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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =廻=

■セレスティ・カーニンガム編【オープニング】

 その日鑑賞城に泊まりこんだ警察官は、佐藤と斉藤の2人だった。泊まったと言っても当然、寝たわけではない。佐藤は3階の階段上、斉藤は1階の階段下に、それぞれ張りこんでいた。
 そして――夜が過ぎ、朝が来る。
 何も起こらぬまま、時刻は”2人”の死亡推定時刻へと進入した。即ち、7時をまわったのだ。
 2人は大階段を挟み時折目を合わせ、懸命に眠気を堪えていた。
(このまま何も起きなければいいのに)
 そう思いながら、幾度となく目を擦る。
 そして7時半になろうとしていた時だった。
  ――バタンッ!
 3階の部屋の一室。ドアが突然勢いよく開いたのだ。そして――
「きゃぁぁぁぁああああ」
 大きな悲鳴と共に、女性が部屋から飛び出してくる。それは先に亡くなった鳥栖(とりす)の妻で白鳥(しらとり)の母・石生(いそ)だった。
 石生はそのまま吹き抜けを囲っている手すりに上がると……身を宙に投げ出した!
 その時佐藤は、油断していたのだ。階段から落ちる人たちは皆、階段の始め――いちばん上から落ちるのだと思っていたから。
 石生の部屋は階段の始まりとは逆側にあった。だから石生が階段から落ちるためには、自分の方へ来るしかないのだと思いこんでいたのだ。
 しかし多分、佐藤が石生をとめようと動いていても、間に合わなかっただろう。それくらい石生の行動は俊敏だった。
 階段を転げ落ちてくる石生を見ていた斉藤は、その途中で既に、彼女が生きていないことを悟ったという。
(――生きている、わけがない)
 彼女らは最初から転がっていたわけではなかったのだ。転がる前にまず”ダイブ”していた。数メートルの高さから落下し、なおかつ角に頭(額)を強打していたのだ。
 即死であったわけを、知った――。



■追加情報1【3階の間取り(一部です)】

━┳━━━┳━━━━━━┳━━━━━━┓
 ┃   ┃      ┃      ┃
 ┃鳥栖の┃強久の部屋 ┃白鳥の部屋 ┃
 ┃ 部屋┣━━━━━─┻─━┳━━━┫
 ┃   │ ┏━━━━━┓ ┃   ┃
━┻━━━┛ ┃  ----━┛ ┃ルート┃
 廊下    ┃  階段   │の部屋┃
━┳━━━┓ ┃  ----━┓ ┃   ┃
 ┃   │ ┗━━━━━┛ ┃   ┃
 ┃石生の┣━━━━━─┳─━┻━━━┫
 ┃ 部屋┃絵瑠咲の部屋┃自由都の部屋┃
 ┃   ┃      ┃      ┃
━┻━━━┻━━━━━━┻━━━━━━┛



■追加情報2【『鑑賞城』に関わる人々】

■三清・ルート(さんきょう・るーと)……元当主。享年80歳。投資家。10年前に死亡。
■三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……現当主。56歳。人気書評家。4日前に死亡。
■三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。今朝死体となった。
■三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。SOHOでOL。2日前に死亡。
■三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
■三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。放送大学生。人の心が読める。
■三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。放送大学生。。
■(三清・)奇里(さんきょう・きり)……年齢不詳。全盲のあんま師。ルートの養子。
■影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……60歳。家政夫。もとはルートに仕えていた。
■松浦・洋(まつうら・よう)……26歳。庭師。住み込みアルバイターの女性。
■水守・未散(みずもり・みちる)……56歳。フリーライター。鳥栖の友人。外見は20代。
■東・寅之進(あずま・とらのしん)……83歳。元一級建築士。三清家とは古い付き合い。
■清・城(せい・じょう)……35歳。弁護士。ルートと鳥栖の遺言を預かっていた。清城(きよしろ)と呼ばせる。



