コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『時の巫女のささやかなる実験』
 この書き込みを読めているという事はあなたには資格があるという事ね。
 資格。そう、資格よ。
 私は時の巫女。
 時の宮に生まれ、時の糸を死ぬまで紡いでいく存在。
 先代の時の巫女が死んだ瞬間に私は生まれ、そしてその次の瞬間からもう私は時の宮で時の糸を紡いでいた。
 まあ、私の自己紹介はここまで。
 ねえ、あなたに一つ訊くわ。
 あなたは時とは一方方向にしか向かわないものだと想って? 進む事はあっても、戻る事は無い、と。
 そうね。そう。それが自然の…そして時の摂理。
 だけどどうやら、私は時の巫女としては異質な存在のよう。
 だって、私は想ってしまったから。こんな生まれた瞬間から死ぬまでただ時の糸を紡ぎ続けるだけの人生なんて嫌だと。もっと、自分の想うままに生きたいと。
 だから私はささやかなる自分の運命への、時の摂理への反抗をしてやるの。これはまずは第一の実験。その実験とは紡いだ時の糸を戻す事。
 そう、喜んで。
 この書き込みを見る事ができるあなたは時を遡る才能を持っているという事なの。
 ねえ、あなたにもあるのでしょう?
 守れなかった約束。守れなかった愛。失った愛。心に突き刺さっている誰かを傷つけた言葉。
 私は時の巫女。そういった過去が人を大人にするという事も充分すぎるぐらいに知ってるわ。だけどそんな痛みを背負って生きるのは嫌じゃない?
 だから私があなたを楽にしてあげるわ。そう、私の実験に付き合ってくれるお礼としてね。
 さあ、紡いだあなたの時の糸を戻しましょう。

【作り物の心に背負う十字架】
 わたくしはミスリルゴーレム。
 人が中世と呼ぶ時に錬金術師によって錬成された物。
 真銀で作られたこの体に宿るわたくしの心と言うものはだけどどうしようもなくあの時でまだ止まったまま。
 笑う度に、幸せを感じる度に、嬉しいと想う度に…心が何かを感じて反応する度にわたくしはあの快活な赤毛の少女を思い出す。
 その快活な笑みを…何にも変えて守りたかった。
 だけど守れなかった。
 守りたかった想い。守れなかった想い。作り物の心に背負う十字架はあの北欧の風よりも冷たく、そして重い。だけどわたくしはその背負う十字架から逃げ出したいとは想わない。
 望む物は贖罪でも懺悔でもない。ただ彼女が止まった時から開放されること。そのためならばわたくしは何をも厭わない。なんだってする。
「だから私のささやかなる実験に付き合ってくれるんだね」
 彼女は両目の目じりを垂れさせて笑うと、組んだ指の上に顎を乗せた。そして上目遣いでわたくしを見つめる。
「優しさが仇となった、か。だけどいつかは彼女も解けるのでしょう。不完全な術により、任意で戻る事ができなかった貴女がしかしそれから時が経ち、こうして元に戻れたようにさ」
 わたくしは顔を横に振る。
「確かに幾星霜の後に彼女も元に戻るかもしれない。だけど見ず知らずの世界で、見ず知らずの人たちの中で生きていくのはありまにもかわいそう。そう、わたくしはあの娘の笑顔が好きですの。その笑顔はあの中世の時で彼女にとって大切な人たちに囲まれていてこそ浮かべられるもの。だからわたくしは・・・」
「OK。決意は充分固いわね。そして誠意もある。認めるわ。だから私も貴女のその想いに応える。時は戻る。人が中世と呼び、そして貴女たちが乗る船が座礁する時へと」

