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<東京怪談ノベル(シングル)>


『嘉神先生の憂鬱なる昼休み − 平穏ってナニ? − 』
 教室二つ分の広さを持つ家庭科室を芳醇なコーヒーの香りが満たしつつある。
「うーん、マンハッタンのマスターもびっくりのいいコーヒーの香り。さすが俺だ」
 同僚の科学教師に誕生日プレゼントでもらったコーヒーメイカー(よくドラマや漫画で見るアルコールランプなどを使って作り上げた奴だ。しかしよくもまー。ほんとにこんな物を作る奴がいるとは。ちなみにその科学教師は男なのだが、普段からなんか熱い視線を俺に送ってくる。。。。とりあえずはこれも友情ゆえの誕生日プレゼントという事にしているのだが、大丈夫だろうか、俺?)からは本当に良い香りが立ち上っている。後は少し蒸らすだけでいい。
「さてさて、お次は・・・」
 充分に熱したフライパンに調理用バターを敷いて、そこにシャケの切り身352円を。裏表表面をほんのりと焼き、それをアルミホイルを敷いた皿に移すと、今度はそのフライパンで刻んだ椎茸、にんじん、たまねぎ、ピーマン、そしてしめじを焼いて、それをシャケの上に綺麗に乗せて、
「マヨネーズをかけると♪」
 そしてマヨネーズを綺麗にかけたら、それで上手にアルミホイルで包んでやって、電子レンジへGO。5分加熱だ。
 その5分の内に俺はアルデンテに仕上げたパスタを冷蔵庫から取り出す。
 パスタのアルデンテはまあ、人それぞれだが。俺の場合は湯だったパスタを途中で切って、面の中央にほんの髪の毛ほどの細さの芯が残っている状態をアルデンテとしている。
 取り出したパスタをまな板の上で半分に切って、それをボールに。そのボールに刻んだきゅうりとハム、シーチキンをさらに入れて、また、マヨネーズ。混ぜ混ぜ。
「うっし。スパサラ完成」
 ボールから小皿にスパサラを盛って、綺麗に小山形に乗せたそれの上にミニトマトを乗せる。
 そこでレンジが加熱終了を報せる。さすが、俺だ。
 俺はシャケのアルミホイル焼きマヨネーズ風味を取り出すと、アルミホイルを開いた。香ばしい香りは俺の食欲を刺激する。
「シャケのアルミホイル焼きマヨネーズ風味に、スパサラ、後は、と」
 煮だつ直前に豆腐とねぎ、わかめが入った味噌汁(今日はネット通販で名古屋から取り寄せた赤味噌だ)を沸かしていたガスレンジの火を止めると、俺は再び冷蔵庫から小皿を取り出す。中身はサラダだ(レタスを敷き、その上に千切りしたキャベツを乗せ、そのキャベツの小山の頂上に細かく切ったピーマン、にんじん、たまねぎをかけてある)。そのサラダに俺はお手製ドレッシングを。
 ドレッシングの香りが俺の食欲をさらに刺激する。
「良し、今日の俺様の昼食完成」
 俺はぱんと両手を叩き、かけていたエプロンを脱いだ。
 そう、俺よりも背が高く、この俺様をまきちゃんと呼び、尚且つなにやらセクハラや逆セクハラをしてくる生徒どもに憂鬱にされるこの俺様の学校での一日のうちで一番輝くのがこの時間なのだ。調理実習が入っている時以外はこうやって調理室で昼食を作るのがささやかなる俺の幸せ。ストレス解消方。
「なによりもやっぱり飯は作りたてのが美味いしな♪」
 温かい湯気をあげる炊き立てのごはんに、味噌汁、シャケのアルミホイル焼きマヨネーズ風味に、スパサラにサラダ。そしてコーヒー。
 俺はまずは日課である牛乳一瓶を空けると、
「両手を合わせていただき」
 いただきます、と、言おうとした瞬間、まるでそのタイミングを見計らったように家庭科室の扉が開けられた。
「あ、いたいた。嘉神先生っ! 電話ぁ。電話お願いしますよ。アメリカの姉妹校のハイスクールから短期交換留学の件での電話がかかってきて」
「って、それでなんで俺を呼びに来るんですか。あなたの担当教科は英語でしょう。英語。あなたは英語教師!」
「だって、ほら、僕の母国語は日本語で、ネイティブな英語の発音はできないですし。それに前に賢いをsmartではなくcleverで言っちゃって、電話の相手を怒らせてしまったんですよ。それがトラウマで」
 ただでさえ会話が苦手な日本人。しかもこの先生は、随分と人見知りが激しく、初めて教壇に立った日に自己紹介を日本語でやっていたのに、舌を噛んで病院送りになったというダメ武勇伝を持つ人だ。確かにそんな人がそんなトラウマまでも抱え込んでいたら、電話に拒否反応が出るのもわからなくない。しかし・・・
「だって、俺、今から昼飯」
「電話が終わってから食べてください」
 なんて勝手な!
