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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


梅ヶ枝
------<オープニング>--------------------------------------
「――最近持ち込まれた品なんだけど」

 碧摩蓮――アンティークショップの主人が、煙管を燻らせながらそう切り出した。

『春紅梅』
 箱書きにはそう書かれていたが、黒く光り輝く漆塗りの箱に、枯れた梅の木が一本金で描かれているだけ。箱の中身は空――真赤な漆がこれまた見事な艶を見せている。
「造りは優の部類に入る。かなり昔に作られた物らしいが、保存状態も良好。普通ならウチに持ち込まれる品じゃない――ま、そういうわけさ」
 ふぅ、と気だるげに煙を吐き出しながら言葉を続けた。

『この品を売らないで欲しい』
 遺言と共に持ち込んできたのは、とある旧家の管財人だった。強制的な命令ではなく、買い取られた以上はこの店のものである。が、その遺言だけは伝えて欲しいと言われていたらしい。

―――買い取った翌日から、客が来た。

「客が来るんだよ。ひっきりなしにね――アレが欲しいんだってさ」
 どこから聞いて来たのか、この品を目指す客が日に一度は訪れていたと言う。この店にしては珍しいどころか、まず御目にかかる光景ではない。お陰でいつも店番をしてなきゃいけない、と酷く不満そうで。

 かつん、と灰吹きに煙管を叩きつける。気だるそうな表情が一瞬だけ悔しそうに歪む。
「――誰か知らないが、盗んでいった馬鹿がいる」
 箱書きごと。
 ご丁寧に、札束を箱の大きさ分だけ置いて。


「頼みはひとつ。品物を取り戻す事。…どんな手を使っても構わない」


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緋磨翔がまずしたことは、自らのコネで出来る限りの情報を集めることだった。春紅梅、そう名の付いた漆器について、好事家から古美術を扱う店、あるいは盗品を扱う裏の世界まで。
「緋磨の姐さんからの頼みですか…まあ、何とかしてみましょう」
好意的に取ってくれる者が多いのは頼もしいことだ。
そこに、一本の電話が来た。
『――もしもし。例の箱、持ってるんですか?もし持っていたなら、これだけの金額で買い取ります』
どこから嗅ぎ付けて来たのか、翔が所有者に連なる者だと思っているらしい。あながち間違いではないのだが。その提示した金額を聞いて、こめかみがぴくりと跳ねる。
「どこから聞いたか知らないが、私じゃないよ」
『…え、持ってない…残念です。あ、でもあなたじゃなくても他の人が持ってるんですね?教えてください。今から行きます』
「行ってどうするつもり?」
『決まってます。僕のものにするんですよ。――あんな素晴らしいものを、他の誰に渡せるものですか』
「おとといおいで」
がちゃん、と受話器を叩きつける。
今でも、探している者がいるというのが凄い。それも、全員がああではないだろうが、どこか偏執的な響きが感じられて…落ち着こうとコーヒーを淹れた。
…一口も啜らないうちに次の電話が来た。

「えーい、うるさいっっ」
何度目の電話だろうか。あれから続く電話は殆どが箱を売れというモノで、しかも複数の人間からだった――今度も同じかと受話器を取るなり怒鳴りつける。
『……酷いじゃないですか、緋磨さん。こっちが何も言う前に電話を切るなんて』
よく連絡を取っている情報屋の1人だった。苦笑し、すまないね、と詫びの言葉を入れる。
『いや、理由はわかります。なんだか凄い勢いで箱の所有者の噂が飛び交ってますよ…とある探偵社だってね』
「なんだってぇ!?」
『多分俺達が情報を探るために一斉に聞き出したのが不審がられたんでしょう。流石に、緋磨さんを直接知ってる奴らは気付いても其処の番号は教えませんが、他から漏れ出したらしくてね』
「なんてこと…」
頭が一気に痛くなる。
『それはそれとして。妙なの何人か見つけましたよ。そのじいさんが死んだ後で古美術の店ほぼ全部に連絡を入れて、箱が来たら真っ先に教えろってね。皆そこの店のお得意様だそうで…ただね』
「何?」
『1人だけ、どうも時期的にじいさんが死ぬ前から店巡りをしてたヤツがいたんですよ。えーっと、確か…そうそう。山田って言ったかな。なんでも、もうじき死ぬかもしれないから予約を入れておきたいって…なんつーか。そんなことしてまで欲しいもんなんですかね』
「――そうやって欲しがった1人が、モノを見つけて持って行ったんだからね…欲しいんだろうね」
『そりゃそうでした。愚問でしたね…ああ、そうそう。そいつらの連絡先教えてもらったんで読み上げますよ。いいですか』
「オーケー」
何人かの名前をメモし、住所と電話番号を書き取り礼を言う。電話の向こうの相手は照れたように笑っていた。