【過去】
 心地よい潮の香りを含んだ風がその赤毛を悪戯好きそうに舞わせる。風に踊る髪にうなじをくすぐられて少女はちょっとくすぐったそうな表情を浮かべながら赤毛を掻きあげて、うーんと伸びをした。
「お疲れになりましたか、シャルダンヌ様?」
 彼女がそう言うと、シャルダンヌと呼ばれた少女は赤毛の下にあるまだ少し幼さを残した美貌に快活な笑みを浮かべた。
「んにゃ、全然。それよりもデルフェスの方こそ大丈夫? これから目的地までずっと船首像に扮していくんでしょう? それはちと大変だよ」
 これにデルフェスは慈母のごときたおやかで優しい表情を浮かべた美貌を横に振った。
「いいえ、大丈夫です。わたくしはミスリルゴーレム。疲れるとかそういった事とは無縁ですから。それにシャルダンヌ様の航海上の安全を守るためであるのなら、どのような事も厭いはしません」
 シャルダンヌは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「うーん、あたしもちっとは錬金術も使いこなせるようになったし、何もデルフェスを護衛に就かせる事も無かったのに」
「親とは子どもがいくつになっても心配なものです。ですからもう少しシャルダンヌ様もおしとやかに」
「もー、やだなー。デルフェスまでもママみたいな事を言ってさ」
 赤毛を掻くシャルダンヌは肩をすくめた。
 と、その緩やかで優しい空気はいっきにぶち壊されることになる。
 港に停泊している船に乗り込もうとしていた船員に向かって、一人の男が両手でナイフを握り締めて、その船員に突っ込んでいったのだ。
 そしてそのナイフは船員の肋骨と肋骨の間を通り抜けて、心臓を串刺しにするという本来ならば素人にはとても真似できない…そう、悪夢のような偶然によって船員は即死した。
「シャルダンヌ様、見てはいけません」
 デルフェスは両手でシャルダンヌの両目を覆って、下唇を噛んだ。
 船員を殺した男はすぐにまわりにいた男たちによって取り押さえられて、そして駆けつけてきた警察に引き渡された。
 さしものシャルダンヌも目の前で人が死んだショックで、しばらくはデルフェスの腕の中で震えていたが、生来の気丈な性格と、そしてあまりにもデルフェスが心配そうな表情をするので、この大好きな自分の護衛役であり、友達でもある彼女にこれ以上そんな表情はさせられぬと無理やり微笑んで見せた。
 それでデルフェスの胸にある心配はもちろん、拭い去られた訳ではないが、シャルダンヌがまだ苦しいにも関わらずにそんな表情を見せた彼女なりの気遣いに応えるためにデルフェスも微笑み、そしてデルフェスはその船の船首にて船首像に扮し、シャルダンヌは船客室へと入っていった。
 そして船はその先に待ち受ける悲劇も知らずに航海に出る。
 殺された船員はその船の有能なる航海士であり、そしてその船にはシャルダンヌというVIP以外にももう一人莫大な資産を持つ貿易商をやっている男が乗船していて、その男があちらでのスケジュールが遅れることを嫌って、交代の航海士が乗船せぬままに船を出航させたのだ。
 そして代わりの航海士を乗せずとも自分たちだけでもなんとかなると考えていた船長たちのその甘い考えの報いは座礁という形で表される事になった・・・。

【時の修正】
 つまりは分かれ道はそこだった。
 その運命の分岐点で違う道に行けたのだとしたら…そしたらわたくしたちは・・・。
 ぶんという甲高い音がし、目の前がほんの一瞬ブラックアウトした。
 真っ暗な世界。無音の世界。目の前にいる時の巫女が微笑み、
 そして次の瞬間、
「きゃぁ」
 わたくしは激しい立ち眩みに襲われて、その場に跪いた。
 わたくしは時の異邦人。存在そのものは確かにこの時間に存在していた物でも、だけどその精神は遥か未来からやってきた物。故にそのズレがわたくしの存在を危ういものとしていた。
 ぶんというノイズがわたくしの存在に入る。
 手や足にまるで力が入らない。
 だけど・・・
「もー、やだなー。デルフェスまでもママみたいな事を言ってさ、って。デルフェス、どうしたのさ? 大丈夫」
 シャルダンヌ様が隣で声をあげるがわたくしはそれを無視した。
 今はそれどころじゃない。
 わたくしは目の前の光景を睨む。
 目覚めてから何度も思い返してきた光景。何度も想像した【もしも】の光景。だからタイミングはわかっていた。
「今ですわぁ」
 わたくしは大地につけた両手に力を込めて、錬成する。
「換石の術」「「「「「「きゃあああああぁぁぁーーーー」」」」」
 わたくしが叫んだのと、航海士めがけてナイフを握り締めた男が突っ込んでいくのを見た周りの貴婦人たちが悲鳴を上げるのとがほぼ同時だった。
 そしてその一瞬後に訪れた静寂の時に一番最初に奏でられたのは鋼を打ち合わせた時に奏でられるかのような澄んだ音色だった。
 くるくると周りながら折れた刃が大地に突き刺さる。
 まるでキツネに包まれたかのように男は自分の手にある折れたナイフと、目の前で大理石の輝きを放ちながら固まった…ビスクドールかのような航海士とを見比べて、そしてぎろりとわたくしを睨んだ。
 彼はどうやらわたくしが錬金術で航海士を助けたのを理解したらしい。
 そして彼は懐からもう一本ナイフを取り出すと、真っ直ぐにわたくしに向かってくる。おそらくはわたくしをただの錬金術師の女だと想っているのであろう。だけどミスリルゴーレムであるわたくしにそんな物が役に立つわけが無い。
 その二本目のナイフもわたくしの体に触れた瞬間に逆に破壊されただけだ。
 男はしびれた手からナイフを落としながら、後ろに後退った。
「な、なんだ? おまえは、何者だ?」
「デルフェス。ミスリルゴーレムですわ」
 そしてあなたのせいで守れなかった物を守るために時の流れを遡ってやってきた者。
 わたくしは彼の体に触れると同時に錬成した。
「ひゃ、ひゃああああぁぁぁぁーーーーー」
 首から下を換石の術で石化してやった男は悲鳴をあげた。
 後ずさる途中の格好をしたまま固まった彼はもはや冷や汗すらかいていなかった。
 この人のために、多くの者の命が奪われ、そしてシャルダンヌ様は・・・
 ぎりっと歯軋りしたわたくしは彼の頬を平手打ちした。

