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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


『人形師の思惑は永久に』
「う〜ん、編集長…お願いします。没はやめてください。経費が足りません。えっ、取材費を自費だなんて…」
 などと三下忠雄が仕事にはシビアな美貌の女上司である碇麗香の悪夢にうなされていると、突然携帯が鳴り響いた。
「……は、はい…って、あ、おはようございます。編集長。…へ? パソコン」
 パソコンを起動させる。言われた通りネットに繋ぎ…
「**美術館から、人形師海道薫の最後の人形が盗まれる、って…これって編集長……」
『ええ、そうよ。江戸末期に活躍した天才人形師海道薫、最後の人形のテーマは永遠に動き続ける人形。そのために彼はその人形にある魔性の細工をした。それはその人形が絶えずさ迷う人の魂を呼び寄せ、そのボディーにその呼び寄せた人の魂を宿らせるということ。そしてその目論見は成功した。人形には人の魂が宿り、人形は動き出した。そう、その魂の体となった。そして色んな事件を引き起こしたわよね。想いを遂げて人形に宿っていた魂が成仏しても、次の魂がまるで順番を待っていたかのように空席となったその人形に即座に宿るから…永久に動き続ける人形…海道薫の願いは叶った』
 三下は魂が群がる人形を想像して、ぞくっと鳥肌がたって、椅子の上で体を丸めた。実は彼は先々月号の時にこの数十年ぶりにある素封家の蔵で発見されたその人形(人形には呪符によって封印がされていた)の取材をしたのだ。(その時に人形に怒り、憎悪、悲しみ、喜びなどがブレンドされたような異様な雰囲気を感じて気絶してしまったのは碇には秘密だ)
「だ、だけど、この人形が消えたって…まさかW大学の大月教授がナンセンスだって呪符を剥がしたせいで人形に魂が宿って…それで人形がって言うかその人が想いを成就させるために消えた……?」
『ええ、そうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく面白いネタには違いないわよ、三下君。さっそくこの現世に蘇った魂が宿る人形が紡ぐ物語を調査してちょうだい』

act1 風に舞うリボン
 今日は講義が4講義目まであるはずだったから、帰りは遅くなるはずだった。だが、今朝、大学に行き、まずほとんどの学生がそうであるように私も校門を入ってすぐの所にある掲示板の前に立って休講予定表などの張り紙をチェックする。無論、それを見てあんぐりと口を開けたのも言う間でも無い。
「なに、今日の講義、すべて休講じゃない」
 そうなのだ。もともとは3講義目の人類文化論の講義は教授が学会に出るとかで前もって休講になる事は報せられていたのだが、休講理由を見てみると全員の教授たちが風邪となっていた。どうやら、教授陣たちの中で風邪が大ブレイクらしい。
「ふぅー」
 私は小さく肩をすくめる。
 周りの学生たちは喜びながら連れ立って、館内にあるカフェテリアや、または近くのコンビに、喫茶店、すぐそこの学生寮などへと行ってしまう。
 さてと、私もいつまでもここにいてもしょうがない、か。と、言っても行く当てがあるわけでもないし。腕時計の針は9時3分。さてさて・・・。
「あ、巽さん」
 呼ばれた声にそちらを見てみれば、ちょうど同じゼミの子が友達数人と館から出てきたところらしく、私に手をふっている。私はぺこりと頭を下げた。内心でちょっと無意識に身構えてしまいながら…。
「ねえ、巽さんも今日の講義って無いでしょう? だったらこれからあたしたちと一緒に渋谷の109とか行かない。それでさ、できれば今夜のコンパ、ちょっと友達が出れなくなちゃって人数が足りないのよね。どうかな?」
「え、あ、ごめんなさい。せっかく誘っていただけたんですが、私、12月19日締め切りのレポートがまだ済んでなくって」
「え、ああ、そうか。それって明後日だもんね。じゃあ、他をあたってみるから。ごめん。がんばってね」
「あ、こちらの方こそごめんなさい」
 友達としゃべりながら去っていく彼女に私は頭を下げた。
「巽、さんか」
 彼女はゼミの人全員を下の名前で呼んでいる。苗字で呼ばれるのは私だけだ。だけどそうさせているのは私自身。だからそれを寂しいとも辛いとも思いはしないのだけど・・・。
 なんとなく胸にしこりのような物を感じながら私はついさっき通ったばかりの道を家へと向かって歩いていた。
 だけどその胸のしこりのせい、っていうわけじゃないんだろうけど私はただそのまま家に帰る事が躊躇われて、それで普段は通らない道へと入った。
 そしてその道で見た物は青い空をバックに優雅に風に舞うピンクのリボンだった。