「――さてと…この人たちを重点的にせめるかな」
続けて今度は名前の上がった者達のここ何日かの行動を、知りうる限り調べ上げるように連絡。合間合間に来る箱買いの連中を弾きつつ、細かい情報が上がってくる。
そして、今まで会合等に熱心に集まっていたとある人物がここ何日か家に閉じこもったきり外に出てこないという話が上がるに及んで、その名前にぐりぐりとペンで印を付けた。
その名は、山田道夫。
箱の所有者がまだ生きているうちから古美術関係を巡り、もし回ってきたら連絡を入れるようにと言って来た男だった。
――そういえば…と思い出す。
箱が欲しいと言って来た電話の中に、この名前は存在しなかった。ある意味、一番しつこく掛かって来そうな存在だというのに。
「決まりかな」
呟いて、立ち上がった。背中でまだしつこく鳴る電話の音がしていたが、無視して。

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「山田道夫…ここだな」
教えてもらった住所にあったのは、屋敷程ではないにしろそれなりの大きさの家だった。奥に庭もあり、きちんと手入れされた庭木が見える。
表札を確かめ、すぐ隣にあったインターホンを押し、待った。
………。
返事は無い。
何度か連続で押してみる。
「叩いてみようか。それともぶち壊そうか?」
翔が悪戯っぽい目で皆を見る。更に鍵開け…と言いかけたが。
「待ってください。…開いてます、鍵」
弧月が試しにノブを回して慌てて告げた。

「無用心だな」
呟きながら、室内を覗き込む。先程の呼びかけに反応しなかったのを見ると、鍵を開けたまま出かけたのだろうか…

「――!」

テーブルに突っ伏して、頭の薄くなった男が1人。ぴくりとも動かないその腕から絨毯へと、赤黒い染みがあり、すぐ近くに刃が飛び出したままのカッターが落ちている。
慌てて駆け寄り、肩に触れる。――温かい。指先に、とくとくと肩の血管が脈打つ音が伝わってくる。
「大丈夫、生きてる」
「山田さん!しっかりしてください、山田さん!!」
声をかける弧月の声を聞きながら、翔が男の――見た目からしてこれが山田道夫らしい――手を持ち上げる。
「――どうして、こんな所に怪我を?」
血は見た目には派手なものの、怪我をしている部位は指先の数箇所だけ。他には、どこにも外傷が見られない…気を失う原因すら分からない。頭を打ったというわけでもなさそうだが。
「見ろ」
総一郎の声に、皆の視線が一斉に一点を見つめた。テーブルの上に。
白木の箱は蓋がずれ、中に敷かれていたであろう布も引きずり出され、皺が寄ってしまっている。
「中身は」
「…ない。空だ」
ふぅ、と皆からいっせいにため息が漏れる。特にその品が見たいが為に参加した弧月の落胆は周りが見ても気の毒になる程で、見かねたのか凪砂が大丈夫ですか?と小声で声をかけた。
「大丈夫です。すみません」
その時、翔の手当てを受けていた――怪我には消毒と判草膏を貼っただけだが――男が、身体をぴくりと動かして目を開ける。
「――ん…ん、だ、誰だ君らは」
「気が付きましたか?」
何時の間にいたのか、見知らぬ人間が何人も室内に上がりこんでいるのに仰天し、質問をした矢先にテーブルの上に視線が行く。途端、上がる悲鳴。声をかけてきた翔を突き飛ばすようにして這いより、白木の箱を震える手でひっくり返す。
「…あぁっっ!?わ、私の『春紅梅』がっっっ」
「――山田さんのじゃないでしょう…あれは」
ゆらりと倒された場所から起き上がった翔が、押し殺した丁寧な声で言う。それにも気付かない様子で、目を血走らせ、直ぐ近くにいた凪砂に縋りつく。
「か、返してくれ、アレを、返せぇぇぇ!!!」
「きゃぁっ、は、離して下さいーっ」
「………」
黙ったまま。
総一郎が男の首根っこを掴み、凪砂にはそっと手を当てて手加減無しに引っぺがした。引き離されてふらっと倒れかけた凪砂を、汐耶がごく当たり前のようにキャッチ。慌ててぺこぺこ頭を下げる凪砂に汐耶が苦笑して手を振る。

