コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:霧の街  〜前編〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「ふん‥‥世も末だな」
 草間武彦が吐き捨てた。
 放り出された新聞がわずかな風を起こし、山積みされた吸い殻をデスクに落とす。
「また汚して」
 じろりと、義妹の零が殺人的な眼光を向ける。
「‥‥すみません」
 どこまでも卑屈に謝って、デスクの上を片づける草間。
 いつもの事務所。
 いつもの怪奇探偵兄妹。
「で、何が世も末なんですか?」
「この記事さ」
 新聞を示す。
「霧の街‥‥ですか」
「ああ。最近は大手新聞も、週末ごとに宇宙人が捕まったなんてホザいてるタブロイド紙なみになってきたな」
「あれは読み物ですから。アトラスと同じですよ」
「麗香が聞いたら怒りそうな台詞だな」
「それはともかく、今年だけでもう一一〇人も消えてるんですか‥‥」
「その数値だって、どこまでアテになるか判らんがね。でもまあ」
「でも?」
「本当だとしたら、今月も一〇人消えるんだろうな」
「一ヶ月に一〇人ですか?」
「そういう計算になるだろ」
 何の根拠もない与太を飛ばす兄と、苦笑を浮かべる妹。
 長閑なことではある。
 と、電話が兄妹の会話に割り込んだ。
 応対した零が、なんともいえない表情で草間を見る。
「どうした?」
「噂をすればなんとやら、稲積警視正から仕事の依頼です」
「つまり、霧の街を探し出して行方不明者を見つけろ、か」
「ご明察」
「やれやれ‥‥雲を掴むような話だな」
「だから、霧の街なのでしょう」
 珍しく冗談を言って、くすりと笑う零。
 肩をすくめた怪奇探偵が、
「OK。一応引き受けるが相応の料金は覚悟しろ、と、伝えてくれ」
 新たな煙草を口の端にくわえた。









※前後編です。前編は調査編ということになりますが、手掛かりは少ないです。
 前編での行動によって、後編のヒントがでます。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