act2 白亜
 とある歌の一節のように私は手の平を太陽に透かすように青い空に向かって広げた手を向けた。リボンはまるで何かの意志に導かれるように又はそれ自体が意志を持っているかのように、私の手の平へとおさまった。
 見上げてみると、そのマンションの6階真ん中の部屋の窓から小学校5年生ぐらいの女の子がこちらを見ていた。なんとなくその視線に冷たい物を感じて、肌が粟立つ。
 その女の子はたっと部屋の奥へと隠れてしまった。
 私は額にかかる前髪を左手の人差し指で払うと、右手のリボンに目を落とした。
 あの子の目を見てしまったからというわけでもないがただなんとなくこのままリボンを捨ててしまうのも、又は持って帰ってしまうのも躊躇われた。
 私はふぅーと吐いた息で前髪を額の上で躍らせると、
「しょうがない」
 と、呟き、マンションの玄関へと入っていった。
 そしてその部屋のはずの玄関の前に立って、しかし私は首をひねった。なぜなら玄関にプレートがかかっていないのだ。
「おかしいわね。確かに人はいたのに」
 私は顎に手をあてて考える。
 だけど別段それは都会のミステリーというわけでもなくよくある事と言えばよくある事なのかもしれない。自分がそこに住んでいる事を悟られたくなくってそれでプレートをやってないってのもあるだろうし。しかし、玄関のドアの右斜め上にある電気のメーターは回ってはいなかった。
「・・・」
 考えられるのはあの娘が誰もいないこの部屋に勝手に入って遊び場にしてるとか、やむにやまれない事情があってとか、もしくは・・・
「もしくはの続きが正解だよ」
 後ろから突然に聞こえたその声に私はびくりと心臓を跳ね上がらせて、後ろを振り返った。
「白亜・・・さん」
 白亜。この少女はなんでも世界の可能性を観察してるとかどうとかでこれまでも何回か会った事があった。かくゆう私も彼女に観察されている立場であって、そしてそんな彼女がここにいるという事は・・・
「ご名答。ここにある可能性を観察していたんだ」
「可能性?」
 私は小首を傾げる。白亜さんはさらりと揺れた前髪の奥にある私の瞳を興味深そうに眺めながら頷いた。
「うん、可能性。とある人形師がこの世界に具現化させた可能性だ」
 そして彼女は私にその人の魂を糧として永久に動き続けると言う人形のことを話して聞かせてくれた。

act3 重なる想い
 白亜さんが指を鳴らすと、鍵が閉められていた玄関は、開いた。
「おじゃまします」
 私は部屋に入ると、真っ直ぐに彼女がいた部屋に向かった。
 白亜さんは人形の能力とか歴史は語ってくれたけど、今その中にいる彼女の事については語ってはくれなかった。
 私は素直にそれを知りたいと想う。
 だから部屋に入ってきた私を見て、変わるはずの無い顔にしかし怯えにも似た驚いた表情を浮かべた彼女に私は精一杯優しく微笑んで、
「自分の意思を持つ人形は駄目、でも貴方は悪くない、貴方の中の命は一体誰ですか?」
 そう訊いた。
 彼女は言葉を紡いではくれない。
 だけど私には能力があった。
 シンパシー。それが私が持つ可能性。人と感情を同調させ、共感できる力。

 小さな窓。そこから見える光景だけが知っている外の世界。
『ねえ、お母さん。あたしもお外に出たいよぉー』
『ダメよ。もしも外に出て、発作が起きてしまったらどうするの? そんな事になったらお母さん・・・』
 お母さんを悲しませたくない。だから微笑んで、我侭を言った事を謝った。
『お父さん。ここに映っているところに行ってみたい』
『ああ、綺麗な公園だね。そうだね。あやが元気になったら行こうね。だからがんばって病気を治そう』
 病気なんか治るわけない! そう叫びたかったけど、だけどお父さんが病気の治療費を払うために死に物狂いで働いて、疲れきっていた事を知っていたから、微笑んで頷いた。
『お姉ちゃん。あのね、僕、今日、学校で逆上がりができたんだよ。それでね、それでね、学校の帰り道にさ・・・』
 自分の気も知らないでそうやって毎日学校での事を教えてくれる弟に怒りと憎しみ、嫉妬、そして自分に対しての哀れみと、嫌悪を感じて、そういうものを知られたくなかったから、だから微笑んで聞いていた。
 知っているのは窓から見える世界。
 テレビやラジオから流れてくる色んな見も知らぬ世界の光景にただただ憧れの念を抱いた。
『ねえ、リボン。あたしの代わりにおまえが世界を見てきて』

