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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


クリムゾン・キングの塔 【2】真鍮喰い鮫


■序■

 ブリキのオウムが――現れた。かれはねじまき鳥。大雑把な翼を持った、鉛色1色の鸚鵡。うなじでは、小さな手回し式のねじまきがゆったりと回転していた。オウムはカシャカシャと首を傾げたあとに、くちばしを開いた。くちばしの奥の暗闇は暗黒で、星雲や恒星が光り輝いていたようにも見えた。
『ヨチタヨリンハノウオノクンシ。イシホテケスタ。
 ノモクヅツニトア。ンマトイレハナガワ。
 タミテツモオネガメオト、ハノモクユキサ。
 ルイテシトウコヅカチガイクアナキオオ、ニウトノウオノクンシ。
 バラナノイタケヅツリアデヨリンハノウオクンシガチタエマオ、
 イシホテツクスオレワレワ。
 イシホテツクスオチタエマオ、ハテイヒ。
 ダケダルナクカタリヨガウト、ダタ。ダウユジモムバコ』
 ねじまきは、永遠に同じ調子で回り続けるつもりらしい。ブリキのオウムは再びカシャカシャと首を傾げ、飛び去っていった。


「『たすけて』? たすけてって……言ってるの?」
 ブリキのオウムが訪れたのは、小さな診療所の居候をしている石神月弥のもとだった。空気の入れ替えのために窓を開けた月弥の前に、ぱたりとオウムがとまり、ざらざらとした不協和音で喋り始めたのだ。そして、喋り終えた。
「ごめん、よく聞こえなかったよ。でも、助けてほしいんだね? だったら俺、力になるよ――どこに行けばいいの?」
 オウムは何も喋らなかったが、カシャリと首を傾げたあとに、つきっぱなしの小さなテレビに目を向けた。
 3週間前から壊れてしまった(と、月弥も診療所の主も思っている)テレビが、飽かず港区の『塔』の様子を伝えている。
「ここか――行ってみたいと思ってた」
 月弥が窓枠に目を戻したとき、まさにオウムが踵を返していた。


 ブリキのオウムは飛び立ち、6人を『塔』へと導いた。
 永久に回り続けるねじまきは、6人の歯車すら動かすつもりのようだった。
「<深紅の王>の伴侶たちよ。助けてほしい。我が名はレイトマン。後に続くもの。先行くものは、遠眼鏡を以って見た。<深紅の王>の塔に、大きな悪意が近づこうとしている。おまえたちが<深紅の王>の伴侶で在り続けたいのならば、我々を救ってほしい。ひいては、おまえたちを救ってほしい。拒むも自由だ。ただ、塔がより高くなるだけだ」


■鮫という男■

「あ」
 刀を手にした男の背後で、女の声が上がった。
 男が振り向くと、彼を指差している女がひとり。
「銃刀法違反」
 言ってろ、とでも言いたげに、銃刀法を違反している男は無言で『塔』に向き直った。そして、悠然と歩き出した。
「ちょっと、そんなの持ってくと、色々危ないわよ」
「言っても多分無駄よ、シュラインさん」
 女が――シュライン・エマが、手を下ろした。彼女の横に、ジーンズ姿の光月羽澄が立った。鈴が鳴り、シュラインは羽澄の腰に目を落とした。羽澄は、細身の鞭をウォレットチェーンのように、ジーンズのベルト通しに引っ掛けていた。
「あら……来たのね、羽澄ちゃん」
「気になって」
「私も。で、あのコワイ系のおニイさん、知り合い?」
「知り合いではないけど、知ってるわ。<鬼鮫>」
 がこん。
「ぅおーい、まァた高くなったぞ」
 間延びした聞き覚えのある声に、シュラインが振り向いた。
 <鬼鮫>なる男が入口の前に立ったそのとき、『塔』が成長したかのように高くなったのだ。それに歓声じみたものを上げたのは、藍原和馬。
「あんたも来たのね」
「来ちゃいけなかったような言い方はよしてくれよ、悲しくなるだろ」
「誰もそんなこと言ってないわ」
「なら、ついでに聞かせてくれ。<鬼鮫>って誰だ? あのコワイ系おニイさん、何もンだ?」
 羽澄は快く和馬の望みを受け入れた。
 彼女が<鬼鮫>について話し始めた頃には――青月長石の目を持つ少年がそばに立っていた。
 羽澄もシュラインも、最早「あなたも来たのね」に類する言葉はかけなかった。少年は『塔』を見上げていて、<鬼鮫>を見つめていて、羽澄の言葉に耳を傾けようとしていたから。
 オウムに導かれてやって来たのだ。この場に居る者たちは、すべてが今日のパートナーだ。


