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Quarrel friend...
風が頬を撫でると、キュッと身が縮みこまりそうになる十二月。街はクリスマスイルミネーションに彩られ、行き交う人々も心なしか表情が優しい気がする。
それは恋人を想う気持ちか、はたまた家族を愛する気持ちか。
そんな街の雰囲気とはうって変わり、とあるフラワーショップからは、愛を囁く声とは正反対の声が聞こえてきた。
「どうしてそうなるんですか!? 私はただこの映画はいいですね、って言っただけです」
「俺はこういう甘ったるい恋愛映画は好きじゃねぇんだよ! 大体都合が良すぎだろうが」
瀧澤直生はドアにCLOSEDのプレートを掛けつつ、自分を睨み付けてくる相手、天樹燐へ反論する。
なんでこうなったのか──など今更なことかもしれない。
ただ意見が食い違い、言い合いが続いてしまっているだけ。
普通なら直生に怒鳴られれば、尻尾を巻いて逃げてしまう奴等ばかりだと言うのに……。
「直生さんにとってそうでも、世間では素敵な恋物語なんです!」
燐という女性は、決して臆することなく直生に向かってくる。それは出会った時から変わることなく、今も──たぶんこれからも一緒なのだろう。
しかし閉店しているとはいえ、このまま店内で口喧嘩が続いても困るというもの。
どうしようか、と他のバイトがアタフタしていると、人当たりの良い、この店の主がすっと二人の前に歩み寄った。
「二人とも、そこまでにして下さいね。それより……はい、燐さん。これをどうぞ」
そう言いながら渡されたものに、燐は首を傾げてからマジマジと手元を見つめる。それは以前から燐が行きたいと思っていた場所で開かれる、クリスマスパーティーのチケット。たまたま雑誌に載っていたその場所が、あまりに綺麗だったために燐がポツリと呟いた場所だった。
「こんな素敵な場所に、いつか行ってみたいですね」
それを店長は覚えていたのだろう。
「お得意様から頂いたんだけどね、生憎僕は店があるから行けないんですよ。良ければ燐さんと……直生さんでどうですか?」
「俺っすか???」
突然名前を出された直生は、ハッ???と言いたげに店長を見る。
なんで自分が行かないといけないのか。
そもそも今口論をしていた最中で、二人ともそんな気は……とは言えなかった。直生にとって、この店長は尊敬しても止まない存在なのだから。
直生は燐からチケットを奪うように取ると、内容を確認して相手へと視線を向ける。
「男女ペアじゃねぇと入れねぇみたいだし……行くか?」
「私は……直生さんさえ良ければ、ご一緒して頂きたいのですが」
微笑んだ彼女に、その様子を伺い見ていた店長も小さく苦笑を漏らした。
そしてパーティー当日。
ライトアップされた建物が闇に浮かび上がり、木々は光り輝く星が流星となって落ちたようにキラキラと光輝く。
そこへ続々と到着する招待客の中に、一際目を引く二人が存在した。
背中の大きく開いた真っ白なロングドレスに、長い髪をアップして上品に歩く女性と、その隣りで女性をエスコートするマフィアにも見えなくはないが、ダークスーツに身を包んだ凛々しい男性──燐と直生である。
流れる生演奏よりも、目の前に広がる豪華な料理よりも、その場にいる人の目は二人へと向けられる。
そこだけ別の空間のような雰囲気があったのだ。
「孫にも衣装だな」
「お互い様だと思いますけど?」
こんな会話がされてるなぞ、誰も思っていないだろうが。
直生は手にしたシャンパンを燐に手渡し、自分は一口飲みながら開かれた窓の方へと歩いて行く。
店長の言葉もあり、燐と一緒に来たはいいが、どうにも肩が凝ってしかたがない。自分とは似つかわしくない場所のように思えて、不機嫌ではないがそれに近いような感情。
しいて上げるなら、『場違い』としか言いようがなく。
そんなことを考えている直生を察したのか、燐は何も言わず相手の後を歩いて行った。
燐の方でも無理矢理連れて来てしまったかも、という想いがないわけじゃない。もしあの時、店長が直生の名前を出さなければ、彼は一緒に来ただろうか。
「…………」
そこまで考えたところで、燐はぽふりと何かに当たった。
「何してんだ、お前」
それは直生の背中。振り返って自分を見る直生の目は、いつもと変わりない。
「ちょっと考え事をしてました」
無理矢理……直生がそんなことするわけがないのだ。嫌だったら、はっきりと自身の意思を伝える人である。そんな男が態々正装してまで、付き合うだろうか。
──そんな人じゃありませんよね、直生さんは……。
「ただでさえ履き慣れねぇもん履いてんだ。コケんじゃねぇぞ」
「そんなことしません!」
ぷいとそっぽを向く燐に、直生はくっくっくと苦笑する。
窓の外は大きなテラスとなっていて、冬の冷たい空気が頬を撫でると、シャンパンの所為か暖かくなっていた体に心地よい冷たさを与えた。