 心に浮かんだ彼女の生前の記憶。
 頬に流れるのは一筋の涙。触れたのは硬い感触。
 瞼を開くと、彼女が私の涙を拭いていてくれていた。
 ちょこんと小さな首が傾げられる。
「どうしてお姉ちゃん、泣いているの?」
「あなたの心は私の心だからよ」
 私はそう微笑んで、ダッフルコートのポケットから彼女が風に運ばせようとしたリボンを取り出した。
「あ、そのリボン・・・」
「うん。あなたのリボンです」
 私はそのリボンで彼女の黒髪を結んだ。
 彼女は私の顔を不思議そうに見つめる。
「どうして?」
「リボンを飛ばさなくってもあなたが外に出て行けばいいのですよ」
「だけどあたし、病気で・・・」
 ああ、そうか。彼女はまだ気づいてはいないんだ。
 私は彼女の頭を撫でながら微笑む。
「サンタクロースからのちょっと早いクリスマスプレゼントなんですよ、その体は。あやさんはその体があるから外に出られるんです」
「え、あ、でも・・・」
「大丈夫です」
 私はあやさんの手を握ると、怖がり躊躇いながらも、しかしどうしようもなく外への憧れを見せる彼女を優しく励ましながら、玄関へと導いた。
 玄関の敷居は彼女にとっては、まさしく世界の境界線。越えたくとも越えられなかった見えない壁。
 おそるおそる彼女はその第一歩を踏み出す。
 とんと、一歩目の右足が廊下に触れた時、彼女から伝わった心というのは私が今までに感じた事が無いほどの喜びに満ち溢れていた。心の中がぽぉーっと温かい陽だまりに包まれたようなまるでこの世のすべての物が眩しく優しい善に溢れているような。

 それは今まで触れてきた心の中で一番の純粋無垢なる心。

「ああ、すごい。彼女を外に出させたんだね」
 おどけた声とぱちぱちという喜劇俳優が奏でるような大仰な拍手。
「白亜さん」
 彼女は私にウインクして、そしてその次にだけどとても意地の悪い笑みを浮かべた。
「で、この部屋に縛られていた彼女と人形をキミはどうするんだい?」
「あやさんはあやさんとして。人形は人形として扱います。あやさんを満足させてあげたら、そしたら人形はただの人形に戻します」
「キミらしい意見だね」
 彼女は白髪の下にある顔になんとも言えない笑みを浮かべて、
「じゃあ、キミのその真摯なる想いとあやの勇気に敬意を表して白亜からプレゼントを贈ろう」
 彼女はぱちんと指を鳴らした。転瞬、固かったあやさんの手がふわりとしたやわらかさとほんのりとした温もりを持つ。木で出来ていた体が本当の人の体となったのだ。
「夕日が沈むまでの魔法だよ」

