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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


クリムゾン・キングの塔 【♯2】天使とパーティー


■序■

『 <深紅の王>の伴侶たちへ。

  予定がなかったらで構わないので、
  僕らにこの時代のこの国のクリスマスを教えてほしい 』

 その真鍮の招待状は、いつの間にかそこにあった。
 胸がちくちくする金属の匂いは、文字が今まさに刻まれたものであるかららしい。
 見たこともない文字が羅列されていたが、不思議と文面が理解できた。

『 きっと<深紅の王>は喜ぶだろう。
  月の子も、ソウル・ボマーも。
  僕も、風に語る者も。
  だから教えてほしい。
  すべてを知っているのに、きみたちのことを知りたい僕のために 』

『 これは僕のわがままだから
  そっと捨ててくれても構わない 』

『 でも、風に語る者はラム酒を楽しみにしているようだよ 』


 風が、そっと真鍮の粉を運ぶ。
 きらりと煌いたように見えたのは、天使の悪戯か、デジャ・ヴュか。


■パーティー・メンバー■

 神の御使いなのか地獄の使者なのかは定かではないが、ともかく人間ではない真鍮天使も、人間同様にミスをするようだ。真鍮の招待状には、パーティー日時が記されていなかった。それでも何故か、不思議と――5人が招待状を手に真鍮の塔に赴いたのは、12月24日の午後7時ちょうどであった。
 5人はそれぞれクリスマス・イヴに街中でよく見かける格好をしていた。
 シュライン・エマは、真鍮色に似たパーティードレス。
 光月羽澄は、どことなくサンタを連想させるが、暖かそうで洒落たルックス。
 手鞠ではなくクーラーボックスを抱えた九耀魅咲は、髪飾りがリースだ。
 藍原和馬と石神月弥に至っては、どこからどう見てもサンタクロースである。和馬などは小脇に大きなクリスマスツリーを抱えていて、白い頭陀袋まで持っていた。
「『クリスマスはヘンな仮装する日』だって覚えるかもな、あいつら!」
 はっはと牙を見せて笑う和馬に、羽澄が冷めた視線を送った。
「ちゃんとほんとのこと教えてあげなくちゃ、後々傷ついちゃうかもしれないわよ」
「彼らが傷ついたら……」
「『天罰』かソウル・ボマーだったな。了解了解」
 しかし見上げた真鍮の塔は、いつもと何も変わりがないようだった。この『塔』が現れてから、もうどれほどの日数が経ったか定かではないが――少なくとも東京都民はもう見慣れてしまっていて、(不気味であるせいもあり)『塔』を見上げて歩く者は少なかった。
 ツリーが立ち並び、電飾がきらめく街の中で、真鍮の塔は相変わらず錆びた金色のまま佇んでいる。東京に流れる電波も、相変わらず真鍮色のまま。ブラウン管と液晶画面に色を求めて、人々はクリスマスカラーの街に繰り出し、レンタルビデオとDVDを手にする。
「飾りつけとかしたらいいのにな。デカいツリーになるぞ」
「出来るはずなのに、やらないのね。こだわりかしら」
 羽澄が首を傾げたとき、真鍮の塔に開いた無数の窓(ただの隙間とも言う)のひとつから、ブリキのオウムがカシャカシャと飛んできた。
「あ、オウム!」
 月弥が微笑み、一歩前に出た。彼は無邪気に、手を伸ばす。彼は見た目よりもずっと長く生きていたが、こういったときに見せる仕草と表情は、子供のものだった。
 オウムは器用に、月弥が伸ばした腕にとまった。オウムの重さはまるで羽根のようだった。中は空っぽなのかもしれない。
『ルカズアオウヨジイタウヨシ。タレクテキクヨ』
 5人はそれぞれメッセージを必死で解読、ああと頷き、苦笑しながら真鍮の招待状をオウムに差し出した。
 オウムは5枚の招待状をかちりとくわえ、月弥の腕から飛び立った。
 がこん、がこん――
 『塔』の中で音がした。しかし、『塔』の高さは変わらない。どうやら、内部の構造を変えただけらしい。
「いっていいみたい」
 魅咲が、クーラーボックスを抱え直して歩き出した。
「ああ、待って。持つの手伝うよ」
「ありがとう」
 月弥が魅咲を追って走り、ふたりは微笑んだ。
「あいつ、張り切ってるな」
 和馬が小首を傾げて片眉を上げる。シュラインが歩き出しながら、和馬の疑問に答えた。
「張り切ってるんじゃないわ。喜んでるのよ。招待状をもらったのは初めてなんですって」
「おお、初体験か。そりゃ嬉しいわな」
「和馬さんは嬉しくないの?」
 悪戯っぽい羽澄の問いに、和馬は肩をすくめる。
「嬉しいとか嬉しくないとか、なんかそんな次元の問題じゃない気がするんだな……」
「難しいわね」
「まあ、ともかく、あのオウムには世話になったこともあるし。……あ、礼言うの忘れた」
「言う時間はたくさんあるわよ」
「だな」
 そうして、真鍮の塔は、5人の客を受け入れた。