■目撃された瞬間【草間興信所:応接コーナー】

(やはり……)
 草間さんから”それ”を目撃した警官の話を聞かされた時、まず思い浮かんだのがその3文字だった。そして次に。
(でも、まさか――)
 警官の目の前でそれが起こるとは、さすがに予想できなかった。
「――どう思う?」
 振った草間さんの問いに、海原・みなもさんが口を開く。
「あたしは何か仕掛けがあるんだと、思います」
「同感ですね」
 私もすぐに続けた。
(でなければ)
 こんなこと、ありえないのだ。
「つまり、自殺ではないと?」
 意外そうな顔をした草間さんを、瀬川・蓮くんが笑った。
「自殺にしては、状況がおかしすぎるもんねぇ。だいいち悲鳴は、落ちる時にあげるものだよ?」
「そう、気になるのはそこよね。証言者の言葉が正しければ、石生さんは悲鳴をあげながら部屋から飛び出してきた。でも自殺をする人がそんなことをするかしら。むしろ蓮くんの言うように、どんなに覚悟をしていても落ちる時にはきっと声をあげるはずよ」
 腕組みをしたシュライン・エマさんがまとめる。
「でも石生さんは無言で落ちた。それなら彼女の状態が、正常でなかったと言えるかもしれないわ。――ただ、目撃した警官にちゃんと証言の確認をとりたいところよね」
 続けた言葉に、私は気づいた。
(どうやら考え方が、少し違うようですね)
 シュラインさんは直接催眠術でも仕掛けられたのではないかと考えているようだった。だが私は、実は違う所から考えている。
「全員仕掛け説に同意、ということか」
 確認するよう問った草間さんの言葉に、私もゆっくりと頷いた。考える方向が違っても、”これは自殺ではない”という根本的な部分は一緒だったからだ。
 自分に集まる真っ直ぐな視線をそれぞれ見返してから、草間さんは大きく息を吐いた。
「……いいだろう。それならば、その仕掛けを早く見つけることだな。もちろん全員が気づいていることだろうが、この事件は隔日で起きている。考えたくはないが、その仕掛けを解かなければまた、起こる可能性があるんだ」
「三清の全員を他の場所に移してしまえばコトは簡単に済むのかもしれないけど、そんなことしたくないものね」
 口にしたシュラインさんの、優しさが窺える。
(警察ですら)
 まだそれをしない。きっと実行した時に起こる地獄絵図を、想像できているからだろう。ある意味それは、今よりもっと残酷かもしれないのだ。
(それだけは、避けたいですね)
「あたし、あのお城についてもう少し調べてみます。どうしても気になるんです」
 言い出したみなもさんに。
「では私もお供しますよ。私も気になるのです。あの”酔狂な”城の意味が」
 私は手を挙げて告げる。
「じゃあ私は内部のことについて調べてみるわ。蓮くん、一緒に来てくれない?」
「ウンっ」
 シュラインさんと蓮くんの行動も決まって、私たちはいよいよ再び、動き出した。
(今度こそ)
 散りばめられた謎の答えを、見つけるために。



