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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:霧の街 後編
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「さて。行くとするか」
 草間武彦が言った。
「ホントに一緒に来る気?」
 新山綾が確認する。
 北の島。
 ほほ中央部に横たわる大雪山地。俗に北海道の屋根と呼ばれる。
 山間のウラルコタンと名付けられた場所を、彼らは訪れようとしていた。
 霧の街の謎を解くために。
「いくさ。この依頼を受けたのは、うちだからな」
「止めはしないけど、気を付けてね」
 綾が心配するふりをした。
 まあ、本当に心配しているのかもしれないが、そうは見えないのが、茶色い髪の助教授の人徳のなさである。
「言われるまでもないさ」
 苦笑して周囲を見渡す怪奇探偵。
 ウラルに赴く仲間たちが、等しく頷く。
 悲愴美は、彼らには似合わない。
 どんな困難も難題も、笑って吹き飛ばしてきたのだ。
 事実とは多少異なるが、そう思っていた方が精神衛生に良いだろう。
「ウラルってのはたいして広い土地じゃないわ。廃村になってもう三〇年以上。その間、整備もなにもされてないから、ほとんど秘境と同じよ」
 改めて確認する。
 この時期は熊や蝮なども冬眠しているから、野獣に対する心配はあまりいらないが。
「それにしても‥‥」
「どうした? 綾」
「わたしの推理が外れていて、霧の街とウラルが無関係だったらどうするの?」
「そのときは、自分の迂闊さを呪いまくってから、土下座でもして稲積に謝るさ」
 冗談めかして言う怪奇探偵。
 むろん、そんなことにはならないだろうとの確信があった。
 なんらの証拠のないことではあるが、すべてのフラグメントがウラルを指さしているように思う。
 もしここで違うというのなら、人間の推理力が及ぶところではない。
 このあたりの割り切りは、さすがというべきだろう。
「じゃ、そろそろ出発するか」
 分厚い防寒具に身を固めた探偵が、ザックを背負った。










※霧の街、後編です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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霧の街 後編

 キャタピラが雪煙を巻き上げる。
 はるか前方に連なる大雪山地。
 純白の海。雪上車は、漂う孤舟のようだ。
「さてさて。鬼が出るか蛇が出るか。どっちにしても何もでないってのが一番困るな」
 巫灰慈が言った。
「まあ、観光じゃないですからね」
 セレスティ・カーニンガムが苦笑しながら車内を見回した。
 草間武彦、シュライン・エマ、斎悠也、守崎啓斗、海原みなも、そして新山綾。
 彼自身を入れて八名になったメンバー。
 雪上車を運転するのは綾だ。
 広い助手席に座るのはシュラインとみなも。
 後部座席に男ども。
 草間や巫などは恋人と同席できなくてがっかりだろう。
「でも私は、灰色空間に行くつもりはないから」
 とは、蒼眸の美女の台詞である。
 たしかに後部は灰色だった。
 もちろん霧ではない。タバコの煙だ。
 たったふたりの愛煙家によって、空気清浄機の機能を凌駕するだけのケムリが量産されている。
「‥‥‥‥」
 なにやらぶつぶつ言いながら、啓斗が作業に没頭する。
 構図的に、かなりアブナイ感じである。
「何をやってるんですか? さっきから」
 斎が訊ねた。
「火炎瓶を作ってる」
 あっさり応える。
 アブナイ人である。
「でしたら、少し油の量が多いかと思いますが。瓶の中の空気が足りないと、よく燃えませんよ」
 斎もアブナイ人だ。
 なんで火炎瓶の作り方なんか知っているのか。
「お洒落な大学生の必須技能です」
 嘘である。
「だれに解説してるんですか?」
 セレスティが呆れた。
 助手席では、みなもがもそもそと動いている。
 身体にぴったりとしたボディストッキングを身につけているのだ。車内は暖かいが、目的地に着いたら行動は屋外だ。
 防寒だけはしっかりやった方が良い。
「そりゃそうなんだけど‥‥ストッキング四枚重ねってのはどーかと‥‥」
 やれやれと溜息をつくシュライン。
 この上に服をまとい、さらにスキーウェアを着るのだから。
「着ぶくれちゃうわよ」
「そうですねぇ‥‥私もおばさんパンツを履けば良かったかも‥‥」
「どういう意味かなぁ?」
 にっこりと。
 シュラインが笑う。
 車内の温度が、がくんと低下する。
 つつーっと冷たい汗がみなも頬を伝った。
「愚かな‥‥雉も鳴かずば撃たれまいに‥‥」
 ハンドルを握った綾がぼそりと呟いた。


