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<東京怪談ノベル(シングル)>


妖精さんの依頼


 …寒い日ではあったわね。
 そんな冬のある日、日本から国際電話を受けた。
 懐かしいダンナさまの声が受話器から聞こえる。
 暖かくも機能的なコートを纏った海原みたまは、そんなささやかな幸せに浸りつつも――色気の欠片も無い内容の方も、何ひとつ逃がさない。

 曰く、妖精からの仕事の依頼だと言う。
 どうやら、その依頼人が住んでいる、とある森が開発事業で無くなるとの事。
 そこまでは昨今の状況からして仕方無いか…とあきらめている部分があるらしいのだが、他にも何か複雑な事情があり、どうしても我慢出来ない部分もある様子。
 詳しい事は依頼人に直接訊いて下さいお願いします、とダンナさまに依頼人の所在地を教えられ、その時は電話を切った。

 で、今みたまは依頼人に会おうとそこに向かっているところ。
 そう、その開発事業がどうの、と言う依頼の話はちょうど今私が居る辺り――他の仕事がひと段落付いたばかりのところだし安全の為にも詳しい場所は明かせないけど、欧州北部って事くらいは明かしても良いかしら――で起きているらしい話でもある。
 だからダンナさまも私のところに話を持って来たのだろう。

 さくりさくりと雪を踏む。
 深い森だ。
 かなりの年数が経っているだろう針葉樹の森。ここが無くなるのは勿体無いと素直に思う。
 が、それもまた時の流れか。

 …確かダンナさまの話だとこの辺りよね…。
 足を止める。
 と。
『すみませんこんなところまで来て頂いてしまって…!!』
 見計らったように鈴を振るような可愛らしい声がみたまに掛けられた。
 声の源へと目をやる。
 …その姿、紛う事なき妖精。童話に出てくるような姿、そのものの。人の形はしているが、その大きさはとても小さいてのひらサイズ。背中に透けた羽も生えている。
「実際にその現場を見た方が良いって事もあるからそんなに気にする事無いわよ?」
 にこっ、と微笑み、みたまは妖精に言う。
『で、でも…寒かったでしょうし』
「今の季節のここらじゃ寒くないところの方が珍しいわよ。さて、余計な話はここまでにして早速依頼の詳細を伺いましょうか?」
『は、はいっ』
 慌てつつ、緊張気味に妖精は頷いた。
 …よくよく見れば一匹――こう言う数え方で良いのかな?――だけでは無く少し離れたところに複数居る。
 どうやらみたまを警戒しているようだ。
 余程色々怖い思いをしていると見える。
 が、そちらに声を掛ける事も何もせず、みたまは黙って、自分の前に来た妖精の話に耳を傾けた。

 曰く、この森が開発事業で無くなるとの事――は、ダンナさまから聞いた通り。
 で、その後に厄介そうな話が持ち上がっているらしい。
 森の跡地で『怪しげな団体』が怪しげな儀式を行おうと画策しているようだ、との事。
 つまり、魔術結社の類が何かしようとしていると言う事だろう。
 が。
 魔術結社と一口にそう言っても、その内訳はピンキリである。
 どうやら古い神様を崇拝しているようだ、と言う話だが…依頼人曰く、土着の神とは全然違う神らしい。
 しかも、依頼人にとって『凄く嫌な気配』がすると言う。
 …そしてみたまの見たところ、この妖精たちは…比較的清浄な属性に見える。
 と、なると…その古い神様って、逆を行く――邪神系かな?
 話を聞きながらみたまが考えていると、いつの間にやら遠巻きにしていた他の妖精たちもみたまの周りに集まって来ている。
 …害の無い相手だと漸く判断できたらしい。
『もし森が消されて、更にこの場であんな神が奉られてしまったらボクたちは消されてしまいますっ』
『凄く嫌な気配がするんですっ…森がどうしてもダメだって言うのなら野に下りる覚悟はあります。ヒトとだって何とか折り合い付けてこうとは思ってます! ですが…』
 ――この『嫌な気配』とだけはどうしたって共存出来ませんっ!
 悲痛な叫び。
「…つまり、ひとまずその『怪しげな団体』に手を引かせれば良いと言う事ね?」
 取り敢えず確認。
 妖精たちが激しく拒絶反応を示しているのはどうやらその『怪しげな団体』に対してのようなので。
『はいっ』
『どうか宜しくお願いしますっ』
 言って、ぺこりとみたまに頭を下げる小さな妖精たち。
 みたまは、わかったわ、と頼もしい答えを返し、彼らに向け艶やかに笑みを見せた。


