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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


妖精さんの蜂蜜


 ある日の海原家。
 ワレモノ注意、と貼られた小包が届けられた。
 かなり小さい包みである。

 宅配便のお兄ちゃんからそれを受け取った海原みなもは、何だろうと首を傾げる。
 送り主は母の名前。

 家の中に戻ると、みなもはがさがさと包みを開けた。
 と、中には小さな壷がひとつだけ入っている。
 手紙も入っていた。
 読む。
 …曰く、とある依頼の報酬として貰った蜂蜜だと言う。
 何でも、美容に良いらしい。
「ふーん」
 ひょこり、とみなもの手にあるそれを覗き込んでいたのはみなもの妹のみあお。
 好奇心一杯にきらきら目を輝かせている。
「蜂蜜かぁ。美味しいかな?」
「…取り敢えず、食べてみようか? 食パンとか…残ってたと思うし」
 考えつつ、みなも。
 うん、とみあおは元気に頷いた。

 で。

 まずは素直に食パンに塗って食べてみる。
 …美味しい。
 甘さは少し控えめなようだ。
 それでいて確り味は付いている。
 美味しいからもっとちょーだい、とみあおからもリクエスト。
 好評である。
 特に変な事も無いようだ。

 いや、変な事はひとつあった。
 …壷から蜂蜜が減らない。

 次には料理に使ってみる。
 ちょっとしたお菓子を作ってみた。
 生地にもソースにも比較的蜂蜜をたっぷり使うお菓子。
 それもまた美味しく出来た。

 で。

 結構、中身は使ったつもりなのだが…。
 やっぱり壷から蜂蜜が減っていない。
 変なのー? とみあおも首を傾げていた。
 でも美味しいからいっか、とみあおはぽつり。
 一方のみなもは改めて壷を見て考える。


 そして。


 思い付いたのは、ついこないだ見た、とある雑誌に載っていた美容法。
 蜂蜜を身体に塗るとか言う話。
 一緒に入っていた手紙によればこの蜂蜜も元々、美容に良いものらしい、と書いてあった。

 …減らないならやってみようかな?
 みなもはふとそう漏らす。
 すると、おもしろそー! みあおも手伝うー!
 なぁんて、いつも通りに無邪気に言っていた。
 言い出したみなもは当然ながら、妹の方も凄く乗り気で。

 ………………後でどんな事になるかなんてこの時は全然知る由も無い。


■■■


 決行日は次の連休。
 そこを利用してやってみた。
 やっぱり色々と後の始末を考えればお風呂場が一番。

 と、言う訳でお風呂場で裸になって塗ってみた。
 腕から足から。
 暫くしてから、あー、始めたなら教えてよー、と言いつつみあおも来る。そしておもむろに壷に手を突っ込んで、みなもが自分で届かないだろう背中にも蜂蜜をぺたぺた。
「お姉さん、どーお?」
「なんか冷たくてくすぐったい…な」
 けれど効果はあるらしい。
 ぺたぺた。
 蜂蜜の光沢でのみならず、本当に肌もつやつやになってきている様子。
 うわー、凄く効果あるんだ…。
 思いながら壷から蜂蜜を取り、全身パックのように塗りたくる。

 が。

 その頃。
 ………………妙に蜂蜜の壷やみあおの手が大きく感じ始めたのは気のせいだっただろうか。

 みなもは自身の青い髪の毛にも蜂蜜を塗って見ている。
 絡んじゃうかな? とも思ったがそうでもないらしい。むしろ潤いを与えているらしく、しっとりと光沢が増している。
 と。
 突然気付いた。


 あれ?