------------------------------------------------------------
霧の街  〜前編〜

 ニッポンというのは平和に国である。
 一九四五年の敗戦以来、戦争をしたこともない。
 内戦や反乱も、表向きには起こっていない。
 先日のペスト蔓延も、公的には単なる病気の流行として扱われている。
 むろん、政府の方針としてはそれで正しい。
 政府や警察といった公的機関がオカルトや怪奇現象を信じ込んでいるとしたら、この国の将来は、完全に凍結していない湖の上でスケートをするようなものだ。
 頑迷なまでに科学と証拠を信じる。
 それで良いのだ。
 霊感だの閃きだのに頼って捜査されたり、直感に基づいて国政を執られたりなどされたら、国民はたまったものではない。
「まあ、それは置いておいて」
 シュライン・エマの顔に苦笑にも似た波動がたゆたっている。
 新宿区の一角。
 草間興信所という探偵事務所である。
 ここでももちろん通常の調査はおこなわれるが、それ以上に常識的ではない事件が持ち込まれることで、この興信所は有名だった。
 ついたあだ名は、怪奇探偵。
 ちなみに、所長たる草間武彦は全然ありがたがっていない。
「平和といわれるこの国でも、行方不明者は年間八万人くらいいるのよ」
 蒼眸の事務員の言葉。
 事務所に集った怪奇探偵たちが頷いた。
 巫灰慈。セレスティ・カーニンガム。斎悠也。守崎啓斗。海原みなも。
 一人を除いて全員が知己である。
 面識がないのは、セレスティという名の男だ。銀の髪と青い瞳が、青年のようにも壮年のようにも見せる。
 じつは見た目通りの年齢ではまったくないのだが、そのあたりのことを追求しないのが怪奇探偵の流儀でもある。
 一度仲間となった以上、過去や経歴は関係ない。
 少なくとも、仕事が終わるまでは信頼する。それが大前提だ。
「事業に行き詰まって姿を消した人、社会からドロップアウトしてホームレスになっちゃった人」
「自分を見つめ直すとかいって旅に出ちまったやつ。まあ、事情はさまざまさ」
 歌うように言ったみなものあとを、浄化屋の顔を持つ黒髪の青年が継いだ。
「あとは、特異家出人ってのもありますよ」
 斎が言った。
「特異家出人?」
 啓斗が訊ねかえす。
 耳慣れない言葉だった。
 むろん、金の瞳の大学生はきちんと説明するつもりである。
「事件や事故に巻き込まれたり、自殺する可能性のある行方不明者のことですよ」
「それって、普通そうじゃないのか? 行方不明なんだから」
「ちょっと違います」
 殺人事件というのは、死体が出ないと立件できない。
 誘拐なら、急迫電話なり目撃証言がないと、警察は動けない。
 たとえば、こんな事態を想定してみよう。
 資産家が数日前から姿が見えない。家の明かりは灯きっぱなし、玄関のカギは開いたままで。
 あからさまに怪しい状況だ。
 しかし、状況だけでは警察は動けない。
 単なる行方不明者としてしか捜査できないのだ。
 まあ、行方不明でも大変な事態ではあるのだが、巫やみなもが言った通り、自分の意志で消える人間もいる。
 殺人や誘拐に比較して警察の動きは鈍くなってしまう。
 そこで、特異家出人という考え方が出てくるのである。つまり、あからさまに怪しい失踪をした人に対して、殺人や誘拐に準じた捜査をする。
「まあ、その捜査には死体探しって側面もあるんだけどね」
 シュラインが肩をすくめた。
「まあな。殺人ってのは死体があってはじめて殺人だから」
 巫も同様のポーズを取った。
 いずれにしても、証拠がないと警察は動かない。というより動けない。
 間違った考え方ではない。
 証拠もなしに動き回るのでは、ナチスドイツか二重帝国の秘密警察と変わらないだろう。
 勘と称する思考停止に陥ること、科学捜査においてもっとも忌まれる。
「それでこちらに要請が入るわけですね」
 頷くセレスティ。
 この探偵事務所は、必ずしも科学捜査にはこだわらない。
 常識でははかることのできない事件を手がけているからだ。
「つまり、霧の街もまた常識の外にあるということですか」
「それをこれから調べるんです」
 みなもがテーブルにティーカップを置く。
 青味をおびた瞳が、ディスプレイを見つめていた。
 次々と映し出される情報。
「‥‥多すぎますね」
 溜息をつく。
 多すぎる情報。これはけっして良いことではない。
「絞り込めそうか? みなも」
「ちょっと無理ですね‥‥」
「結局、足で探すしかねえのか」
 みなもの言葉に、啓斗がやれやれと嘆息した。
 もともとインターネット情報になどたいした期待はしていなかったが、もう少し役に立ってほしかった。
「ま、仕方ないでしょう。ほとんどが野次馬情報ですからね」
 斎が微笑した。
 ネットの海に溢れる情報は九割までが、人づてに聞いたとか、そういう類のものである。いくら怪奇探偵たちでも、これを基準に調査はできない。
「行方不明になった人たちのリストから、家族とか友人に直撃するしかないわね」
 言ったシュラインが席を立つ。
 やがて、書類の束を抱えて戻ってきた。
「なんだその量‥‥?」
 あんぐりと口を開ける巫。
「ざっと一四〇〇人分。先月この国で行方不明になった人のリストよ」
「‥‥まさかとは思いますが、それを全部チェックするんですか?」
「それはいくらなんでも‥‥」
 斎とみなもが疲れたような声を出した。
「当然でしょ。調査の基本は綿密な下調べなんだから」
 啓斗と巫が、心の底から嫌な顔をする。
 悪戯っぽくシュラインが笑った。
「と、言いたいところなんだけどね。絞り込みは警視庁てやってくれたわ。スクリーニングの基準は、失踪する前に霧の街のことを口にしているかどうか、ということ」
「さすが稲積。仕事が速いぜ」
「感心してばかりもいられません。警察はそこまで綿密な捜査をおこなったんですか? 失踪前の言動まで調べ上げるほどの」
 セレスティが問う。
 巨大な組織である警察がここまで調べて判らないものを、一介の探偵事務所にどうこうできるとは思えなかった。
 とはいえ、警察と怪奇探偵では自ずと切り口が異なる。
 どれほど優秀な野球選手でも、サッカーの試合で活躍することはできない。ことにプロの世界では、ほとんどなんの役にも立たないだろう。
 そういう次元の話なのだ。
「絞り込んで一〇人。つまり、今年の分は全部絞り込んであるんだな」
 啓斗は、もう作業に入ってる。
 顔写真とプロフィールを、どんどん記憶してゆくのだ。
 このあたり、さすがニンジャというべきで任務に忠実である。まあ散文的なことこの上ないが、ニンジャが韻文を好んでもしかたがない。
「よし。だいたい頭に入った」
「さすがに早いわね。啓斗」
「おだてても何もでないぞ。だいたい、シュラ姐の頭にだってもう入ってるんだろ」
「私はみんなより先に見たからね」
「ホントに信用できるんですか? この資料」
 謙遜するシュラインに、みなもが訊ねる。
 警察がくれた情報を、頭から信用して良いものかどうか。
 積極的に嘘をつく理由はないとしても、誤った捜査をしている可能性は充分にある。
「信用しないと大前提が崩れます」
 微笑を浮かべたまま、斎が言う。
「それに、手当たり次第に突いていけばなにかリアクションがあるかもしれません。その程度のレベルですよ。今のところは」
 後を引き継ぐように、セレスティが笑う。
 怪奇探偵たちの蠢動が始まった。