■■■


 …それ程難しい事では無い。
 開発事業自体を潰すとなると少し大掛かりになるだろうが(出来ない訳じゃないけど)、そこに関る『怪しげな団体』とやらに手を引かせて欲しいとなれば大した事は無い。
 少し調べたところ、その『怪しげな団体』が崇拝していると言う古き神様ってのは思った通り邪神系っぽい。
 ま、それ自体は何もいけない訳では無いが――邪神系と言えば一番上の娘の専門分野でもあるし…とこれは今は関係無いか――とにかく、素人にしては手に余りそうだし、連中の目的も厄介そう、か…。
 団体の構成員も、どうやら真っ当に修行した魔術師とは違う様子だし。黒魔術系だと言っても本格的なのから格好だけの悪趣味なのまで色々ある訳だしね。
 しかも今回のは格好だけの連中のよう。
 更に言うなら…最近、近隣で起きている『神隠し』やら家畜殺しはその団体の仕業とか。
 よく警察に目を付けられないものだとみたまは思う。
「って…ふぅん?」
 更に調べると、開発を行う企業のスポンサーの中に、その団体の名を見つけた。
「それで便宜を図ってもらってる訳か…って結構な額出してるじゃない?」
 これは企業の方も無視出来ない訳か。…って言うかここの開発自体全面的にこのスポンサーの都合なのね。
 だったらここを退かせれば必然的に開発事業の方も無くなるか。
 ふむ、と頷きみたまは更に調べる。
 と、今度は企業の方に…とあるちょっとした情報を見つけ、にやりと唇を歪めた。
 そしてみたまは電話を掛ける。
「…頼みたい事があるのだけど、構わないかしら?」
 通話相手は、私の大事なダンナさまの御仕事上での知り合いのひとり。

 暫し後。
 またもみたまは電話を掛けていた。
「…って訳なんだけどどうかしら?」
(残念ながら当社としましてはそんな事を言われましても一切お受けする事は…)
「不正入札の件当局に告発しても良い訳ね」
(え? え、あの、そんな証拠は何処にも)
「あるわよ。何ならひとつひとつ読み上げてあげましょうか?」
(…)
「そちらにとっても悪い話じゃ無いと思うわよ? 代わりに良いスポンサー紹介してあげるって言ってるんだから。むしろ得になるんじゃない?」
(…xxxxx社ですか。確かにそこと本当にお取り引き出来ると言うのなら…――)
 と、通話相手が渋るそこにどうやら何者かが何かを伝えに来た様子。
 …何事か緊急の連絡らしいそれに、通話相手は送話口を押さえる事も忘れている。
(――…何? xxxxx社が!? 本当か!?)
 受話器の向こうから聞こえる声からして、みたまのダンナさまの知り合いは、企業の方にどうやら話を直接入れてくれたらしい。
「…で、話は決まったかしら?」
(…慎んでお受けしよう。ただ…)
「不正入札の件ならあの団体を切ってxxxxx社と結んで下さった事を確認出来た時点で破棄するわ」
(本当…だな)

 …これで、企業の方はあっさりと陥落。


 そして問題は件の団体の方。
 儀式とやらが出来なくなって腐っているかと思ったら…。
 …正直ちょっと見直したわね。
 何たって、私の存在を見付け出したんだもの。
 ま、良家やら財界のドラ息子にバカ娘たちが主な構成員っぽかったから家の力に頼ったのかもしれないけどね。

 みたまは、自分のところに届いた奇妙な手紙――仰々しい徽章の入った封のしてある代物を、指先でぴんと弾いた。
 封書の中には何か動物の血で蚯蚓ののたくったような文面が描かれた赤いカードに小石が幾つかと花に藁が一本入っていた。
 …確か先日調べた中にもこのサインはあったが…みたまに届いたこの手紙の内容物は、あの団体の宣戦布告と取って良いらしいサインの様子。

 まぁまぁ。世間知らずなお嬢ちゃんお坊っちゃんだこと。
 私にちょっかい出してくるなんて。
 八つ当たりも良いところよ。
 まったく、おばかさんなんだから、ねえ?

 みたまは、すぅ、と目を細める。

 勿論、身の程知らずには教えてあげないとわからないからね。
 その身体に、たっぷりと。


 ――さぁ、どうやって潰してあげようかしら、この団体。


■■■


 そして開発事業の着工予定だった筈の日。
 森は結局、静かなままでそこにあった。
 さくりさくりと雪を踏み、再び来訪したみたまを――今度は妖精たち総出で大歓迎で出迎える。
 有難う御座いますっ、と何度も何度も言われつつ、ささやかながらお礼ですっ、と小さな壷を渡された。
 曰く、美容に良い蜂蜜と言う話。
 みたまは少し考えた。
 どうするか。

 ――取り敢えず、娘たちにでも送っておくかな?
 みたまは特に深く考えず、そう決めた。


■■■


 ………………余談ながら数日後の地元の某新聞記事より抜粋。

『狂気に満ちた某魔術結社壊滅! 内部で謎の大量虐殺が! 邪神の祟りか!?』

 …以上、誰かさんが当然の如く為した何かが予想出来る一節。


【了】