「とにかくほら、嘉神先生、お願いしますよ。我侭言わないで」
「って、我侭言ってんのそっちでしょうが!」
 ああ、しかし哀しいかな。俺の身長が161センチで、体重も平均体重なのに対して、彼の身長は183センチ。体重は76キロ。まさしく大人と子どもと言ってもいいほどの体格の違い。もちろん、パンチキックを放つ訳にもいかず、駄々をこねるも俺はデパートの玩具売り場から強制的に母親に手を引っ張られて連れられていく子どものように彼に職員室へと・・・。
 ああ、恨めしや、体格差。さようなら、俺の温かい昼飯。
「連れられていーくよぉー♪」
 襟首を持たれて引っ張られていく俺は生徒たちに笑われながらもハンカチで涙を拭きつつドナドナを口にした。
 
 職員室に入ると、拍手で迎え受けられ、なんかものすごくイイ笑みを浮かべた教頭先生に受話器を渡された。
 俺はため息を吐く。
 もう、こうなったらしょうがない。速攻で片して、家庭科室に戻る。
 俺は受話器に向かって、英語で話し掛けた。
『おお、これは素晴らしい英語の発音ですね。今の音は日本人の舌使いではとてもとてもベリー難しいのですが、あなたの発音はGOODです♪』
 ・・・。
 俺は受話器を持ったまま周りの教師どもを見る。彼らは俺を憧憬の眼差しで見ているが、しかし受話器の向こうから聞こえてきたのは明らかに(多少、発音が変であるが)日本語だった。
(ったく。日本人の悪い癖だ)
 俺は頭を掻きながら、向こう、日本語話せます、と受話器を教頭先生に返そうとしたのだが、
『Is this Mr Kagami・・・』
 しかし、次に聞こえてきたのはバリバリ楽しそうな英語で、そして教頭先生になんかものすごくイイ笑みで渡されたのは交換留学の概要や、条件面、それにホームファミリーのデーターなど等・・・。
 しかも、もはや交換留学の件での会話はとっくの昔に終わっていると言うのに、相手はこちらが流暢な英語を話せるのにすっかりと気分を良くして、世間話まで始めてしまう始末。おい、こらぁ。こっちだって昼飯食わないかんのだぁ! と、言う訳にもいかず・・・
 周りの先生たちはジャパンアニメーションについて熱く語られている俺の事など露知らずにお弁当を美味しそうに食べている。
(あー、腹減った。勘弁。マジで誰か俺を開放して・・・)
 心の涙を流し続けたのは時間にしておよそ20分。
 ようやく開放された俺の脳裏では散々どれだけ素晴らしいかを力説されたアニメの主人公である眼鏡をかけた小生意気そうな少女がペンダント型のボイスチェンジャーでしゃべっている光景がありありと浮かんでいた。なんかどっと疲れた。
「あー、ご苦労様、嘉神先生。それにしてもえらく長い時間話していたねー。あちら様はご高名な教育学の先生なんだ。きっとさぞかしためになる教育論を伝授してもらえたんだろうね。いや、羨ましいよ」
 ・・・。きっと、俺はものすごく愉快そうに微笑んでいる違いない。なぜなら脳裏でとぼけた事をほざいているシャイな英語教師を『てめぇー、馬鹿やろぉー。バリバリ向こうは日本語話せるじゃないかぁー』と怒鳴りながらぼこってるシーンをエンドレスで想像しているのだから。
「とにかく、これ。向こうからの条件とデーターです。生徒の成績表とかは後でメールで送るって」
 英語教師が目を丸くしているのはきっと、メモ用紙に書いてあるのがロマンシュ語だからだろう。俺のささやかなる報復だ。こっちは先ほどから眼鏡の少女が世話になっている医者の声で殺人トリックを解明してるシーンがエンドレスで流れているのだからそれぐらいは許されるはずだ、っていうか、ほんとはちっともそれじゃ足りないんだが。