 まず聞き込みからはじめた探偵たちは、チームをふたつに分けた。
 シュライン、啓斗、みなも、草間の四人と、巫、セレスティ、斎の三人である。
 前者に女性含有率が高いのは、べつに草間の趣味でもサクリャクでもない。
 責任の大きな草間・シュライン組に、未成年者を入れただけだ。
 啓斗はともかくとして、みなもを単独行動させては思わぬ危険があるかもしれない。まあ、この場合は草間が保護者役を務めることになるだろう。
 それを、体術に優れた啓斗がまとめてガードする。
 巫とセレスティと斎の三人は、自分の判断で動ける男たちなので、とくに指示は必要ない。
 最も効率的かつ能率的に動いてくれるだろう。
 まあ、積極攻撃型の巫などは地味な聞き込みにイライラするかもしれないが。
 そして調査開始から、一週間。
 探偵たちの努力は、ほとんど報われなかった。
 警察がやったことを改めてなぞっただけだから、当然ちもいえる。
 ただ、一本の麦すらも収穫できなかったわけではない。
「行方不明者の分布が、北へ北へと移動してない? これ」
 シュラインが言う。
 訊ねたのではなく、確認したのだ。
「ああ、それで気になって調べたんだけどな」
 巫が手帳を広げる。
 細かい字がびっしりと記されていた。
 行方不明者の住所と、消えたとされる日だ。
 南から北へと移動している。一件たりとも「戻る」ということがない。
「こいつはちょっとばかり異常だと思わねぇか?」
「たしかに‥‥」
 頬を撫でる斎。
 数学的確率をあげつらうまでもなく、分布がおかしいのは事実だ。
 このまま北上を続けると、次に現れる場所は、
「北海道か‥‥」
 地図と情報を見比べながら、啓斗が口を開いた。
 むろん確率論的な話ではあるが、青森まで行方不明者が出ている以上、そう推理せざるをえない。
 問題は、北海道のどこに霧の街が出現するのか、ということであろう。
「虱潰しに探すには、少々広すぎますね。あの島は」
 セレスティが苦笑する。
 たった七人の調査部隊。事務所に残った草間零から後方支援を受けたとしても、北海道全域を探し回ることはできない。
「そういえば、消えた人って何かしらの悩みを抱えてたんですよね?」
「ええ。いじめを受けていたり、闇金につきまとわれていたり」
 みなもの問いに応えるシュライン。
「ということは、自分の意志で霧の街にいった可能性も‥‥」
「そう。否定できないわ」
 現在の状況から逃げ出したいと思う心。それは、誰にだって存在する。
 平穏な生活を送っている人にも、だ。
 まして逆境にある人ならば、その思いはより強いだろう。
 人の心の黄昏に忍び寄る霧。
 音もなく。
 姿もなく。
 迷いの森へと誘うように。
「いずれにしても、北海道へ行ってみるしかないな‥‥あるいはとんだ空回りになるかもしれないが」
 面倒そうに言った怪奇探偵が、タバコの先に火を灯す。
 ゆっくりと、紫煙が空気に溶けていった。
「武彦さんの煙草の煙みたいに簡単に消えてくれるとラクなのにね。霧の街も」
 くすくすと笑うシュライン。
「違いねぇや」
 巫が同調した。