 自分の足が地に付かない。
 壷から蜂蜜を取ろうと手を伸ばすが――何故か、届かない。
 みなもは訝しげな顔をする。

 何か、変だ。

 壁が遠い。
 頭を巡らす。
 地面も遠い。
 いつの間にあたしはこんなに高い位置に居たのだろう。
 ふと顔を上げる。
 と。


 一時停止。


 …みあおが、大きい。
 尋常で無く。
『えっ!?』
 …更には、自分の発した筈の声さえも、何処か高音に変化している。
 みあおは好奇心一杯な瞳のままじーっとみなもを見詰めていた。
「お姉さん可愛い〜!!!」
『え、ちょっと、みあお!?』
 どう言う意味かと問い返そうとすると――あろう事か、みあおの手が伸びて来て…みなもの身体はあっさりとその手に持ち上げられた。
 そして持ち上げられたその時に、背中に妙な違和感を感じる。
 何かくっついてる…?
 思い、ふと振り返ると。
 なんと透けた小さな羽が背中から生えている様子。
「え? 何これ!?」
『何処から見ても妖精さんだよっ♪』
「は!?」
『蜂蜜塗ったら妖精さんになるんだ…へぇ〜。面白ぉいっ!』
 と、無邪気に言うなりみあおは妖精化したと思しきみなもをぎゅーっと抱き締める。
 みなもは唐突な事にきゃああああ待ってぇえええっ、と叫ぶが、みあおは何も聞き入れてはくれない。
 いや、普段なら抱き締められても何も問題は無いのだが…何故か今は非常に痛い。
 信じたく無いがもう認めるより無いだろう。
 身体がとても小さくなっている。

 みあおの手の方が大きいなんて…。

 がーん、とショックを受けつつ、みなもはちょっとぐったり。
 みあおが自分を抱き締める力に負けてしまったよう。
 暫し後に解放されて、ふぅ、と落ち着きながら自分の状況を確かめる。
 どうやら妖精――童話に出てくるような姿そのままの妖精にでもなってしまっているらしい。
 今、みあおがあたしを置いたのは――蜂蜜の壷と並べてである。
 そしてまたショッキングな事実を思い知らされた。

 今の自分はこの壷より小さい…!

 ついさっきまであたしはこの壷をこの手に持てさえしたのに。
 みなもは更にがーん。
 と、色々ショックを受けていたそこに。
 にこっ、と覗き込むようにみあおが顔を寄せて来ていた。
 目の高さを合わせて、妖精化したみなもを見ている。
 と、暫くそのまま興味深げに観察していたかと思うと。
 みあおは少々不吉な科白を。
「…すぐに戻っちゃったらつまらないよね〜」
『って』
 …何を考えている、妹よ。
 みなもが思う間にもみあおは妖精化したみなもをまたちらり。
 そして今度はおもむろにみなものその身体を取り上げると。

 とぷん。

 蜂蜜の満たされた壷に、足許から無造作に落とした。
『きゃ!』
 冷たい。
 …と言うか、粘性が強いので纏わりついて動けません。
 けれど重さで沈みます。
 慌てて壷の縁に掴まりました。
 それでも、結局身体は殆ど壷の中に漬かってしまって、頭だけ出ているような状態です。
 出れません。
 そもそも足が底に着かないので踏ん張れませんし。
 出されるのを待つしかありません。

 …困りました。

 けれどみあおはそんなみなもに馴染ませるようにぺたぺたと蜂蜜を塗りたくってます。

 ………………蜂蜜漬けですか、あたし。

 みあおはきゃらきゃらと楽しそうに笑いつつ、妖精化したみなもに、まだまだ蜂蜜を塗っている――と言うより最早蜂蜜を掛けている。
 とろとろとろ、と髪を肩を流れて行く琥珀の液体。
 みあおはとにかく楽しそう。
 妖精化したみなもはぐったりと壷の縁に凭れた。

 ………………ええ。最早何も言う気力が…。


■■■


 …で、まさかこのまま三日間遊ばれっぱなしだとは…。
 思い返せばかなり疲れました…。

 一応、どう言う加減でかよくわからないんですが…元には戻れたんですが。


 ………………更に言えば蜂蜜はやっぱり減らずに残ったままで、まだ台所の棚の隅っこに置いてあったりします。
 さすがに懲りたので…次が無いように…悪戯が出来ないように厳重に保管してはありますが…ね。


【了】