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駅前マンション〜ある日の回覧版
いつものようにバイトから帰って来たある日。
留守だったからだろう。玄関のドアノブに引っかけられた回覧版。
真柴尚道は、ひょいとその中身を読みつつ自宅の玄関扉を開けて部屋に入った。
「ふーん……餅つき大会、か」
場所は屋上。寒いのは苦手だけれど、両親のところに帰る気はないし、当然予定もない。それに、尚道は人の多いほうが好きなのだ。
「行ってみるか」
ザッと日程を読んでから、尚道は、回覧版を次の家に回した。
当日の朝。
尚道は、少し早めに屋上へと向かった。準備の手伝いをしようと思ったのと、色々持参品があるせいだ。
しっかり厚手のコートとマフラーで防寒はしているが、真冬の二十階屋上である。絶対に寒いに決まっているのだ。石油ストーブを持ち、ついでにやかんとお茶も準備して。
階段を上がって行くと、その途中で見慣れた後ろ姿――というか、正確に言うと、誰だか予想はつくが誰なんだかわかりにくい後ろ姿を発見した。
二リットル魔法瓶を大量に背中に背負い、おかげで背中がすっぽり隠れている。尚且つ、大きなドラム缶バックを肩から下げていて、なんとも重そうである。
背丈と、帽子と、下半分の服装とで、なんとか、冠城琉人であろうと予想をつけた尚道は、
「おーい、あんたも餅つき大会に参加するのかー?」
後ろからそう声をかけた。
「ええ。真柴さんもですか?」
「もちろん。……良かったらそれ、持とうか?」
ニッと笑って答えた尚道は、琉人の大荷物を見て思わず告げた。
荷物の重さで見ればどちらも大差ない――いや、水というのは案外重いから、もしかしたら琉人の荷物の方が重いかもしれない――ように見えなくもないのだが、身長の違いからか、琉人が大量の荷物を持って歩いているその様は、結構大変そうに見えたのだ。
「大丈夫ですよ。屋上まではすぐですから」
琉人は穏やかに笑って告げた。
まあ、実際こうやって話している間にも二人は階段を上がり、着々と屋上に近づいている。
屋上の扉を開けると、そこにはまだ誰も居なかった。
「あー……ちょっと早く来すぎたかな」
ガランとした屋上は、余計に寒く感じられたが、琉人はそんな寒さもなんのその。
てきぱきと屋上の一角を陣取りお茶スペースを作り上げて行く。
「俺はじーさんのとこにでも行って見るかな」
どさっと荷物を置いて尚道は、再度マンションの中へと戻っていった。
大家の老人一人では臼と杵を運び込むのも大変だろうと思ったのだ。
が。
タイミングよく開いたエレベーターの扉の向こうには、臼と杵と一緒に上がってきた大家の姿があった。
餅つき大会に集った人員は、そう多くはなかった。
新年ということで里帰りをしている者もいるし、なにより。やはり大家の心配通り、この寒空の中、二十階屋上の餅つき大会に参加しようという物好きも少なかったのだ。
大家に頼まれて手伝いにやってきた天薙さくら、撫子の母娘。撫子の誘いでやってきたシュライン・エマと鬼柳要、佐々木泰志。さくらが作ったチラシを見てやってきたマンションの住人――真柴尚道、冠城琉人、香月司、銀――である。
屋上は、各人が予想していたほどには寒くなかった。撫子が張った結界と、尚道が持ちこんだ石油ストーブのおかげであろう。
「うわあ、すごーいっ」
屋上の隅っこを陣取った琉人のお茶スペースに、銀が瞳をきらめかせて魅入っている。
お茶マニアの琉人も、褒められて悪い気はしないようで、尋ねられるたびに逐一茶葉の名前から効能まで説明してやっていた。
「ずいぶん早く来てると思ったら、そのためだったのね」
準備担当の自分たちより早く来ている人間がいると思っていなかったさくらは、もしかすると主役の臼と杵より目立っているお茶スペースに苦笑しつつも楽しげな声を漏らした。
「ほんと、楽しそうですわ。私もひとついただこうかしら」
さくらの呟きに答えつつ、結界の準備を終えた撫子がさくらの隣に戻ってきた。
「今日はお姉さんと一緒なのか?」
もち米を臼へと運びつつ、尚道が二人に声をかけた。
「あらやだ、そんなふうに見えます?」
さくらがころころと嬉しそうに笑う。
「私の母です」
撫子が紹介すると、尚道は一瞬目を丸くした。
まあ、さくらの外見は若いし、知らない者が見ればちょっと年の離れた姉妹としか思えないのも無理はない。
「おーい、もち米はまだかー?」
長い髪の毛をポニーテールにした泰志が、わくわくと楽しげな様子で声をあげた。
餅つき大会の話を聞いてから、是非餅をつきたいと言っていた泰志は、見事その役を得てご満悦といった感である。ちなみに、その横で水を用意し餅こね係を請負うのは要である。
「ああ、今行く」
「がんばってくださいね」
撫子とさくらに見送られて、尚道は臼の方へと移動した。もち米を持って来た尚道は、身長のわりに細い体つきの泰志に目をやった。大家が準備してきた杵は結構重いものだったのだ。
「こう見えても意外と力あんねんで。任せとけって!」
ぐいと腕まくりをして、泰志は張りきって杵を持ち上げる。