■セレスの推理【セレスの屋敷:書斎】

(歴史はくり返すと言いますが……)
 厨房に向かって車椅子を操作しながら、私はひとり苦笑していた。
 同じ事件が起こり、同じように屋敷へと戻ってきた私。そして飲み物を持って私が書斎へと戻った時の、みなもさんの様子も同じだった。
(昔を待たずして、くり返しますか)
 世界はずいぶんとせっかちになってしまったようだ。
「――また考えこんでいるようですね」
 私もせっかちに、思い出す。
「もしかして、”も屋”のことですか?」
 あの時みなもさんが考えていたのは、そのことだったはずだ。しかしみなもさんは首を振ると。
「いえ――でも、気になりますよねそれも」
 実際は違うことを考えていたようだけれど、私に言われたことで思考がそちらへと移っていったようだった。私は何だか嬉しくなって。
「実は私、少し考えてみたのですよ。”も屋”について」
 そう微笑むと、机についてパソコンの電源を入れた。
「これを見て下さい」
 マウスを操作して、3D化された画像――ノイシュヴァンシュタイン城を表示させる。
「これは……!」
 案の定驚いてくれる反応がさらに嬉しい。
(しかしまだ、もう一段階)
 その画像をクリックすると、側壁の一部が取り除かれ、今度は城の中が見えた。それは――あまりにもつりあわない、現実。
(そう)
 鑑賞城だ。
「3D化したノイシュヴァンシュタインの中に、これまで私たちが踏み入れた部屋の間取りを描いてみたのです」
 私が説明をすると、みなもさんは感心したような声をあげてから。
「このBBというのは?」
 所々に存在する黒い四角を指して訊ねてきた。私は苦笑して。
「何があるのかわからない場所――それをブラックボックスと表現しておいたのですよ」
「あ、なるほど。じゃあこの部分をチェックしていけば、他に隠し部屋があったらわかるかな?」
 みなもさんがそれを口にしたのは、きっと”も屋”が隠し部屋みたいなものではないかと考えたからだろう。
 私はそれを悟ると。
「そう、そういう考え方もありますよね。ですが私は、”も屋”は建物を横から見たものではないかと思ったのです」
 私はここまで温めていた推理の披露を始めた。
(鑑賞城は3階建て)
 急な大階段。
 途中手すりが途切れ、もちろん2階が存在する――が、まだ行ったことはない。確か使用人たち3人の部屋があるという話だったと思うけれど。
(私はまだ)
 鑑賞城全体の設計図を見てはいないのだ。だからこそ、こんな推理が生まれたのだともいえる。
「どういう、意味ですか?」
 建物を横から見る。
 普通そんなふうに言われたら、もちろん外から見たものを想像するだろう。みなもさんもやはりそうだったようで、不思議そうに首を傾げた。だからこそ私は、きっぱりと告げる。
「外見ではありません。私が言っているのは、中身だけの話です。外壁と内壁の間に、何らかの空間が存在する可能性」
「!」
「ノイシュヴァンシュタインの横顔が”も”でない限り、内側だけがそうであれば隙間は生じるはずです」
 そしてそこから導き出される答えは、誰をもの予想を遥かに超えていることだろう。
「……だから?」
 その答えにたどり着けず、訊ねたみなもさんをその高みへと案内する。
「私はね、ルート氏の遺言も何だか建物の構造に関係しているように思えて仕方がないのですよ。何もなければあんな城など建てはしないでしょう」
(あんな”酔狂な”城など)
 そしてそれは、1つの情報へと繋がっていた。
『ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ』
 数日前に聞いた、奇里さんの言葉。
「もしあの城に本当に隙間があるのなら、その意味は? ――ルート氏は、本当に死んでいるのでしょうか」
「?!」
 私の言わんとしていることに、気づいたみなもさんは息を吸った。
(行われない葬儀)
 それなら遺体は? 遺骨は?
 どこかに残っているのだろうか。お墓は?
 すべて確認できるとは思えない。
(そして見知らぬ、空間)
 呟くみなもさんの声は、乾いていた。
「生きて、見守っている……?」
「誰が生き残るか」
「そんな、まさか――」
「これはゲームかもしれませんよ。生き残った人物にすべてを託す」
「でもそんなことっ、ルートヴィヒ2世はしませんでした!」
 私の言葉を強く否定する。
(そういえば……)
 みなもさんはルートヴィヒ2世の本を、読んでいたのでしたね。
 だからこれほどまで、「違う」と言えるのかもしれない。
(0と1)
 隣り合う数でも、理解の程度は天と地ほど違う。
「――もっとも、私のこの推理も、東さんに確認してみればすぐわかることです。実は今、こちらへ向かってもらっているところなのですよ」
 私は苦笑しながら、この屋敷へとやってきた理由を説明した。東さん――東・寅之進は、鑑賞城の最終的な設計を担当した一級建築士だった。