「しかしびっくりしたなー。まさか、デルフェスが平手打ちするなんてさ。いやー、あの大人しいデルフェスがねー」
 シャルダンヌ様はツインテールの赤毛を振って、先ほどのわたくしの真似をする。わたくしは両手を中途半端にあげて、
「もうそれはやめてくださいまし、シャルダンヌ様。恥ずかしいです」
「しっかしさー、なぜにあーもキレたの、デルフェス? 大切な服をダメにされたから」
 わたくしはその問いにただたおやかに微笑むだけだった。
 そう。もう、運命は変わったのだから。

【変わらぬ運命】
「デルフェス、助けてぇ」
 その切羽詰ったような声は確かにわたくしの耳に届いた。
 断じてそれは船が座礁した地点のすぐ近くにあって、だから聞いた幻聴というわけではない。確かに聞いたのだ、シャルダンヌ様のわたくしを呼ぶ声を。
 船首像に扮していたわたくしは船内に飛び込んだ。
 シャルダンヌ様がおられる船室を目指して、走る。
 しかし船室の扉には鍵がかかっていた。
「シャルダンヌ様。シャルダンヌ様ぁ」
 叫ぶが中からは何も聞こえては来ない。
 しかしかえってその静寂が不自然だった。そう、シャルダンヌ様はいつもこの時間はまだ起きられていて、そして彼女がわたくしの声に反応しないという事はないのだ。
 わたくしは廊下いっぱいに下がると、ドアめがけて走って、ドアに体当たりした。瞬間、ドアは壊れ、そして部屋に踏み込むと、
「シャルダンヌ様ァ」
 中にはロープで縛られてベッドの上に転がされたシャルダンヌ様と、航海士がいた。わたくしは何が何だかわからない。
「どうして、あなたが?」
 航海士が不敵に笑った。
「俺は客の子どもを捕まえては裏の世界に売り捌く大悪党なのさ。そして昼間におまえさんが平手打ちしたのは前に殺し損ねたそんな子どもの親と言うわけさ」
 そんな・・・。そんな真実があったなんて・・・。
「ちぃ。それにしてもさすがは錬金術師か。部屋に錬金術によって沈黙の術をかけていたというのにぃ」
 航海士はものすごく苛立たしげな顔をし、舌打ちをすると服の胸元を引き裂いた。そこには魔方陣が刺青されている。
「死ねや」
 転瞬、航海士の周りの空気が揺れ動き、膨大な錬金術の力で圧縮された空気砲が放たれた。しかし・・・
 わたくしはそれが着弾する前に己に換石の術をかけている。
 空気砲はそのわたくしを直撃し、そして船室はその威力に半崩壊する。船が大きく揺れ動いた。
「ちぃ。自分に換石の術をかけた。クソッ垂れが!」
 そう吐き捨てた航海士はシャルダンヌ様を転がしたベッドに飛び乗ると、胸元の魔方陣を発動させて、錬金術によって、そのベッドに浮遊力を与えた。
 航海士は部屋の窓に向けて、空気砲を放ち、そしてまたその衝撃に大きく揺れた船から外へと脱出しようとするが、わたくしは逃がさない。
 換石の術を解いたわたくしは瓦礫だらけの半崩壊となった船室の床を蹴るとベッドに飛び乗った。
 振り返った航海士は目と歯を剥いて激しい敵意も露に、わたくしに向かって空気砲を放つ。さすがに今度は己に換石の術をかける余裕は無かった。しかし・・・
「な、な、なにぃぃぃぃぃ」
 航海士は断末魔の悲鳴にも似た声を出した。
「チェックメイト、ですわね。あなた」
 わたくしは得意がるわけでもなくただ淡々と事実を述べる。
「き、貴様。空気砲の一撃を受けるその瞬間に俺に換石の術を・・・」
 航海士の半身は大理石かのような輝きを放ちながら石化していた。
「わたくしの錬成は限られていますが……魔法陣を描かなくともできるのですよ。だからそのタイムラグの差がわたくしに勝利を与えました」
 ぎりぎりでしたが。
「はん、舐めるなよ。俺も錬金術師。こんなもの、再錬成すれば!」
 男は自由に動く左腕を石化した右半身にあてて、しかしベッドが空気砲によって開けられた穴から外へ出ようとした時に、船を三度大きな衝撃が襲った。
 その衝撃のせいでベッドの進行方向と、船の穴とがずれて、そして船の壁にベッドが激突した衝撃に、不安定な格好とバランスでベッドに乗っていた航海士は瓦礫の上に落ち、
 そしてその揺れの意味を知るわたくしは哀しげに笑う。
「せっかく戻ってきたというのに、運命を変えれませんでしたわ。そう、結局はあなたも死ぬのですね」
 そう、結局は航海士はブリッジを離れていたし、そして空気砲という衝撃で船の舵が取れなくなり、この船は夜の闇に潜んでいた巨大な氷山に船底を激突させてしまったのだ。
 航海士もさすがに船全体があげる悲鳴のような軋みと、あちこちから聞こえてくる悲鳴に何が起こったのかを理解したらしく、そして冷静さを無くした彼に、究極の世の真理の形である錬金術を使いこなせるわけがなかった。再錬成は失敗し、彼は己の力で石化していた右半身を砕いて、絶命してしまった。
「だ、大丈夫、デルフェス?」
 それまで必死に自分でロープを解いていたシャルダンヌ様はようやく自由になった両手でベッドから落ちそうになっていたわたくしの体を抱きしめ、支えてくれた。
 しかし彼女の体は迫り来る死の恐怖に震え、そして小さな胸の奥にある心臓も早鐘のように脈打っていた。
 彼女は涙と鼻水で濡らした顔にぐちゃぐちゃの恐怖の表情を浮かべて、声にならない声を出した。
「デ、デルフェス、あたしたちも死ぬの? ねえ、死んじゃうの、あたしたちも?」
「大丈夫。大丈夫です。わたくしと、あなた様は助かります。このベッドに錬金術の力をもう一度与えてこれで脱出しましょう」

