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<東京怪談ノベル(シングル)>


バステト・ミッション


 ガコンと重い音。
 それが合図。
「もうっ、また? しょうがないわね」
 まるで洗っている途中のお皿を落としてしまった程度の口調で、的確に狙いを定めて飛んでくる無数の矢を次々と回避していく。
 考えるよりも早く体が動いた。
 ヒラリ舞うたびに響くのは、軽い足音と矢が向かいの壁に突き立てられていく音。
 二つが合わさるとまるで計算し尽くされた音楽のように聞こえる。
 もしこの場に彼女の姿を見る事が出来たなら、まるで矢が避けているように錯覚すら感じたかも知れない。
 それほど動きは洗練されていて芸術的だった。
 もはや常人では捉える事の出来ない動きに舞う赤と金の色彩。
「次で、ラスト」
 演舞の最後を締めくくるように、すっとその身をかがませる。
 言葉通り、最後の矢が頭上を通過し辺りはシンッと静まり帰った。

 出来る事ならアンコールの声の一つでも欲しいぐらいの身のこなしだが、残念ながらここに観客は居ない。
 動きが取りやすいようにと一人でここに来ているのだ。
 なぜならここは人が住む場所からは遠く離れた土地。エジプトのバステト神殿が彼女、海原みたまの現在地。
 傭兵という職業から考えれば、相変わらず居るはずの無い場所に来て居る気がするが、今回は愛する旦那様からの直接の頼み事。
 断る理由なんて者はどこにも存在はしないのだ。
「さてとっ」
 軽い口調で立ち上がり、壁に描かれているバステトの壁画……簡単に言えばスラリと綺麗なラインをしたネコの壁画に手を触れる。
 今回のミッションは神殿の最深部に在るという、神官たちが神をおろす為に使ったとされているお宝の回収。
 詳しい形状も、そこに行くための道筋も知らないから、こうして色々と為しい居る訳である。
 さっきの雨のように降りそそいだ矢はその際に作動させてしまったとラップという訳である。
「数で押すアイディアは良かったんだけどね」
 何事もなかったように立ち上がり、元来た道を振り返る。
 そこには数え切れないほどの矢が壁一面に突き刺さっていた。この罠を作った古代の人間は、全てをかわされる何て考えてすらいなかった事だろう。
「こっちも怪しいわね」
 気を取り直し、何事もなかったように前へと進み……三歩も歩かない内に次のトラップ。
 歩いている床に、大きな穴が開いたのだ。
「古典的で、お約束なトラップね」
 体が落ちる感覚は一瞬。
 真っ直ぐに上へと伸ばした手の中には、細いワイヤーが握られていた。
 足下が消えたと同時に天井に袖に仕込んでいた、ワイヤー付きのナイフを打ち込んだのである。
 体をゆらし、トンッと向こう側の地面に着地しワイヤーを元通りにしまい歩くが……その床からせり上がってきたのは大きな岩。
「これも、お約束ね」
 どうやら床のトラップが見破られる上での二十とラップであったらしい。
 苦笑するのと今たっている床その物が斜めに傾き背後の岩が動き始めた。
「さて、どうしましょうか」
 軽い身のこなしで走るみたまのそのすぐ後ろを、ごろごろと大きな音を立てて追ってくる岩。
 それだけでは終わらない。
 行き止まりに見える道が、ぼんやりと鈍い輝きを放ち床の材質そのままの肌をした物が後から後から沸いて出るかのように、姿を現す。
「ゴーレム!」
 大岩に行き止まりにゴーレム達。
 念の入った事である。
「このトラップを作った人はよっぽど神経質な人ね」
 もしくは何か嫌な事でもあったに違いない。
 だがこういう時こそ慌てず騒がず。
 元からそんなそぶりは微塵も感じさせていないのだが、パッと取りだしたのはみたまの手には大きすぎる金属的なフォルムをしたサブマシンガン。
 その銃口を壁に向けためらわずにトリガーを引く。
 耳をつんざく音。
 飛び散る火花。
 立ち上る硝煙の匂い。
 どれもこれもみたまの耳に馴染んだ物だった。
 そしてそれが招いた結果は……壁が崩れ、辺りに飛び散った壁のかけらが岩と床に挟まり動きを止める
 逃げ場を無くすためなりだろうが、それがあだになった訳だ。
 次はゴーレム。
 伸ばされた腕を踏み台にして飛び越え、ゴーレム達の中央に舞い降り引き抜いたナイフを一閃させる。
 みたまに触れるには、動きが遅すぎた。
 何があったか解らないままに胴を両断され
腰から上が滑り落ちて元の石くれへと戻っていく。
 更に身を翻し、ナイフを大きく横になぎ払う。
 その度に辺りに立ちこめる砂塵。
 足下に積み重なり始める土は動きを阻むはずが、軽い身のこなしと洗練された足裁きはそれを物ともせずにゴーレムを屠っていく。