■金色の会場■

「おやおや、ほんとに来てくれた」
「8印が一杯だな! ヨー・ホー!」
『ダウソリナニカヤギニ』
「しかも凄くおめかししてるようだね」
「酒がねえぞう! 酒がねえと謀反がよりどりみどりだぞう!」
 しかしひょっこりと顔を出して何やら言っている真鍮天使ふたりの姿よりも、5人は『塔』の1階部分の様相に驚き呆れていた。
 先ほどの「がこん」で、『塔』の内部をパーティー会場仕様に変更したらしい。これまで2回ほど 『塔』に入っている5人だったが、いま目の前に広がっているような長テーブルを見かけたことはなかったし、30人程度がゆうに入られそうなホールにも入ったことはなかった。真鍮製のパーティーホールには、例によって真鍮製のものしかなく、クリスマスには大よそ相応しくない無愛想さだった。
 しかし『塔』の姿を意のままに変えられる船乗りが、1階の、入口付近に立っているのは珍しいことだ。それに『塔』の管理者たるエピタフが、立って来客を迎えるのも珍しい。
 どうやら石神月弥以上に、真鍮天使たちはクリスマスを楽しみにしているようなのだ。
「……改装したのね」
 シュラインが苦笑すると、天使エピタフが満面の笑みで頷いた。
「作り変えてくれたのは僕じゃないけれどね。来てくれて嬉しいよ。実は期待してなかったんだ」
「そりゃ何だ、人間たちは付き合いが悪いとでも?」
「いや、クリスマスって、きみたちは親しい人同士で忙しいものだってことは知ってるからね。急に現れた僕らを優先してくれる人間たちはいないんじゃないかって思って」
「きたわ」
 魅咲はにこりともしなかったが、エピタフはにこりと微笑み、その言葉に深く頷いた。頷くエピタフの後ろから、船乗りが――いつも風に語っている者が首を突き出す。
「ホウ! ホウ・ハイ! 潮風が俺ッちに教えやがらァ、愛しいしとがすぐそばに!」
『レクテセマノマイ、ダウヨシゴ。ルスガリオカノムラ、オオ』
「だーめ! 準備はすぐに済むから、パーティーが始まるまで待ってちょうだい。魅咲ちゃん、そういうことで、まだラムを渡しちゃだめよ」
「あ、嵐が来やがった! 帆を下ろせ!」
『……カルイテツシオバトコウイトシロゴマナノビヘ』
 船乗りの鼻先まで詰め寄って、魅咲のクーラーボックスをガードしてから(魅咲は羽澄の言いつけに素直に頷いて、いっそう強くボックスを抱きしめた)――羽澄は、はっと息を呑み、エピタフを見た。
「……傷つけちゃったかしら?」
「彼は気にしてないし、逆に反省してるよ。さあ、中に入って。何か必要なものがあれば用意するから」
 エピタフは入口を開けた。真鍮の飾りに、彼の真鍮の翼が引っかかって、甲高い音が上がった。
「ええと、『ほんじつはおまねきいただきまことにありがとうございます』。……月の子は?」
 月弥は格式ばった挨拶をして、ちょこんとエピタフに頭を下げてから、真鍮色の会場を見やり――またエピタフに目を戻した。どこもかしこも真鍮色で、月の子の白はそこになかった。
「いないね」
 月弥同様に会場を見渡して、エピタフは初めて困り顔になった。
「呼んだけれど、呼んで来てくれたためしがないからなあ」
「じゃあ、俺が探して連れてくるよ。クリスマスのことは、俺より他の皆の方が詳しいはずだから」
「お願いしようかな」
「OK、任せて!」
 月弥はいくつもあるドアのひとつを適当に選び、会場を出ていった。クリスマスツリーを隅に置きながら、和馬が目をぱちくりさせる。
「……探すったって、あいつ、見当ついてんのか? この『塔』、ローグ型ダンジョンなんだぞ」
「エピタフが言ったじゃない? 『お互いに会おうと思えば、誰とでもいつでも会える』ところじゃなかった?」
 シュラインが言いながら、真鍮のテーブルに持参してきた料理を並べた。
 パイ生地で出来たローストターキー(偽)だ。風に語る者の肩からオウムが飛び立ち、ローストターキーの前にとまって、カシャカシャと首を傾げた。
『カタツカヅキオレワ』
「ええ。一応あんたも鳥でしょ?」
『バレナバトコノノモクユキサハレワ、ナイ』
「あらら。それじゃ、取り越し苦労だったのね。七面鳥、買って来たらよかった」
「わたし、かってきましょうか」
 魅咲が不意に言葉を挟む。彼女は大人しくクーラーボックスをまだ死守していて、シュライン作のパイ生地ターキーを、オウムとともにもの珍しそうに眺めていたのだ。
「そんな、いいのよ。この辺りで七面鳥売ってるところなんてわからないし」
「すぐかえってきます。生きてるのじゃなくて、もうはねをむしって、りょうりしてある方がいいですよね?」
 からんころんと雪駄の音を立てながら、魅咲は羽澄とともにツリーを飾りつけている和馬に歩み寄った。これ、とクーラーボックスを和馬に託し、不可思議な少女は『塔』を出ていった。
「不思議なコね……」
「つーか、これ、やッたら重いんスけど。……ツリーの飾りつけ出来ねェ……」
「いいわよ、私がやるから」
「楽しそうだなオイ」
「ツリーの飾りつけって楽しいものでしょ? クリスマス当日の飾りつけって初めてだけどね。――レイトマンがボックス狙ってるわ、頑張って。エピタフ、手が空いてるなら手伝ってくれる?」
 羽澄が声をかけると、エピタフはぴくりとわずかに跳び上がった。どうやら、客の様子を見るのに夢中になっていたようだった。それはあたかも、客の表情と会話から、情報を吸収しているかのようで――
「ああ、いいとも。『好きなように飾っていいのかい?』」
「そういうものよ。好きなように飾って」
「神父の格好してるのにクリスマス知らねェってのは、考えてみたらかなり変だぞ」
「そうかな、変かな。ああ、これは美味しそうだね」
 ツリーにかけるモールをしげしげと眺めて、エピタフは妙なことを口にした。
 かなり変だ。


