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<東京怪談・PCゲームノベル>


味見と言うより毒見〜解決編


■そして人々は動き出す…■


「『一日待て』か…」
 改めてドアの下から引っ張り出された手紙を見、ふむ、と頷いたのは御影涼(みかげ・りょう)。
「…これにも何か理由があるのか…それともただの逃げ口上か…」
 涼は手紙の文面を眺めつつ、考える。
「どーでしょうねぇ。この文面は確かに随分と軽くも見えますが…その実、裏を読むと何か本気で切羽詰まっているようにも見えるような見えないような…」
 わざと軽く書いているようにも見えたり見えなかったり。
 涼の脇で、思いついたようにぽつりと呟く久遠樹(くおん・いつき)。
「…『アタシでも』と書く辺りが碧摩さんらしいと言いますか…」
 更にその脇で、呆れたような…何とも言い難い口調で呟いたのは綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)。
「それと…『左慈』って…左慈仙人の事でしょうか…三国志はじめ神仙伝やら後漢書でも出て来る…」
「…あの…『鬼』と言われて思いつくのは件の仙人の方々…と言うのは穿ち過ぎでしょうか?」
 同じく、静かに口を挟むのは漁火汀(いさりび・なぎさ)。
「…そう仮定しますと…『鬼が怖い』、と来れば…鬼姓の仙人がいつ来るかわからない場所…草間興信所に、ゴーストネットのネットカフェ、アトラス編集部…そして当のおひとりが部屋を持ってらっしゃるあやかし荘には、碧摩さんは行きそうもない…」
 …と、考えてはおかしいでしょうか?
 誰にともなく汀が問う。
 と。
「でもそーいう括りになると丁香紫も『鬼』になるよね?」
 …何か元々関係あるのかな?
 その場に居る面子を見上げ、無邪気に告げたのは海原(うなばら)みあお。
 ちなみに丁香紫と言うネットカフェによく居、あやかし荘に部屋を持っているこの仙人の名乗りは――『鬼』丁香紫。今までの経緯からして…取り敢えずは味方?のような相手。
 どうも、この件に首を突っ込んで来てはいるが、元々知っていたような様子ではない。否、そもそも丁香紫も元を辿ればネットカフェの時にどさくさで巻き込まれたのではなかったか。
 更に言うと、あやかし荘の件があった時には…丁香紫は当のあやかし荘に滞在中だった筈だ。
 そしてその時は…特に碧摩蓮は丁香紫の存在を考えてはいなかったような気がする。そこに行くだろう相手に手渡す、と言う遠回しな手段を取らず、直接自身で持ってその場に現れていた。
 つまりその時は別に避けてもいなかったような気がする。
 今になって何か避けるべき理由でも見付けたのだろうか。
「…」
 その場に集った皆の言い分を黙って聞いていたシュライン・エマは、おもむろに携帯電話を取り出した。自分の物ではなく先日、なりゆき上、今話に出ている丁香紫当人に唐突に渡された代物――人界〜仙界直通可能な宝貝らしい電話――の方。通話ボタンを押し、耳に当てる。
「――…もしもし。突然すみません。いえ、今回は例の物が持ち込まれた訳ではなくて、今蓮さんのアンティークショップ前に来ているんですが…。ええ、さすがにそろそろ我慢の限界と言うか。…気になりますからね。直に来てみたんです。蓮さん捕まえようと思って。零ちゃんに変な命令吹き込んだのも許せませんし。で、店にきたら…私たちが来るのを予想していたかのように妙な置き手紙を見付けまして…一日待てとか左慈の旦那とか鬼が怖いとか書いてあったんですが…お心当たりありませんか? ええ。…確かにこちらでも丁香紫さんたちの事か、とは察したりもしていたんですが一応違う可能性もあるかと思いまして確認に。…そもそも一日経ったら何がどうなるのかと。一日待ったおかげで摂取した人たちへの現象が悪化したらと思うと心配ですし…。…はい。…はぁ。え? …それって…。じゃ、これを調べる事もお願い出来るんですね? わかりました取り敢えずは失礼します」
 ぴ。
「…どうでした?」
 通話が終わるのを待ってから汐耶が声を掛ける。
「『一日待て』の件はよくわからないって。『鬼』の件もよくわからないけど自分たちの事である可能性は否定できないそうよ。向こうも向こうでそう名指されれば気になるから『怖い』の理由も調べてみるって言ってたわ。で、『左慈』は…やっぱり三国志の左慈で当たりみたい…」
「…そうですか…」
「で、丁香紫さん曰く件のお騒がせ人参樹の持ち主が左慈らしいのよ」
「………………はい?」
 いきなり判明?
「…但し、人界に出回っている分の実は全然把握出来てないそうよ」
 仙界内では節操無くバラ撒いてはいるそうだけど、人界に持ち出してはない筈なんだって。
 だからこそ、人界の何処かで持ち込まれたら何はともあれ連絡しろ、と言う話になっていたらしい。
「把握出来てないって…それを信じるなら蓮さんはいったい何処から…」
 その人参果もどきを入手した?
「…その辺りで…『鬼』が絡んでくるって事でしょうかね?」
 小首を傾げつつ、汀。
「じゃあ、丁香紫さんはひとまず考えの外に置くとしても…誰か他の『鬼』がその辺りに手を出してるって事はあるかしら…?」
 難しい顔で、汐耶。
「…どちらにしてもやっぱり蓮さんを見付ければ色々謎は解けそうよね」
 ――各所で見え隠れする鍵は彼女。
 言ってシュラインはもうひとつ携帯電話――今度は自分の物を取り出すと、ぴぽぱぽぱ。
 今度は何処に掛けたかと言うと碧摩蓮の携帯電話。
 が、案の定相手してくれたのは留守番電話のアナウンス。取り敢えずまた伝言――と言うか恨み言?を吹き込んでおいて、シュラインは通話を切る。
「じゃ、どうしましょうか…ちょうど人手もある事だし、手分けして捜しましょうか?」
 と。
「…ちょっと待って下さい」
 静かに制止したのは、汀。
「僕は…取り敢えずこの場が怪しいと思うのですが…灯台下暗しと言う感じで…」
 アンティークショップ内もしくはここのすぐ近所に居る可能性。
 汀のその科白に、涼も同意した。
「…それは俺も思いますね。鍵が閉まっている以上勝手に店内に入る訳にも行きませんが…周囲くらいはひとまず警戒して見て良いかもしれない」
「ではひとまず…『風』たちに…ここであった事などを聞いてみたいと思うので…少々お時間を頂きますよ?」
 静かに告げると、汀は風にでも乗るよう、すぃ、と中空に手を伸ばした。
 そして、誰にとも無く――否、『風』に向け、語り掛ける。
「…さて、この周囲をよく知る皆さん…ここで起きた事、何があったか…僕に教えて下さいね。
 どうぞ宜しくお願いします」


