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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


カウントセブン

 街中がうかれている。色とりどりのキラキラした電飾に、至る所で流れている陽気な歌。ティッシュ一つ配るにしても赤い服を着て白い髭を生やしているし、店はセールを連呼している。
「おかしい」
 草間興信所の屋上から緑の目で下を見下ろしながら、守崎・啓斗(もりさき けいと)は呟いた。びゅう、と冷たい風が吹いて茶色の髪を揺らす。
(風はこんなにも冷たいのに、街はあんなにも浮かれている)
 不可思議な現象に、啓斗は思わず溜息をついた。吐き出す息さえ、寒さを強調するかのように白い。それなのに、眼下を歩いている人々は、寒さも忘れて楽しそうにはしゃいでいる。玩具屋の大きな袋を持ったサラリーマンや、『今年こそ手作りケーキ』と書かれた菓子作りの本を必死で読みながら歩いている女子高生達。
「……分からない」
 うーん、と啓斗は考え込む。
(何がそんなに楽しいんだろう。何がそんなに待ち遠しいんだろう)
 答えは無い。啓斗にとって不可思議な時期が、ついにやって来る。毎年必ずやって来て、深い疑問だけを残していく厄介なものが。
 一週間後、それは必ずやってくる。クリスマス、という不思議なものが。
(そう言えば)
 ふと、啓斗は気付く。幼い頃、不思議な体験をしたのも丁度この頃だったのではないかと。
(……そうだ。ちょっと寒くて、布団にもぐりこんで寝ていたんだから間違いない。丁度、この時期だったはずだ。あいつが寝ていた、あの時の事を)
 啓斗はこくり、と一人頷いた。同時に、そんなに自分が不思議な体験をしたというのに、隣で全く気付かず寝ていた、弟の守崎・北斗(もりさき ほくと)の事をも思って小さく溜息をついた。啓斗はぼんやりと街を見つめる。過去に起こった、自らの体験を思い起こしながら。


 まだ、啓斗が幼い頃。すっかり寝入ってしまった筈の啓斗は、何故か目が覚めてしまった。顔を動かして時計を見ると、真夜中であった。
(目……覚めた)
 だが、再び眠気の波がすぐに襲ってきた。真夜中だと言う事を認識したせいもあったのであろう。うとうとと、瞼が重くなってくる……と、その時だった。
 部屋の中に、自分と隣でぐっすりと眠っている北斗とは違う、もう一つの気配を感じたのだ。うとうととしていた啓斗の頭は、即座にはっきりと目覚めてしまう。
(誰か、いる)
 再確認すると、更に眠気は吹き飛んでしまった。ばくばくと心臓の音だけが響く。
(おかしい。父さんに気付かれずにこの部屋に入る事なんて出来ない筈なのに)
 つう、と汗が背中を流れた。もしかしたら、父はそっと仕事に出かけてしまったのかもしれない。啓斗は布団の中からそっと隣を窺った。もしかすると、北斗の青い目が開いているのかもしれないと小さく期待しながら。
(……駄目か)
 啓斗はがっくりと布団の中でうな垂れた。北斗は当然のようにぐっすりと寝ていたのである。啓斗の感じている別の気配にも啓斗が襲われている恐怖感にも気付かず、ただただ眠っているのである。
(じゃあ……自分しかいない)
 啓斗はぐっと拳を握った。今この時点で、全てが自分にかかっていると判断したのだ。
(父さんに一杯教えてもらったんだ。……大丈夫。教えられたとおりにやれば、何とかなる筈……!
 啓斗はそっと枕の下に置いている手裏剣を手にとった。幸い、気配の主はそんな啓斗の様子には気付いていないようだった。少しずつ音を立てぬように近付いてくる。
(……駄目だ、まだ遠い。もっとひきつけてから、もっと攻撃範囲内に入ってから)
 啓斗の心臓は最高潮に撥ねていた。全身が心臓なのではないかと思うくらい、大きく脈打っている。もう少し静かにしてくれないと、気配の主にばれてしまう、とまで思いながら。
(……来た!)
 気配の主は、ついに啓斗達の枕元に到着した。啓斗はそれを確認し、掛け布団から勢い良く飛び出した。眠っているとばかり思っていたのであろう、全身が隙だらけだったのだ。啓斗は手にしていた手裏剣をすぐに投げつけ、その隙を狙う。
(え?)
 全身が隙だらけだったのにも関わらず、気配の主はそれを綺麗に避けてしまった。啓斗は地を蹴り、身を低くして相手の懐に入り込む。
「ぐっ」
 上手く懐に入ったのか、気配の主はそう小さくうめいた。啓斗はそれを見逃さず、布団の下に入れておいてある小太刀に手を伸ばして斬りかかっていった。気配の主はそれをすっと避け、慌てたように窓を開けて飛び出てしまった。
「追い払った……?」
 ぜえぜえ、と肩で息をしながら啓斗は呟いた。追いかけようかと迷い、窓を呆然と見つめる。だが、追いかけようと思っても、それは適わぬ事を全身が物語っていた。少しだけ相手をしただけで、息切れはするし、どくどくと脈打つ心臓は煩かったし、何より気を張り詰めすぎていた。
「あ……」
 啓斗はふと気付く。窓の外に飛び出していった気配の主は、月明かりの下でその姿を曝け出していた。忍び装束を着た、体格のいい体格の良い男であった。
「そう言えば……間者だった」
 ぽつり、と啓斗は呟く。戦うのが必死で、姿までしっかりとは見ていなかったものの、着ていたのは忍び装束であったのは間違いが無かった。だが、色までは見えなかった。真っ暗な室内で、色まで認識する事は出来なかった。そうして、月明かりの下で啓斗は知ったのだ。
 その間者の着ていた忍び装束が、真っ赤であった事を。