 霧の街。
 ウラル。
 このふたつを等号で結ぶのは乱暴かもしれない。
 しかし、それ以外に手掛かりがないのも事実だ。
 消えた人々がどこに行ったかも判らない。次に誰が消えるかも判らない。どこからいなくなるかも判らない。
 正直、手詰まりなのである。
 怪奇探偵や魔女の推理力をもってしても、憶測以上のものは出せなかった。
 やがて、雪上車は大雪の山間へと入る。
「ちょっとした探険だな」
 巫が言った。
 まあ、事実である。
 夏期間だって、こんなところにくる物好きは登山家くらいのものだ。雪上車まで使って突き進む彼らは、物好きというものすら通り越している。
「これでなーんもなかったら、かなり笑えるな」
「なにもない、ということはないと思いますよ」
 斎が言う。
「根拠は?」
「偵察に飛ばしていた蝶が、消息を絶ちました」
「へぇ」
 不敵な笑いを浮かべる巫。
「そうこなくっちゃ」
 啓斗が応じた。
 見えない敵を相手に戦うのは、控えめにいっても骨が折れる。
 ちゃんと目標があった方が、ずっとやりやすいというものだ。
「やれやれ。好戦的な人たちですねぇ」
 セレスティが微笑する。
 初めてパーティーを組む彼には、まだ怪奇探偵たちの本領が判っていない。
 彼らはけっして危険を恐れていないわけではないのだ。むしろ危険に対する嗅覚は常人よりもずっと鋭い。
 でなければ、数々の激戦を生き延びてきたりはできない。
 幾度、冥界の門が目前にちらついたことか。
 それでもこんな事を口にするのは、悪癖めいた共通項である。
 変化球を投げないと気が済まないのだ。
「そろそろ目的地のはずよ」
 地図を確認しながらシュラインが言った。
 ウラルコタン。
 降りしきる雪のカーテンの向こうに何が待つのか。
 その答えは、意外なほどあっさりともたらされる。
「ふむ‥‥」
「どうしたんですか? 綾さん」
「なんか積雪量が減ってるような‥‥気のせいかなぁ」
 首をかしげる綾。
「ちょっと待ってくださいね」
 頷いたみなもがセンサーを操作する。
 結果はすぐに出た。
「積雪三センチ‥‥」
「やっぱりね。さっきからキャタピラが岩を噛んでる感じだったのよ」
「でもおかしいわね。前が見えないくらい降ってるのに」
 シュラインが口を挟んだ。
 たしかに、この降り方は一時間に五センチメートルは積もるような勢いだ。
 にもかかわらず、積雪がほとんどない。
 しかも、ここは山間部なのだ。通常なら数メートルほどは積雪しているだろう。
「霊力なり魔力なりで溶かしているのかもしれませんね」
「ないな」
「ありえません」
 セレスティの言葉は、即座に否定された。
 啓斗と斎によって。
 もしも術などによって雪を溶かしているなら感知できる。
 シュラインと草間と綾を除いて、全員が霊能力とよばれる力を持っているのだ。
 その目を誤魔化すことなどきないし、だいたい、ウラル全域をカバーするとしたらどれほどのエネルギーを必要とすることか。
 魔力でも霊力でも同じだが、万能の力ではない。ずっと使い続けることだって不可能だ。
 となれば、
「ま、自然現象と見るのか普通だな」
 巫が結論づける。
 ちゃんと調べないと判らないが、おそらくは地熱などで溶けているのだろう。天然のロードヒーティングというわけだ。
「ここまで防寒しなくても良かったかもね」
 言ったシュラインが、綾に合図を送った。
 軽く頷いて、魔術師が雪上車を停める。
 雪がないなら雪上車はあまり意味がない。むしろキャタピラーを傷めることになってしまう。
「ここからは歩きですね」
 先頭に立ってハッチを開けるセレスティ。
 寒気が車内に流れ込む。微量の水蒸気とともに。
「なるほど。霧、だね」
 啓斗が笑った。
 怪奇探偵たちを歓迎するように、土地の名に冠されたものが漂っていた。