■■■


「………………どうもはっきりしませんね?」
 曰く、蓮が色々動いていると言うのは『風』たちにもわかるのだが、具体的に何をしていたか、まではいまいち掴み切れない。
 菓子折りを持ってうろうろしている時が計六回だか七回(その菓子折りがすべて人参果だとすると二回分程多いのは気のせいか)何も持たずに外出している事が数度。どうも人参果――と言う意味で気になる類の来訪者は来ていない様子。単純に胡散臭い骨董商のような人物が数名来ていたりもするが…特に何かを持ち込んでいる様子では無く単なる客人のようだ。
「…何処か…本拠地でも決めてじっくり腰据えて動いた方が良いかも知れませんね?」
 アトラスか何処かで会議室か何か借りれませんかね…?
 俄かに考え込む汀。
 そんな科白を聞きつつ、腕組みして考え込む涼。
「やはり足で稼ぐしかないのか…うん。それでもやるしかあるまい。レンさんが立ち寄りそうな関連各所をひととおり見て回ってみよう。…あんな面白い物をバラ撒…」
 と、やたら真面目に涼がそこまで漏らした時点で、お姉さんたちの青くて冷たい視線が約二名分。
「………………もとい、危ない人参果をバラ撒いた理由を聞かない訳には行かないしな…。このアンティークショップにも、今はその姿が見えなくともそのうち戻って来る可能性も充分考えられる…まぁ、それが手紙に書いてある『一日待て』の後なのかもしれないが」
 内心慌てつつも表面上は大真面目な顔で続ける涼。
 それで冷たい視線は取り敢えず外された。

