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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


銀世界の脅威

師走を過ぎた東京に白い雪が舞っていた。それは冬の風物詩、道行く人々が空を仰いではその一片をかざした手に受ける光景が見かけられた。寒さも、雪が降るとなんとなく許せるものだった。
しかし許せない雪もこの東京には存在する。草間興信所近辺に積もった雪が、もう一週間以上溶けないのだ。それどころか徐々に深くなっている気がする。
「おかしい」
興信所の主がそう思うや否や早急に調査が始められ、そして迅速に原因が突き止められた。どうやら興信所の近くにあるこの大都会には珍しい空き地、その地下へいくらか潜ったところに冷気を放出する水晶が出現していたらしい。その水晶が水道管を突き破り、雪を発生させていたのだ。
「このまま水道管が凍ったら、うちの水が出なくなるぞ」
調査結果を聞いた草間武彦は唸った。直ちに次の調査依頼を発注しなければならない。なんとかして水晶を排除しなければ。

海原みなもは最初、学校指定のコートを着てくるつもりだった。しかし家を出るときになってそのコートがクローゼットからなくなっていることに気づいた。家族の誰かが着て行ったに違いない。残っていた防寒具は、コートを持ち出した家族をうらめしく思うが、猫の耳がついた全身を覆う着ぐるみだけだった。ためらいつつ結局着てしまったのは、これが意外に暖かいからだった。
「それじゃ、行きましょうか」
シュライン・エマが集まった四人の顔を見回す。学校が大雪で休校になったからと顔を揃えた中学生二人組、みなもと伍宮春華は顔を上げる。冬休み前に提出しなければならない課題について話していたのだった。外の大雪に関係なく、実に現実的な話題だった。
「草間さんの事務所って常に存亡の危機ですよね」
みなもが着ている防寒具のフードを、正確には着ぐるみの耳をいじりながら雪ノ下正風は悪意もなく深刻さもない一言を吐く。
唯一、興信所の近所でフルーツパーラーを経営している氷女杜冬華の
「水道管が凍ってしまうと、うちのお店も水が出なくなるんですよ」
という言葉がシュラインの慰めである。
大雪の発生源である空き地周辺は、草間興信所の倍近く雪が積もっていた。そして空き地自体にははっきりとわかる、雪山ができていた。
「こんなに雪を見たのは初めてだ」
雪に足を取られるのを嫌がって、黒い翼で宙に浮かんでいる春華が驚きの声を上げる。くるぶし辺りまで雪に埋まっているみなもと冬華は
「便利ですね」
「そうね」
と羨ましがっている。二人とも、気性のおっとりしているところがよく似ていた。
「水道局の地図だとあの辺に水道管が埋まっているはずなんだけど……」
「ああ、俺に任せてください」
シュラインが指し示す方向に向かって正風が黄龍の篭手をかざす。この篭手は、大地の気脈を感じ取れる力がある。
「大地を司る黄龍よ、汝を冷やすものその根源、首を伸ばして指し示せ!」
正風の篭手が眩しく光る。と、思うとその光が収縮し、やがて一点を指し示す。それは水道管の場所とも一致していた。
「……しかし……あそこに近づくってのは、なあ……」
見上げる先にあるものは雪山の頂点。メンバーの中で唯一、雪に足を取られない春華がその近くまで飛んでいき肩に担いでいた刀を試しに突き入れてみる。
「ダメだ。まず雪をなんとかしないと、水晶は出てこねえよ」
「溶かしましょうか」
「大雪の次は大洪水?」
みなもの意見はシュラインに却下される。
「この辺りだけ溶かすってのは、出来ないか?」
「出来ますけど?」
正風のすぐ側にしゃがみこんで、着ぐるみの手で地面に触れるみなも。丸い手形の形にじわりと雪が溶け出す。なにか、謎の生物が残した足型のような穴が出来上がった。
「無茶なことは止めてよね」
念のためにシュラインが釘を刺す。正風はまあ見てろと言いながら顔を出した大地に手の平をあてる。
「黄龍よ、汝を傷つける者、その口を開いて吐き出したまえ!」
地龍咆、という声と同時に大地が揺れ、空き地周辺限定の小規模な地震が発生する。雪山に地震の組み合わせ、シュラインが叫ぶ。
「地震なんて起こしたら、雪崩が起きるでしょう!」
「もう遅いよ!」
さっきより高い場所へ避難していた春華、柔らかい雪山は既に崩れ始めている。
「危ないぞ!」
春華の声が聞こえて反射的に雪崩れのほうを見たみなもは、その白い壁の中にきらりと光るものを見つけた。水晶だった、思わず、雪に足を取られるのも構わず走り出す。雪崩れに飛び込み、手に触れた固いものを、思い切り抱きしめる。
雪崩れの衝撃に一瞬気を失いかけたが、しかしみなもはすぐ目を開いた。水晶の冷たさが、この冷たさは雪よりも強かった、みなもを呼び覚ましたのだった。
「さて、どうしたらいいのかしら」
雪の中で身動きがとれないみなもは一人溜息をつく。そのとき頭の上から春華の声が聞こえる。
「海原は?」
春華の声は意外に近かった。顔の周りだけ雪を溶かして、みなもは声を上げる。
「あたしはここですよ」
雪山の中から飛び出していた着ぐるみの耳を春華に引っ張られ、みなもは掘り出される。両腕にはしっかり、青く巨大な水晶を抱えていた。
「また雪の中に埋まっちゃうところだったので」
頭の上に乗った雪を振り払い、みなもは水晶をシュラインに手渡す。受け取ろうとしたシュライン、しかし水晶の冷たさに思わず手放してしまう。
「冷たくないの?」
「大丈夫ですよ」
みなもは本当に大丈夫じゃない状況に接しない限り、どれだけ危険と隣り合わせでも大丈夫と言うのだった。真赤になった手の平に息を吐きかけるシュライン。雪の上に投げ出された水晶は冬華が拾い上げ、彼女も冷気は平気なのだ、春華が刀の鞘でつついている。
「じゃ、とっとと片付けちまいましょう」
冬華が離すのを待ちきれず、正風は水晶に手の平を伸ばし篭手に気を込める。そして黄金色に光る力を発散させようとしたそのとき、一瞬早く水晶から冷気が放出される。冷たい風を思い切り吸い込んでしまい、正風が咳き込む。
「抵抗してるのか?」
気づけば刀の峰にも霜がついている、春華はコートの袖で拭う。冬華、みなも、シュラインの三人は水晶を覗き込む。水晶は警戒するように、その青い光を強めたり弱めたりしていた。
「息をしてるみたいですね」
みなもが水晶の表面を撫でると、光が柔らかくなったように見えた。
「もしかして、これって」
刀を振りかざす春華と篭手を構えなおす正風を留め、シュラインは唇を開く。白い息と共に流れ出したのは。
「子守唄」
歌詞は日本語ではなかった。けれど、みなもにはそれが子守唄だとわかった。たとえようもなく、言いようもなく優しい旋律だった。
シュラインは水晶に呼びかけるように歌い続けた。水晶の色は徐々に透き通りだし、そして。
「水晶が」
春華が水晶の一点を指差す。傷一つなかったはずの表面に亀裂が走っていた。指先で触れると亀裂はさらに大きくなり、やがて割れて欠片がぽろぽろこぼれ落ちていく。薄い氷のような欠片は、みなもが手に取ると音もなく空気に溶けていく。
「なんですか?これ」
シュラインが答える。
「卵よ」
水晶の中には銀色の髪を長く伸ばした少女が、生まれたてのあどけない瞳で不思議そうに瞬きを繰り返していた。
正風が反射的に雪女だ、という一言を吐く。だがその言葉は冬華にとって禁句で、冬華はにこやかな表情のまま吹雪を起こして正風を大雪に埋めた。
「多分この子は夏に生れてしまったんですね。暑さに負けないように、冬になるまで水晶で包まれていたんです」
どこかの雪山で生まれ水晶に包まれたものの、なにかの手違いで川に流され水道管を下りこの空き地の下まで流されてきたものらしい。
「それじゃあこの子の母親も探さないといけないの?」
「いえ、見つかるかどうか……。それよりも、私の祖母に預かってもらうほうがいいかもしれません」
生れたばかりで水晶に包まれた少女は冬華の指を握りしめたまま、みなもが笑いかけると少しだけ笑う。
「私の祖母は北陸の雪山で暮らしていますから」
「だったら、それが一番ね」
シュラインも賛成する。だが問題は少女をどうやって冬華の祖母の家まで運ぶかだった。
「魚屋さんの冷凍庫で運ぶっていうのは?」
「ばか」
春華がみなもの頭を叩く。
「俺が運んでやるよ。えっと、あんたがさっき使った防護なんとかがあれば、北陸まで大丈夫だろ」
春華の指示に従い冬華は少女に結界を張る。再び透明な水晶に包まれる少女。
「それじゃお願いするわね」
そのままでは冷たくて触れないので、冬華のコートに包んだ水晶を春華が受け取る。そして黒い翼を一打ちすると大空高く飛びあがり、北へ向かって羽ばたいていった。
「……さて」
春華を見送っていたシュラインは腕組みをした。水道管の修理は水道会社に頼めばすぐ終わるだろう。雪もそのうち、ゆっくりとだが溶けていくだろう。残った問題はただ一つ。
「それじゃ、彼を掘り出しましょうか?」
正風はまだ、大雪の中に埋まっていた。

