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怪盗ベンティスカ【イエロ・フエゴ】
今回のターゲットは狛犬。
その収集家の家をそれとなく探っているのは凍鶴ふぶき。
どこから見ても大人しそうな青年でもし何をしているかと尋ねられる事があっても、受験の間だのちょっとした息抜きと答えれば誰もが納得するだろう。
だが、それはふぶきの表向きの姿。
裏では今世間を騒がせている怪盗ベンティスカの正体なのだ。
現代に表れた怪盗。
その手段が非常に鮮やかで誰も傷つけない事から、いまや有名人と言っても過言ではない知名度を持っていた。
なにしろ怪盗ベンティスカが出現してからは、次はどこの家だというふうに色々な収集家の家が噂に上がるようになっている。
狙いを定めやすくなったのは便利なのだが、同時に警察や人目も集まりやすくい。
それをかいくぐるのがまた快感で……とは言っても慎重に動くのに越した事はない、気晴らしという名目で収集家の家へと下見にでかける。
周囲の地形と逃走ルート。
それらをいつもの手順で調べていると、収集家の家の前でどこかで見たような少女が家人と話しているのをを目にする。
「………」
早く思い出したほうがいい。
直感めいた物が物がそう告げて、記憶を探り……少女もまたこちらに気付いたところで思い出した。
「……あ」
玉梓抄友子。
小学生の頃隣に住んでいた正義感の強い少女だ。
「ふぶき!? 久しぶりだね」
「そうですね」
普通を装い挨拶を交わす物の、あまり見知った人に話しかけられるのはまずいような気がする。
「元気にしてる?」
「あ、はい」
懐かしい相手との会話は普段なら楽しめただろう。
こんな時でなければの話。
「ふぶきは今何してるの?」
「受験勉強、です」
「息抜きも大事だからね。あっ、もう行かなきゃ。またね」
家の中から声をかけられた抄友子がふぶきにまた今度と行ってかけていく。
堂々としていればどうと言う事はないはずなのだが……どうにもヒヤリとさせられた一瞬だった。
そう、ふぶきは何も心配する事はなかったのである。
なにしろ抄友子は久しぶりにあった懐かしい相手との再開を単純に喜んでいたのだから。
それから数日後。
「いつもありがとうね、これおみやげに持ってきなさい」
「そんな、こちらこそお世話になってます」
書道教室を経営している叔母の頼みで、息子さんに書道を教えるアルバイトをしているのが縁で仲良くなっているのだ。
「かあさーん、師範代、とうとう家にも来たぜ!」
ドタドタと走り込んできたのは抄友子の教え子の少年。
「来たって何が?」
「怪盗だよ、怪盗の予告状!」
「えっ!?」
案内されるままに表に出れば、家の扉に氷で書かれた予告状。
「なっ、すっげーだろ!?」
「まあ、本当ねぇ」
楽しそうにはしゃぐ親子を前に、ハタと気づく。
「まっ、待ってっ! 怪盗って、怪盗って泥棒じゃないですか!?」
「そーだよ」
「泥棒って悪い事なんだよ、そんな……」
「あら、いいじゃないですか」
「そうだよ、すっげーもん!」
当然のように言うニコニコと笑いながら言う彼女に、抄友子はがっくりと肩を落とす。
正義感が強い故に、犯罪なんてもってのほかなのだ。
「こうなったらボクが怪盗を捕まえます!」
グッと拳を握った手には筆、そしてもう片方の手には上質和紙。
抄友子も能力者なのだからなんとしても捕まえてみせる。
そんな決意をした抄友子に親子はおおーっ、と言いながら拍手を送った。
そして数日後。
予告の日。
窓の下には多すぎるギャラリー。
そして警護するのには多すぎる数の警官。
家には人っ子一人は入れないようにしているのだが、例外は家族と家人のお墨付きを貰う事で入れて貰った抄友子。
部屋の中央に集められた狛犬を守り、後は時間が来るのを待つだけなのだが……。
「たのしみだなぁ」
「そうねぇ」
「明日自慢しようっと」
気合いの入っている抄友子をのぞいて、のどかな会話を交わす親子の効果のおかげで緊迫感はあまり無い。
何時来てもいいように、準備は万端だった。
カチカチと音を立てて進む時計の針。
「まだなの……?」
焦れてはいけないと思っても、緊張状態というのは長く続かないものだ。
その事に気付き、これも作戦かも知れないと思い気合いを入れ直す。
「いつでも来なさい、怪盗雪だるま!」
「雪だるまではない!」
割って入ってきた声に、一斉に窓の方を振り返る。
白いタキシードに風になびくマントと黒いシルクハット。
全てが噂通りで、テレビで見る姿その物だった。
「本物だーー!!」
「つ、捕まえろーー!!!」
「外はどうした?」
警官が動くより早く、家の電源が消え途端に響き出す物音。
「駄目です、足止めを……」
わっと外で騒ぎ出す観衆。
「甘い!」
この程度の事は予想の範囲内。
例え暗闇だとしても、字を書く事には慣れている。
最初に書きつづった文字は『光』だ。
真っ暗な部屋の中が光りで充たされ、怪盗の姿が明らかになる。
「残念ねっ!」
「本当にそうかな?」
踏み出そうとした足がおぼつかない事に気付く。
理由は自らが灯したはずの明かりではっきりと判明した。
部屋中が……壁も天井も、当然床も氷で囲まれている。