「…じゃあ、取り敢えずは漁火さんの提案通り本拠地ひとつ作りましょう、か」
 最後、溜息混じりにシュラインが提案する。



■皆が臭いと思う場所■


 そしてひとまず、草間興信所を本拠地にしよう――と決まったところで樹が向かったのは自宅&店方面…と言うより、月刊アトラス編集部。
「碧摩蓮? 見てないけど」
 あっさりと答えたのは編集長、碇麗香。
「そうですか」
 あまり残念そうでも無く、樹はあっさり頷く。
「…三下、どうかしら?」
「碧摩さん…見てません…て言うか碧摩さんと言えば…やっぱり僕も時々頭から花が咲くんですよおおぉぉぉ!!! 久遠さん、見付けたらこの件も聞いてやって下さいよおおぉぉぉ!!!」
 話が振られるなり、号泣。
 …そう言えばアトラス編集部での時に生で食った――頭に花が咲いていたひとりは三下その人…。
 今は咲いてはいないようだが。
「そうですか…見てませんか…。じゃ、ひとまず今日は失礼します。またいずれ☆」
 にっこり。
 爽やかな笑顔を残し樹は詳しい事は何ひとつ言わぬままその場を去る。
 …後には号泣しっぱなしの三下と樹の背を胡散臭げに見送るアトラスの面子が残された。

 次はあやかし荘。
 毎度御馴染みTVショッピングを見つつ、ずず、と茶を啜りくつろいでいたのは嬉璃。
 そこに縁側から樹が現れた。
 嬉璃は面倒臭そうに、ちら、とその顔を見上げる。が、勿体無いとばかりにすぐTVに視線を戻した。
 けれど律儀に声は掛けてくる。
「…何用ぢゃ樹」
「碧摩さん見掛けませんでしたか、嬉璃くん?」
「碧摩? いや? 蓮なら見てないが」
「そうですか…」
 嬉璃の答えに樹は、ふむ、と考え込む。
 管理人室に陣取っている嬉璃のその言葉を信じるとなると、取り敢えずあやかし荘には碧摩蓮は居なさそうだ。
 そもそも、今嬉璃が見ていたこの番組…結構放送時間が長かったと記憶にある。つまり少なくとも嬉璃は結構長い間この場から離れていないと思われる。
 まぁ、話すのを面倒がって見掛けていながら居ないと言っている可能性も否定できないが。
「…折角の良いところを邪魔するでない。とっとと帰れ」
「用が済んだら帰りますよ。…嬉璃くん、本当に見てませんね?」
「しつこいぞ樹。何度言わせれば気が済む」
「面倒がって見なかった事にしている訳ではないですね?」
「…喧嘩を売っとるワケか?」
「いえいえ。折角のお楽しみの最中なので適当にあしらわれてる可能性もあるかなー、と思いまして」
「本当に見ちゃおらんわい」
「そうですか。では、今度こそそれを信じる事にして――ひとまず今日は失礼します」
「…次は負けんぞ」
 将棋。
「期待してますよ☆」
 にっこり。
 …そんな応対をしつつ、樹はあやかし荘を後にした。

 そして道端で、樹は手早く簡単な印を組む。
 と、何処からとも無く、ひらひらと複数の蝶が現れた。
「…お手伝い、お願いしますよ」
 樹はその蝶――自身が呼び出した偵察用の『式』へと告げる。
 と、その『式』は二手に分かれ、姿を消した。
 樹が頼んだお手伝いの内訳は、確認程度にしか顔を出さなかったアトラス編集部とあやかし荘の…細かいところを捜して下さい、の二件。
 …さて。
 放った『式』の姿が見えなくなってから、樹は再び歩き出した。