 <鬼鮫>は真鍮の入口を、白木の鞘に入れたままの刀で、コンコンと軽く叩いた。
 石橋をこれから渡るもののように。
 錆びた金属が生み出す、ちくちくとした匂いが充満していた。真鍮は<鬼鮫>をじっと値踏みしていた。
 さっ、と<鬼鮫>が振り向いた。鞘から抜かれた刃が、背後に振るわれた。
「何だ、おまえは」
 刃を向けてからのご挨拶だった。
 <鬼鮫>の前には――よれた、無精髭の、映画の中の探偵じみた男がぼんやりと突っ立っていた。右の頚動脈に刃を突きつけられているのだが、男はさっぱり恐怖心を見せず、のろのろと<鬼鮫>から刀に目を移した。
「しがない探偵だよ。ああ、酔っ払ってる探偵って言ったほうがいいかもな。俺は今何だかものすごくいい気分なんだ。あんたについていきたくてたまらないんだよ」
「……」
「この『塔』がいけ好かなくてね……あんたのこの『匂い』なら、壊せるかもしれない……俺も手伝いたいくらいだよ」
「何だ、おまえは」
 今度の問いかけには、少し、呆れが混じっていた。刃は微動だにしなかった。俎板の上の男は、ふわりとぼんやりした笑みを浮かべた。
「志賀哲生」
「志賀な」
 <鬼鮫>は刃を退くと、ぱちんと鞘に収めた。
「俺の前から消えろ」
「ああ、わかった。後ろをついてくよ」
「……」
 <鬼鮫>はちいさく溜息をついた。
「化物が」
 だが、殺しはしなかった。

「おいおい、何か誰か鮫野郎についてっちまってるぞ」
「あ! 哲生さん!」
 ふらふらと<鬼鮫>についていくよれた男を見て、羽澄は声を上げた。追おうとするところを、青い目の少年が引きとめた。
「待ってよ。<鬼鮫>の怖いところを話してくれたのは羽澄じゃないか。俺たちは、他の入口から入ろう。<鬼鮫>が今あの哲生とかいうのを殺さなかったんだから、きっとずっと殺さないんじゃない?」
「そうだけど――」
「俺たちは急いで、助けを求めてるひとたちを助ければいいんだよ。<鬼鮫>より早く動けばいいんだ。だから、行こう!」
 少年は<鬼鮫>が入っていった入口がある北側を避けて、『塔』の南側へと走り出した。
「あ、忘れてた! 俺、石神月弥っていうから!」
 その声が真鍮の中に溶けていった。
 がこん、
 『塔』が微かに揺れて、かたちがわずかに変わった。
 シュライン、羽澄、和馬が入口をくぐったときには、すでに月弥と名乗る少年が入ったときと、『塔』の構造が変わってしまっていた。


 <鬼鮫>の恐ろしいところ。厄介なところ。IO2さえも手を焼いているところ。
 それは、彼自身が『化物』と認めた者は、手当たり次第に斬り捨てるからだ。それも、断末魔を愉しむために斬り捨てるのだ。『化物』は少し前に彼の妻子を惨殺し、彼自身を『化物』に変えてしまった。
 志賀哲生という『化物』を<鬼鮫>が殺さなかったのは、哲生が断末魔の声を上げそうになかったからだ。死の恐怖をたっぷりとくれてやってから殺さなければ、復讐と享楽の意味がない――恍惚とした表情でついてくる哲生は、少なくとも『塔』を憎んでいるようであったし、仕事の邪魔にはならないはずだ。それに、時折酔っ払っているかのように、『塔』についての情報も話した。
 <鬼鮫>は、『化物』を初めて利用することにした。


