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<東京怪談・PCゲームノベル>




 キィ、と扉の開く音。
 そしてすぐに、
「ごめんください」
 薄暗い部屋の中に、おっとりした女性の声が染み渡る。
「どうも、ご無沙汰しております」
 それに答えるのは、男の声。両者とも、年はそこそこのようだ。
「あぁ、これは。ずいぶんと雲隠れしてはりましたなぁ」
「忙しい時期が少しばかり続きまして……」
「どこも不景気ですのんに、そちらはんは儲かるようですな」
 冗談ともつかぬ自分のセリフに、大笑いする男。
 笑い声が止まるまで少し待って、女性は本題を告げた。
「それで、お頼みした件の事なんですけれど……」
「あぁ、せやせや。今ちょーうどええもんが入ったとこですわ。今、紙の方持ってきますさかい、くつろいどっておくんな」
 奇妙な方言回しをする男は、そう言って一度部屋から気配を無くした。女のほうは、なにやら鞄を探るような物音を立てる。
 そうして、しばらく。
 男が戻ってくると、数枚の紙の束を女へと差し出した。
「さすが、お仕事が速いですねぇ」
 女はありがたそうに受け取り、おっとりした雰囲気とは離れた鋭い目線で中を読み込んでいく。
 そうして、また、しばらく。
 中身を読み終えたのか、女は男へと紙の束を返した。
「いいんですかい?」
「重要な部分だけは、少なくとも覚えましたので……これ」
「?」
「どうぞ」
 お返しにと差し出されたものに、百戦錬磨とうたわれた男の笑顔が引きつる。
「お食べになってください」
 二人の間にあるテーブルに置かれたのは、料理を詰めるような小さめのパック。
「い、いいいいい、いや…………」
 男は、女の料理の味を嫌というほど体感させられた事があった。
「いやいや!遠慮しておきますわぁ、いやぁ、ほらぁ……なんや、最近腹の調子がえらいわろうなりましてなぁ……」
「あら、そうですか?」
「そうなん。せやから、またの機会にいただくことにするわ」
「美味しいですのに……残念です。お身体、大事にしてらしてくださいね?」
「お、おおきに……」
「そうしたら、私はそろそろお暇いたします……どうも、ありがとうございました」
「せや、隠岐さん?」
「はい、なんでしょう」
 扉の前で振り向く女の名前を呼び止めると、男は手元の紙束を指で弾いた。パンッ、という、景気の良い音が鳴る。
「イロイロ厄介なようでっせ。わしらの中にものうなったやつがおる、ゆう話も聞きます。お気をつけて」
「……ありがとうございます」



 一本の裏に続くと思われる路地から、一人のシスターが出てきた。特に小柄というわけではないが、そう見えるのは柔和な、四十をとうに超えているとは思えない滲み出るかわいらしさからだろうか。
 服装は、飾り気の無い修道服。アクセサリーといえば、ふわりと軽やかに揺れる天然の茶髪ぐらいのもの。
 薄暗い路地は、どう考えても似合わない。名は、隠岐・智恵美(おき・ちえみ)。
 ふと立ち止まると、鞄の中から料理を詰めるようなパックを取り出し、蓋をあけた。そして一人、小首をかしげる。
「美味しいのに……甘い物がお嫌いなのかしら?」
 中には、和菓子が数個、行儀よく収まっていた。
 智恵美は、パックを元通りに鞄にしまうと、更にもう一本向こうの、人通りの多い通りへ出る為に歩き出した。
 小路地に入りかけ、ふと、足を止める。
 何を思ったのか、きょろきょろとあたりの風景を確認すると、さして離れていない別の小路地へと入ってゆく。
 一見すると無意味な行動だが、これにはきちんと意味があった。