「がんばれ、泰志さん! こっちはいつでもいいよ」
気合たっぷりの要がぐっと力を込めて言う。
屋上の中心近くで餅つきが始まった頃、シュラインは割烹着を着用して、いつでも調理が出来るよう準備を進めていた。きなこ、砂糖醤油、あんこ、海苔。お雑煮やぜんざいまでも用意している。
「こんなものかしらね」
一通りの準備を終えて、シュラインはふうと一息ついた。
だが流石にこれらの材料と準備に加えてお椀とお皿まで草間興信所から持って来るのは無理があった。
「うーん……」
「どうしたの?」
ひょいと顔を覗かせた司に、シュラインはにっこりと笑いかける。
「お皿とお椀が要るのだけど、さすがに材料とお皿とを家から持ってくるのはちょっと無理だったの。誰かに借りようと思ったんだけど……」
マンション住人である尚道は餅つきの手伝い中、琉人はおそらく何か言ったところであのお茶スペースから離れようとはしないだろう。
「俺んちのでよかったら貸そうか? 十九階だからすぐだし」
「あら、そう? それじゃお願いしようかしら」
「うんっ。ちょっと待っててねー」
パタパタと階下に駆け下りていった司は、十数分後、ちょうど餅ができたころに戻ってきた。
「お、グッドタイミング」
杵を肩にした泰志が、開いた扉に気付いて声を漏らす。
「そっちのボウズも一緒に餅丸めようぜー」
いつの間にやらお茶解説講座になっていたお茶スペースの二人――主に銀に、要が声をかける。
「わーいっ、行く行く。琉人お兄さん、またあとでねー」
「私には磯辺焼をお願いします」
どうやら本気にお茶スペースから出る気がないらしい。ちゃっかりお餅を頼んで、琉人は自分の分のお茶を淹れた。
料理と言うよりほとんど粘土遊びの感覚で。餅を丸めてあんこを入れたりきな粉をつけたりと、歓声をあげつつ作業する様はなかなかに賑やかである。
「この前ここに来たときは寒い思いをしたけど、こういうのも平和でいいよなあ」
ころころと餅を転がしながら、空いてる片手でひょいとつまみ食いをして、要が楽しげに呟いた。
「寒い思い?」
きょとんと聞き返す泰志に、要が以前このマンションで体験した出来事を大まかに説明する。
そんな和やかな会話を眺めつつ、お茶スペースには天薙母娘がのんびりと座っていた。
「皆さん楽しそうで良かったですわ」
琉人オススメのお茶を飲みつつ、撫子がにっこりと微笑んだ。
「本当、頑張ったかいがあったわねえ」
同じく琉人の淹れてくれたお茶を飲みながら、さくらも楽しげに呟く。
「お待たせーっ」
自分の分のお雑煮ときな粉餅と、琉人の分の磯辺餅を抱えた銀が戻って来た。
「おや、お雑煮まであるんですか」
琉人の問いに、銀が楽しげに笑う。
「シュラインさんが用意してくれたんだ。ぜんざいもあるよ」
と、その時。
ガチャリと屋上の扉が開いた。
「なかなか楽しそうじゃないか」
絶対に出来あがった頃を狙ってきたのだろう、大家の老人が屋上へとやって来た。
「大家さんも食べます?」
お雑煮とぜんざいの鍋の前で、シュラインがにっこりと笑った。
「そうだなあ。それじゃあぜんざいときな粉餅をお願いしようか」
「ボクにも入れさせてーっ」
「はい、どうぞ」
銀にお椀とおたまを手渡して、シュラインも空いている場所に腰掛けた。
冬の最中にしてはずいぶんと暖かい屋上での餅つき大会は、ほのぼのと和やかな雰囲気のままに進んで行くのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2158|真柴尚道 |男|21|フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)
2209|冠城琉人 |男|84|神父(悪魔狩り)
0328|天薙撫子 |女|18|大学生(巫女)
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2336|天薙さくら |女|43|主婦/神霊治癒師兼退魔師
1358|鬼柳要 |男|17|高校生
2443|佐々木泰志 |男|23|ロックバンドのボーカリスト
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■ ライター通信 ■
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あけましておめでとうございます。
新年餅つき大会へのご参加、ありがとうございました。
>尚道さん
寒いのが苦手だというにも関わらず、寒空の下の餅つき大会にご参加いただきどうもありがとうございました。
せっかくお茶をご用意いただいたのですが……描写はあまりなくて、すみません。
理由は本編を読めばわかっていただけるかと思いますが(笑)
それでは、またお会いできることを祈りつつ……。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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