■集合と時間■

 お互いに会おうと思えば、誰とでもいつでも会うことが出来る――

 この『塔』は、そういう処だ。
 月弥が会おうとしていたものも、月弥に会おうと思っていたのか。
 頭のてっぺんからつま先まで純白の月の子は、真鍮のブランコに乗っていた。
「ここにいたんだね。みんな待ってるよ。1階に行こう」
 とは言うものの、ここはひょっとすると1階のままなのかもしれない。いくつものドアを開けたし、階段を上って、梯子を下りた。ここが『塔』の何階で、東西南北どこのブロックなのか、さっぱり見当もつかなかった。
「ポトスはおしゃべり?」
「うん、でも月の子も一緒にいたら、もっと賑やかだよ」
「ひいらぎがちくちくするわ」
「そんなことないよ、みんないい人たちだもの。エピタフだって、月の子が見つからなくてがっかりしてたんだから」
「目は青い?」
「そうさ。エピタフも風と喋るあいつも、待ってるよ」
 月弥は思い出して、付け加えた。
「レイトマンも待ってる」
「しんぶんはいたつは今日もしてるよね」
「でも、今日は特別な日なんだ。俺はまだ詳しくはないけど、町の石から聞いたよ。今日は凄く楽しい日なんだ。エピタフたちはその楽しさを知りたいんだって。俺も知りたいし。聞くだけじゃわからないもの。――ああ、俺、石とお喋り出来るんだ。言ってなかったね」
「あたしも食べる!」
 ブランコから、月の子は降りた。月弥は笑って、その白い手を取る。
「うん、話したげるよ。隣の家の庭石が言ってたけど――」
 そうして、月弥は東京の鉱物たちから聞いたクリスマスの話をしながら、月の子の手を引いて歩き出した。月の子は口を挟まなかった。聞いているのかいないのかもわからない表情で、ふらふらと頼りない足取りで歩いた。
 月の子は、エピタフたちに会いたいと思ったのか――
 ただひとつのドアを開けただけなのに、月弥はパーティー会場に戻ることが出来た。
 同時に、九耀魅咲が大きなビニール袋を下げて、『塔』に戻ってきていた。


「コンセントってもんがないな、この建物は」
 ツリーの電飾のプラグを持って、和馬は会場を壁に沿ってうろうろした。そう言えばと気がついてみれば、この『塔』には明かりというものがない。それでも、視界は明るく、どこもかしこもくすんだ真鍮色で輝いているのだ。
「あれ、電気が要るんだね」
「今の人間が作ったものは、大概電気がないと使えないのよ」
 シュラインが苦笑するのを見て、エピタフはどこか感慨深げに頷いた。
「その道具はクリスマスに必要なものなんだね」
「絶対必要なもの、っていうのはないわ。クリスマスにはね。でも、無いと寂しいかも」
「そうか。……電気は無いけど、<深紅の王>の力なら借りられるよ」
 エピタフはちらりと風に語る船乗りに目配せした。
「ヨーソロわかった、船に女も乗せねエと!」
 船乗りが、びしと天井かどこかを指差した。
 ガシャガシャと音を立てて、パーティー会場の壁が変化した。和馬がコンセントを求めてうろつく必要はなくなった。壁一面にコンセントが現れたのだ。
「……こんなに要らねって」
 和馬はがくりと肩を落とすと、適当なコンセントにプラグを差し込んだ。
 真鍮色の会場の片隅で、色とりどりのツリーに、色とりどりの電飾が燈った。