 たった一呼吸分。

 それがゴーレムを全て排除するのに要した時間だ。
「これでよし、と」
 ナイフを手にしたままパサパサと足下を払い、静けさの戻ったあたりを見渡す。
 実際にはあれだけの事があったにもかかわらず砂すら付いていなかったのだが、払う仕草は気分と言うものである。
 出来る限り愛する旦那様には何時会っても良いようにしておきたい。
 それは、何時どんな時でも変わるらない事だ。
「もう一息ね」
 行き止まりにしか見えない通路は、高い場所に目の錯覚のように壁と一体化した入り口が見え隠れしている。
 こうしてと岩のトラップが発動しなければ、真っ直ぐたどり着いていたに違い無い。
 普通に考えたらこの高さを昇るのは大変な事だが、こっちには色々と用意してきた物が揃っているのだ。
 手に付けたかぎ爪でするすると壁を昇っていく。
 そして上にたどり着き、壁に開かれた穴をくぐると先にあるの広がった空間。
 その側面には数々のヒエログリフにバステトの壁画。
 それ以外何もない空間であるということは、『何か』を『どうにか』しなければならないのかも知れない。
 とりあえず身近な壁に触れたりして色々と確かめるのだが……先に続く道が開く様子は全くなかった。
 なにか謎解きらしき物があるのも解るのだが……ふと辺りの気配に気付き考えるのを止める。
 壁画の位置がづれつつあるのだ。
 その度に聞こえる唄うような声。
 呪いでもかけようというのか。
「私は今考え中なの……大人しくなさい!」
 一喝すると、ピタリと音がやむ。
 聞き分けが良いのは良い事だ。
「うーん」
 あらためて考えたのは僅か数秒。
 触れた壁に僅かに厚みが違う箇所を見つけたのだ。
 それだけ解れば後は十分。
 取りだしたのは小さな包みに入った火薬。
 それを半分ほど壁の前にこぼし、後は導火線のように細い線を部屋の反対側へと引いていく。
 そこに火を付け待つ事数秒。

 ドンッッッ!!!

 ポッカリと空いた穴。
 古代人が駆使した罠が見事なまでに火力に破れた瞬間である。
「オッケ」
 開いた先にある階段を見下ろし、みたまは満足げに頷いた。



 長く続く階段を下りきると、最深部だけは今も尚綺麗なままの神殿が残されている。
 コツリ、と一歩を踏み出すと重々しい音を立てて壁に刻まれた扉が開きうつろな目をしたネコの仮面を付けた男がでてきた。
 彼は、きっとここの神官なのだろう。
 非常にありがたい。
『……眠りを』
「ちょっといい?」
『………眠り』
「聞きたい事があるの」
『…………ねむ』
「簡単な事よ」
 くるくると回した手の中の物に気付いたようだ。
 旦那様から受け取った、特別製のアイテムである。
 もっともただのネコのキーホルダーなのだが……バステトの神官にとってネコは神聖なもの。
 少しで良いのだ、こちらに注目される切っ掛けさえあればいい。
「お願いがあるの」
 結局、神官の某霊が目覚めの言葉を最後まで言いきる事はなかった。


 そして『快く』渡して貰った儀礼服。
 確かにバステトの儀礼服だと、一目で解るものだった。
 三角に尖った耳。
 すらっと伸びたシッポ。
 手触りの良い毛皮。
 むしろ儀礼服より遙かに的確な言葉を探すのなら……。
 そう、これはそのままネコ娘衣装なのである。
「まぁ……おろす神様がそうだからかもしれないけどね」
 さて、どうしたものかとみたまは思わず苦笑した。