じていた。
「鞠生さんっ♪」
「……だから……」
 そう云いかけた時、何処からともなく声が聞こえてきた。
『アンタたち、何やってんのよぅッ!!!!』
 捩じ曲がった角を持つ半裸の美女が怒鳴って二人を睨みつけている。
 掴んで揉みしだきたくなる二つの膨らみ。前だけ隠したミニエプロンは殆ど意味を為していない。男の理想と妄想をてんこもりにした女が怒りを露にしていた。
『アンタ、あたしに喧嘩売ってんの!!!』
「喧嘩だなんて……」
『そのカッコ! 喧嘩売ってるとしか思えないわよッ!!』
 アドルフィーネのナイティーを指して女は言った。
『商売の邪魔しないで頂戴!!』
「あらあら、二人の愛の前にはそんな俗物的なこと……」
『そう言うアンタに言われたかーないわよ』
 そう云うなり、淫魔は鞠生に近づいてくる。
 ねっとりとした視線を、鞠生の股間に向けていた。
『アタシの好みから言えばまだ若いんだけどね……そこは数をこなすってことで』
「数より質!」

―― どっちも……嫌だ……

 人並みに興味はあるものの、若すぎて淫欲には無謀になれない鞠生は溜息をついた。
 そうこうしている間にエキサイトした二人は鞠生に抱きついてくる。
 それだけでなく、淫魔は鞠生の大事な部分にまで手を出してきた。
「!!!!!!」
『う〜〜〜ん♪ 若いっていいねぇ』
「きゃァあああ!!! その手を離しなさい!!!」
 大事な部分を掴んだ淫魔の手の上から、アドルフィーネがその手をバシバシと叩く。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ァ!!!!!」
 その度に鞠生は悶絶し、叫び声を上げた。
「鞠生さん! 二人で末永く愛を育みましょう?」
『馬鹿言ってんじゃないよ。毎日可愛がってあげるからさ……アタシんとこおいでって』
「だめよ! 私と鞠生さんは運命の二人なの! クリスマスの夜に二人は結ばれて、古城ホテルで出会ったお姉さんに赤ちゃんを運んでもらうのよ!!!」
『はァ? 何云ってるのかしらねー。……このお嬢ちゃんは』
 淫魔が嫌うハーブをアドルフィーネが投げるが、相手の方も然る者でひょいと掴んで投げ返してくる。
『アタシはね、サッキュバスの中じゃ知られた女さ。そんなものじゃ効かないね』
「もぉ〜〜〜〜〜!!!」
「…………ぅあ〜〜〜〜〜〜〜」
 もうすでに鞠生は喋る事すら出来なくなっていた。
「鞠生さんたらァ!」
 局部に受けた刺激が脳天を駆け上がっている。
 それで答えろとは無理な話だった。
 サッキュバスだろうが何だろうが構わない、どうにかしてくれと鞠生は二人を見る。
 今のところ鞠生にとって、二人は等しく同じような存在なのだった。

 ■END■