 ふと垣間見えることのある未来を、より確実にする為のもの。

 智恵美には、その部分の能力に優れていた。未来予知、とでもいえば聞こえは良いが、おぼろげな夢のように、突然浮かんでは消えて行く不安定なものでもある。
(もう少し、思うように使えても良いのですけれど……)
 ふぅ、と困ったように、智恵美はため息を吐く。
 そうして通りから出、顔を上げた途端、
「きゃあっ」
「…………!?」
 誰かとぶつかった。咄嗟に壁に手をついた智恵美はなんともなかったのだが、相手の女性は地面に倒れてしまう。女性が持っていた鞄の中身が散乱してしまっている。
「す、すみません……!」
「あら、あらあら、こちらこそごめんなさいね」
 慌てて謝罪する女性に微笑を浮かべ、智恵美もしゃがみこんだ。鞄の中身は教材が主だったようで、智恵美はこの女性が大学生だと知る。それでも、どうして犬の人形を所持しているのかまでは分からなかったが、まぁそこは個人の趣味が反映されるものだ。
 顔を上げない女性の手に自分の手を重ね、顔を上げさせる。
「……大丈夫?」
 なんだか自分を見て驚いてくれたような気がして、智恵美は少しの間をおいて聞いてみた。
 女性を立ち上がらせると、手に持っていた教材を彼女へと手渡す。
「いえ、あ、はい。大丈夫です……ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
 笑みを浮かべて返した智恵美に向かって女性は一礼すると、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 逃げるようなその仕草を、訝しげに見送る智恵美。女性が入って言ったのは、智恵美が今しがた出てきた小路地だった。
「…………うーん……」
 何かが、気になる。
 自分が通った時には何もなかったが、今、あの路地を通るのはまずいような気がするのだ。
 直感ともいえるその判断をくだすべきか、しばらく迷う。
 ふと顔を上げた。
 ショーウィンドウのガラスに、自分の顔が見えた。
 通りをはさんで向こうにも、同じようにガラス窓がある。
 まるで、鏡が向かい合っているかのように……
「……!!」
 はじかれたように、智恵美は修道服を翻して来た道を戻り始めた。
 頭の中で、微かに声が響いたような気がしたのだ。

「逃げたいですか? 逃げたいでしょう? 逃げましょう」

 微かに、だが、はっきりと。
 “それ”は神隠しの予兆の台詞。オカルトめいた現象、まさか本当に起こるとは思いも寄らなかった。
 足早に、智恵美は小路地へと戻る。先ほどの女性はいない。どこに。
 既にもう、この路地からは抜けてしまったのだろうか。それならそれで、構わないのだけれど。
 その可能性も、何故だか薄い気がした。
 ひたすらに嫌な予感がして、智恵美はただ前に進む。
「……おかしいですねぇ」
 思わず零した呟きは、意外に響いた。
 この路地は、こんなに長くはなかったはずだ。
 智恵美の記憶違いという事は少なくともありえないだろう。つい先ほど、この路地を通ってきたばかりなのだ。
 なのに……。
 そう考えている最中、前方に、今まではいなかった黒猫が見えた。
 黒猫は尻尾をゆらりと揺らし、誘うように路地の出口へと向かっている。
 まずい。そう思いながらも、智恵美はペースを落とさずに進んでいった。追っていた事件と同じ現象が起こっているのだ。逃さない手はないし、逃してくれる気もしない。
 しばらく追いかけっこは続き、そして、
 ――細い路地が開けた場所には、異質な空間が広がっていた。

 反転した色彩。
 動かない時計の針。
 ストリートバスケットを楽しむ、動かない人々。
 時の止まっている証拠。
 それらは、そこら中に存在していた。
 バスケットゴールに向けって放たれたボールもまた、止まっている。
 空中に、留まっている。

「……どうやら変な所に来てしまいましたね……」
 智恵美は、苦笑を浮かべて、周囲を見回した。改めてみるが、景色は変わらない。あえて言うならば、黒猫は消えていた。
 そして、その代わりに茶トラの猫が、これまたいつの間にか立っていた。
 ボールの上に。
「やれやれ、またですか」
「また……ですか?」
「はい、また、です。あなたで二人目ですよ……まったく、迷い人の多い時代になったもんです」
「寄る年月には勝てませんわねぇ……」
 あらあら、とほほえましくコメントする智恵美に、茶トラの猫はそうなんですよと芝居がかった口調で返す。
「あなたは黒猫を追いかけてきたクチでしょう?」
「えぇ、まぁ……そうなりますね」
「丁度いい。申し訳ないんですが、協力して、彼を捕まえてきてくれませんか」
「それは構わないのですけれど……協力とは、あなたと?」
「いいえ、違いますよ」
 愉快そうに首を振る茶トラの猫。
「ではどなたと……」
「まぁ、あなたはあなたの思うとおりにやれば、それで良いんですよ。では、お願いしますね?」
 最後まで大仰な仕草で一礼すると、黒猫はシルクハットの中へと消えた。

