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<東京怪談ノベル(シングル)>


師も走る、あやかし荘のとある出来事


師走。
師も走るほど、忙しいとされるこの月。
とある少女があやかし荘のとある部屋を目指し駆け込んでいく。

少女の名前は、本郷・源。
切りそろえられたおかっぱ頭と小さいながらに着ている着物の見事さが目を、ひいた。
大きな黒目がちの瞳はまっすぐに前を向き、まだまだ幼さの残る、あどけない顔は寒い中、急いで走ってきた所為なのか、ほんのりと紅潮させている。
ぱたぱた……。
年末の買出しもあるのだろうか、静かなあやかし荘の廊下の中、軽い足音が響く。
扉の前、源は礼儀正しくちょこんと立つと咳払いを、一つ。
息を吸うと大きな声で、
「嬉璃殿ーー!! 開けて欲しいのじゃ!」
と、叫んだ……じゃなくって「お願い」をした。

少しの間があって、漸く扉ががちゃり、と乾いた音を立て開く。
何気に相手が憮然とした表情になっているのに気付くが源は気にすることなく、素早く室内へと入っていった。

がちゃん。

開いたときと同じように、少しの間を置いて扉が閉まる音が聞こえるのを確認すると源は即座に相手へと聞こうとしていた言葉を切り出した。

「嬉璃殿、少々小耳に挟んだのじゃが、嬉璃殿は恋愛経験がないそうじゃな。まさかとは思うがその噂は本当かの? わしは否定したんじゃが」

――そう、実はこの少女「遊び」に来たのではない。
いや、遊びに来ていると言うのでも、あながち問題は無いかもしれないが何と言うべきなのか……まあ、何と言うか外で遊ぶ、と言う事ではないのは確かなのである。

途端、その言葉に反応するように嬉璃の幼い顔が再び怪訝そうに歪む。
馬鹿にされているのか、なんなのか。
答えを返す唇にどもりがこもる。

「そ、そのようなこと、あるわけないじゃろう? その気になれば幾らでも……っ!!」

と、返す。
だが実は、嬉璃は男性恐怖症だった……とは言え、まあこれは過去の話であって今現在の話ではないのだが。
なので、「その気になれば幾らでも」と言うのも間違いではない。
ただ―――外見年齢が幼い嬉璃が、どれだけ世の男性を誑し込めるか、という問題があるだけで!

……世の中、恋をするのに老いも若きも無いとは言うのだが。

その言葉を聞き、にんまり、――そう言う表現があまりにぴったりな程に――源は微笑む。

「やはり、そうじゃったか♪ では、その所を見越して一つ、頼みがあるのじゃv」
「? どのような頼みかの?」
「恋愛の達人の嬉璃殿におのことの付き合い方を伝授してほしいのじゃ!」

いつの間に達人にさせられたのか。
…って、そうでなくて。

嬉璃は、まじまじと源の顔を見た。
付き合い方? 付き合うと言うと顔をつきあわせるだけではあるまい。
それは、つまり……。

嬉璃の頭の中に自分自身を叩く自分自身の手が見えたような気がした。

源は、にこにこと微笑んでいる。
邪気も無く晴れやかなほどに。

「…よ、良かろう! とくとその目に焼き付けるがよい」

そして、その微笑に嬉璃は、負けた。

「では、いざ参るのじゃ!」

源は嬉璃の腕を掴み、先ほどは自分で開けようとはしなかった扉を開けると駆け出した。

「…って、そんなに急がなくても誰も逃げぬ!」

……嬉璃の、虚しい叫びを廊下へ残して。


                       +++

「さて、どうしようかのう」
「ん?」

嬉璃は、息をつきつつ「どうしようか」と言う源を見た。
無茶苦茶楽しそうだ。

「やはり、狼男など"わいるど"で良くないかの?」
「…知っておるか? "わいるど"とは表を返せば、ただ野蛮なだけなのだ」

とある一室の前、狼男が住んでいるといわれるところで、ぼつぼつと言葉を交わす二人。
が、嬉璃の言葉に源は言葉に詰まる。

野蛮なだけ…野蛮なだけ…つまりは怒らせたら怖いってことじゃろうか?と思いつつ。
何と言っても伝説にもなる種だ……多分に恐ろしいだろう、そりゃもう。

「で、では、此処は却下じゃな! うーむ…では……」
「先に言うておくが包帯男もごめんじゃぞ?」
「ぬっ!? な、何故にですじゃ!?」
「……行こうとしてたのだな。だが答えは簡単明瞭。何故なら!」
「ふむ?」
「……顔が見えぬからだ♪」

コケた。
源は思いっきり、その言葉にコケた。

それが面白いのではないか!とも思うのだが嬉璃には通じないようである。

(包帯の下の素顔、というものに"ろまん"を感じてはいけないのじゃろうか……?)

ぬぅ、と唸る。
じゃあ次は……実験ばかりしている人のところに行くべきか?
いいや、手が鋏のようになっている住人も棄てがたいし、所々縫製されている住人の元へ行くと言うのも……。

ああ、それか雪男と言うのも捨て難い!

――と、言うわけで。

「吸血鬼殿など【だんでぃ】じゃ」、「フランケン殿は【いやしけい】じゃな」等と、嬉璃に言いながら、源は全ての行きたいと思う住人の扉の前へ嬉璃と一緒に立ってみた。
だが、どれもこれも。
嬉璃は、ガンとして首を縦に振らず扉さえも開けさせなかった。

がくり、と源の頭が垂れる。

何故に、こうも行かせてくれないのか――行かせてくれれば少しでも何かのツッコミが出来るのに!
教えて欲しくてもこれでは全くと言って良いほど無理ではないか!

…って色々と問題は違うけれども。

不意に。
声を押し殺して笑っている嬉璃の声が、源の耳に届いた。

「何がおかしいのじゃ?」
「うん? いや……何というかの……」

くつくつと微笑う声に源は、はたと気付く。
自分が人外の人ばかりを探していた、と言うことに。

そして――

「解った…解ったのじゃ、嬉璃殿!」
「な、なにがだ?」
「先ほどから、嬉璃殿が頑として首を縦に振らぬわけじゃ!」
「ほう? して、そのわけは?」
「嬉璃殿は"めんくい"だったのじゃ! …調査不足じゃった、次こそは美形の住人を調べ上げてくるのじゃ♪」
「な! 何だとう……?」
「では、おでんの仕込みがそろそろ終わるだろうから、今日はこの辺で失礼するのじゃ☆」
「……いっそのこと凍結させるかの」

きちんと教えてもらうゆえ心配するでない!、と言う源を見つつ気付かれないように嬉璃は呟きつつも一つ溜息をつく。
また次があるのかと言う思いと源の元気のよさに羨ましさも見出しながら。


いつか、知る恋愛のいろは。
だが、まだまだ、幼き身ではこれからのこと。

教わること、教えられること、数あれども。

恋の道ばかりは教えても、二つとして同じもの――無し。


―End―