■天使のラム酒■

 魅咲のクーラーボックスがようやく解禁となった。
 風に語る者とブリキのオウムの目は、パカと開いたボックスに釘付けだ。
「ホウ・ホウ・ハイ!」
『ダムラ! ナダムラ!』
「魅咲ちゃん……こんな高そうなお酒、どこで?」
「おさななじみがバーではたらいてるんです」
「俺は赤ワイン出すのが恥ずかしくなったじゃねェか……」
 魅咲が瓶を取り出す前に、酔っ払った船乗りと素面のオウムは歓声を上げた。
「本当はラムじゃなくてシャンパンを呑むんだけどね」
「そうなのか。僕が余計なことを書いたね」
「いいんじゃない? 適当に呑んで楽しくなるなら、シャンパンでもビールでもラムでもいいと思うの」
 羽澄は笑って、持って来たガラスのグラスをエピタフに差し出した。
「クリスマスは要するに、救世主のお誕生日よ。人間は他人の誕生日をお祝いする生き物だから」
「変わってないようだね。ああ、1000年前もそうだったし、2000年前も、その前だって――」
 エピタフは満足そうに笑うと、羽澄の手からグラスを取った。
 しかしその頃には風に語る者が、すでにラム酒をひと瓶一気に飲み干してしまっていた。シュラインと和馬はその飲みっぷりに呆れて、言葉を失っていた。
「それ、アルコールど、43どだって」
「死ぬぞ」
「旨い!」
『プギャ!』
 船乗りが、かあッと素面の息を吐いた。同時に、肩にとまったオウムがくちばしを開いてゲップをした。シュラインはたまらずぱたぱたと手で眼前を仰ぐ。オウムの息は恐ろしく酒臭かったのだ。
「まあ座れ、まあ呑め、今宵は宴なのだろう」
『ハチジルシ、ハチジルシ! ピギャ!』
 船乗りは和馬の肩を叩き、女性陣のために真鍮の椅子を引き、月弥の頭をがしがし撫で回した。
「おお、我は精神爆破魔を呼んでくるとしようか」
『プギャ! ウギャ! シバリクビ!』
 肩を遠眼鏡で叩きながら立ち去ろうとする風に語る者の翼を、電光石火の勢いで和馬が掴む。
「何故とめる」
「やめろやめろ、あんなヤツ呼ばない方がいいって。誰か蹴られるだろ」
「あら、でも私、あの軍人さんにもプレゼント持ってきたのよ」
「プレゼントで喜ぶタチかあいつは?!」
「喜ぶとも。『池の周りのランプが食える』と言って喜ぶだろう」
『トリカジ、トリカジ!』
「だァからいいって、やめろって!」
 バキャ。
「あ!」
「お?!」
「ぐぉあ!」
「わ!」
 船乗りは、和馬に翼を掴まれたまま強引に1歩踏み出した。和馬の握力は人間のものではなかった。真鍮製の、翼に見えないこともない翼が、ばっきりと根元から折れて、和馬の手の中に残り――風に語る者は崩れ落ちた。
「……おまえら、脆いぞ」
「う、ううううぐ」
「あぁあぁあぁ」
「えぅ、ひっく」
「月の子、見ちゃダメだよ!」
