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<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘉神先生の憂鬱なる同窓会 −キミの(仇)名はー』
「「「「「「「「「「うわぁ、まきちゃんだーーーーー」」」」」」」」」」」
「……うわぁ、こいつら、ほんと期待を裏切らねぇー」
 俺はおそらくは苦いだけの薬を飲んだ間際のような表情をしてるに違いない顔を片手で覆ってため息を吐いた。
「だ〜か〜ら〜、まきちゃんって呼ぶな」
 しかしそれは火に油を注ぐようなものだった。こいつらはそう言った俺にまるで押入れの中を漁っていて偶然幼い頃に遊んでいた玩具を見つけたような顔をする。そして次に起こったのは大爆笑の渦だ。
「うぉー、変わってねー」
「ほんと、変わってないね、まきちゃん」
「相変わらず小さいな、まき」
 などなど言いたい放題だ。ったく。
 俺は苦い表情を浮かべながら、前髪をくしゃっと掻きあげた。
 そして俺はこう思わざるおえない。

 どうして、こうなるとわかっていて、ここに来た、俺?

 俺は幹事に電話をした時の事を思い出す。確かあの日は、以前に自分から言い出した買い物の約束をドタキャンした妹に普段よりも豪勢な夕飯を奢らせて、上機嫌で家に帰って、それでポストに入っていた同窓会を知らせる葉書の文面に懐かしい面々の顔を思い出して・・・そのまんま上機嫌だった事もあってOKの電話をしちゃったんだよな。
「はぁー。後悔先に立たず、か」
 そう呟いて、その次の瞬間に懐かしい言葉が脳裏に浮かんだ。
『悔いが後にくるから後悔。どう、嘉神君。漢字もおもしろいでしょう。こうやってパズルみたいな感じで覚えていけば勉強も楽しいでしょう』
 思わず俺はこみ上げてきた笑いに顔を綻ばせてしまう。
「何を笑ってるんだよ、まきちゃん?」
「だからまきちゃんって言うな」
 手渡されたグラスの中に入ったビールを揺らしながら俺は肩をすくめて、それを喉に流す。そして同じようにビールをいっき飲みして、ぷはぁー、などとしっかりと24歳ながらにおやじをやっている旧友に俺は微笑みながら訊く。
「なあ、先生たちはどこだ?」
 と、しかしそれを聞いた彼の顔に浮かんだのはどこか下世話な話題をふられた時のような表情だった。そしてそいつは意味ありげな響きを声に含ませて俺の耳元で囁く。
「先生たちじゃなく、担任or現国教科担任は? だろ」
 俺は軽く蹴り。そいつは蹴られた尻を摩りながらにたにたとした顔を右斜め前方に向けた。そちらに彼女はいた。
 彼女は俺の高2・高3のクラス担任であり、現国の教科担任でもあった。
 俺が2年の時に転入してきた時、彼女も同じように教師生活2年目であった。日本人女性らしく長い黒髪が自慢だった彼女はとても綺麗でかわいらしく、元気で、そして生徒たちにも仇名で呼ばれるほどに人気があった。なにより彼女が生徒たちに人気があった理由ってのはそれは彼女が激がつくほど天然だったからだろう。
 俺は帰国子女。スイスのグラウビュンデン州ダヴォスに住んでいた俺は英、独、伊、仏、ロマンシュ語の5ヶ国語を嗜み、当然日本語だってぺらぺらだった。漢字も無論意のまま。だけど教師生活2年目で高2のクラスの担任となり、同時に現国の教科担任にもなった彼女は帰国子女である俺は日本語はままならず、漢字などはまったくもってちんぷんかんぷんと思い込んでいたらしく、始業式初日から放課後に教室に残されて小学校一年生の漢字ドリルやら、何やらをさせられたのだ。俺は俺でやる気満々で健気にお手製のプリントまで作ってきた彼女に本当の事を言い出せずに、結局は一期考査まで彼女との放課後の個人授業などというものをしてしまった。一期考査後、満点のテスト用紙を手に真っ赤な顔で俺に頭を下げていた彼女の姿ってのはまだしっかりと覚えている。そんな彼女の姿は教師としてへこんだ時に元気を出すためのカンフル剤だ。