 消えた瞬間、
 色彩の全てが元に戻り、
 止まっていた人々が動き出し、
 時計の針も動き出し、
 そしてボールが、ゴールに入った。

「……さて、どういたしましょう?」
 自問自答。
 だが、さすがにすぐに答えは出ない。
 少なくとも、猫がただの猫でないのは確かだろう。シルクハットの中に消えた方も、自分をここに誘い込んだ方も。
 だとしたら当然、正攻法は利かない。だがそもそも、智恵美には正攻法自体が見えてこない。
 普段どおりの、いつもの街ならば、目撃情報を辿ることもできるだろうが、それも、無理。
「ゴ――――ル! よっしゃァ!」
 繰り返し繰り返し、同じプレーが繰り返されるストリートバスケットを見つめ、智恵美はまた苦笑を浮かべた。
 仕方が無い、しばらく歩こう。捜査の基本は足から、というわけではないけれど。



 それは、何度目の現象だろう。
「……疲れる場所ですねぇ、ここは」
 智恵美は、開けても開けても同じ部屋へと続くドアに、うんざりとした呟きを零した。
 合わせ鏡は、永久に続く。それをそっくりそのまま写してきたかのような、この現象。何もこの場所でだけ起きているわけではない。
 ショッピング通りを歩いていると、いつの間にループしているのか、同じ光景を何度も見かける。打ち捨てられた電車が気になり入ってみれば、三両編成だったはずの電車はどこまでもどこまでも続いている。ありえない。
 救いなのは、どれも法則がありそこから抜け出せることだ。
 智恵美は“ここ”の抜け道を探るために、神経を集中させる。ふわり、風も無いのに、髪が僅かに揺れた。見えない風は、前から後ろへと吹き抜けて行く。
「……では、こちらに行ってみましょうか」
 風が吹いた方向とは違う、横の扉に手をかけた。ゆっくりと慎重にではなく、もう無造作に開いて外へ出る。出られた。
 どういう仕組みになっているのか、入ってきた出入り口から外に出ることが出来た。
「ふぅ……」
 二度とこのようなお店には入りません、と今しがた出てきた喫茶店を一瞥し、扉の横に備え付けてあった長いすにちょこんと座る。
 文句を言っている割には楽しげに、智恵美はどこからともなく急須と愛用の湯飲みを取り出すと、その場でお茶を入れて一息ついた。動きっぱなしでは、体がもたなくなってしまう。などと適当な理由をつけての休憩である。
 思ったとおりに動けと言われ、なんとなく街中を見物……いや、探索してみた。協力、などと言われたが、誰かと出会う事も無く今に至っている。
「猫さんに捕まっていただくためには、誘き出して注意を引いて不意を撃つしかない……のですが、上手く行っているのでしょうか」
 茶トラの猫が人間並みかそれ以上の知恵を持っているのならば黒猫も同じだろうと読み、どこかで見られていることを前提に動いてみたのだが、うまくいっていないかもしれない。
 だとしたら、アプローチの仕方をそろそろ変えてみるしかなさそうだ。
 そう考えた矢先、
「あら、あらあら……」
 件の黒猫の姿が現れた。
 少し向こうの裏路地から、大慌てといった様子で出てくる。何をそんなに慌てているのか。だが、向こうから来てくれたのならば都合が良い。
 こちらは足止めといこう。
「黒猫さん、すこぉし、こちらへお寄りになりませんか?」
 声をかけてみた。走り出しかけていた黒猫は驚いたように足を止め、智恵美へとうろんげな視線を向ける。
 そんな視線は気にもせず、智恵美はおもむろに和菓子を乗せた皿を足元へと置いた。和菓子は、前に受け取ってもらえなかった代物である。
 黒猫は、警戒を解かないままにゆっくりと智恵美へと近づいてきた。智恵美への警戒はもちろんあるが、それ以上に先ほど出てきた裏路地への警戒心がとにかく強い。
 それに気づいた智恵美は、何があるのだろうとそちらへと注意をそらした。そろそろと近づいてくる黒猫は和菓子へと舌を伸ばす。
 その舌が和菓子に触れるか触れないかといったところで、
「あの猫、どこにいきよった」
 という少年の声と共に、少女が裏路地から出てきた。
 少女の手には少年の人形が握られていて、その少年の手には刀が握られていた。
 話したのは、どうやら少年の方らしい。
 智恵美が二人を見、黒猫もパッと顔をあげ、少年少女が二人を認識し、四対の視線が交錯。
 反応は、黒猫が一番に早かった。
 さりげなく退路を断つような位置にいる智恵美を一瞥すると、いきなり喫茶店の扉へとかけてゆく。
「ぶつかってしまうのでは……」
「その猫は扉をすり抜けるんやっ!」
「あらあら……」
「って、見とらんとはよう止めんかい!!」
 初対面にもかかわらず容赦無くつっこみを受ける智恵美。
 だが、黒猫は既に溶け込むように扉の向こうへと吸い込まれてゆく。
 少年少女が智恵美と並び扉へと手を伸ばしたが、時既に遅く、尻尾の先まで扉の中へと入ってしまった後だった。
「うわぁ、どないしてくれるんや」
「ごめんなさいね……」
「いや、まぁええわ。むしろお礼言わなあかんねん、都合が良いさかい」
「都合が?」
「そうや」
 少女が、少年の人形を智恵美の前に掲げて、少年の目線の高さを智恵美に合わせた。
「これで逃げ場がのうなった」
「……そのようですねぇ、反対側の扉にも、誰かがいるようですし」
「分かるんか?」
「まぁ、それぐらいは」
「せやったら物理的に向こうには逃げられへんな。っつーか、まぁ……ぃよっしゃあ!」
 にやっ、と嬉しそうに叫ぶと、少年は刀を構えた。邪魔にならないよう、智恵美は一歩後ろで待機。



