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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


楽しい夜のこと


 欧米では、12月24日は家族とともにどちらかと言えば静かに過ごす夜なのだ。クリスマスを恋人のものにしたのは最近の日本人に過ぎない。それは頭ではわかっている。だがそれでも、寂しい。
 藤井葛はしかし、今年はまだましなクリスマスイヴを過ごすことが出来そうだった。気の毒なのは仕事が入ってしまった姉だ。家を出て大学に通い始めてからは、葛は大概のイベントを姉とともに過ごしてきた。姉の今年のイヴの予定を聞いたときは、初めてひとりでぱあっと寂しくシャンパンでもやろうかと考えていたのだが――1ヶ月ほど前に、その覚悟は取り越し苦労に終わったのだった。
 何の前触れもなく現れた緑の髪の居候。
 ネットゲームがきっかけか、運命の神の意地悪で、最近知り合った年上の異性の『友人』。
 葛はこのふたりとともにイヴを過ごせることになった。べつにひとりでシャンパンを飲み明かすことになっても、大して寂しいとは思っていないつもりだったが、彼女はふたりがイヴに自分の傍に居てくれることを、素直に喜んだのだった。ということはつまり、寂しいクリスマスが嫌だったということだ。

「じんぐるべーる、じんぐるべーる、すっずーがーなるー……」
 緑の髪の居候は、商店街でエンドレスで流されていたクリスマスソングにすっかり洗脳されていた。
「さんたっくろーすがやってーくーるー……」
 しかしこの居候は――藤井蘭と名乗って譲らないオリヅルランは、歌詞の内容をまったく理解していなかった。当然といえば当然だった。植物にとっての365日、その毎日に何の意味がある?
「もちぬしさん、クリスマスってなに? とくべつな日?」
「ああ、いつの間にかそうなったんだよ」
「まちの中、もみの木さんがきゅうにおおくなったなの」
「ああ、そういう日だから。もみの木が主役なんだよ」
「サンタクロースさんは?」
「ああ、主役だね」
「しゅやくがたくさんなの」
「ああ、みんなが主役なんだよ」
 小さな居候の矢継ぎ早やな質問に、葛は無愛想ながらも丁寧に答えてやっていた。商店街に行く道でも、買物をしている最中も、商店街から帰るときも、この調子だった。答えながら、買いこんできた今夜のためのものを豪快にビニール袋から出していく。冷蔵庫に入れるものは蘭に手渡す。蘭ははいはいといちいち素直に返事をしてから、冷蔵庫にシャンメリーやシャンパンや果物を突っ込んでいった。
「かずまおいさん、ケーキできるまえにきたりしない? おどろかせたいなの」
「暇だって言ってたから、どうだろうな。……『おいさん』じゃなくて『おにいさん』って呼んだ方がいいよ」
「あッ……はい、なの」
 約束の時間は午後6時。ここに来るのは藍原和馬。葛と蘭の友人だ。彼もまた寂しいイヴを過ごすはずだった。「おおそういや葛は今年のイヴは独りだったっけな、この親切な俺が一緒に過ごしてやらんでもない!」「ということはあんたも予定がないってことなんだね」「言うなッ!」というような約束が交わされ、いよいよ今夜になった。おじさんと呼ぶとぴきぴきと殺気を発する男は、午後6時にやってくる。
「5時か。ギリギリになりそうだね」
「いそごう!」
「ああ」
 葛は出来合いのスポンジケーキと、冷凍生クリーム、チョコレートスプレー、砂糖菓子のサンタとツリーを取り出した。蘭の相手をしながらでは、一からケーキを作ることは出来ないだろうと、少しだけ楽をしたのである。
 蘭は葛が言うことを素直に聞いて、ちょこちょこせかせかと動き回った。大変そうだが、楽しそうでもあった。葛は、蘭のためにおもちゃを買っておいてある。蘭は本当に、何でも珍しがったし、何でもほしがった。葛はそれほどおもちゃ屋で迷わずにすんだ。ただ困っているのは、今だ。サンタクロースの何たるかは、この日何度も説明したが――蘭は自分にもサンタクロースが来てくれるかと、期待しているだろうか? サンタクロースの存在を信じているだろうか? 今日の商店街では、少なくとも10人のサンタクロースのレプリカを見た。蘭から聞き出すことが出来ない答えによっては、プレゼントを渡す時間を考えるべきなのだ。
 葛が、のろのろと考えながらケーキをクリスマス仕様に飾り終えた頃――

