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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ココロが呼び合う


 放課後の図書室はどの時間よりもひっそりとしている。だが、この部屋に人がいないわけではない。希望の大学に向けて真剣に勉強する3年生たちが一生懸命シャーペンを動かしている。その小さな音が彼らがこの部屋にいるんだと主張する。その日の努力を誰に伝えるわけでもなく、ただ静かに。
 そんな彼らを包み込むようにやわらかな色をした西日が窓から顔を覗かせる。それは彼らを応援するかのようでもある。しかし、彼は夜になればそのやさしい表情を山際に隠してしまう。そうすることで毎日ここでがんばる受験生たちに帰宅を促すのだ。その時、学生たちは時間が残酷なものであることを知る。

 図書館は時間に迫られた生徒しか利用していないわけではない。部屋の隅にある歴史小説の棚の前に立つ男女はまだ受験とは縁遠い生徒だ。男性は矢塚 朱羽、女性は篠咲 夏央。
 ふたりは示し合わせてここにやってきたわけではない。先にいたのは朱羽だ。彼は授業中に触れた歴史小説に興味を持ち、それを求めてここに来た。図書委員たちが必死になって並べた本を凝視し、どこに何があるのかを丁寧にチェックする朱羽。しかしその本はいまだ彼の目に止まることはなかった。一方の夏央は朱羽の探し物の最中にやってきた。彼女はこの図書館に用があったわけではない。朱羽に用があった。夏央は彼を学校の屋上に連れ出そうと思って彼の教室に行ったが、当の本人はかばんを残してどこかに行っていた。彼女はクラスメートたちにどこに行ったかを聞き出し、急いでここへやってきた。朱羽は肩で息をする彼女を見て、いつものように「なんだ夏央か」と呼びかけると再び視線を本棚に向ける。いつもの彼なら夏央の様子に変化があることに気づいただろう。だがその時の朱羽は目的の本探しに必死だった。彼女に向ける集中力は残されていなかった。
 夏央は必死だった。やっと見つけた朱羽を目の前にして、ここ数日で燃えるように高まった気持ちを抑えきれなくなっていた。夏央は朱羽のことを想っていた。いつのまにか静かに灯された恋の火は、時に大きくなったり小さくなったりした。だが、今日は違う。彼女の恋の炎は燃え盛っている。そのせいか本棚に向かっている朱羽を見ているだけで過ぎていく時間がとても長く思える……夏央は当初の計画通り彼をどこかに連れ出そうとしたが、その小さな口は胸の中に秘めた気持ちを伝えたがっていた。そして世間話もそこそこという時になって、夏央は気持ちを打ち明け始めた。だが、せっかくこの時のために用意してきた言葉はなかなか口を出ない。緊張で頭が真っ白になっているのを自分で感じながらもなんとかがんばろうとする夏央。

 「や、矢塚、あの……あ、あたしさ、矢塚のこと、いいなって思ってるんだけど……ど、どうかな。」
 「……んん。」
 「矢塚……これって、迷惑か?」
 「んん〜〜〜。」
 「迷惑だったら……言ってくれればいいんだぞ。」

 朱羽はなかなか見つからない本を見つけるのに必死になっていたせいで、夏央の告白を適当に聞き過ごしていた。彼女はそっけない態度を取る朱羽を見てショックを受ける……肩は落とすが、その気持ちが冷めることはない。落ち着かない様子で話す夏央の声はさっきよりも大きく部屋の中に響いた。

 「……そ、そうだ。め、迷惑になることもあるし。悪かった、気にしないで……」
 「迷惑……? おい夏央、お前今なんか……」
 「じゃ、じゃあ。また……」

 その言葉が大きく聞こえたのは朱羽も同じだった。何が迷惑かわからない朱羽はそれを彼女に問い質す。夏央は自分の気持ちを自分の言葉で伝えられなかったのが悔しくて悔しくてたまらなくなり、その場から逃げるように去った。朱羽はその姿を見てはじめて自分が彼女に対してまずいことをしたことに気づく。

 「しまった、本探しに熱中している間に大事な用件を聞き逃したらしいな。まぁいい、明日夏央に謝った後に聞き直すか。」

 再び本棚の前にしゃがんで目的を果たそうとする朱羽はきれいに整列している本たちを指差しながら丁寧に調べていくのだった……


 翌日、朱羽は必死になって見つけた目的の本を片手に夏央の姉のいる教室へと歩を進めていた。彼は本を借りてからずっと場所を選ばずに熱中してしまい、前の休み時間もこれを読んでいた。だが何気なしに本の背表紙を見た時、落ち着かない様子で去っていく夏央の姿を思い出した彼はようやく大事な用件を思い出した。夏央を求めて教室まで出向くが、クラスメートから彼女が休んでいることを聞く。それで今度は双子の姉のいるクラスに向かっている朱羽。しかしそこで姉から聞かされた何気ない言葉は無情にも朱羽の心に突き刺さる。

 「ああ、夏央ね……矢塚くんのせいで休んでるみたい。」

 朱羽は驚いた。そして自分の至らなさを呪った。彼は手に持っていた本を音もなく地面に落とし、柄にもなくそれを慌てて拾い上げる。自分はなぜ夏央がそこまで思い詰めていたことに気づけなかったのか……朱羽は今度こそ忘れずに夏央の家へ行かなくてはならないと心に誓った。その真剣な表情は、昨日夏央が見せたものと同じだった。