「わいの読み通りや!!」



 扉が真横の切り捨てられ、部屋の中が見えてくる。そこは先ほどいたような喫茶店ではなくて、黒い塊と鈍い光を放つ二つの鏡面と、それをはさんで更に向こう側に呆然と立つ女性の姿があった。
 刀を振った軌跡が光を残し、光は本流となって全てを読み込んでゆく。
 純粋に、凄い、と、綺麗だと、そう思えた。
 目に焼きついている最後のワンショットは、目の前で倒れこむ少女を支える少年、二枚の白い鏡と対峙する女性、そして、こちらへと向かってとんでくる黒猫……――――

「甘い、ですよ」

 にこりと笑って、智恵美は少年少女の前に立ちふさがると、手の平を翻した。衝掌の要領で、黒猫の動きを阻害する。
「お見事!」
 一瞬動きの止まった黒猫に、横手からカシャンとケースが被せられた。小さなその人物は、身軽に一回転をかますとピタリと着地。ようやく視認を許される。
「あぁ、良かった。間に合った。まったく、無茶をしてくれますね……あなたは」
 そこにいたのは、茶トラの猫だった。
「無茶とはなんや無茶とは。わいは言われたとおりの事をしただけや」
 黒猫が入れられたケースの中で暴れているが、茶トラの猫はものともしない。いつの間にか復活していた少年少女に、反論。
「だからといって、お二人を巻き込むような形になってしまったではないですか」
「せやかて仕方ないやん、他にやり方知らんし」
「あのですねぇ……」
 開き直った言い草に、茶トラの猫は二の句が次げない。
「せやけど、悪かったとは思っとるわ」
「あら、いいんですよ。こうして捕まえられたのは、あなたのおかげなんですし」
 唐突に話題を振られ、やはりマイペースに答える智恵美。
 だが、少年は首を振ると、
「そこのトラ縞のがおらんかったら、この辺一帯ぶっ壊れてのうなってたやろうしな」
「おや」
「せやろ?」
 ばれていましたか、と悪戯を見つかったかのように、猫は言う。「まあ」と智恵美は笑った。
「さて、それではお約束通り、皆さんをお帰ししてさしあげましょう」
 茶トラの猫はシルクハットの中に黒猫を収めたケースを入れる。するとその代わりとばかりに、ステッキが一本、飛び出してきた。
 小さな手品に、喜ぶ女性二人。
 ステッキを手に取ると、猫は空中に一本の線を引いた。そこから柔らかい光が放たれ、景色の一部が扉のようにゆっくりと開いてゆく。
「簡易扉ですが、今回は特別に私が案内しますから、安全に帰れますよ。さぁ、行きましょうか」
「ようやく帰れますねぇ」
「あんさん何もしてへんやん。あー、長かったわ」
「…………………………」