■みなもの推理【セレスの屋敷:応接間】

 私の推理を聞き終えた東さんは、豪快に――笑った。
「わっはっは。よく考えたのぅ……じゃが残念。あの建物にそんな空間はないわい。隠された部屋はあのルートの部屋だけじゃ」
 「間違いない」と言わんばかりに、強く告げた。
 その言葉を確かめるために、私たちは再び鑑賞城の設計図を見てみる。前は会話の流れから3階にばかり注目して他の階をよく見ていなかったけれど、今回はすべての階と、そして外壁と内壁との位置関係までチェックした。
(その結果は)
 疑いようが、ない。
「――どうやら、そのようですね」
 思わず落胆の色を見せた私を、励ますように東さんは告げた。
「しっかし、ルートが生きとるかもしれんという推理はなかなか面白いと思うがの。ありえん話ではない」
「!」
「え?!」
「ルートは誰からも好かれる人柄をしていたが、時折常軌を逸した部分は確かにあった。こんな城を建ててしまうという部分も、見る人から見ればそう映るだろうしの。聞けばルートヴィヒ2世にもそういう部分があったというじゃないか。ルートがどこまでその王様を模倣しているのか――それは本人にしかわからないことじゃろうて」
(誰からも愛されたというルート氏)
 それでも時折”奇行”と見なされる行動をしていたという。
 みなもさんと目を合わせた。
(ルート氏が亡くなったように見せかける”奇行”)
 それが行われる可能性は、一体どれくらいあるのだろう。
「して? お嬢さんの方は、一体どんなふうに考えているのじゃ?」
 不意に東さんは、みなもさんに意見を求めた。そういえば私も、彼女の詳しい推理を聞いていない。何やら建物そのものを疑っているということは、発言の端々から伝わってきてはいたけれど。
「あたし? あたしは――」
 少しの間は、考えをまとめている証拠だろう。
「多分、視覚と聴覚を使って、何かを仕掛けていると思うんです」
「ほほう。それが事故を起こさせている、と?」
 興味深げにあごをさする東さんに、みなもさんは頷いた。そして続ける。
「それにきっと、それだけじゃない。人の心の方にも、長い年月をかけて仕掛けが施されていると考えていいと思います。それこそ――10年以上」
「みなもさん……」
 私は思わず名を呼んだ。
(なんて気の遠くなるような作業だろう)
 それは。
 少しずつ少しずつ、身体を蝕んでゆく毒のように。誰にも気づかせない。死した痕跡さえ、残さない。
(永く生きている私だからこそ)
 知っている時間の流れ、その速さ。
 楽しい時は瞬く間に過ぎ去り、面倒な事象ばかりが残る――
「なかなか面白い推理じゃのう」
「ありえますか?!」
 東さんがいい反応を見せると、みなもさんは身を乗り出して訊ねた。するとその迫力に、東さんは笑う。
「建物が人を殺すことは、あるのじゃよ。もちろん仕向けるのは人間じゃがの。ただ事故の引き金となる事象が、今さらあらわれているというのならやはりおかしいじゃろう」
「え……」
「実は昨日、わしもあの城へ行ってみたのじゃよ。そうしたらのぅ、10年前にわしが手を加えた時から、何一つ変わっていなかったのじゃ」
「!」
 その言葉に、私は気づいた。
「つまり建物に原因があるのなら、もっと早く事故が起こっていなければおかしいと?」
「そう。建てた時点で問題があったのならばその時に、10年前の改築に問題があるのならその時に、ということじゃの」
「もしも限定された場所と時間に、単に居合わせた人がいなかっただけだったら?」
 食い下がろうと言葉を繋ぐみなもさんに、東さんはゆっくりと首を振った。
「ならば今度は、隔日でうまく人が亡くなってゆくことが不自然になってしまう」
「あ、そっか……」
 それからは3人で、あれこれとさらに推理を持ち出してみたのだけれど……結局は「これだ」と確信の持てるほどの答えは見つからず、ほんの少しの可能性だけが増えていった。