 どうやら翼をもがれるのはそれなりのダメージであるらしく、船乗りはうずくまったまま動かない。エピタフも困り顔で風に語る者の傍らに膝をつくだけで、何も出来ないでいる。真鍮天使に何も出来ないのだから、招かれた者たちはそれ以上に何も出来ない。
「ああ、くるわ」
 魅咲がクーラーボックスから取り出したアイスをつつく手を止めて、ツと天井を見た。シュラインと羽澄もその耳で聞いたのだ。真鍮のからくりたちが、これまでとは違う音を立てるのを――
「冗談はよせ」
 真鍮天使の片翼を持ったまま呆然としていた和馬が――
「ほアたーッ!! 敬礼ィィィイイーッ!!」
「ぐをォオ!!」
 次の瞬間、椅子から転げ落ちた。
「CDをフリスビーにしている輩は何処の何某だ、絶滅種めが!」
「メリークリスマス、ソウル・ボマー」
 こめかみを押さえてうつむくシュラインと羽澄。その横で、月の子の手を握っていた月弥が、にこにことその軍人を祝福した。
 ソウル・ボマーが、どこからともなく現れたのだ。永遠に発狂している軍人型天使は、クリスマス・イヴでもやはり狂っているらしい。
「たべる? このリキュール、バニラアイスにかけるとおいしいの」
 一向に臆さず、魅咲もオーストリア産のリキュールをかけたアイスクリームを軍人に差し出した。しかしながら和馬をぶっ飛ばした天使はすでに仕事を終えたつもりのようで、視線はふらふらと壁の真鍮のねじの数を数えている。
「自分はブリキの歌だ」
「あぁ! 待って待って!」
 役目を終えた精神爆破魔は、わざわざ死んで去っていく。クリスマスに死はあまりと言えばあまりだ。ブリキの拳銃を取り出したソウル・ボマーに、羽澄が素早く組みついた。
「エピタフ! ソウル・ボマーもパーティーに参加させてあげて。クリスマスは楽しくて、幸せなものよ。自殺なんかされちゃ、気持ちも沈むわ。お願い、説得して」
「俺はもうぶっ飛ばされたくねェぞう」
 乱れた髪を整えながら椅子に座り直す和馬に、シュラインは「しいっ」というサインを見せた。和馬も肩をすくめて、それ以上ぼやきはしなかった。
「アイスをたべようよ。ね」
 羽澄に組みつかれたまま、またねじの数を数え始めたソウル・ボマーの口に――魅咲が、チョコレートクリーム・リキュールがたっぷりかかったアイスを突っ込んだ。そのとき初めて、狂天使の目が驚いていた。
「甘い」
 そして初めて、まともな台詞を口にしたのだ。魅咲が思わず微笑んだ。
「まだたくさんあるの。死ぬのはやめて、たべようよ」
「印刷会社も1ページ目を開いたな」
「『こんな自分でよければ……』だって」
「そう言ったわけか?! いま?!」
 その頃には、ソウル・ボマーが乱入する切っ掛けとなった船乗りの翼は――すっかり、元通りになっていた。軍服姿の天使は、客や他の天使たちとは少し距離を置いた席に座った。そうして、魅咲が差し出したアイスクリームを、黙って口に運び始めたのだった。