 さて、北海道で活動する場合、拠点は札幌市に置くことになる。
 これは熟考の結果というよりも、ほかに選択肢がない。
 どの方向に動くとしても、札幌を起点にした方が都合がよいのだ。
「‥‥帰りたい」
 駅舎から出たとたんに、げっそりと啓斗が言う。
 寒暖計がマイナス五度を指している。
 午後の二時なのに。
「うきゃうっ!?」
 みなもが尻餅をつく。
 つるつるのアイスバーンで滑ったのだ。
「同じニッポンとは思えねぇよなぁ」
「まあね」
「でも、まだまだ寒くなるんですよ」
 冬の北海道を経験したことのある巫、シュライン、斎の三人はさすがに泣き言はいわなかった。
 もちろん寒くないわけではない。
 シュラインなど、じつはこっそり防寒用の保温下着を身につけていたりする。仲間たちに知られれば笑われること請け合いだが、二〇代も半ばを過ぎると、いろいろと健康面には気をつかうのだ。
「東京ほど乾いてないのが助かりますね」
 平気そうな顔をしているのは、セレスティくらいのものだろう。
 まあこれは、特性というより慣れである。
 彼の所有する企業の本拠地はアイルランドだ。厳冬期の厳しさは北海道を凌駕する。
「寒くないんですか‥‥?」
 痛む尻をさすりながら訊ねるみなも。
「寒いですよ。ですからちゃんとモモヒキを履いています」
 しれっと応える。
 なかなかに想像しづらい光景だ。
 銀髪碧眼の紳士がモモヒキを着込んでいる‥‥。
 もっとも、ズボンの裾をめくってみせたわけではないので、セレスティの言葉が本当かどうかは誰にも判らない。
 なんともいえない表情で、仲間たちが顔を見合わせる。
「やっほー みんなー」
 彼らに近づく姿。
 新山綾である。
 ごく自然に巫が遠距離恋愛中の恋人を抱きしめる。
「にゅ」
「元気そうでなによりだ」
「てか、先週あったじゃない」
「一日先週ってやつだな。少し会わないと寂しいもんだ」
「いちおーいっておくと、一日千秋ね」
「ぐは‥‥」
 なんだか漫才みたいな会話である。
「あっついわねー」
 呆れたように、シュラインが言った。
 まあ、ふたりならマイナス四〇度くらいでもラブラブ熱で平気だろう。
 いつまでも暖めあっていればいい。
 と、いいたいところだが、そうもいかなかった。
「綾さん。いちゃつくのはあとにして、とりあえず事情は了解してもらえた?」
「問題ないわ」
 ぽいっと巫を捨ててシュラインと正対する綾。
 もう仕事の顔だ。
 犀利で冷徹な魔術師の顔。北の女王という異名に相応しい。
 捨てられた哀れな男が、怒濤の涙を流していた。
「ホテルを取ってあるわ。移動しましょ」
 歩き出す七人。
 巫だけが、拗ねたように動かない。
「すーてーらーれーたー るーららー♪」
 なんか口ずさんでいる。
「はいはい。拗ねない拗ねない。あとで一緒にお風呂はいってあげるから」
 ずるずると恋人の身体を押して、綾が仲間たちに合流した。


「もし霧の街とやらが移動しているとして、どこかを目指しているなら。たぶん、目的地はここ」
 綾の指が地図の上を動く。
「ウラルコタン‥‥?」
 地名を読み上げた啓斗が首をかしげた。
 どうして霧の街がウラルコタンを目指していると言い切れるのだろう?
 もっともな疑問だった。
 だが、
「なるほどね」
「闇雲に探し回るよりは、良いかもしれませんね」
 シュラインとセレスティが頷いた。
 外国語の知識が豊富な二人である。
 不思議そうな顔をする仲間たちに、
「ウラルというのは」
「霧って意味よ。アイヌ語でね」
 笑ってみせる。
 空調が、暑いほどの暖気を送り出している。













                         つづく


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
1252/ 海原・みなも   /女  / 13 / 中学生
  (うなばら・みなも)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725 / 財閥総帥
  (せれすてぃ・かーにんがむ)


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせいたしました。
「霧の街 前編」お届けいたします。
後編では、街にはいることになるかと思います。
霧のなかでの行動です。
ご注意ありたし☆

それでは、またお会いできることを祈って。