「思えば、あれは一体何だったんだろうなぁ」
 啓斗はぼんやりと思い返す。啓斗は知らない。あの間者が父であった事を。サンタをもじった、父のお茶目心だった事を。そして、そのせいで守崎家に『クリスマス』という行事がなくなったということを。
 だが、それは啓斗にとっては良い事だった。ケーキは食べられないし、チキンだって食べられない。北斗はそれがちょっとした不満らしいが、啓斗は全く以って構わなかった。そうして今まで過ごしてきたために、余計クリスマスの何が良いのかが全くわからないのである。
「ああ、ここにいたのか」
 ふと声がして振り向くと、そこには草間が立っていた。「流石に風が冷たいな」と呟きながら、身を縮める。
「どうしたんだ?」
「どうもこうも……あ、吸って良いか?」
 草間は懐から煙草を取り出し、一本口にくわえながら尋ねた。啓斗はこっくりと頷いた後「風下でなら」と答えた。草間は頷き、風下である事を確認してから煙草に火をつけた。
「あれだよなー……啓斗もやっぱり一週間後が待ち遠しいよなぁ」
「え?」
 突如遠くを見つめながら草間が言った。思わず啓斗は首を傾げながら聞き返す。
「ほら、何と言うか。皆断って来るんだよなぁ。一週間後までに終わりそうに無いのはいやだってさ」
「……ええと、何の話をしているんだ?」
 啓斗が薄々何かを感じつつも尋ねると、草間は煙草を口にくわえたまま、がしっと両手で啓斗の肩を掴んだ。
「ちょっとでかい依頼が入ったんだ。ちょっと……いや、まあまあ危険な類の」
「ほほう?」
 草間の口にくわえられた煙草の灰が、危うい所で風に揺れる。落ちそうで落ちない。
「それ、今までの経験からいくと……まあ、一週間以上かかるんだよな。そうしたら、皆こぞって断ってきやがってな」
「へえ」
「……報酬は良いんだ。だが……」
「俺がやろうか?」
「え?」
 啓斗の言葉に、草間の顔が綻ぶ。軽く涙目になっていた目が、きらきらと光る。
「報酬、いいんだろう?」
「いいとも。それは保障する!」
「じゃあ、やる」
「一人でか?」
「……いや、北斗と」
 啓斗が至極当然のように言うと、草間は「ん?」と言いながら尋ねる。
「北斗は承知しているのか?一週間後に予定をいれているんじゃないのか?」
 草間の疑問に、ただただ啓斗は笑った。にっこり、ではない。にやりと。草間は少しの間だけ呆然とし、それから大声で笑い始めた。
「そうかそうか……!お前も、結構悪い奴だな」
「そうかな?」
 啓斗はそう呟き、「あ」と呟いた。草間の口にしていた煙草の灰が、漸く落ちていったのだ。草間は全く気付いていないようだが。
「じゃあ、北斗には今から連絡しておこう」
「ああ」
 草間は煙草を携帯灰皿に押し付けると、屋上から出ていこうとした。それからふっと振り返り、啓斗に向かって手をひらひらと振った。
「まだ屋上にいるんなら、風邪をひかないようにしろよ」
 啓斗はそれに苦笑で答え、それから再び地上に目線を移した。一週間後を心待ちにし、楽しそうな人々が見える。……と、その中に良く見知った顔があった。もの凄い勢いでこちらに向かって走ってきている。
「北斗」
 小さく呟くと、北斗は草間興信所の前で一瞬立ち止まってきょろきょろとし、屋上にいる啓斗に気付いて指をさした。妙に怒っている。啓斗は無表情でひらひらと手を振った。先程草間が自分に対してやったように。北斗はそれを見て小さく動きを止め、それからもの凄い勢いで草間興信所に駆け込んできた。
「意外と早かったな」
 ついさっき草間が連絡すると言ってから、ほんのちょっとしかかかっていない。それなのに、すぐにここに辿り着いたのは凄い事かもしれない。そして、バンッという盛大な音と共に屋上の扉が開かれた。