 そして再びアンティークショップ・レン。
 またも店の前で佇んでいる汀の姿があった。
 そんな姿を見つけ、背の高い青年が声を掛けて来る。
「…漁火さん、様子、どうですか?」
「ああ、御影くんではないですか」
「俺たちと別れてから…何か変わった事は?」
「いえ、『風』たちに頼むだけでは無く少々直に聞き込んでもみたんですがねえ…今日見掛けた、って人はどうも居ませんねえ…」
「そうですか。違うのか…それともまだ戻って来て居ないと言う事か。俺も実はここだろうと思いはしたんですよ」
「御影くんもそうでしたか…。ですが、ひとまず灯台下暗しは無さそうですかねえ…?」
 うーん、と汀は考え込む。
 涼も腕組みして店の前で考え込んでいた。
 と。
「…では、もう少しこの場所を…建物の中も含めて、徹底的に洗っては見ませんか?」
 白衣をたなびかせ、もうひとり分、声が飛んで来る。
 樹。
「鍵が掛かっているからと言って、こんなところで遠慮していては碧摩くんの思う壺ですよ。…そうですね、私が『式』で建物の中も探ってみましょうか?」



■静かに笑う謎の貴婦人■


 暫し後。
 他の場所を捜していた面子も高峰心霊学研究所に到着していた。
「あー、本当にレンだー!! ねえねえ、ひょっとして別の人参果とか、もっとあるー? あるなら今度はレンに作ってもらいたーい!!!」
 みあおはお持ち帰り用らしいタッパーから何か箸で抓みつつもぐもぐと食べている。
 ――神聖都学園で遭遇し、結局誰かに作らせたと思しき人参果料理のようだ。
 唐突に、あ、と気付きみあおは蓋を開けたタッパーを皆の前に差し出す。
「ごめんねー、ひとりで食べてて☆ みんなも食べるー?」
「…遠慮するわ」
 げっそりとシュライン。
「あ、貰って良い?」
 これ幸いとばかりに涼。
「…私は…どうしましょうか?」
 苦笑しつつ、セレスティ。
「うーん…僕も…迷いますね…」
 首を傾げ、汀。
「いーよ涼。あげるー、ちょっとだけお裾分けー。ってセレスに汀、迷ってるとその間にみあおが食べちゃうよー?」
 と、言いながらも言葉通りにもぐもぐ。
 曰く、神聖都学園高等部の家庭科室にて件の料理を食べている最中に碧摩蓮発見、確保の報が入り、慌てて御土産用よりも余分に持って来ていた(…)空のタッパーに詰めて持ってきたとの話。
 みあおとしては食べられればそれで満足らしいのだが、蓮がこれをバラ撒いていた事情の方も御土産話用に知りたいとの事。なので、来た。抜け目無く神聖都での人参果料理の方も確保しつつ。
「素材が生きてて美味しいよー☆ ところで…ねえねえ、レンさ、最高に料理してくれる人材捜してたとかじゃない訳なのー?」
「…あー、本当に食べてたんだ銀髪のお嬢ちゃん」
「それはどう言う意味かしら」
「どうしても嫌だったら棄ててもらっても構わなかったから☆」
「…それが何処でどう間違ったら絶対食え、と変な命令を出す事になるのかしら?」
「だって建前があったんだよ。この実を手放すまであの鬼の爺さんに見張られてるようなもんだったからさー。唯一逃れられたのってここだけなんだよね実は」
 停止。
 今何と言った。
 その場に居る一部――シュライン・エマ、草間武彦、綾和泉汐耶、真咲御言――が瞬間的に凍り付いた後、蓮を見る。
「…『鬼の爺さん』って」
「…まさかとは思いますが、ひょっとして油烟墨の事ですか」
 ぼそりと具体名を口に出したのは御言。
「あら知ってンのかい? だったらアタシの気持ちも少しくらいはわかっちゃ貰えないかねぇ」
 意外そうな顔で呟き、苦笑する蓮。
 要領を得ない知らない面子は、訳知り風の四人を見遣る。
「誰ですか?」
「…油烟墨ってのはあの鬼の名を持つ仙人の中でも各段に迷惑な奴だ」
「あまり人界に来てらっしゃらない方ですか?」
 聞き覚えがないんですけれど。
 小首を傾げ汀が問う。