 一日遅れの告白を聞きに夏央の家までやってきた朱羽は迷わず彼女を呼び出すボタンを押す。ボタンもその気持ちを察したのだろうか。そのベルはよどみのない音を部屋中に奏でる。しばらくすると鍵が下りる音が響き、扉が開く……朱羽の目の前には普段着の夏央が現れた。何も知らずにドアをかけた夏央は驚く。

 「えっ、矢塚……」
 「夏央……悪いが、俺に昨日話したことをもう一度聞かせてくれ。」
 「そっ、そんな急に言われても……」
 「頼む。情けないことに、俺はお前の話してくれたことを何ひとつ覚えていないんだ。このままでは……いられない。」
 「わ、わかった。とにかく中に入って。」

 朱羽の勢いに負けるような形で夏央は家の中に誘う。彼は無言のまま玄関で靴を脱ぎ、彼女に導かれるまま歩いた。朱羽は誰もいないリビングに通され、そこで彼女から冷たい缶コーヒーを手渡された。彼は軽く礼を言うとそれをテーブルに置き、さっそく話を聞く体勢を整える。
 とにかく話を聞こうとする朱羽に対して、夏央の心はどんどん高ぶる。彼女はまさか朱羽が家に訪ねてくるとは思っていなかった。こんな未来が待っているなどとは夢にも思わない。口を開くのを待っている朱羽に応えようと、まずは昨日のあの時よりも落ち着こうとする夏央。小さな手を胸に当て、大急ぎの深呼吸をすると唇を動かし始めた。

 「矢塚、あたし……矢塚のことが好きなんだ。伝えたいことって言うのは……それだけだ。迷惑だったら、そう言ってくれればいい。矢塚にはそれをする権利があるからな。」

 夏央がそれをすべて伝え終わる頃には視線が下がり、声もだんだんと小さくなっていった。昨日のようなことがない以上、夏央は今すぐに朱羽からの返答を聞くことになる。期待と不安の交じり合った気持ちが夏央の心の中で交互に顔を出す。
 それを聞いた朱羽はまず最初に謝った。

 「夏央……まず謝らせてくれ。本当に悪かった。これは何があろうとも聞き過ごしていいことではない。ごめん。」
 「いいんだ矢塚、そんなに気にしなくてもいい。昨日は……忙しそうだったしな。」
 「そんなものは言い訳にならない。夏央の気持ちはわかった。だから次は……俺の気持ちを知ってほしい。だが、それはお前を傷つけるかもしれない。お前には信じられないかもしれない。それでも俺は、お前にそれを知っておいてほしいんだ。」
 「……………わかった、矢塚の気持ちを受け止める。」
 「……………ありがとう。」

 夏央の返答を聞いて穏やかな笑みを見せた朱羽はかばんの中から一枚の手紙を差し出した。彼はそれを見せながら話し始める。

 「俺には……愛している女性がいるんだ。」
 「や、矢塚が誰を好きになろうと……それは別に自由じゃないか。何を気にしてるんだ。」

 彼の告白を聞いた夏央は答える。だが、その声はわずかに震えている……夏央の表情からは見られない感情がそこに表れていた。しかし、朱羽は憂いを帯びた表情を覗かせたまま小さく微笑む。

 「なら、この手紙を読んでみろ。それがすべてだ。」

 朱羽から手渡された手紙を便箋からひっぱり出し、その内容に目を通し始める夏央……彼女はある言葉を見ると声を失った。息をすることさえ忘れてしまえそうなほどの衝撃が夏央を襲う。同じ姓の女性が朱羽に宛てて書いた手紙。そう、朱羽は自分の妹を愛していたのだ……夏央は手紙のすべてを見ることなくそれを元通りにしてしまう。彼女は目のやり場に困った。しかし、そんな様子を伺っていた朱羽は間髪入れずに話す。

 「お前は……夏央はこれを知っても、さっきと同じことを言えるか……?」

 朱羽の言葉は夏央だけに向けられたものではない。それは自分自身に対しても向けられていた。自分が妹以外の女性からの好意的な気持ちを受けとめられるのかどうか……戸惑っている夏央だけでなく、朱羽自身も同じように悩んでいた。それを伝える声は辛く寂しい。しばしの静寂をもたらす言葉であることは誰の目にも明らかだった。
 しかし夏央は迷わなかった。さっきまでの戸惑いも不安も何もかもをなくしたかのように話す。彼女は答えを出した。

 「矢塚が誰を好きになろうと、矢塚は矢塚だ。矢塚が誰を好きになろうとそれは自由だってさっきも言ったし……あたしの好きな矢塚に変わりはないんだから、あたしは同じことを言える。」

 さばさばした様子で気持ちを伝える夏央はさっきまで彼が見せたようなさわやかな微笑みで言葉を締めくくる。それを聞いていた朱羽がすべてを聞き終えた後で静かに目をつむり、何かに納得したかのように頷いた……そして晴れやかな表情で夏央を見た。

 「お前のそういうとこが……好きだよ。」
 「えっ……」

 朱羽からそんな言葉をかけられると思っていなかった夏央は顔を赤らめる……それを見た朱羽も頬を赤く染めていく。ふたりの気持ちは自分たちが思っている以上に近づいているのだった。その一部始終を見ていた缶コーヒーも恥ずかしげに水滴を下に落としていた。