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「さてと、山田さん?…あなたが『断りなしに持ってきた』品物についてお尋ねしたいんですが?」
「――え」
にっこりと。
総一郎と、翔の2人がにこやかに笑いかける。その視線はあくまで冷たく、男を射抜いていて。まだ混乱収まらぬ、といった男も徐々に姿勢が低くなって行く。
「あ、あれは…」
「あれは?」
「私が、金を出して買って来た品だ。誰がなんと言おうが、私のものだ。返してくれ」
「――そうですか。それじゃ仕方ない」
懐から電話を取り出す翔に、一瞬びく、としかけた男がどうするつもりかとじっと翔の顔を見る。冷然とした顔つきで翔が男を睨み、
「表沙汰にはしたくなかったのですが、仕方ない。警察に連絡します」
「なっ、何だと」
「レンの店に閉店後押し入ったこと。金を置いて品を無断で持って帰ったこと」
――認めますね?
「そ、それがどうした。商品なら買っても文句は無い筈だろう!?」
「…値段は?」
「アレだけ置いても、足らないと言うのか!?」
「店の者が付けた値も知らずに、買ったとおっしゃるわけですね。…やはり、警察に連絡した方がいいんじゃないですか?」
弧月の言葉に、ぐ、っと詰まった男がおろおろ周りを見回し、そして何か思いついたのか顔を上げ、
「そ、そうだ!それを言うなら、鍵を開けて勝手に入ってきたお前らも同罪だろう!?」
「………」
「あの…鍵、開いてましたよ?」
おずおずと、凪砂が口を開いた。汐耶がうんうんと頷き、
「いくらなんでもピッキングしてまで中に入るわけないしね。…来た時には、もう箱はなかったし?」
一瞬だけ翔が目を逸らしたが、それはさておき。
「なかった、だと…!?そ、そんな馬鹿な!」
山田が、途端に情けない顔をして残された白木の箱を開け、空だと分かる中を覗き込み、がっくりと肩を落とす。
「あぁぁぁ〜…」

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暫く落胆に暮れていた男が、少し落ち着いた様子でぽつぽつと話し出す。
「どうしてそんなにまでして欲しかったんですか?」
「…不思議なんだがなぁ。そう言えば、どうしてあんなに欲しがったのか」
改めて思うと自分でも不思議らしい。何度か首を傾げ、
「…咲かせにゃ、と。そうだ。紅梅を、咲かせないとと」
ぼそりと呟いたその目は、どこか遠くを見ていて…虚ろな視線が残された箱に注がれる。
「――咲きましたか?」
「ああ、咲いた。咲いたとも…何度もなぁ。何度も…」
かくん、と。
俯いた姿勢で、突然言葉を切る。
「あの…?」
――恐る恐る声をかけた凪砂にも返事がなく。そのまま、暫く無言。

「ん、ああ。すまない。どうもこのところ、頭がはっきりしないんだ」
突然黙った男が、また突然顔を上げて話し出した。
「どこまで話した?…ああ、あの箱を持っていった奴のことか。それは多分…今日来る約束をしていた甥の奴だろう。持ってきたという話をしたら、何やら酷く怒っていたからなぁ」
「…その指の傷は?」
「これか?これは、そう…咲かせるための、な、方法だ。近藤さんが言っていた通り、血を散らして花を咲かせるんだが…だがなぁ…どうも、満足してくれないんだよ。だから、何度もやったのになぁ…」
山田からはこれ以上聞きだせそうにない。それよりも、どうやら精神にも疲労が見られるらしく、少し放っておくとすぐにうつらうつらし出すのが聞いていた歳よりも遥かに上に見えた。

「箱から、行き先がわかる?」
やれやれと言った声を隠せない汐耶の質問に、弧月と総一郎が僅かに目を見合わせながら答えた。
「…持ち出すときに触れたのなら、分かると思いますが…」
「可能性があるなら、見た方が良いだろうな」

2人が、それぞれ箱の一部に触れる。何をしているのかと奇妙な顔をしている男には構わず。

「外か」

「――方向は…来た側」

「――川」
総一郎と、弧月がほぼ同時に呟いて、目を開ける。
「この辺りで、川が流れている場所は?急ぐんだ、教えてくれ」
「それは確か…」
大まかな場所を聞いて、ぱたぱたと飛び出す一行。振り返り際にぺこりとお辞儀をした凪砂を、不思議そうな顔をした男が見送っていた。