【換石の術】
「さ、寒い…寒いよ、デルフェス」
 シャルダンヌ様は極寒の地へと降り立ったベッドの上で丸めた己が身を抱きしめながら震えた声を出した。
 そう、あの時と同じだ。あの時もシャルダンヌ様は疲労しきった体でこの地に辿り着き、そしてその疲労と寒さのために死んでしまいそうになり、だからわたくしは・・・
 しかし、もしもだからと言って今回も彼女にわたくしが換石の術をかけてしまえば結果は同じ事になってしまう。
 ならば少しでも希望がある方に賭けるしかない。
「シャルダンヌ様。わたくしの声が聞こえますか?」
「うん、なにデルフェス。ものすごく眠いけど、聞こえるよ」
「ならばよく聞いてくださいまし。いいですか、シャルダンヌ様。これから自らに換石の術をかけてください」
「え、あたしが? なんで? デルフェスがかけてよ」
「いいえ、それはダメです。換石の術は術者が自らにかけた場合は意識が残ります。意識がわたくしとシャルダンヌ様、両方に残っていた方が助けの船がここに来た時や、近くを船が偶然通りかかった時に反応し易い。助かる率がそれだけ上がるのです。わかりますか?」
「うん」
「ならば、シャルダンヌ様。換石の術を。やり方は前に教えた通りでございます」
 そして彼女は懐から魔方陣が細工されたペンダントを取り出し、それを握り締めながら己が身に換石の術をかけた。
 その姿は白亜の大理石を使って作り上げたかのように美しき、姿で。
「あの時にわたくしが見たわたくしが石化させたあなた様よりも何倍も美しい。成功なさったのですね、シャルダンヌ様」
 わたくしはたおやかに微笑んで、そう口の中だけで呟くと、自分にも換石の術をかけた。そしてやはりわたくしの意識は受けた大きすぎるダメージのせいで術が失敗し、深い闇の底に沈んでしまった。
 だけどわたくしの心にはあの美しいシャルダンヌ様の石化の姿がありありと焼きついているから、何の心配も無かった。彼女はもうわたくしがいなくっても大丈夫・・・。