 そうして三人と一匹は、白い闇へと一歩を踏み出した。



 気がつくと、通りをただ歩いていた。
 隣には少年少女がいて、茶トラの猫のかわりに女性が一人、歩いて……ドサリ、と倒れこむ。
「え、えぇ!?」
 いきなりの事に慌てる智恵美。それで意識を取り戻したかのように、少年少女の方も立ち止まる。
「な、なんや? うわっ、なんで倒れてんねん!」
「知りませんよいきなり……とにかく目立たない場所に」
 さすがに人通りの多いここはまずい。
 二人で適当な場所に移動すると、今度は少女とも言えなくも無い女性が一人、かけよってきた。何事かと思って聞くと、どうやら倒れてしまった女性の友人であるらしい。様子がおかしかったので、大学が終わってから追いかけてきてみたというわけだ。
「あ、あの、大丈夫なんですか!?」
「えぇ、おそらく……」
「巽ちゃん? ねぇ起きて、起きてよぉ。大丈夫って言ってましたよね? ね!?」
「大丈夫ですよ」
「…………………………」
「やかましい姉さんやなあ、ほら、起きたみたいやで?」
 ゆっくりと、倒れていた女性が目を開く。
 しばらくこちらを眺めてから、自分が倒れている事に気づいたようだった。上体を起こす。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です。二度目ですね」
「覚えていてくださったんですか、はい、二度目ですね」
「なんや、知り合いかいな」
「えぇ、向こうに行く直前に少々……あら、あらあら」
「こっちの姉さんの方が大丈夫やないみたいやな」
「ぇぐっ、う〜……死んじゃうかと思ったんだからぁ!」
「あなたの事、ずっと心配していたのよ。探しに来てくれたんですって」
「ご、ごめんなさい」
「せや、さっきから気になっとったんやけど、これ、なんやねん」
「これは……」
「これとはなんだよ、二人して失礼だな!」
 言いよどんだ女性の変わりに、少年の目の前に女性が掲げたわんこが声を荒げた。
 少年も驚いたようだったが、それ以上に、女性の友人は意外なものでも見たかのように、目を丸くする。
 私はといえば、矢継ぎ早の会話が面白く、しばらく黙ったままでいた。唐突な手品には、驚きよりはなんだか楽しく、笑みが零れる。
「う、うわぁ……嘘」
「……なんや、あんたさんもかいな」
「巽ちゃん、何ソレ、え? えぇ!?」
「腹話術って言うんです」
「凄っ。そんな事できるなんて初耳だよ!?」
「……あぁ、そうだ」
「ナニ」
 ふと、年長の勘とでも言うのかお世話焼きとでも言うのか、この場を立ち去った方が良いような気がした。
 少年少女の肩をこっそりと叩き、「そろそろ行きましょう」と耳打ち。二人を伴い、女性とその友人に目礼するとその場から離れる。
「なんでなん?」
「こういう気遣いが後押しすることもあるんですよ」
 疑問符を浮かべる少年の表情は晴れなかったが、私はそれ以上何も言わなかった。
 なんとなく、空を見上げてみる。
「あら、そういえば」
「なんや?」
「あの猫さんのお名前、聞くのを忘れてしまいましたわ」
 二度目はきっと、ないだろうけれど。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2390 / 隠岐・智恵美 / 女性 / 46歳 / 教会のシスター 】
【 2061 / 白宮・橘 / 女性 / 14歳 / 大道芸人 】
【 2086 / 巽・千霞 / 女性 / 21歳 / 大学生 】

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■         ライター通信          ■
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 まずは、納期を過ぎてしまい申し訳ありませんでした!(平伏)

 次回はのっけから謝罪などは避けたいなと誓いつつある紫玉です。
 『迷』の受注をありがとうございます。
 えぇと、さて。
 前回発注をお受けした回の続きっぽく、でもぽいだけで微妙に関係なくお話を進めてみました。
 なんだか言い訳がましくなりますが、長期の風邪(とインフルエンザ)を間に挟んだせいで…………(黙)
 シリアス、ほのぼの、コメディという3パターン。それぞれがリンクしつつ離れつつ三つの行動が最終的に纏まっているように目指したつもりです。
 なんだか傾向別れしたのは、まだまだ技量不足だからでしょうか。
 特に意味は無いですが、女性ばかり(?)で華やかですね。嬉しい限りです。

 隠岐・智恵美様のお話はほのぼのなようでどこか急ぎ足でした。微妙に会話重視気味。ごめんなさい。
 情報屋同士の横の繋がりもあるだろうなと思っての日常冒頭。賛否両論あるかと思いますが、最後にちょっとだけ合気道披露なんかもしてみたりして。
 能力駆使量は一番多かったかもしれません……。