「こ、こここ、ここ、本当に入るの?」
 6人の男女が『塔』に入ってから数分後、紅色の振袖の少女が、カタカタ震える眼鏡の男を伴って、『塔』の前にやってきた。
 少女は、こくりと頷いた。
「あああ、危ないんじゃないかなあ、ももも戻って来ない人もいるっていうし……」
「何にもわるいことをしてなかったら、だいじょうぶなんだって」
 少女はそう言って、三下忠雄の袖を引っ張り、小首を傾げた。
「ね、行こ?」
 少なくとも、三下と言う男は臆病で運が悪いだけであって、悪人ではなかった。カタカタ震えながら頷くと、カタカタ震えながら『塔』の北側にまわったのだった。
 がこん、がこん、
 『塔』はどんどん高くなっていく。
 少女は赤い目を細めて、『塔』の頂きを仰いだ。もうじき、スモッグと雲の中に入ってしまって、頂上は見えなくなってしまうだろう。
 三下が先に入った。さすがに、子供を先に行かせるわけにはいかないと思ったのだろう。……途端に、悲鳴が上がり、悲鳴が閉ざされた。三下が入った瞬間、また『塔』の構造が変わってしまったのだ。
「……取り敢えず、罪無き者をひとり。あとは……ふむ」
 まるで儀式のための生贄を集めているかのように、少女は入口から離れた。彼女の赤い目が、『塔』をちらちらと見上げながら歩いていく中年太りの男に向けられた。
 彼女の目は、瞬時にしてその男の魂を見抜いた。
 ――金の為に、愛してもおらぬ妻を娶り、飲み水に薬を入れているな。
「『さんした』とは違うか」
 にやり、と口元を緩め――次には、あどけない一桁の子供の顔になり、アラミサキは走り出した。
 ちりん、ちりん――


■真鍮のねじ■

 月弥は、初めて入った『塔』に興奮した。すべてのからくりは自力で動いているように思えた。彼は、鉱物の声を聞くことが出来た――彼は、石そのものであるからだ。銅と亜鉛の合金である真鍮の声も、聞けるはずだと思っていた。
 聞くことが、出来なかった。
 ――真鍮じゃないんだ。真鍮だけど、これは、人間たちが使ってる真鍮じゃない。俺が知ってる金属じゃないんだ。
 この星のものでも、時間のものでもない。真鍮はここには存在していないのだ。
 ――触れるのに、ここには無いんだ……。でも、こまったな。どこでだれが助けてほしいのか、わかんないや……。
 真鍮の匂いも本物だというのに、真鍮たちは無言で、月弥に何一つ教えてはくれなかった。だが――拒みはしていなかった。道はひたすら、1本だった。月弥は先に行くだけでよかった。無秩序に入り組んだ真鍮の板やパイプや歯車は、月弥のための道標のようだった。
「石神月弥くんだね」
 急な階段をのぼったところで、月弥は声をかけられた。
 すべてが真鍮いろの世界の中で、月弥と、その男だけに他の色がついていた。男は、目に染みるような漆黒のカソックを着ていた。
「そうだけど……だれ?」
「エピタフだ。一応、この『塔』を管理してる」
「こまってるの?」
「ああ。『助けてくれるのかい?』」
 ずしん。
 その男の質問が、月弥のかりそめの胸を打つ。月弥は思わず、息を呑んだ。嘘をつく気にならず、彼は素直に頷いた。
「ありがとう。いつも風に語っている者が居るんだけれど、かれと僕は多分大丈夫だ。月の子を助けてあげてくれないか。彼女は身を護るのがあまり得意ではないからね」
「月の子――」
 他人という気がしない。
「彼女が泣かないように、そっと護ってあげておくれ」
「わかった。それが済んだら、いろいろ教えてくれる? この『塔』についてさ」
「いいとも」
 男は微笑んだ。少なくとも、その微笑みに悪意はなかった。
 それまでパイプに腰掛けていた男は、ゆっくりと床に足を下ろした。月弥は目を見開いた。真鍮のオブジェだと思っていた、男の背後にあったものは――男の、翼だったのだ。
「お願いだ、もう行っておくれ。そろそろ困ったお客が来るから」
 足音。
 足音。
 足音足音……
 月弥はそれ以上何も言わず、走り出した。道は開いていた。月の子を探す必要はないと思えた。この道を、真っ直ぐ行けばいいだけだ。