 もうもうと立ちあがる水蒸気。
 それは即席の霧となって街全体を覆っている。蒸発霧に近いものがあるのだろう。
 なかなかに幻想的な風景だが、
「不気味でも、あるわよね」
 呟くシュライン。
 秘境といっても良いような大雪山地の一角に出現した街並。
 霧にかすんでよく見えないが、何十年も前に廃村になったものとは思えない。
「明らかに手を加えられていますね」
「ああ。けど、誰が手を入れたかってのが問題だな」
 セレスティの言葉に、巫が腕を組んだ。
 その横、斎が注意深く左右に視線を走らせている。
 斥候に出していた蝶が消息を絶ったのは、このあたりのはずだ。
「捜し物は見つかったかい?」
 唐突にかかる声。
 さっと探偵たちが動いた。
 無言のまま。聴覚がそのまま運動神経に直結しているような動きだった。
 女性陣を中心部に入れ、全方向からの攻撃に備える。
 前衛に巫と啓斗。左翼にセレスティ。右翼に斎。後衛に草間。
 綾とみなもも、すでに構えている。
 やがて、正面から人影が現れた。
 四つ。
 手に手に和紙の切れ端を持っている。もちろん、斎が放った蝶の残骸だ。
 問うまでもなく霧の街の関係者だろう。さらに、術者であることも疑いない。
 斎の蝶とは陰陽術だ。これを普通の人間にどうこうできるわけがない。
「何の用だ?」
 四人組の真ん中、やや年配の男が言った。
 左右には若い男、後方に若い女。
 菱形の戦闘フォーメーションだ。最も基本的というか、簡単なものである。べつに陣形の複雑さが力量を証明するわけではないが、探偵たちの方円陣に比較して稚拙であることはたしかである。
 そもそも、八人を数える彼らを、たった四人で迎撃するつもりなのだろうか。
「ここが、霧の街なの?」
 シュラインが訊ねる。
 ここまできて婉曲的に問う理由はない。ストレートに訊くだけだ。
 男が頷く。
「全国から人をさらったのも、アンタたちか?」
 啓斗の質問は直接的すぎただろうか。
「人聞きの悪いこというんじゃねぇ!」
 左右の若い男がいきり立ち、なにかの術式を使おうとした。
「させるかよっ」
「遅いですね」
 炎と静電気の鞭が踊り、男たちの手から呪符を弾く。
 物理魔法である。
 やったのは、巫と斎だ。
 鮮やかな手練に、四人が息を飲む。
「その動き、見たことがあるわね」
 シュラインの声。
 かつて、この国を変えようしたものども。二度までも。
 七条、という。
「まさか、また何か企んでいるのか?」
 啓斗が睨め付ける。
「‥‥その名は、すでに捨てた‥‥」
 男の言葉。
「どういうことですか?」
 みなもが首をかしげる。
「それは、わたくしから説明しましょう」
 女の声。
 四人の後方から近寄ってくる人影。
 このような場面では、宗教団体の教祖みたいな恰好を想像してしまうが、ごく普通のダウンジャケット姿だった。
 年の頃なら、綾とほぼ同年代だろうか。
 やや痩せ形で背が高い。
 警戒心を露わにする探偵たちに、わだかまりを解く微笑を見せる。
「はじめまして。村長の飯島静香と申します」
 フレンドリーに名乗られてしまった。
 顔を見合わせる探偵たち。
「ここは、廃村になったはずだけど?」
 疑問符を頭にのせたまま綾が訊ねる。
 当然の質問ではあったが、探偵たちはいでに解答を得ている。
「作り直した、ということかしらね」
 シュラインが言った。
「お話しいたします。どうぞこちらへ」
 頷いた静香が誘った。