「…以前俺が、ちょっとした不興をかった…らしい、時が一度あってな…果てしなく妙な嫌がらせをされた事がある…いや、一日中『野馬台詩』が頭の中で唱えられっぱなしだったんだがな…」
「…なんですかそれ」
「よくわからん」
 苦々しそうに武彦が頭を振る。
「…とにかくその名が出た時点で物凄く嫌な予感がする程、良い思い出はないと言う事だ」
「アタシも似たようなモンなのよ。ある日突然店にあの小っさい爺さんが現れたかと思ったらいきなり菓子折り箱に詰めた人参果持って来て全部食えって迫って来るし。で、そんなの無茶だよって言ったらだったら知り合いのところでも何処にでも持って行って食わせて全部始末して来い、って殆ど脅しだよ。無視したら店の品に付いている因縁をすべて厄介な方向に捻じ曲げてやる、とか淡々と言い聞かせられるし。こいつは実際やる、ってわかっちまったからもう訳がわからないながらも怖くてね。元々ロクな因縁持ってない品物に妙な形で手を出されるのははっきり言って怖いだけじゃなく困るし。だから取り敢えずやらざるを得なくってさぁ」
 アンタたちみたいな…この手の騒ぎにゃ慣れてる面子に頼ったワケさ。
 何とかしてくれるっかなぁって思ってね。
 …そうでもなかったらこんなワケのわからないモン他人様に任せるなんて危なっかしい真似出来ないよ。
 零ちゃんに言っちゃったのはちょっとした言葉のあや、さ。
 と、蓮のその科白の直後、唐突にシュラインからぴーぴーぴーと聞き慣れない電子音が。
「?」
 疑問に思いつつシュラインは音の源を探す。と、どうやら件の宝貝電話。
 着信しているらしい。
 そしてこちらの電話で繋がる相手は取り敢えずひとりだけ――丁香紫。
 ぴ。
「――…もしもし。はい。………………………………そうですか。はい。どうやらその通りみたいです。蓮さん曰くその御老人から、食えもしくはバラ撒けと恐喝もどきの態度で人参果を渡されていたと言う話で。…そうですか。でしたらその横流しルートはばっさり断てますね? …烏角先生が怒髪天突いてるからそこのところは問題なさげ? だったら構わないんですが…今後は管理は確りしてやって下さいと人界一同を代表して伝言をお願いします。はい。ああ、そうですか、だったら安心です。では」
 ぴ。
「うわ、それひょっとして仙界直通可?」
 思わず声を上げる蓮。
「…らしいけど」
 あげないわよ。って言うか丁香紫さんに返さないとだし。
 即座に返すシュラインの科白に、ちぇ、残念、と苦笑する蓮。
 ちっとも悪びれていない。
「御多分の予想通り今の相手は丁香紫さんね。で、向こうでも調べたらちょうど油烟墨の名前が出て来たみたい。あ、ちなみに烏角先生って左慈の事だから。道号…つまり別名のひとつ。人参果の人界への流出の犯人が判明したからそこ完全にシャットアウトするって決めたそうよ。それから人界で洒落にならない効果が出てそうな奴は責任持って治すから連れて来い、とも言ってるらしいわ。今回の人参果の亜種の流出は結局自分の監督不行き届きだから、って事で。
 …となると、今ここにあるそれで人界に来ている人参果の亜種は打ち止め…って考えても良いのかしらね?」
 無造作に主の机の上に置いてあった、開いた包み――それはそろそろ見慣れた件のお騒がせ菓子折り――を指し示し、シュライン。
 と、汐耶がげっそりとした顔を見せた。
 みあおにセレスティと涼は興味深そうに中身を覗き込んでいる。
 上半身はちんくしゃで、下半身…と言うか足の生えているべきところがあろう事か魚の形をしている。
「…ところでこの人参果の亜種、何処ぞの寺だか何処かで保存されている人魚のミイラを彷彿とさせる形と思うのは気のせいですか…?」
 やがて口を開いたのは汐耶。
「人魚…ですか」
 少々複雑そうな顔をするセレスティ。
「つまり日本の人魚、と? そう言う事ですか?」
「ってもみあおのお姉さんとも全然違うよー?」
 む? と首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべるみあお。…それでもやっぱり写真はぱしゃぱしゃ撮ってはいるが。