■天使に贈り物■

 真鍮の大時計(会場にあったのだが、その存在に気がついたのはシュラインが最初で、それもパーティーが始まってから1時間後のことだった。壁に同化していて目立たないのだ)が午後10時を回る頃には、大体の人間と天使が強いアルコールで出来上がっていた。
 高校生の羽澄までもが、風に語る者に軽くおねだりしてお裾分けしてもらったラムを飲んでいた。酔っ払った和馬はソウル・ボマーと肩を組み、軍人の頬にぐりぐりと拳を押しつけたり軍帽を逆さにしたりして遊んでいる。狂った天使はと言えば、アイスとリキュールがなくなったグラスをばりぼり咀嚼していた。月弥もどさくさで酒を月の子と飲んだらしい。赤い顔で月の子にジャンケンのシステムを説明している。魅咲はアイスを平らげて、リキュールをひと瓶あけたというのに、けろりとしていた。一方、シュラインはターキーと偽ターキーを食べすぎて少し胃を痛めている。
「やあ……賑やかだな」
 エピタフは目を細めて、少し異様で素敵なパーティー会場を眺めていた。まるで庭先で遊ぶ孫を見る老人の目だった。
「あら、まだよ。まだイベントが残ってるわ」
 シュラインはゲップを押し殺しながら、バッグを開けた。中から取り出したのは、四つのプレゼントだ。それを見て、和馬と羽澄もあっと我に返り、荷物をかき回した。
「ほれ、メリークリスマス」
「はい、私からも。メリークリスマス、天使さんたち」
「ああ、有り難う――こういうこともするんだね」
「これがメインだってやつもいるぞ」
 プレゼントを受け取って、まだ中身を確かめようとはせずに、エピタフと風に語る者が顔を見合せ、すまなそうに肩をすくめた。
「僕らは何もお返しが出来ないよ」
「知っていながら、知りたいが故に、何も用意をしなかった」
「いいのよ。こうして誘ってくれただけで嬉しいわ」
「気にしないで」
「俺は気にしないでおくから、そういうことにしておけよ」
 月の子にも、いくつものプレゼントが渡されている。月の子は礼を言わなかったが、目を見開くこともなく、黙って受け取っていた。月弥は顔を曇らせた。
「ごめん、俺、ラム酒しか持って来なかったよ。月の子が何欲しいか、わからなかったから」
「あたし、もうまんまるよ。石ちゃん」
「え……」
「石ちゃんはシリウスよりも真っ白よ。石ちゃんはまんまる」
 月弥は照れて、赤面した。
 塀に飾りつけられた電飾が綺麗で、次の日はゴミステーションに鳥の骨がたくさんあって、家の中の人々はみんな笑っていて、ケーキが均等に切り分けられて……月弥が月の子に話したクリスマスの知識は、今夜皆で過ごしたクリスマスとはまた違った角度のものだった。それでも、月の子は確かに言ったのだ。
 月弥の話が、プレゼントそのものであったと。
「そう喜んでもらえたら、俺、嬉しいよ」
「……そう喜んだわけか、いま?」
 いつも通り、仏頂面で呆れる和馬に、月弥は振り向いて頷いてみせた。
 黙って天使に贈られるプレゼントを見つめていた魅咲が、やはり黙って――まだ半分残っているリキュールのボトルを、黙ってスプーンを食べているソウル・ボマーの前に押し出した。
「瓶を持って帰らねばならぬところなのだ――だがこれは、お主にくれてやろう。お主は、この酒が気に入ったのであろうからな」
 その囁きは、狂った天使にしか届かなかった。
 ソウル・ボマーはのろのろとリキュールのボトルに手をかけて、
「ああ、甘い甘い」
 そう、声を漏らしたのだ。
「そこまで喜ばずともよかろう。すぐに手に入るものだ」
 そう喜んだわけなのだ、いま。