 ぱらぱら、ちりんちりん、かちんかちん、
 鈴の音にも似た音が、『塔』の中を満たしている。真鍮のねじが、真鍮の床に落ちているような音だ。
「……してくれえ……出してくれ」
 月弥は思わず足を止めた。
 太った中年の男が半狂乱になって、『塔』の壁なのか扉なのかわからない真鍮の板を叩いていた。ねじや釘が外れて落ち、床に当たって音を立てる。
「だまされた……子供にだまされたんだ」
 月弥はたまりかねてその男に話しかけようとしたのだが、月弥が一歩踏み出すと、床がたちまち移動して――がこん、と太いシャフトが生えてきた。シャフトはたちまち格子になった。行くな、ということらしい。太った男が、叫び声とともに消えた。声はどんどんと遠のいていった。……落ちたようだ。
「……死んでませんように」
 月弥は呟き、肩をすくめた。
「きれいな煮豆」
 月弥は次いで、驚きのあまりつんのめった。
 振り返ると、純白の少女が首を傾げて立っていた。

 ちりん。


■こわくないわ、えぅ■

「……月の子?」
「こわかった、どんどんこわかったわ。えぅ!」
 月の子の白い顔が歪み、月弥と月の子の間に、真鍮のパイプが落下してきた。パイプは不細工な音を立てて捻じ曲がった。
「こわかったわ。ずんずんこわかったわ、ぅえええぅ!」
 がん、ごん、がんぎんがんごん、
「ちょっ、待った!」
 月の子がしゃくり上げるたびに、天井や壁が崩れていく。月の子が泣けば『塔』が壊れるのだ。

  彼女が泣かないように、そっと護ってあげておくれ。

 月弥は手を伸ばし、落ちるねじには構わずに、月の子に触れた。
 感じることが出来たのは、ただ無だった。月の子に、月弥が鎮められる心はなかった。魂もだ。この少女はこの『塔』同様、どこにも存在していないのである。
 だが――
「キャベツ」
 ぴたり、と崩壊が止んだ。
 月弥はそれに安心して、月の子を抱きしめてみた。彼女の背にも、真鍮の翼が生えていた。『塔』と同じものだった。
 ――この子も、『塔』なんだ。
「ねえね、レタスはおいしいと思う?」
「俺はキャベツのほうが好き」
「あたしもよ。石ちゃん」
 名乗ってはいないのに、もう仇名をつけられた。月弥はそれでも驚かず、微笑んだ。この月の子を護らなければならないから。

 ちりん。

 月弥は、はっと目を動かした。
 真鍮が奏でるものではない音が、はっきりと聞こえたのだ。それは、鈴の音だった。
「……だれ?」
 月弥が鈴の音に尋ねると、月の子のいつわりの呼吸が、不安げに早くなった。
「九耀魅咲」
 鈴の音が答えた。
 雪駄についた鈴が鳴っているのだ。真鍮色の世界の中に、紅色が咲いた。月弥は目を細めた。ただ一目で、九耀魅咲という少女が、人間ではないことを悟った。
「わるいひとがいると、この『とう』はたかくなる。ふつうの人がいると、なにもおきない。わかりやすいよね。でも、りくつはわからない――にんげんが、どうしてうまれてくるのかといっしょ」
 魅咲は謎めいた笑みを浮かべていた。月弥は魅咲が恐ろしくはなかった。だから、月の子が彼女を恐れないだろうという、根拠のない確信があった――月弥は、月の子から離れようとした。
「はなさないほうがいいよ」
 間髪入れずに魅咲が言った。
「あ、あ、あ、あ」
 月の子が不意に上を向くと、白い目を見開いて、声を漏らした。
「あたしじゃないあたしじゃないあたしじゃない」
「そのこをたすけて!」
 魅咲が叫び、月弥はそれに従った。月の子を抱いたまま後ろに下がった。途端に、真鍮の天井がばらばらに崩れ落ち――
「えぅ、えぅ、えぅ、ぇぅ、き、きぃいいいいいいいいいいいいいーッ!!」
 鮮やかな赤を撒き散らしながら、ロングコートの男が降ってきた。男は真鍮の床に叩きつけられた。男は、血に塗れたドスを右手に握りしめていた。左手首はなかった。傷口が蠢いていた。
「化物どもめ」
 男は唸りながら、ぎろりとするどい目を月の子と月弥に向けた。失われていた左手が、戻ってきている。それはトカゲの尾の再生とはほど遠い禍禍しさだった。
 月弥は男を睨みつけ、月の子を強く抱きしめた。
「……おじさん」
 魅咲の顔から、それまでの厳しさが消えた。彼女は瞬時にして、あどけない子供になったのだ。
「おてて、もういたくないの?」
 ちりん、
 小首を傾げながら一歩近づく。
 男が、ぎりりと一歩退いた。退いたのだ。確かに退いた。
「だいじょうぶ? たかいとこから、おちてきたね」
「……やめろ」
「ねえ、だいじょうぶ?」
「……その目で見るな! 首を傾げるな! ……くそッ! あいつは死んだ! 殺されたはずだ! 俺の――くそッ!」
 月の子がぱくりと口を閉ざし、男が走り去った。道は、開いているらしかった。きっと出口まで男が迷うことはないだろう。『塔』が男を排そうとしている。
「……ありがとう」
 月弥は、魅咲に礼を言った。
 振り向いた魅咲の微笑みは、幾千年もの時と幾憶もの魂を知った存在のものだった。少なくとも、小さな、殺された子供のものではなかった。