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「う、ぁぁ…怖い、怖い…やめてくれ…」
箱を抱えながら、引きつった声を上げる青年。駅に向かう途中、川沿いの道を走っていた翔の目に其れが映る。流石に仕事柄、走りなれている者の足は違う。
「俺は、俺は――返しに行く、んだ。伯父さんみたいには、厭、だ…!」
「待った――っ!」
大きく振りかぶって、箱を投げ込もうとする青年が恐怖が張り付いた顔のままに駆け寄ってくる皆を見る。が、勢いは止まらず…むしろ、その勢いで青年もろとも川に落ちそうになり。
「――っ!」
後から一所懸命追いかけてきた凪砂が目を閉じた。が、水音もなく恐る恐る目を開ける。
「ほら、そっち持って」
「ん。…ってなんで女2人が力仕事してるかな…」
「まったくだね」
真っ先に追いついた翔が青年のシャツの裾を掴み、汐耶が次に追いついて腕を引張り上げており。
「――その通りだな」
和服故か、あまり早く走れずに…それでも凪砂よりは早かった総一郎が、川に落ちる直前の箱を釣り師よろしく具現化させていた天狼爪牙を操って掴み上げ、手元に引き寄せた。
ほーーっ、と息をついた弧月が、手を伸ばして近寄ってきた箱を受け取った。何よりも、まず傷の有無を確かめ、無い事を確認して自分のコートを脱ぎ、丁寧にくるむ。
「一度、戻ろう。…大丈夫か?」
ぶるぶるっと犬のように首を振った青年が、こくりと頷いて女性2人に礼を言い、
「そう言えば…あなた方は?」
不思議そうな顔で聞いてきた。

山田の家に戻り、改めて話をする。
青年は男が言った通り、男の甥で駿と名乗った。レンの店から金を置いて持ってきたと聞いて青くなり、意見方々返しに行こうと家に来たのだが、そこで箱を手に取った途端何が何やらわからなくなり…気付いたら、皆に囲まれていたらしい。
「刀で、花を咲かせろ、って…何度も聞こえて来て」
「刀で?」
汐耶が聞き返し、ちら、とテーブルに置かれた箱を見る。――弧月が、うっとりとした目で箱に手を当てながら『力』を込めているところだった。
其れを見た何人かが、顔色を変えて弧月の近くに行き、じっとその様子を見始めた。

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――箱から手を離して、弧月がほぅ、っと、小さく息を吐いた。
そして、じっと、箱を見つめる。

そのまま、ぴくりとも動かずにいて…。
――こくりと、喉が鳴った。
その様子は、どこか、――この世のものを見ている目ではなく。

ぱしん。
ごく軽い音が――弧月の頬から漏れた。叩いたのは、直ぐ傍でじっと様子を伺っていた総一郎。
「――気が付いたか」
やはりな、と直には一度も箱に触れずにいた総一郎が呟く。
「此れは…そのまま置いておく品ではない」
まだどこか遠くを見ている弧月に言うでなく、箱に視線を当てる総一郎。

「どうするの」
「浄化する」
総一郎が、
その手に、何かを握る仕草をし、立ち上がる。
――天覇。浄化の刀。
和服で構えたせいだろうか。其れは、一幅の絵の如く皆の目に映った。
男と青年が怯えた顔でその場にうずくまる。何か言おうとしているのだろうが、声にならず。

「どいていろ。すぐ済む」

ゆらり、と弧月が総一郎の前に立ちはだかった。流石に総一郎が訝しげな顔になり、刀をすっと下げて弧月を見る。
「どうした」
「切って下さい。俺ごと…あれに、咲いた花を見たいんです」
「――魅入られたか」
「そうかもしれません。…でも、それだけじゃなく。見たいんです」
一瞬の、間。それから目と目を合わせ、
「いいだろう。目は閉じるなよ」
「大神さん!」
脇からかかる声には構わず、す、と刀を構えて対峙する。弧月はまっすぐ総一郎を見つめ…頷いた。

一瞬の、輝き。
――目の前を。
鮮やかな紅梅が咲き、散った…と見えたのは錯覚だったのだろうか。

…からん、からん。
軽い、あっけない音を立てて、床に転がる器。
手を伸ばした山田が、悲痛な声を上げて…それから、ふっと不思議そうな顔をする。どうして、こんなにコレに執着していたのだろう、と。