 見て、と別れ際に羽澄が『塔』を指した。
 東京タワーのようにライトアップはされていなかったが、『塔』はいつもよりも輝いて見えた。午後11時の話だ。パーティーはお開きとなって、シュラインと羽澄が中心となってきちんと会場を片付け(すぐさまおいとましようとする和馬を止めたのも彼女たちだ)、明日も仕事や学校があるからと、客は酒でまだ火照った身体のまま『塔』を出た。
 『塔』が輝いているのは、まるで雪のような真鍮の粉が、『塔』の窓や隙間から飛び出しているからのようだった。
「きれいね。この調子を毎日続けてたら、IO2も自衛隊も目くじら立てないのに」
「毎日がクリスマスってわけにもいかねェだろ。1年に1回だから、皆こうして大騒ぎをするわけさ」
「またいつかさそわれるかな?」
「エピタフたちなら、またやってくれるよ」
「また来るわ。切っ掛けが今日みたいな招待状であったらいいわね」
 それぞれの帰路についた5人は、次の日まで身体のあちこちが金色にきらめいていた。真鍮の粉は、事の外遠くまで飛んだようだったのだ――

「ああ、しまった、オウムに礼言うの、忘れてた」


■お披露目会なのか、食事会なのか■

「これはマフラーというものだね。確か首まわりを温めるものだったなあ」
「ヨー・ハイ! サンゴ礁は避けていけ!」
『ワルオテイキガキハトロイノイロソトノモクユキサ』
「10時方向にほおずきだ」
「ああ、はいはい、良かったじゃないか。多分目の色と合わせてくれたんだよ」
「ドングリたべたいな、帽子つきのドングリ」
「ああ、月の子に似合いそうだね。彼女らしいな。いいペンダントだ。彼は……ああ、ぬいぐるみをくれたんだな」
「ハイ・ハイ・ヨー! 愛しいしと!」
『ダムラ! オオ!』
「きみほんとにラム好きだね」
「特攻は命中したぞ、神童め」
「ああちょっと、マフラーと腕時計は食べ物じゃないよ。わ、月の子も! それはぬいぐるみだよ、食べるものじゃないったら。きみももらったものをすぐ飲み干すような真似はしないほうが……」

「でも、うん、確かに美味しそうだね」




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1943/九耀・魅咲/女/999/小学生(ミサキ神?)】
【2269/石神・月弥/男?/100/付喪神】

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               ライター通信
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 モロクっちです。お待たせしました。『クリムゾン・キングの塔』クリスマスイベント編をお届けします。何か本編より壊れているような気もしますが(笑)、基本的にほのぼのと進みました。いかがでしたでしょうか。
 異界はパラレルワールドですので、24日に他の方と予定が入っているPCさんも、この『クリムゾン・キングの塔』が出現した次元では、予定が入っていなかったのでしょう。逆のパターンもありますね。そう考えると、異界というのは面白い世界だと思います。色々なクリスマスやお正月があるのでしょうね。
 天使たちは今回参加して下さったPCさんたち、ひいては人類全体に好印象を持ったようです。お疲れ様でした。
 お楽しみ頂けたのならば幸いです。
 それでは、また!