「あーにーきー!」
「早かったな、北斗」
「早かったな、じゃねーよ!」
 ぜえぜえと肩で息をしながら、北斗はどかどかと啓斗に近付いてきた。
「さっき草間に聞いたぜ?依頼の事!」
「報酬が良いそうだ。他に協力者もいないみたいだし、独り占めならぬ二人占めだな」
「確かにそうだな……って、違う!」
 びし、と北斗は啓斗に突っ込む。
「何で勝手に決めるんだよ!」
「常にうちの財政が不安定だからだ」
「いや、そうじゃなくて!それだったら、兄貴一人でもいいはずじゃん?」
「分かってないな、北斗。うちの財政難の原因を」
 啓斗が言うと、北斗はぐっと言葉に詰まった。
「身に覚えがあるようだな。……いや、なければいけない。うちの財政難は、全てお前のその異常食欲が主な原因だからな!」
 びし、と啓斗は北斗を指差した。北斗は「う」とうめく。それは紛れも無い事実であるからだ。
「で、でもさぁ。人の予定も聞かずに勝手に予定を入れるのは、どうかと思うんだけど」
「予定?ここ一週間、お前は暇な筈だが?」
「暇だけど……」
「なら、依頼をとっても大丈夫」
「いやいや!大掛かりな依頼なんだろ?一週間じゃ終わらないような」
 北斗がそう言って啓斗に詰め寄ると、啓斗はぽんと北斗の肩を叩く。
「一週間後には用事があるんだろう?」
「……ああ」
 啓斗も北斗も、一人の幼馴染を思い浮かべた。北斗の用事とは、幼馴染との約束だ。それも、一週間後のイブの夜に。付き合って間もない二人にとって、クリスマスイブというのは何よりも大事なものなのだ。
「なら、大丈夫じゃないか」
「いや、訳わかんねーから!」
 叫ぶ北斗の両肩を、草間が啓斗にしたように、今度は啓斗が北斗に対してがっつりと掴んだ。
「簡単な事じゃないか。……イブまでに終わらせればいいんだ」
「……はあ?」
 啓斗の言葉に、思わず北斗は盛大に首を傾げた。
「ほら、簡単な事だろう?イブに約束があるのなら、それまでに終わらせれば良いだけの話だ」
「いや、だからさ。大掛かりなんだろ?その依頼。一週間じゃ終わらないような」
 北斗の言葉に、啓斗はぐっと親指を立てて言い切る。
「終わらないんじゃない、終わらせるんだ」
「……ええ?!」
 啓斗は微笑む。「イブまでに戻れるよう、努力だ」
 北斗はがっくりとうな垂れた。もうここまで言い切られると、それしか道がないように思えてくるから不思議だ。努力と言う言葉で、本当に間に合わせる事が出来るのかは甚だ疑問なのだが。
「そうと決まったら、すぐ行くか」
「今から?」
「そうだ。……なるべく早く終わらせたいだろう?」
 啓斗はそう言って小さく微笑んだ。何かを企んでいるかのような、そんな笑みだ。北斗はうな垂れたまま小さく肩を震わし、それから「ちくしょー!」と叫んでから半涙目で啓斗を睨んだ。……尤も、啓斗に睨み返されるのが怖くてすぐに逸らしてしまったのだが。
「じゃあ、行くぞ。……目指せ一週間以内」
「うるせー!」
 啓斗は屋上のフェンスをひょいと乗り越え、誰も見ていないような所に向かって飛び降りて着地した。北斗も半分自棄になりながらフェンスを乗り越え、啓斗に続いて地上に着地した。大通りに出ると、クリスマス一色で楽しそうな恋人たちが手を繋いで歩いている。
「こうなったら、根性で終わらせてやる」
 ぼそり、と北斗は呟いた。前を颯爽と走っていく啓斗の背を見つめながら。
(意地でも、終わらせてやる!)
 北斗の決心は固い。啓斗は前を走りながら、小さく笑った。後ろから走ってくる北斗の気迫に、ついつい笑みを零してしまうのを感じて。

<期限まであと7日・了>