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しつこい風邪にご用心!〜駅前マンションの怪〜
…その日、彼は体調が悪かった。
前日呑みすぎたのがいけなかったのか、はたまた急激に冷え込んだせいか。
妙に体が火照り、僅かながら頭痛がする。
加えて日常生活に影響のあるほどではないが急激な運動をした後のように関節が痛む。
病気にかかったことがないからわからないが人間なら風邪を引いたと言うところだろうか。
そんなことを思いつつとりあえず何か冷たいものでもと冷蔵庫を開けた時、後ろから声をかけられた。
「おい、耳でてるぞ。」
「…へ?」
言われて始めて気付く。
やっぱり疲れているのかもしれない、と小さく一人ごちてそれを仕舞おうとして…仕舞い方がわからないことに気付いた。
否、仕舞い方も何も、仕舞おうと思うだけで仕舞えたはずだ。
「………。」
……入らない。
「尻尾も出てるぞ。」
「…………。」
「わーい、いたぞこっちだー!」
藪を突っ切って有刺鉄線を掻い潜り、人様の家の庭を横切って逃走すること早一時間あまり。
ただでさえ身体が重くて大変だってのになんでこんな飛まわらなくちゃならないのか。
子供は僕にイタズラをされる側だったはず!
なのに何故こんなことに!
「…ダメだ、メマイが…」
もう羽根が動かない。
へろへろへろと落ちかけて、次の瞬間がしっと胴を掴まれた。
「捕まえたー!」
「!!」
心底嬉しそうに笑っている子供の顔。
こう言う顔をしてる子供ってのはロクなことをしないんだ。
「うわー、ちっちゃーい。」
「かわいー、本物の妖精だぁ。」
たくさんの子供に囲まれて、つつかれてひっぱられて。
「抜ける抜ける抜ける、羽抜ける!!」
「喋ったー!」
「きゃー!」
悲鳴を上げたいのはこっちだっつーの!
大体こいつらなんで急に僕のことが見えるようになったのさー!!
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OP・海原 みあお
風邪を引いてしまった…ような気がした後だった。
身体に妙な変調を来たしたのは。
身体が重くて怠い、意識が冴えない、喉が痛い。
でも病院に行くのはイヤだったし、寝れば治るかもと思って寝て。
目が覚めたら『天使』だった。
『みあお』と入れ替わろうとしても上手くいかない。
自分の身体なのに言うことを聞いてくれないのがもどかしく思いつつ、みあおは多分風邪を移されたような気がする、駅前マンションに足を向けた。
調べてみれば何かわかるかもしれない、と思ったからだ。
…その日は風が強かったのがいけなかった。
コートの中にはしまいきれない羽根を隠すためにしかたなく大判のショールを羽織っていたのだが、あと少しで駅前マンションと言うところで風に煽られてそれが宙を舞ってしまったのだ。
慌てて追いかけて、捕まえてまた羽根を隠すように身体に巻いて。
ほっと溜息を吐いた瞬間、背後から声をかけられた。
「ね、キミ!」
「…なんでしょうか?」
あまり人と関わりたくはない状況だが、無視するわけにも行かず振り向くと中学生ぐらいだろうか、活発そうな栗色の髪の少女が立っていた。
「今こっちに大きな鳥がこなかった?」
「っ!」
見られてしまった…ようだった。
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「と、言うわけでわたくしの人格が表に出てしまい…このように羽根も仕舞えなくなってしまいまして…。」
小さな外見とは裏腹のしっかりした口調でみあお…『天使』は語った。
みあおの中には幾つ物人格がある。
自分はその一つの『天使』であり、元に戻ることを望んでいると。
管理人室で管理人の御爺さんの出してくれた御茶を飲みつつ、菅原 射鷺羽は首を傾げた。
「で、具体的にはどうすればいいのかな?」
相手は小さな女の子、困ってるとなれば力になって上げたいと思う。
が、しかし状況が状況故にどう手を出せばいいものやら…。
魑魅魍魎退治のように殴って(射って)すめば楽なのだがそういうわけにも行くまい。
「…元凶を探しだせばと思うのですが…」
探せば元に戻ると言う保証もなく、さりとてどう探せばいいのか…。
「…とりあえず飲む?」
唸っていると声をかけられた。
振り向けば異様に…異様に長い髪の男がいた。
うねる様な黒髪が床に着かんばかりに伸びている。
肌はよく焼けた小麦色で、異国の血でも入っているのか顔は彫の深い日本人離れした作りをしている。
見上げる程に、背が高い。
「…あんた誰?」
「このマンションの住人。」
言いながら男が差し出したものは、なんとも外見にそぐわな『生姜湯』と書かれた可愛らしいイラスト入りのオレンジ色の袋だった…。
「ふーん、まあ確かに風邪は流行ってるわな。まずはこれ飲みな。」
話を聞いて真柴尚道は手にした風邪薬をみあおに差し出しつつ言った。
「妖怪が風邪を引くってのは始めて聞く話だよな、あ、妖怪とは違うのか?」
病気に免疫がないが、その分薬にも免疫がないだろうから効くだだろうと考えてのことだ。