【ラスト】
 そしてそれから約20日後、座礁した船を捜査するべくやってきた調査船を見つけたシャルダンヌは換石の術を解き、ありったけの力を総動員させた錬成によって自分の居場所を、その調査船の船員に報せて無事救助された。しかし彼女は自分を助けにきた船員にデルフェスの事を報せる前に気絶をしてしまい、そして目覚めたのは故郷のある港に到着してからであった。
 彼女は父親の腕の中で泣きじゃくり、必ずデルフェスを迎えに行く事を心に誓った。
 しかしそれから真面目に錬金術に取り込み、稀代の天才女錬金術師となったシャルダンヌがそのデルフェスがいるはずの地へと到着した時、そこにはもう彼女はいなかった。

 それから時は流れる。
 とある私立の小学校の制服を着た女の子は友達としゃべりながら歩いていたのだが、ふと何かに呼ばれたような気がして足を止めた。
「どうしたの?」
 友達は小首を傾げる。
「え、あ、うん。何でもないよ。何でも。あ、ごめん。あたし、忘れ物。忘れ物しちゃった。今日の宿題になっている国語の漢字ドリル。ごめん。もう一回学校に行かなくっちゃ」
 などと、しどろもどろに友達にそう言って彼女はくるりと回れ右をして、一緒に帰っていた友達にごめんと言いながら、学校へと。
 もちろん、ついさっき曲がった角をまた曲がった所で、彼女は足を止めて、そして大きく深呼吸して、数分経ってからひょっこりと角から姿をあらわす。
 そして彼女は先ほど、何やら自分を呼んだような声がした店の前に来た。
 はて、あの感覚は何だったのだろう?
 ツインテールの赤っぽい髪を揺らして彼女は店の中に入った。
「いらっしゃいませ。アンティークショップ・レンにようこそおいでくださいました」
 店に入った自分をそう出迎えてくれた、そのかわいらしい服を着た店員さんは、だけど赤い目を大きく見開き、そしてその黒髪の下にあるとても綺麗な顔に何とも言いがたい表情を浮かべた。なんだか懐かしそうに微笑むような、とても嬉しそうに微笑んでいるような、それでいて泣いてしまいそうな・・・

 泣いて?

 そう想った瞬間に、女の子は自分が泣いていることに気が付いた。握り締めた拳で頬を伝う涙をぬぐっても、ぬぐっても涙がとめども無く溢れてくる。
「あれ、あたし、どうして泣いているんだろう?」
 そして店員は慌ててハンカチを取り出すと、そのハンカチで彼女の涙を拭いて、その豊かな胸に彼女の顔をそっと抱いた。
 その感じはとてもくすぐったくって、嬉しくって。
 女の子はただただそんな不思議な感覚を抱きながら、店員を抱きしめた。
 その抱擁の意味は魂が理解していた。

『デルフェス。大好きだよ』
『わたくしも、大好きですよ、シャルダンヌ様』


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2181/鹿沼・デルフェス/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、はじめまして。鹿沼デルフェス様。
この度、担当させていただいたライターの草摩一護です。

今回のご依頼、ありがとうございました。
依頼サンプルの内容とデルフェスさんの設定とが上手く合ったようで、
大変喜んでおります。

娘さんのお名前は指定がありませんでしたので、こちらでシャルダンヌ、という名前を付けさせていただきました。
シャルダンヌとデルフェスさんの仲、絆、このような形で書かせていただきましたが、お気に召していただけたでしょうか?
もしもお気に召していただけたのでしたら、大変作者冥利に尽きます。^^

デルフェスさんの設定を読んで、一番何が書きたかったかというと、平手打ちの部分が実はそうであったりします。
設定を読ませていただいた時に、その部分があまりにも彼女らしくって、これは絶対に書きたいって。^^

あと、ラスト。
運命を変えようと懸命に足掻き、これでシャルダンヌを救えたと想ったのも束の間、
助けた航海士が悪い奴で、更なるピンチにたたされ、結局はシャルダンヌと共に極寒の地へと追い込まれる。
これはプレイングを読み終えた瞬間にもうこうしようと想いました。
前と同じように窮地に追い込まれたデルフェスの想いを書きたかったのです。
シャルダンヌへの信頼と希望が見事に叶い、彼女の成長を目の当たりにして安心して長き眠りに着くデルフェスに何かを感じてもらえていたら本当に嬉しいのです。
そして最後の時を越えた再会の描写は僕の趣味に走らせてもらいました。^^

受注の予定などは「ドリームコーディネート」や「悪夢のように暗鬱なる世界への扉」などで、載せていくので、
またよろしければ書かせてください。
その時は精神誠意書かせていただきますので。^^

それでは失礼します。