「変わってないな、先生」
 俺は空けたグラスをテーブルに置いて、スーツのポケットから取り出したタバコの箱を口に持っていく。くわえたタバコに火をつけようとライターを取り出したところで、先生が女子に突かれて俺を見た。ほやっと笑う。
 俺は頭を下げて、先生の前に行った。
「久しぶりです、先生」
「ええ、久しぶり」
 変わらない笑顔。胸にほんのりと灯るのはあの頃と変わらない彼女への名づけるにはあまりにも曖昧なだけど大切な想い。
 そして俺はそんな想いを大切に胸に抱きしめながら、それを音声化させる。
「ご結婚、おめでとうございます。先生」
 彼女はそう言うと少女のように頬をほんのりと赤く染めて、幸せそうに笑った。
「まきちゃん。先生にはもう一つおめでとうがあるのよ」
「ん?」
 不思議そうな顔をすると、彼女は俺の口からタバコを取り上げて、ふわりと笑う。
「おめでた♪」
 ああ。
 俺はなんだかあの先生が母親になることがほのかには信じられなくって、それでしばし時が経ってから、
「ああ、先生。おめでとうございます」
 それは自分でもどこか間の抜けた声だと想った。当然、周りにもそう聞こえたらしい。そう言ったら、先生と周りにいた女子たちが大爆笑した。
 俺はそんな笑う彼女を見つめる。
 おそらくはそれが俺の初恋だったのだと想う。
 初恋の相手が、結婚し、その人の子どもを産み、育て、そして幸せな家庭を作っていく。それを俺は素直に喜び、祝福し、そして彼女のその幸せがずっと続くように心の奥底から願ってしまう。その溢れ出す願いはきっと止まらない。
「そうそう、嘉神君。それで学校の方はどう?」
「ええ、なんとかやってます。でも教師ってのは本当に大変ですね。友達には毎日、女子高生に囲まれて羨ましい奴とかって言われるけど、そいつらとほんと入れ替わってやりたいですよ。最近の生徒がどんなけ手がかかるかってちっともわかっちゃいない」
 俺が肩をすくめると、また大爆笑が起こる。
「なんだよ?」
 俺が文句を言うと、くすくすと笑う女子が俺を見ながら、
「だってどうみてもまだ高校生のまきちゃんが最近の生徒は、だなんて教師みたいな事を言うんだもん。おかしくって」
「あのな、俺は教師だって言うーの」
 頭痛をこらえながら言う俺。そんな俺の頭痛をさらに倍増させるような事をその時に後ろから俺に抱き付いてきた酔っ払いが口にする。
「ハイジぃー。久しぶり」 
 ・・・。
「きゃははははははは」
 大爆笑の渦。俺は苦笑い。ハイジ。そう、それだ。それなのだ。生まれも育ちもスイスだというだけで、アルプスの少女ハイジから「ハイジ」と命名された俺。確かに舞台となったマイエンフェルトは居住地から近かったけどよ・・・。
「ハイジがいたぞー」
「お、ほんとだ。ハイジだー」
 次々と集まってくる男どもは嬉しくも無い事にべたべたと寂しかったよぉー、などと俺の体を触りまくって過剰なスキンシップを取ってくる。蘇る高校時代の日々。共学だってのに、なぜかこいつらは昔からこうやって俺の体をべたべたと触りまくってきて。
「えーい、触るなー」
 俺はべたべたと触ってくる男どもを引き剥がして、パンチキック。ったく。こいつらのせいで俺の花色の高校時代はしかし灰色だったのだ。そんな根源どもを撃退していれば腕っぷしも強くなろうというもの。
「「「「うわぁーん、ハイジがいじめるぅーーーー」」」」
「だ〜か〜ら〜、ハイジともまきちゃんとも言うなぁーーーーーーー」
「「「「「うわぁぁぁぁーーーー、ハイジが怒ったーーーー」」」」」
 逃げる男ども。追いかける俺。
「こら、走らないの」
 そして笑いながら叫んだ先生に、周りで黄色い声をあげる女子。
 同窓会参加を後悔しまくる俺だが、だけどこの高校時代にタイムスリップをしたかのような懐かしい感じは嫌いじゃなかった。