僅かな暗がりやっているのはこれだったのだろう。突然これをやられたら、身動きは取れない。
「こんな物すぐにとかして……っ」
それよりも早く、怪盗ベンティスカはあらかじめ用意してスケート靴で部屋の中を滑走する。
「あっ!?」
「つ、捕まえろーー!!!」
焦った警部がバランスを崩し、他の警官を巻き込んで転倒した。
巻き込まれかけたのは回避した物の、その隙にマントの影が部屋を舞う。
一瞬で狛犬をかすめ取り、その身を翻し颯爽と窓の外へと飛びだした。
「まっ、まてーー!!!」
抄友子も慌てて後を追いかけようと窓から身を乗り出し屋根へ上がる。
「追ってきたのは君だけだのようだね」
「え?」
パチリと指を鳴らすと、でて来た窓が氷で覆われていた。これでは中の人は氷が溶けるまで身動きが取れない。
警部も中にいるから……警官は統率が取れないからあてにしないほうがいいだろう。
「どうする。続けるかね?」
「当然よ!」
ヒラリと屋根から裏庭へと飛び降りた怪盗を追い、抄友子は『棒』を具現化すると身軽にそれを伝って庭へと降りて怪盗ベンティスカの後を追う。
部屋の中では扱えなかったが、ここでなら勝機はある。
「氷に『火』は常識よ!」
足止めとして放たれた雪だるまを抄友子が作り出した火が次々と溶かしていく。
「どう?」
「……ふっ」
キザに笑ってみせる怪盗には、まだ余裕がみえる。
何か、作があるというのか。
「少しばかり予定外の事があったのは認めよう、だが私にとっては……それすらも楽しませてくれる為であるといっても過言ではないのだよ」
「なっ!」
「スノーゴーレム!」
サッと手を挙げ雪だるまを多数呼び出し始める。
「そんな事したって、溶かせば同じだからね!」
「はたしてそうかな?」
この自信、何かあるに違いない。
そのまま間合いを確かめるように緊張した空間が作り出されるが……抄友子はこの時飛び込んでいた方がまだ勝機があったのだ。
何しろ相手は……。
いや、残念ながら彼女は何も知らないのだ。
その僅かなためらいが勝機を分ける。
「行け!」
「ーーーっ!」
『炎』の字をかざし、雪だるま達を一気に消し去った。
目がくらむほどの火炎の前に為す術もないはずが、相変わらずの余裕。
「こうなったら……っ」
雪だるまの数を削って、何かをする前に取り押さえればいい。
筆で書き込んだ『炎』を操りながら、余裕めいて身をかわす怪盗を追いかける。
「どうした、私はこっちだよ」
「ちょろちょろ逃げまわってっ!」
その場をくるくると回るように追いかけ邸たが、ハタと気づく。
雪だるまをとかし続けていた事で、足場が泥でぬかるみ始めたのだ。
「あっ!」
「どうしたのかね?」
水を凍らせればスケートで逃る事が出来るのだから、ぬかるみの中を歩いている抄友子とは同じだけ動いているように見えても疲労の度合いが違う。
それ以上に、足下が全て水浸しなのだ。凍らせられたら、溶かすまでの時間が必要になってしまう。
とにかくここから離れないとならない。
「くっ!」
「それもまた、予想通りの行動だよ」
「えっ?」
パチリと指を鳴らすと、頭上に表れる黒い影。
「しまっ!」
押しつぶされまいと火で溶かすが、雪だるまなのだ。
だから溶けた水がそのまま抄友子へと降りそそぐ。
それだけならばまだ応戦できると短冊をかざし……気付く。
「あっ、あーーっ!」
今ので短冊が滲んで、使い物にならないのだ。
「勝負あったようだね」
「ま、まだなにか……っ」
出来る事があるという言葉は、間合いを詰めてきている雪だるまによってはばかられる。
「追ってくるのなら、凍らせるしかないようだね」
「そっ、そんなことっ」
「そうなった場合、私が逃げたら間違いなく人はそっちに行くだろうからね。想像しみたまえ」
このままでも風邪を引いてしまいそうなのに、凍ったままほおって置かれたら間違いなく風邪を引く。
「卑怯者っ」
「これも手段と言っていただこうか、動いたらスノーゴーレムが行くと思いたまえ」
「待ちなさいっ!」
「また機会があれば会おう」
マントを翻しながら、怪盗ベンティスカは悠然と去っていく。
どんなに後を追いたくとも、後ろ姿を見送るしか出来なかったのである。
「絶対っ、絶対に捕まえてやるんだからーー!!」
その声を遠くに聞きながら、怪盗ベンティスカ……もとい今は変装を解き人混みに紛れたふぶきはホッと胸をなで下ろす。
まさか向かってくるなんて思っていなかっただけに驚き、ばれないかという緊張感が更にヒヤリとさせられて楽しかったというのはここだけの話。
もっとも風邪でも引くといけないと思い、影から様子を見に行く。
家の前にはどうにか脱出できたらしい抄友子が、後を追った少女としてカメラを向けられていた。
「怪盗との丈夫はどうでした?」
「感想は?」
「次は絶対に負けないんだからっ」
きっとまた来るに違いない、その光景は容易に想像できてクスと笑みをこぼす。
毛布を脱ぎ、びしっとカメラに人差し指を突きつける。
翌朝の紙面やテレビを怪盗と抄友子の映像が飾ることになるだろう事は明らかな事実だが。
「覚悟してなさい、怪盗ベンティスカ!」
リベンジの誓いが果たされるかどうかは、誰にも解らない事である。
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