 かちりと時計の針が6時を示し、
 来客がインターホンを鳴らした。

「はーい! はーいなの! ちょっとまって!」
 テーブルの上を片付けることに忙しい葛に代わって、蘭が玄関を開けた。
 開けたところで、蘭は歓声を上げた。
「サンタさん! こんやのしゅやくなの!」
「ほーっほっほっほー」
 ああやれやれというぼやきが続かんばかりの棒読み笑いで現れたサンタクロースは、藍原和馬。いつでもきまって同じ服装、つまりはかっちりとした黒服なのだが。遅れて玄関に来た葛がたまらず噴き出した。
「いらっしゃい、サンタさん」
「笑うなよ」
「あ、バイトの帰りかい? 私はてっきりパーティーやる気まんまんなのかって……」
「日本のどこにパーティーのためにわざわざサンタのコスプレするやつが居るって言うんだよ」
「……」
「……言うな、それ以上言うな、もう目が言ってるぞ、こんちくしょう」
「かずまおにーさん、あがってよ」
「おおう、引っ張るな。借り物なんだから」
 ビラ配りのバイトの疲れも、葛の痛い視線に対するちょっとした怒りも、蘭の無邪気な笑顔に吹き飛ばされた。和馬はたちまち微笑んで、蘭の手に引かれながら部屋に上がった。葛は和馬が通った後に残された冷気を感じ取って、仕事先からまっすぐ来てくれた友人に心の中で礼を言った。そして、別に遅れてきたって文句は言いやしないのにと――理不尽な愚痴も抱いたのだった。
「おおッ、豪華じゃねーか!」
「ふふー、もちぬしさんといっしょにじゅんびしたなの!」
 和馬がクリスマス仕様に飾りつけられた狭くはない部屋に簡単の声を上げている。葛ははじめのうち、モールやツリーや星で部屋を飾るつもりはなかった。だが、蘭がテレビや商店街でクリスマスに興味を持ちはじめて、その銀の目がきらきらと輝いているのを見て――子供の頃のように、部屋をきらきらと飾りつけたのだった。商店街のように金はかかっていないが、確かにこの部屋はいま、クリスマスのものだった。
「ぼーっとしてないで、運ぶの手伝いな」
 サンタの格好のままきょろきょろしている和馬をぴしゃりと叱咤すると、葛は大きくはないテーブルに料理を並べ始めた。
「はいはい、客ですが手伝いますよ」
 和馬はぼやきながら、
「はーい、はいはいっ、ぼくもはこぶの!」
 蘭は何も命じてはいないのに、キッチンに駆けこんで来た。


「随分奮発したんだな。おまえ、バイトしてたか?」
 テーブルの中央に陣取る鶏1羽に目を細めて、和馬が尋ねた。
「金使うったら、ネトゲのプレイ料金くらいだし。アトラスと草間さんとこでたまに手伝ってるしね」
「むう、俺も似たような生活っつーか、おまえより仕事量多いはずなのに、鶏買う余裕なんかありゃしねエぞ」
「どうせろくでもないことに使ってるんだろ」
「ろくでもないだと! おまえ知らないな! 俺がどんなにろくでもないか!」
「ヘンな開き直りはよしな、みっともない」
 ぱァん!
「……」
「……び、びっくりした」
「ケンカよくないの。こんやはクリスマスでしょ? わらわなくっちゃだめなの!」
 ぱァん!
 蘭がクラッカーを立て続けに鳴らしたおかげで、軽い火薬の匂いが鼻をついた。
 だが、不愉快な音と匂いではなかった。クラッカーから飛び出した金銀の紙ふぶき、色とりどりのテープが料理を彩った。蘭は初めてのクラッカーに喜んだ。その顔を見てしまっては――葛と和馬は、自然と笑ってしまっている。
「クラッカー好きか、蘭」
「うん、おもしろいなの!」
「おにーさんがなあ、面白いヤツ買ってきたぞ! やってみろ!」
 仕事先さから配られたはずの白頭陀袋から、和馬はおもむろにバズーカを取り出した。葛が、あっと声を上げる。たった1発で終わりのクラッカーなのに、このバズーカ型は2500円もするのだ。チキン1羽と天秤にかけて、葛はこのバズーカクラッカーを諦めたのだった。テレビでの派手な紹介を、蘭が何も言わずにじっと見つめていたのを知っていたが、2500円の出費は痛かった。
「わあ! いいの?!」
「おお、ズドンとやっちまえ! ズドンと!」
「よかったな、蘭」
「うん! いっくよー!」
 ずぱァん!

