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<東京怪談ノベル(シングル)>


腕の中の祈り

 何かが起こったとき、自分ひとりで出来うる事ならば自分ひとりで何とかしようと人は考える。
 だが――それが不可能であると考え、気付く時。
 人は何がしかの救いを何処かに求める。

 ……物であれ、人であれ、何かに。


                  ◆ ◇ ◆

「……先輩」
「ん?」

 放課後。
「一緒に帰ろ? 待っててくれると嬉しいな」と言い、委員会へと行ってしまった従姉妹を待つべく倉前・高嶺は図書室で時間をつぶしていた。
 冬枯れの風景が何処か物悲しく見える中、紅い、紅い夕焼けが全てを染め変えているのが窓から見える。
 待っている間、読もうと思っていた本も先ほどから途中で止まったまま。

 そんな所から、不意にかかった自分を呼ぶ声に高嶺は視線を、声のした方向へと向ける。
 "先輩"と呼ばれてはいるが、名前も知らなければ姿さえも見たことの無い少女が其処に立っていた。

 心の中で、小首をかしげること暫し。

 が、いつも下級生から騒がれているのに慣れても居たので、そう言う部類なのかもしれない、とも考え手招きをしてみる。
 すると、その動作に安心したのか声をかけてきた後輩は小走りに高嶺の傍へと近づき、椅子へと腰をおろした。
 静かな室内に椅子を引く音と、座るときに立てる乾いた音が響く。

「で、どうした?」
「……先輩に、相談したいことがあるんです」
「あたしに?」
「はい――どうしても聞いていただきたいんです…駄目ですか?」
「駄目って事はない、聞かせてごらん? あてにはならないかもしれないが」
「い、いえ……まずは聞いて頂かなければ」

 そして、少女は訥々と語りだす。
 時には、語るのも辛いというような口ぶりで――ある、噂を。


                  ◆ ◇ ◆


 ……校舎裏には、何かが居るらしい。
 そう言う、噂がまことしやかに下級生の間に流れていた。
 確固とした形を見た人は未だに居ない、けれども――そこを通ると。
 誰も居ない筈なのに髪を引っ張られたりして転んだり、または風も吹いてはいないのに気付くと痛みが突如として襲い掛かり、小さな紙ですっぱり切れたような切り傷が出来たり、と奇妙で説明のつかないことが続いていた。

 だから、相談に来たのだと――出来うるならば先輩に退治して欲しいのだと涙ながらに言いながら、少女は言葉を終える。

 高嶺は、その話を聞いて一言、口にした。
 これは自分の領分ではないかもしれない、と思いながら。

「『何が』いるか知りたいのなら従姉妹を頼った方がいい」
「そんな事はどうでもいいんです! 退治してください!」
「そんな事……って」

 言われた言葉に唖然とするも、こう言う状態の後輩を放っておくことも出来ず「解った、行ってみる」と言うことしか出来なかったが。

(……何故に、人は……)

 誰かを頼るのだろう。
 自分では解決で競うも無いことには、必ず人は救いを求める――いや、求めてしまう。

 人の中にどのような力があるのか……気づかない筈なのに、それに引き寄せられるかのように。

 唇が知らず知らずのうちに苦笑の形を作り上げる。
 だが、後輩へと呟いた言葉は。

「じゃあ、行ってくる。頼まれたからには最善を尽くそう」
 と言う――言葉だった。

 立ち上がり、校舎裏へと向かおうとする高嶺を。
 後輩の縋るような視線だけが、ただ…捉えていた。



                  ◆ ◇ ◆


 歩けば葉を踏みしめる音が響く。
 歩き振り返れば、影法師が長くのびている。
 夕焼けがあった時間から、ほんの少しの時間しか経っていないのに。
 時間は日暮れが近いことを示す。
 じきに、夜が来る――その前に。

「祓わなくてはならない……か」

 高嶺は校舎裏へとたどり着くと誰に言うでもなく呟く。

 黒い靄のようなものがくるりくるりと踊るように飛ぶ。
 濃い群青の風景の中にあって、それらは全く異質なものだ。

 靄が飛ぶごとに、高嶺へそれらは囁きかける。

 負の感情。
 様々な呟きを聞いてきたのだろう念が輪を描き――更に大きな塊となる。

 一つの呟きは教師。
 自分より、後に入って来た職員が生徒に慕われる事への憎しみ。
 一つの呟きはある生徒。
 苛められる恐怖からの誰を恨んで良いかわからないから、学校を嫌い恐れた。
 一つの呟きは、失恋した生徒の声。
 あの子さえ居なければ、と嘆く思いが別の方向へと移動してゆく。

 もう一つは……。

(……数え上げたらキリがないな)

 再び、唇が苦笑の形を作る。
 どうしようもないところで苦笑が漏れてしまうのは何故なのだろう。

 だが―――

「あたしに解るのは、こんなところで寄り道してたら駄目って事くらいだ」

 黒い靄が一瞬、怯むかのように揺らぐ。
 高嶺は、それらに構わずに手に「気」を集中させた。

 気を集中させるには、正しい呼吸法が必要となる。
 正しい呼吸を繰り返すことで体内にある気を自在に操ることが可能となり――それらを放つことさえも出来るのだ。
 そして、その術を高嶺は武術を習うことにより会得していた。

 呼吸をひとつ…ふたつ…と繰り返す。

 高嶺の周りの空気が純度をあげていくかのように清涼な空気で満ちてゆく。
 例えるならば雪の再結晶化にも似た、綺麗な空気。

 その空気の中――高嶺は漸く微笑んだ。
 誰かに言い聞かせるように優しい微笑を浮かべ、そして――

「……おやすみ」

 手から放たれた気が、爆ぜ……そこには、既に黒い靄は……無かった。



                  ◆ ◇ ◆


「……高嶺ちゃん、遅いよ!? 何やってたの?」

 図書室に戻ると、従姉妹がいて。
 何故か、あの後輩の姿は無く。

(帰ったのか……または従姉妹の姿を見て出て行ったのか……?)

 おそらく後者だろうな、と思いながら自分が座っていた席へとゆっくり近づきながら呟く。

「ん? ちょっとヤボ用……かな?」

 笑いながら、高嶺は鞄を持つ。
 開きっぱなしにしていた本を元の場所に戻すことも忘れずに。

「ヤボ用……ねぇ」

 従姉妹は少し、納得行かないようにふくれている。
 高嶺もそれ以上は上手く言えずに歩き出す。

「帰るよ? 委員会、終わったんだろう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!」

 焦るように従姉妹も追いかけるよう歩き出す。

 高嶺は、完全に群青と黒が溶け合った空を見ながら思う。

(負の感情にしろ、何にしろ――本当は、あたしは)

 優しく、ありたいんだ。
 ああいうものは祓わなくてはならない、と言う事実があるとしても。

 本当は――何に対してだって。






―End―