草間興信所の中を美味しそうな味噌の匂いが漂っている。シュラインが豚汁を作っていた。その隣では冬華が作り方を訊ねている、二人とも楽しそうだ。着ぐるみを脱いでセーラー服姿になったみなもはソファで暖かいお茶を入れている。飲むのは北陸から大急ぎで帰ってきた春華と、毛布をかぶって歯を鳴らしている正風。
「ったく、草間さんに関わるといつもこうだ。そのくせ小説のネタにならないことばかりなんだから本当、ついてねえ」
「口は災いの元ですよ、正風さん」
みなもの言う通りである。少し口をつぐんでいれば、今震えていなかったはずなのだ。
「あんたもばかだよな」
「なんだ……っくしょん!」
「ばかは風邪ひかないから、違うのか?」
春華の皮肉に、皆が笑う。面白くないのは正風ばかり。
「皆で笑うな!……くしっ!」
銀世界はそろそろ終わりそうだが、寒さはまだまだ終わらない。正風のくしゃみも、しばらく続くことだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0391/ 雪ノ下正風/男性/22歳/オカルト作家
1252/ 海原みなも/女性/13歳/中学生
1892/ 伍宮春華/男性/75歳/中学生
2053/ 氷女杜冬華/女性/24歳/フルーツパーラー店主


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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は、各々の能力を使用するという点を強調して話を制作しました。
作品はいつも一つの根っこになるものを描いて、それから各々の視点に
よって描写、シーンを変えています。
他の方の作品も読んでいただければより話の内容が深くなります。
みなもさまは真面目に、健気に、でも少し空回り気味なイメージの
女の子でした。
水晶の中に雪女郎、というアイディアを頂きありがとうございます。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。