act4 観覧車
 すごい。すごい。すごく楽しい。
 ずっと見たかった街並み。
 クリスマスのイリュミネーション。
 大きなクリスマスツリー。
 道路を走るたくさんの車。
 大勢の人ごみだって、ずっと憧れだったの。
「美味しい?」
「うん」
 道を歩きながら食べるクレープだってずっと憧れていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん、似合う?」
「うん、あやちゃん、綺麗だよ。ねえ、これなんてどう?」
「うわぁ、こっちのもかわいい」
 お店で自分でお洋服を選んで着られるのなんて夢のよう。
 すごくすごく怖かったけど、だけど勇気を出して良かった。
「あ、あたしもお姉ちゃんに服を選んであげる」
「え、私にもですか? ちょっと、恥ずかしいかな」
 こうやって一緒に買い物に来た友達をコーディネートするのだって、ずっと憧れていたの。
 楽しい。
 本当に楽しい。
 ありがとう、お姉ちゃん。
 ・・・
 そんな心が繋いだ手から途切れることなく流れてくる。だから私は夕方までの時間を一秒だって無駄にしないようにがんばった。
 だって私も昔はそうだったから。
 なかなか外に出られなくって、そしてたまの外出はとても楽しくって幸せで、嬉しくって。だから一秒だって無駄にはしたくなくって。
 ウインドウに映るあやちゃんの姿を眺めながら、私はそこに昔の私を重ね合わせた。だけどそのウインドウに映る私たちの姿が微妙に変わっていく。見上げるともうだいぶ太陽は西へと傾いていた。
 ぎゅっと手を掴まれる。
「どこか他には行きたいところはありますか?」
 私は髪を掻きあげ後ろに流しながらしゃがんで、目線をあやちゃんと合わせた。
「あの、」
「ん? なに」
「観覧車・・・観覧車に最後に乗りたい」
「観覧車に」
「うん。あの、お母さんやお父さんと約束したの。あたしの病気が治ったら、そしたら家族皆で一緒に乗ろうって。だけどあたしが・・・」
 そこで口を噤んでしまった彼女を私はぎゅっと抱きしめた。
「わかりました。観覧車ですね。じゃあ、一緒に参りましょう、あやさん」
 タクシーを呼んで、運転手さんに料金はどれだけかかってもいいから、とても綺麗な観覧車がある所へ乗せていってくださいと言うと、その運転手さんは幸運にもとてもいい人で、無線で会社の人全員に観覧車の事を聞いてくれて、そしてとある公園にある観覧車が見晴らしも綺麗ですごく良いという情報を得てくれた。私とあやちゃんは手を取り合って、まるで幼い姉妹のように喜び合った。
 そして私は運転手さんにお礼をし、あやちゃんは彼の頬にキスまでして、別れると、私たちは観覧車へと向かい、チケット2枚を出して乗った。
 同じ席に並びあって座って、手をぎゅっと握り合う。
 もう夕日はそこから見える海平線の向こうに沈みそうだ。お願い。夕日よ。もう少しだけ、待って。
 ゴンドラは静かに静かに頂上へと上っていく。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
 あやちゃんは私が結んだリボンを解くと、座席に両膝をたてて座り、そっとリボンを持った手を私の頭の後ろに回して、丁寧に髪を梳くと、リボンで髪を結んでくれた。
「ごめんなさい。あたしにはこんな事しかお礼ができなくって」
「とんでもない。ありがとうございます。すごく、嬉しいですわ」
 私の頬を伝う涙。止められない。彼女はその涙を今朝と同じように拭いてくれる。その手の感触はもう木の固さで、人肌の温もりも無くなっていたけど、だけど私の心は今まで触れ合ってきたどの人よりも温かい彼女の心の温もりを感じていた。
「あたし、死んじゃう時、すごく哀しくって悔しくって、嫌で嫌でいっぱい泣いたけど、だけど今日はこんなにも幸せで嬉しい気分を抱いたままお空へと行ける。お姉ちゃんがあたしにとても優しくしてくれて、そしてあたしのために泣いてくれるから」
 あやちゃんは咲いた花のようにとてもとても本当に綺麗に微笑んで、そして・・・
「ああ、本当に綺麗だね。観覧車の天辺からの風景」
 そして夕日のようにとても温かい橙色の光に包まれたあやちゃんの魂は人形から抜け出して、空へと昇っていった。
 私はがたりと力を失って、私の胸の中に倒れてきた人形を左手で抱き抱えながら、涙を右手でぬぐって、そこから見える街の夜景を眺め続けた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2086/巽・千霞/女性/21歳/大学生


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、はじめまして。巽千霞さん。
今回、担当させていただいたライターの草摩一護です。

今回は巽千霞さんのぼぉーっとした表情と言う設定を活かしきれませんでしたが、
その分、シンパシー能力を持つ彼女だからこそ、あやと同じ病弱だった過去を持つからこそ、
今回のような優しい物語ができたと想います。
二人の出会いは偶然ではなく、必然であったと想います。
千霞さんに出会えたからあやは想いを遂げる事が出来て、成仏できたのだし、
千霞さんもあやに出会えた事で、きっと何かが変わったと想います。

千霞さんのキャッチフレーズからとても優しい性格が見えて、それでこのように優しく描いたのですが、
どうでしょうか、満足していただけたでしょうか?
もしも、満足していただけたのでしたら作者冥利に尽きます。^^

act4で書いたあやの心の言葉とラストの描写から二人の絆を感じていただけたのなら、
本当に嬉しい限りです。

それでは本当にご依頼ありがとうございました。
またよろしければ書かせてください。
その時は精神誠意、より面白い物を書けるようにがんばらせていただきます。

それでは失礼します。