■再推理?【セレスの屋敷:書斎】

 翌朝いちばんで、私はルート氏と鳥栖氏の遺言を預かっているという清城弁護士に連絡を取ってみた。ちなみに連絡先は一度会っている羽柴・戒那さんから聞いておいたのだ。
(一晩考えた、結論)
 ルート氏がもしも生きていたならば、犯人は彼以外にありえないだろう。そうでなければこうまでして生きる意味がないのだから。
(では逆に、死んでいたら?)
 必ずどこかに遺骨があるはずだ。その遺骨を見れば、この冗談みたいな推理も完全に消え失せるだろう。
 それが本物ならば。
『――ルートさんの遺骨ですか?』
「ええ。お墓などあるのでしょうか?」
 2日前に戒那さんたちが訪ねているだけあって、私も共に調べているのだと言うと話を聞いてくれた。
 ――が、言葉はどこか鈍い。
『お墓はありません。生前ルートさんは、”自分はどちらにも入れない”ともらしておりましたから』
「では遺骨は……? まさか本当は、存在しないのでは」
『あります!』
 探ろうとする私の発言に、清城弁護士は焦ったように答えた。
『あるには、あるのですが……』
(気になる反応ですね)
「私には教えられないと?」
『いえ、持っているのは僕です。でもあなたに限らず、誰にも見せることができないのです』
 その意味を理解するのに、数秒かかった。
「もしや……それも遺言ですか?」
『その通りです。三清の皆さんに向けてはあのワンフレーズだけでしたが、僕にはしっかりと残していったんですよ。ですから、すみませんがお見せすることはできません』
 確かにそれならば、私とて無理に見るわけにはいかない。
 ぎゅっと、電話を握り直した。
「ではこれだけ教えて下さい。その遺骨は、本当にルート氏のものなのですか?」
 自然と声が緊張する。そんな私を不審に思っているのか、清城弁護士の声は怪訝だった。
『……さっきから気になっているのですが、どうして遺骨が偽物だなんて思うんですか? あの遺骨は間違いなく本物です。本物の骨ですし、あれがルートさんのものであることはあらゆる角度から確認済みです。そうでなければ僕がお預かりする義務がありませんから、念入りに調べさせたんですよ』

     ★

 清城弁護士が託されていたもの。それは遺言そのものだけではなかった。
(清城弁護士に宛てたものさえ)
 あったなんて……。
 しかもどうやら、彼の所有するルート氏の遺骨は本物らしい。
 だとしたらルート氏は、一体どんな意図でそれを清城弁護士に託したのだろうか?
(ルート氏の遺言は、謎だらけですね)

   Hortが欲しければ Nibelungenを倒せ

 その意味も、まだ知れていない。
(――! そういえば……)
 このフレーズについて何か知っていそうだった奇里さんのことを思い出した。
(もう一度、訊いてみましょうか)



■隠していたものは【鑑賞城:応接間】

 その部屋には、私にみなもさん、シュラインさん、戒那さん、水守・未散さんと、そして奇里さんがいた。
「――あの遺言のことについて、ですか?」
 初めに口を開いたのは、意外にも奇里さん本人。
「そこまで知りたいのでしたら、答えましょう。これ以上三清がルート様の遺産目当てで殺し合っているなどと思われることは、心外ですから」
 その強い口調は、昨日までの奇里さんとどこか違うようにも見える。
 皆、奇里さんの告白を聞き逃すまいと、呼吸の音さえ潜めていた。
「”Hort”とは、遺産ではなくこの城そのもののこと。”Nibelungen”とは、それを守ろうとする三清のことなのです」
(?!)
「どういうことだ?」
 戒那さんの問いかけに、奇里さんは視線を移して答える。
「言葉どおりの意味ですよ。つまりこれは、三清に向けての言葉ではないのです。三清以外の人々に向けて、この城が欲しければ三清を倒せと言っているのです」
「待って……ワケがわからないわ。どうしてそんなことを言うの? 自分が好きで建てたお城を、欲しいなら子供たちを倒せなんて」
 シュラインさんの言葉に、奇里さんは大きく頷いた。
「そう。ですからこの言葉は、ルート様の本意ではありません」
「え?」
(また廻る)
 解釈はめぐる。
「これは戒めなのですよ。いつかこの城を奪おうとする者が現れるかもしれない。何しろ外見だけでも価値は高いですから」
「いつでもその時のことを考えて、注意しておけってことですか?」
「その通りです」
 みなもさんの問いに、奇里さんは穏やかな表情で答える。
 しかし。
(なんだか釈然としませんね……)
「そんなことなら、どうしてその意味について訊かれた時、隠したのですか?」
「それは……っ」
「大方私たちをかばったのだろうさ」
「!」
 言いながら応接間に入ってきたのは、影山・中世さんだった。その後ろから、松浦・洋さんがついてくる。
「奇里ちゃん……」
 心配そうな顔をした松浦さんが呟いた。
(そういう、ことですか)
 私はやっとわかった。
”城が欲しいなら三清を倒せ”
 それが三清にだけ伝えられた遺言。
 つまりこのフレーズが警告している人物とは、この城内においては影山さんと松浦さんの2人しかいないのだ。
「つまりルート氏は、影山くんを信頼していなかったということか?」
 ぎょっとするようなことをあっさりと言ってのけたのは戒那さん。松浦さんを抜いたのは、彼女が途中から採用されているからだろう。影山さんはずっとルート氏に仕えていたというのだから、戒那さんがそう言いたくなる気持ちもわかる。
「それは違うだろうな」
 否定したのは本人だ。
「ルート様は思いもよらなかったのさ。まさかこの城がこんなふうに閉鎖的になってしまうことなど」
「あ……! そうですよね。ルートさんの時代のままこのお城が賑わっていたら、三清以外がたったお2人になんて限定されませんよね」
 みなもさんの納得に、影山さんは頷いて。
「それが正解だろう」