 そこに宥めるよう御言が口を挟んだ。
「…いわゆるマーメイドでイメージされる人魚とは別ですよ。で、その汐耶さんが仰った保存されている物の方は、猿と魚を組み合わせた偽物とも言われたりもしますが…確かに赤ん坊らしい見た目とも…言えば言えますね…取り敢えず、八百比丘尼とか…聞き覚えありますか?」
「…今度はそっちに行きます?」
 苦笑する汐耶。
「…何ですかそれは?」
 再び聞き覚えの無い話を振られ、興味深そうに問い返すセレスティ。
「人魚の肉を食べて不老不死になったと言う尼僧の話です」
「不老不死ですか?」
「そんな伝説がありまして」
「…それは本来の人参果とも効能が近いのかもしれませんね?」
 簡単ながらも問いの答えを聞いたセレスティは、ふむ、と頷く。
 と、黙って成り行きを聞いていた樹が一歩前に出た。
「また随分と興味深い形ですね…。宜しければその…最後のものは私に頂けませんかね? 良い薬の材料にもなりそうですし☆」
 爽やかな笑顔のまま、ふと提案する樹。
「やだー、みあおが食べるー!!! なんだか既に赤ん坊でも無い気がするけどまぁ良いや、だって結局元のところはバラ撒かれてた人参果と同じ物なんでしょー? 美味しく料理してよー、レンー!!!」
 樹に待ったを掛ける駄々っ子のように元気なみあお。
「…あの、蓮様、ラクスは…いえ、ラクスはその人参果の亜種らしいそれを食べる気はまったく無いのですが、宜しければ東洋魔術を学んでみたいとも思っておりまして…何処か適した場所は御存知ありませんでしょうか? 仙界は無理にしても、蓮様は…色々適した場所を御存知のように思えるのですが…」
 左慈様のお使いになられると言う道教錬金術――煉丹術と言うその話も興味深いですし。何とか伝手を付ける事は…。
「そうですね…私は…欲しい初版本があるんですけど、無料で探して頂こうかしら? 迷惑料として」
 考え込みつつ、ついでのように汐耶。
「あああああッ、ちょっと待っとくれよ皆ッ」
 一度に言われても困るって。
「…待てって…そう言えばそろそろ一日経つかと思われますがそこのところはどうなんでしょうかね?」
 ふと指摘する涼。
 ――確か置き手紙には一日待てと。
「それは単なる言葉のあやだって…」
「…ちょっと言葉のあやが多過ぎないかしら? 蓮さん?」
 更に冷たく指摘するシュライン。
「あー、わかったよ。零ちゃんの件に関してはごめんって。ホントに。不覚ながらも零ちゃんが元・霊鬼兵だって事まで考えてる余裕が無いくらいパニクっちゃってた、ってところもあってね…。強いて言うなら一日待ての理由はそれくらいでコレ全部手放して店に戻れるかなって適当ながらも時間計ってただけのハナシなの。今回同時に二種類持って来られちゃったからさ…。取り敢えず神聖都とここ…高峰さんトコに持ってきたワケなのよ」
 神聖都は広いから離れた学部にでも両方置いてくれば良いかなとも思ったんだけど、高峰さんにも世話になってるからね。興味あるかなと思ってさ…。
「でもソレを読まれたのかねぇ。随分あっさりバレちゃった、か…」
 言いながら、ちら、と一同を見遣る。
 冷ややかな視線と期待に満ちた視線と興味津々と言った視線がそれぞれ返された。
 蓮は心底困ったように顔を手で覆って溜息を吐いている。
「あー、どうしよ…」
「…いい気味よ。まったくもう」
「一応、碧摩さんも被害者だったって事ではあるのですかね?」
「それにしたってもっとやりようはあるでしょうよ。知り合いのところにバラ撒くならそれなりに」
 蓮の様子を眺め、誰からとも無く、はぁ、と溜息。
 が、そんな大多数の後ろでひとり楽しそうに…静かに笑っている人物が居る。
「前にも色々とあったらしいけど…今日のこれもまた『記録』になるのかしらね。…ふふ、楽しみにしているわ」
 にっこり。
 ある意味身も蓋もない高峰沙耶の科白。