「えぇ、まぁ…」
「効くといいね、そのまんまじゃマトモに外も歩けないし…」
けほ、けほ、ひっく、と小さな声が聞こえてきたのはその時だった。
ともすれば聞き落としてしまいそうな、小さな小さな声だったが、鋭敏な感覚を持つ射鷺羽は聞き落とさなかった。
振り向いて、見回すが他に人影はない。
気のせいかと思ったが、泣き声は続いている。
「あ…」
…よくよくみると少し離れたコミュニティスペースの隅の植木の陰に、小さな女の子がいた。
赤い着物姿で黒髪を肩口で切り揃えた女の子で、膝を抱えて泣いているようだ。
「ありゃ、迷子かな?」
「あ?」
「…迷子?」
射鷺羽の声に尚道とみあお…天使も顔を上げる。
「おーい、何で泣いてるのー?」
射鷺羽が声をかけると、女の子はびくりと肩を揺らした。
その顔を見て、尚道が首を傾げた。
「見たことない子だな。」
「じゃ迷い込んだのかな。おいでー、あ母さんとはぐれたの?」
射鷺羽の声に、女の子は立ち上がって恐る恐ると言った様子で管理人室の方に近づいてきた。
開け放したままのドアの前で一瞬躊躇い、彼女はおずおずと草履を脱いで部屋に上がる。
「草履…?」
みあお…天使が小さく呟いた。
そういえば着ているものもなんだかやけに古臭い。
女の子はちょこんと正座をすると、すぐにけほけほと小さく咳き込み始めた。
「お前さんも風邪か?」
こくこくと頷いて、女の子はすまなそうに頭を垂れた。
ただの風邪引き、迷子にしてはやけに神妙な態度だ。
泣きそうな顔をしている…否、実際先ほどは泣いていたようだった。
「…ひょっとして…」
この風邪撒いたのは貴女ですか、とは言えなかった。
女の子が小さな身体をいっそう縮込めて俯いたから。
赤い着物、おかっぱ…なんだかどこかで見たような…何かを連想させる姿だ。
加えて言えば、影がない。
「なーんかどっかでみたような…うーん…あ、ひょっとして座敷童!?」
射鷺羽の声に女の子は困ったように眉を寄せて、小さく頷いた。
「居る家は繁栄するとか、冨と幸運を運ぶってアレか?」
「…でも座敷童っていつも笑って…」
その言葉を聞いた途端、女の子は立ち上がって踵を返した。
「わっとまて!」
尚道が延ばした手で遮られ、その場に尻餅を付く。
そうして女の子は、ひっくひっくとまた涙を零し始めたのだった…。
とりあえず管理人室の一角を借り、風邪薬を与え、お粥を食べさせ、温かくして眠らせて置いたら翌日にはすっかり熱は下がり、妙な現象も収まった。
座敷童は随分と落ち込んだ様子で泣いていたのだが、翌日には大分落ち着いたのか身振り手振りで町に迷い出てしまったこと、ここなら妖怪が多いから紛れ込んでも大丈夫かもしれないと思って入り込んだこと、そして外で風邪を拾ってしまったらしいことを話した。
みあおや尚道に向かってしきりに頭を下げ、座敷童は管理人室を出て行った…が、玄関とは反対の方角に歩いていった。
「あれ、中行っちゃったよ?」
ようやく表に出られた『みあお』は首を傾げた。
てっきり帰るんだと思ってた。
…でも、そう言えばどこから着てどこに帰るんだろう?
「どこいくのかな?」
「…さぁ?ま、とりあえず二人とも元気になってよかったな。」
「うんっ」
ぐしゃりと頭を撫でられて、みあおは大きく頷いた。
「さ、私達も帰ろっか。お母さん心配してるだろうし、送ってったげるよ。」
射鷺羽がみあおに手を差し出し、みあおがそれを取る。
そうして二人は駅前マンションを後にした。
…小さな小さな、幸せを運べない座敷童は今も駅前マンションのどこかに居る…。
−END−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
1415/海原みあお/女性/13歳/小学生
2377/菅原射鷺羽/女性/14歳/中学生・鳥撃ち師
2158/真柴尚道/男性/21歳/フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
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■ ライター通信 ■
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皆様はじめましてyu-kiです。この度はご参加頂きありがとうございました。
風邪物語(笑)第二段、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
駅前マンションに住み着いたらしい座敷童…(笑)。今後も駅前マンション関連のネタを出していけたらいいなと思っております。よろしければまた参加してやってください。
最後になりましたが、受注後にパソコンが壊れたため、最初に申し込んでいただいた方には納期ぎりぎりの納品となってしまいましたことをお詫び申し上げます。
それでは、ご縁がありましたらまた…。
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