■暴かれる時【鑑賞城:大階段】

 別れてひとり絵瑠咲さんと会っていた蓮くんが、3階のルート氏の部屋の前に立っていた。――そう、階段をのぼりきった場所に。
「蓮くん! 絵瑠咲さんどうだった?」
 名を呼び近づこうとするシュラインさんに。
「来ないで!」
 鋭い声が飛ぶ。
「蓮、くん……?」
(どうしたんでしょう?)
 何やら様子が変だ。
 まだ1階にいる私たちは、遠く高い場所にいる蓮くんを見上げていた。
 ゆっくりと、口が動く。
「ボクは嘘つきも見栄っ張りもキライだよ? 隠しているのは誰?」
 その言葉に、何故かピクリと反応したのは未散さんだ。
 蓮くんは続ける。
「絵瑠咲サンはすべてを話してくれたよ。だからもう、事故は起こらない。それでもまだ、隠し続けるの?」
 最初に誰と問っておきながらも、蓮くんのその言葉はただひとりに向けられているように思えた。
「心が痛いって叫んでるよ? 隠し続けたら、傷は広がる一方だもの」
 ガクンと、膝が落ちた。未散さんを戒那さんが支える。
「あなたもまだ、”子供”なんだね」
 それが蓮くんの最後の言葉だった。



「――そういえば、ルートヴィヒ2世って同性愛者としても有名なんですよね」
 みなもさんが呟く。ここに未散さんと戒那さんの姿はない。
「だからルート氏は未散さんを……?」
 鳥栖氏の友人として遊びに来ていた未散さんに、性的虐待をしたというのだろうか。精神が安定していないように見えた未散さんの弱さは……
「まさか! ルート様にそんな気(け)はなかったはずだっ」
 ありえないと叫ぶ影山さんの声は、階段に空しくこだまするだけ。
(常軌を逸している)
 憧れるがゆえに、どこまでも模倣する人。
 その恐ろしさを、改めて思い知った。

     ★

(絵瑠咲さん――)
 人の心を読むことができる人。
 だからこそ彼女は未散さんの秘密を暴き。
 だからこそ彼女はきっと、この事件のすべてを知っていた。
 その絵瑠咲さんからすべてを聞いているはずの蓮くんは。
「もう事故は起こらない」
 そう告げた蓮くんは。
 いつの間にか、帰ってしまっていたのだった――。

■終【狂いし王の遺言 =廻=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1252|海原・みなも
◆◆|女性|13|中学生
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性|725 |財閥総帥・占い師・水霊使い
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授
1790|瀬川・蓮
◆◆|男性|13|ストリートキッド(デビルサモナー)
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =廻=≫へのご参加ありがとうございました。そして納品が大変遅れてしまって申し訳ありません(>_<)。
 おかげさまでとうとうラスト1回までこぎつけることができました。本当にありがとうございます^^ 自分も想像つかないような方向へ転がっていって、かなり楽しく書かせて頂いております。最後も気合入れて書きたいと思いますので、よろしくお願い致します_(_^_)_。
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