■天使のお礼■

「これ、あいことば」
 月の子は、自ら月弥から離れた。白い服のどこからか、真鍮の鍵を取り出した。
「あまいキャベツとおいしいスープがしゃべるの」
 鍵は例に漏れず真鍮製で、恐ろしく鍵らしい鍵だった。古い南京錠の鍵でも、ここまで『鍵』としか思えないような形はしていないだろう。まるで人間が始めて作り、「これが鍵」と定義づけた鍵のようだった。
「ほおずきにはわるくちね」
「……うん、わたしは、いらない」
 月の子は同じ鍵を魅咲にも渡した。だが、月弥にも魅咲にも、その鍵が単なる月の子の『お礼』であって、自分たちが使うことは出来ないことが理解できた。月の子の言葉は、意味通りではない。ただ少し聞き取るのにコツがいるだけだ。あの、ブリキのオウムの呪文のように。
「<しんくのおう>って、なに?」
 魅咲が尋ねると――
 月の子は、天井を指した。
 おそらくは、天井よりもずっとずっと上を指していた。


 月弥と魅咲は、入口近くで恐怖のあまり失神していた若者を引きずりながら、『塔』の外へと脱していた。
 のびている男は、月刊アトラス編集部の記者。眼鏡とおどおどした態度、そして天下一品の臆病さがトレードマーク、三下忠雄である。
「どうしてこんな気の弱い人が、こんなところにいたんだろ?」
「わたしが、いっしょにはいろうって……」
「うわ、魅咲、ひどいな。この人知ってるんでしょ?」
「だって、きがよわいけど、わるいひとじゃないから」
 月弥は『塔』を振り返った。
 太った男が倒れている。死んではいないだろうが、確か、この男がわめいたところががこんがこんと変化していた。
「魅咲、実験したね?」
「うん。この『とう』のこと、しりたいもの」
「俺も。……ああ、エピタフ、大丈夫かな? また会ったら、いろいろ教えてくれる約束なんだ」
「あえるといいね」
「会いに行くよ」
 ふたりは入ったときよりもずっと高くなった『塔』を見上げた。
 何階なのか見当もつかない位置に、船乗りの姿をした天使が立っていた。かれの酔っ払ったような奇声が聞こえた。かれの肩に、ブリキのオウムがとまっている。
 ――ウヨエタコモデツイ――
 オウムから、さらに上に目をやる。夕陽が真鍮の塔を照りつけて、鈍い輝きを帯びていた。針の先のような 『塔』の頂上は、ぼんやりとかすんでいた。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1943/九耀・魅咲/女/999/小学生(ミサキ神?)】
【2151/志賀・哲生/男/30/私立探偵(元・刑事)】
【2269/石神・月弥/男?/100/付喪神】

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               ライター通信
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 モロクっちです。お待たせしました。『クリムゾン・キングの塔【1】』をお届けします。
 今回のノベルははじめ1本だったのですが、長くなりましたので分割しました。プレイングの都合上、4人・2人で分けています。また、今回も一部個別になっております。2人側のノベルは4人側のノベルよりもちょっと時間があとになっています。鬼鮫がなぜ落っこちてきたのかは、もう片方のノベルでわかるはずです。そちらには新しい天使も登場しています。呆気に取られて頂けると嬉しいです(笑)。
 1話目と同じく、不可思議な世界をお楽しみ頂けたのならば幸いです。また是非お越し下さいませ。