「ああ、でももう怒りは忘れよう、真輝。だっておまえには家庭科室で美味しい料理が待っていてくれるじゃないかぁ! ああ、おれぁ、幸せだぁー」
 小躍りしたくなるのを我慢しながら俺はるんるん気分で家庭科室へと向かった。5時間目は今日は空いてるからまだ充分に昼食を楽しむ時間はある♪
「お待たせぇー」
 俺は家庭科室の扉を開けた。
 ・・・。
 その時の俺はきっと、豆腐の角で頭をぶつけて人が死んだシーンを目撃したような表情を浮かべていたに違いない。
 なぜなら机に並べられていた料理はすべて無くなっていて、そして女子生徒三人が優雅にコーヒーを啜っているのだから。
「・・・」
「あ、まきちゃん。お帰りぃー♪」
 なにやらものすごくかわいらしい笑顔で手をふる彼女に、俺は明日の天気の事でも訊くようなさりげなさで、
「あー、えっと、キミたちここで何をしているのかな? それとそこには俺の昼飯が並んでいたはずなんだけど、知らない?」
 小娘ズは見合わせあった顔をいっせいに俺に向けると、
「ん? まきちゃんを待っていたのよ。来週のバレンタインで彼氏に送るチョコレートのレシピを書いてもらおうと想って」
「そうそう。そしたらまきちゃん、いないしさ」
「だけど、机には美味しそうに湯気を立ち上らせる美味しそうな料理が並んでるじゃない? で、」
「「「あたしたちで食べた」」」
 ・・・。
「あー、もう、まきちゃん、そんなショックそうな表情を浮かべないでよ。だってだって、料理があたしたちに食べてーって泣いて訴えてきたしさ」
「そうそう。それにこのまんまじゃ昼休みも終わりそうだったし」
「だからもったいないからあたしたちで食べてあげましょうって。これはあたしたちのまきちゃんへの師弟愛なのよ!」
「「「ねー♪」」」
「・・・」
 なにが、ねー♪ だ。おい、こらぁ。
「あ、昼休みも終わるわ」
「んじゃ、まきちゃん、あたしたち授業があるから、また明日、来るね」
「あ、できれば明日はマヨネーズをあんまり使わない料理にしてね。ほら、あたしたちお年頃だし、バレンタインのデートもあるしさ」
「そうそう。それと、明日はブラックコーヒーじゃなくって紅茶かハーブティーにしてよね♪」
 立ち尽くす俺の肩をぽんぽんと叩きながら口々に好きな事を言って、そして小娘ズは、
「「「って、言うかさ、まきちゃん。ぶっちゃけ、彼氏捨ててあげるからあたしのお嫁さんになりな♪」」」
 と、甘い声で囁いて、耳にふぅーと吐息を吹きかけて、そしてきゃぁー(><) と叫びながら家庭科室から走って出て行った。
 残ったのは料理とコーヒーの残り香と、汚された3人分の食器。そして俺の空腹感と小娘ズへの敗北感。一瞬、奴らにかわいらしくエプロンをつけてせっせと料理を作っている自分の姿を想像してしまった。
 そして脳裏に浮かぶのは相変わらず眼鏡をかけた少女で、彼女は俺に必ず最後に犯人に言う決め台詞を哀れみを込めた表情と声で言う。
『やれやれね。無駄な努力、ご苦労様』
 ぐぅーという腹の虫があげた抗議の声と昼放課の終わりと5時間目の始まりを報せるチャイムが重なって鳴り響き、そして家庭科室にはまた英語教師が飛び込んできた。
「先生。今度はドイツのハイスクールから電話が!」
 やれやれ。どうやら俺は平穏な日々どころか今日の昼飯でさえまだ遥か彼方らしい。

 ―合掌―