 ………………結局、それで良いんですか。


【終】



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1415/海原・みあお(うなばら・-)
 女/13歳/小学生

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■1998/漁火・汀(いさりび・なぎさ)
 男/285歳/画家、風使い、武芸者

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■1576/久遠・樹(くおん・いつき)
 男/22歳/薬師

 ■1963/ラクス・コスミオン
 女/240歳/スフィンクス

 ■1831/御影・涼(みかげ・りょう)
 男/19歳/大学生兼探偵助手?

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※以下、公式外のNPC

 ■真咲・御言(しんざき・みこと)
 男/32歳/バー『暁闇』のバーテンダー兼用心棒、昼間は基本的に暇人・元IO2捜査官

 ■鬼・丁香紫(くい・てぃんしぁんつー)
 無/664歳/職人・研究者気質な仙人で油烟墨の兄貴分でもあったり。外見は十代前半。通称・丁。

 ■鬼・油烟墨(くい・ゆーいぇんもー)
 男/606歳/仙人。左慈とは旧知。外見は老人。草間興信所調査依頼『詠唱』で諸悪の根源やってました。

 ■左慈
 男/?歳/仙人。挿し木で根付いた人参樹亜種の持ち主。特に煉丹術師でもある。

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■         ライター通信          ■
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 とにかく遅くなりました…。
 これ、なんだかんだと半年近く引っ張っているので(汗)せめて年内に終わらせようと思ってしまい…ああ十一月逃がしたところで止めておけば良いのに…師走に入って暫くしてから結局募ってしまいました。
 いろいろとお忙しいだろうところに申し訳ありません…。
 しかも結局年内納品に至らず…(滅)
 …あけましておめでとうございます(遠)
 昨年度はお世話になりました。どうぞ今年も宜しくお願い致します。

 改めまして深海残月です。
 …押し迫った時期でありながら御参加下さり有難う御座いました。
 予告が狂ってすみません…。
 どーも自分が信用できないので次からは時期は予告しないで常に不意打ちで動く事にします(おい?)

 と言う訳で各調査機関&あやかし荘+解決編と言う形になっている…と言っている間にあやかし荘やらアンティークショップ・レンにも調査依頼が出来、神聖都学園と言う完全に新しい舞台が増え…と、リニューアルにより状況が多少変わって来た事に伴い、ちょっとばかり前にも増して風呂敷が広がってしまいました(遠)「味見と言うより毒見」シリーズの「解決編」をお届けします。
 とは言え前振り編は以前まで通り、草間興信所・月刊アトラス編集部・ゴーストネットOFF・あやかし荘…の四つ以外に増やしたりはしておりません。今まで通りになっております。
 また、今回、色々分かれて動く事になると思います、と書いておきながら結局普段の依頼系とあまり変わらなかったですね(苦笑)。前振り編のように全面的に共通、ではないと言うだけで、それ以上はいつも通りでした。

 ちなみに何故人参樹亜種の持ち主が左慈だったかと言うと、煉丹術(道教錬金術)の元祖と目されている部分もある人物らしかったからです。
 それだけが理由なら魏伯陽やら葛洪とでも出した方が自然だったかもしれませんが…人参樹本家の鎮元大仙の方も比較的大物なので、分けてもらった方も…一応、礼儀的にその道の元祖らしい方を出すべきかと思い(さすがに神農まで遡る度胸はありませんでしたが…/汗)
 更に、左慈は各所で語られる内容的にも、一歩間違うと悪役系トリックスターっぽい悪戯な辺りが…手前のNPCと絡ませるにも良いかと思い…(結局趣味の話になるようです/笑)
 左慈を選んだのはそれだけの理由でした。

 そして今シリーズでは…東京怪談公式NPC内に於ける二大謎の人物(?)な碧摩蓮と高峰沙耶のイメージをいきなりぶち壊したかのような気もしております(汗)
 取り敢えずその点も謝罪をば。

 どうにも引っ張った価値があったか謎な話になっている気もしますが…いえ、初めっから何とも付き難い謎な話ではありましたが…取り敢えず最後はこんな形になりました(…そもそも解決してるんだろうか←マテ)
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
 それから…最近多くなっている気もしますが…個別のライター通信はまた省略の方向でお願いします…。プレイング内に色々書いて下さる方もいらっしゃるのに毎度マトモな返事してなくてすみません(特にシュライン様とセレスティ様/汗)
 なんぞありましたら、テラコンの方(FLもしくはPC登録済NPCへの交流M)からでもお気軽にばんばん言ってやって下さい。そちらでは必ず返信致しますから…。とは言えそちらでもやたら時期外れになりがちですが…(滅)

 では、また機会がありましたらその時は…。

 深海残月 拝