 ……隣の住人から控えめな苦情が来たため、クラッカーはまだたくさんあったのだが、そのバズーカの1発で撃ち止めとなった。
 とは言え、蘭はバズーカの1発でご満悦であったし、和馬はケダモノのように肉にかぶりついているので、先の騒ぎは嘘のように落ち着いていた。葛はこういう場になるとどうしても世話役にまわってしまうたちらしい。空のグラスに気がついたときには、蘭にはシャンメリーを、和馬には赤の安シャンパンを注いでいた。蘭がテーブルの端のポテトに手を伸ばそうと腰を上げれば皿を持ち上げてやったし、和馬が肉の脂で汚れた指を持て余していたら、ティッシュを放ってやった。
「葛、おまえ全然食ってないじゃんか。食えよ」
「……何で客のあんたに薦められなくちゃならないんだい」
「じゃ、ぼくがすすめるなの! もちぬしさん、たべてたべて!」
 思うように食べたり飲んだり出来ないのは、ひとりではないからだ。だが葛はそれを煩わしいとは思わなかった。そうして、テレビがつきっぱなしで、クリスマスとはあまり関係のない特番を流していることにようやく気づいたりもした。テレビが何の変哲もないドキュメンタリーを流しているのは、多くの家がこんな夜を過ごしていることを見越してのことなのだろう――
「ほーっほっほっほー! すっかり忘れてた! サンタのおにーさんから蘭にプレゼントだ!」
「えっ?! ホントに?! ホントなの?!」
「あ」
「ん?」
「……ああいや、何でもない」
 酔ってより陽気になった和馬の突然の行動に、葛は思わず声を上げた。だがそのつま弾きに気がついたのは和馬だけで、ぱっと期待に顔を輝かせた蘭は気づいていないようだった。葛が慌ててかぶりを振ると、和馬は再び白い袋に手を入れた。
「ほれ、メリークリスマス」
「わあい! ありがとう、サンタさん!」
 そう言えば、蘭はほしがっていた。
 某RPGの、いちばん最初に倒される運命にあるモンスター。それのビーズクッションだ。結構な大きさのもので、小さな蘭が抱きしめると、また一回り大きいように見えて仕方がなかった。
「……あれ、高かったろ? さっきのバズーカも」
「野暮なこと言うな。まあ呑め呑め」
「だから何で客に……」
「いいだろ、そんなこと」
 和馬が牙を見せて笑った。和馬の犬歯は、すこし大きかった。葛はそれに気がついたときに、「牙だ」と思ったし、言ったのだ。そのとき、和馬は調子に乗ったように笑みを大きくしたものだ。ちょうど今このときのような、満面の笑みを浮かべたものだ――
「ああ、そうだね。呑ませてもらうよ」
「いっちまえ」
 葛はまだ半分ほど残っているシャンパンのボトルを手に取ると、グラスではなく、口に持っていった。


 鶏を始めとした料理が消えて、ケーキが半分残り、シャンパンの瓶が転がった。
 その頃には、はたまたその前からか、蘭は葛のベッドでぐっすりと眠りに落ちていた。もらったばかりの、まだリボンがついたままのビーズクッションを抱えていた。独特のあの感触が、すでにお気に入りらしい。葛は蘭に毛布をかけてやりながら苦笑した。
「張り切ってたからね。でも、クリスマスの正しい意味を教えてなかったような気がするよ」
「何て教えたんだ?」
「色々話したけど……キリストが生まれた日のことだなんて言ってなかったな。ただ、『楽しい夜』だって説明しただけかも」
「それでいいじゃないか。クリスマスってのは、楽しい夜のことだ。この国の、今の時代の人間にとっちゃそういうもんだ」
 年寄り臭いこと言うね、と葛が一言言う前に――
 和馬はまたしても、白い袋に手を入れた。
「ほれ」
 和馬が『チャンスだ』と心中で牙と目を光らせたことを、葛は知らない。
 知らない葛は、めずらしく、しかし素直に頬を染めて、和馬からのプレゼントを受け取った。
「悪いね、私は……」
「いいんだよ。この料理とケーキがプレゼントだ。寂しい俺にとっちゃな」
「ありがとう」
「違うだろ」
「あ、ああ――メリークリスマス」
「おう、メリークリスマス」

 蘭は、きっと素直に、クリスマスの夜に男の来客があったことを、葛の父や姉に言うだろう。彼はそのためにやってきた。葛のもとを訪れた男がどんな想いでいようとも、彼は素直に言うだけだ。「サンタさんが来たなの」と。
 そして目を覚ましたそのときに、蘭はきっと同じことを言うはずだ。




<了>