「怪我は!?」
ぱたぱたっ、と弧月に駆け寄ってくる凪砂。むぅっ、と非難めいた視線を総一郎に向けるが相手は涼しい顔で。
「――あら?…あら?傷が何処にも…痛みは無いんですか?」
「そう言えば…ないですね」
あんなに綺麗な花が咲いたのに、と不思議そうな声。ぐるりと見渡しても怪我がないとの言葉に不思議そうな顔をしている所を見ると、皆も見えたらしい。
只1人、当の総一郎は微笑を浮かべているように見えたが。

汐耶は、落ちた器に屈み込んだ。
――割れた箱を拾い上げる。
下の入れ物は傷一つ付いていないが、上蓋が綺麗に断ち割られていて。
それは只の、ありふれた漆器のひとつでしかなかった。

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「ご苦労様」
複雑な表情で割れた漆器を差し出す皆の顔を見回し、にこやかに微笑んで包みを受け取る主人。
「どうした?」
「依頼通りに出来なかったって言うのに、どうした?はないでしょ?蓮さん」
翔が苦いものを飲み込んだような顔で言い、それを聞いた碧摩が軽く首をかしげ、
「妙なことを言うものだね。――この通り、取り戻したじゃないか。それともこれは偽物か?」
「そうじゃないけど。行きがかり上とは言え、割ってしまったわけだし」
「…すみません」
結果的には、手に取ってしまったが為に取り込まれかけた弧月が恐縮して頭を下げる。
――軽い笑い声が、響く。
「いや、すまない。どうしてそんなに深刻な顔をしていたのか分からなかったんだ」
口元を押さえ、主人が笑みを浮かべた顔を戻して包みを解き、破損具合を確かめながら皆にちらりと視線を送る。
「完全な形で…そうは言わなかっただろう?そうでなければならないモノも有るが、これはそうじゃない。むしろ、これは此方の方が良かったのかも…いやいや」
とにかく、ご苦労様と言葉を続ける。礼は後で連絡すると言い、そのままその品物に見入ったまま黙り込んでしまった。
今は話も出来ず、仕事は終わったのだと何か釈然としないままに店を出る。
「――」
ふと、何か聞こえた気がして、振り向いた。
碧摩が、酷く優しい目で割れた品を見つめながら何か囁いている。
それは、

――おかえり

そう言っているように見えた。

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エピローグ
それから暫くして、あの時の記憶も薄れ掛けた頃に碧摩から連絡があった。報酬を受け取りに来い、と酷くあっさりした物言いで。

「――やあ。いらっしゃい」
何時来ても、此処の主人は時間の観念がないように見える。のんびりと煙管をくゆらせながら、ちらりと此方を見る姿は、いつ見ても同じ。
「修理、終わったよ…見てみるかい」
そう言いながら白木の箱を持ってこさせると、優雅な手つきで蓋を持ち上げる。
その中には、艶のある光沢そのままの…何度も見た漆器が入っている。一度は壊れたなどと思えない美しさで、思わず見とれてしまう。
「なかなか良い出来だろう?…少し、付け足してもらったしね」
言われて、ようやく気付く程の、違い。
枯れた木の枝に、小さな…ごく小さな、蕾が付いていた。
「ついでに名前も改めた。『春待枝』なんてのは、どうかな」
――冬を越すために、固く閉じた蕾が、夢見るもの。
それは、花開かせるための…春。
「お陰ですっかり大人しくなったようだ。ひとつ、どうだい」
ゆるく笑みを浮かべ、漆塗りの箱を見せる主人。
「弁当でも詰めて雪見でもしてやるといい。…ああ。そうそう、一つだけ、注意」
一本指を立て、楽しそうに唇を吊り上げる。
そして、言った。まるで生きている者に対するように。

「春は、コレが他の花に嫉妬するから気を付けてね」

――誰一人として、買う筈は…なかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1449/綾和泉・汐耶/女性/23/都立図書館司書】
【1582/柚品・弧月 /男性/22/大学生    】
【1847/雨柳・凪砂 /女性/24/好事家    】
【2124/緋磨・翔  /女性/24/探偵所所長  】
【2236/大神・総一郎/男性/25/能役者    】

NPC
和田
山田道夫
  駿

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。『梅ヶ枝』をお届けします。

モノに付ける名は意外に重要ではないのかと思った話でした。こう言った『名』に関する話には魅力があります。特に、粋だなぁと思わせる名が付いた品物などは。
えー、ちなみに。
今回のタイトルである『梅ヶ枝』、実は枝は餌(エ)と掛けてみたりしましたが…こういう説明は蛇足ですね。失礼しました。

それでは、また別の場でお会いしましょう。