パーティー会場に広がる歓談の声も、ここまでは届くこともない。静かで、時折ボーイが「どうぞ」とシャンパンを手渡す声くらいしか耳には入らないような。
そのまま暫く二人は何も語らず、その冷たさに身を任せた。
が先に口を開いたのは、直生。
「そういやお前に言ってなかった気がすっけど、今日は俺の誕生日だって知ってるか?」
「え?」
吃驚したのは燐である。
唐突に誕生日だと言われても、何も渡すものなど用意していない。喧嘩友達だとしても、こういう日はやはり何か贈るものだろう。が同時に「なんで当日に、そんなことを言うんですか!!」という思いがあるわけだが、今はそっと胸の奥にしまっておくことにする。
燐が困ったな、という表情をしていれば、それを見た直生は顔を逸らして苦笑した。
──判りやすいヤツ。
「今日ってキリストとかいう奴の誕生日だよな?」
その言葉に、燐はきょとりとした後、
「えぇ。イエス=キリストが、この世に生まれたことを感謝する日だったと思いますけど」
質問に答えるように、直生を見上げる。
それに直生はものすごい不服そうな顔をした。怒っているわけでもなく、かといって何も思うところがないわけでもないらしく。
「それがどうかしたんですか?」
「なんで世界中が知らねぇヤツの誕生日を祝ってんだよ。俺は……誰かに祝ってもらった記憶なんかねぇってーのに」
その表情がどこか寂しそうに映り、燐は違った直生の一面を垣間見てただその顔を見つめた。
「別に羨ましいわけじゃねぇぞ? ただ癪に障るんだよ、こういう日は」
そう言った直生の言葉が、言い訳してるように聞こえて、燐は優しい笑みを浮かべる。
直生のことは、あまりよく知らない。ただ初めて会った時から、人との繋がり……いや出会いとかにひどく敏感な人だと思った。口から出るのはぶっきら棒で、乱暴に聞こえる言葉が殆どを占めているけれど。
「……なんだよ」
燐の笑みに、直生がムスッとして口を開いた。
それにしょうがない、と燐は微笑みを浮かべたまま、
「じゃあ私が祝ってあげます。おめでとう、直生さん」
そう口にして、直生のことを胸元へと抱き寄せる。
生まれてきたことを祝福すべく。
そっと──
そっと──
優しくその頭を抱きしめる。
けれどその行動に、焦ったのは直生だった。
「ちょ、待て、おい、燐!?」
「私はキリストに出会ったことはありませんけど、こうして直生さんと出会い、言葉を交わし、貴方の誕生を祝ってあげますよ?」
「………さんきゅ」
直生はそれ以上何も言わず、燐に体を預け、そっと瞼を閉じる。
ドクドクと聞こえる相手の鼓動に、心が穏やかになるのは何故だろう。
それから数日して、フラワーショップに燐が尋ねてきた。
「よぉ」
いつも通りの直生に、燐もいつも通り「こんにちは」と声を掛ける。
そして花束を作っている直生の元へと歩み寄ると、にこりと微笑んだ。
「これからお時間ありますか? 直生さんの誕生日プレゼントを買いに行こうと思ったんですけど、何を買ったらいいのか判らなくて……」
困ったように言う燐に、ピクリと直生の手が止まる。
「直生さん?」
その様子に燐が首を傾げた。
「誕生日って……直生さん、7月が誕生日だったよね?」
悪気の全くない店長の一言に、燐は「えっ?」と直生を見上げる。
「いや、まぁ、その〜なんだ」
「…………」
何か言いたそうに自分を見つめてくる燐に、直生は数歩離れてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺の誕生日は7月だから、そんときで構わねぇぞ?」
「!!!!!」
唖然として言葉の続かない燐に、直生は面白くて仕方ないとでも言うように笑いを噛み殺した。ちょっとでも気を抜けば、バカ笑いが出てしまうところだ。
「だって、この前……今日が誕生日って……」
そこまで言って燐はあることに気づき、頬を膨らませて直生へと詰め寄る。
「騙したんですね!! そういうの悪趣味って言うんですよ!!」
あの時の雰囲気はなんだったのかと思わせる、燐の怒った口調。
「お前に付き合ったんだから、あれくらいいいだろうが」
「そういう問題じゃありません!!」
また始まってしまった口喧嘩に、店長は困ったもんだと思いつつも微笑ましく見守る。
いつもと変わらぬ二人。
けれど──…
直生が誕生日を祝ってもらったことがないのは本当だった。
生まれた時から、自分の居場所なんてなくて。
癪に障ったのは、死してなお、居場所がある相手への嫉妬だったのか。
そしてあの時ふと見せた、直生の表情全てが嘘だったとは思えない燐は、口論しつつも7月という言葉を覚えておく。
その時突然プレゼントを渡してみよう。
きっと相手は、とても驚いた顔をするに違いないから。
「もう直生さんの言葉は、全部信じませんから!!」
「上等だ! こっちだって、信じてもらおうなんて思わねぇよ!」
■ fin ■
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