 人は、心に傷を持っている。
 どんな人間でもそうだ。
 静香もまた、そんなひとりだった。
 彼女のケースでいうと、幼くして両親を失い、親戚中をたらい回しにされ、その中で虐待などを受けた。それがしこりとなって残り、中学時代からいわゆる不良という行動を取り始める。むろん、それは彼女自身にとって大いなるマイナスだった。中学しか出ていない不良娘を雇ってくれる会社など、なかったのである。
 彼女は腐った。酒、ドラッグ、売春。なんでもやった。そういう生活を十数年に渡って続けた後、静香は背筋を伸ばした。
 人生を他人の責任にするのをやめた。
 以来、少しずつ金を貯め、生活を安定させてゆく。
 しかし、生活の中で彼女は思った。
「自分と同じような人は、どうやって心の傷を癒しているのだろう」と。
 この世の中、つらいことばかりだ。
 嫌なことばかりだ。
 多くの人が疲れ切り、ストレスを抱えている。
 あるいは、自分にもなにかできることがないだろうか。
「それが、このウラルというわけですか‥‥」
 振る舞われたハーブ茶をすすりつつ、セレスティが言った。
「はい。幸いここにはだれも住んでおらず、自給自足ができる程度の土地もありましたから」
 静香の返答。
「国有地だけどな」
 苦虫を噛み潰したような顔を巫がしたが、本気で怒っているわけではない。どうせ誰も使っていなかった土地だ。
「心に傷を持った人に、私は声をかけました。俗世を離れて自然と寄り添って生きないか、と」
「それで、これほどの人が集まったってわけか」
 感心したように窓の外を眺める啓斗。
 彼と同世代の男女が遊んでいる。
「霧の街には、いま五〇〇人くらいの人が住んでいます。そして、ずっと住んでいるわけではありません」
「というと?」
 シュラインが訊ねた。
 霧の街というのは、避難所なのである。
 疲れ果てた心を癒し、もう一度、前に進む活力を取り戻すための。
 そもそも、文明の味を知ってしまった現代人たちが自給自足の生活をずっと続けられるわけもない。自家発電で電気をまかない、薪を切り出し、泥と土にまみれて作物を育てる。
「なかなか素敵な生活に思えるけどね」
 思わずシュラインが微笑む。
 ちょっとだけ憧れないでもないが、不便さは想像に難くない。
「出て行ったあとは、また人生のやり直しですね」
「逃げた代償、ですか」
 斎とみなもがシビアなことをいった。
 たとえば一年間行方不明になっていたとする。ひょっこり戻ってきたとして、会社なり学校に席が残っていると思うのは甘すぎる。
「はい。生き直しです」
 霧の街の村長は、淡々としたものだった。
 どんなものにも長所と欠点がある。
 そう突き放しているように、探偵たちには見えた。
「ひとつだけ、訊いていいかい?」
「はい」
「どうやって村人を集めてるんだ?」
 核心をつく、巫の言葉。
 柔らかく静香が微笑んだ。
「代表者が一人、一年かけて日本を縦断します」
「そうか」
「勧誘というほどのことはしていませんが、悩んでいる人や苦しんでいる人のお話を聞くのが目的です」
 本当はもっと人数を出せればいいのだろうが、自給自足でやっている村では旅費を捻出するのも容易ではない。
 それにしても、ある種、カルト宗教団体のようなノリだ。
 どうしたものだろうか。
 探偵たちが顔を見合わせる。
「ここのことを公表しますか?」
 やや不安そうに静香が訊いた。
「稲積警視正と相談してみないことにはなんとも‥‥でも、たぶん悪い結果にはならないと思いますよ」
 言葉を選びながら応えるシュライン。
 まるきり嘘というわけでもない。おそらく依頼者たる稲積ならもっと合法的に霧の街を認める案を出してくれるのではないか。そう思ったのだ。
 ここには、かつての戦いで疲れ果てた戦士たちも羽を休めている。
 そういう場所が、この国にもひとつくらいあっても良いかもしれない。
 薪ストーブの上に置かれたケトルが、けたたましい音とともに湯気を出していた。


  エピローグ

 雪上車が走る。
「ハーブ鶏かぁ。美味かったなぁ」
「お茶も美味しかったですよ」
 巫の言葉にみなもが反応した。
「食べ物のことばっかりねぇ」
 シュラインが呆れる。が、彼女にも本当は判っている。
 霧の街の存在について、虚心ではいられないのだ。
 探偵たちだって、いろいろと過去を持っているのだから。
 後方、大雪山系が見える。非情さをたたえた北海道の屋根だ。
 人をいれぬ狷介。どこまでも厳しく。
 あるいは、それこそが優しさなのかもしれなかった。








                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
1252/ 海原・みなも   /女  / 13 / 中学生
  (うなばら・みなも)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725 / 財閥総帥
  (せれすてぃ・かーにんがむ)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
「霧の街 後編」お届けいたします。
前後編に渡ったお話ですが、こういう落ちでした。
どのあたりで真相に気がつきましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。
ところで、
「なりきりチャット」という遊びを知っていますか?
キャラクターになりきって遊ぶ、一種のRPGです。
そんなサイトを作ってみました。
もしよろしければ、遊びにきてくださいね。
暁の女神亭 と、いいます。
ヤフーの検索でも出ますよー

それでは、またお会いできることを祈って。