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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


あなたの心お見せします

 ここに、小さな鏡がある。
 鏡面部分に細かいヒビがはいり、もうその役目を終えたかに思える古い鏡だ。手持ちには丁度よい大きさと、先日闇の市から碧摩・蓮(へきま・れん)が買い取って来たものである。
 もうずいぶんと手入れをしていないためか、銀製の取っては黒ずんでおり、ところどころサビらしきものもみえる。裏面に悪魔と天使の翼を背負う女性の彫り物が施されているのが印象的だった。蓮は丹念に鏡をながめ、メモ帳に修理するべき場所を記載していった。
「修理に出せば使えるよね……」
 そう言いながら蓮はなんとなく鏡を覗き、髪をかきあげる。無論、そこには蓮の髪の色と同じ色をした奇妙な模様が揺らめくだけだが、それを眺めているだけでも何となく面白い。
 無論、蓮はただ単に形が気に入って買い取ったのではない。その鏡にまつわる話に興味が湧いたからだ。
 その鏡は覗いた人物の真実の姿を映す……そう伝えられているのだ。それが本当かどうか、それまずは鏡を直さなくては分からない。
「鏡よ鏡、私の未来の姿を見せておくれ……なんて、ね」
 くすりと微笑み蓮は小さく肩をすくめるのだった。

■骨とう品に埋もれるもの
 何かに導かれるように、雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)はアンティークショップの扉を開けた。
 キンモクセイのようなほのかな甘い香りが漂う室内に、静かに振り子時計の時を刻む音が鳴り響いている。
 店内に置かれた古美術関連のもの達にそっと手を触れ、凪砂は小さく息を吐く。
「綺麗……」
 もう何百年も昔の物とは思えない程、美術品達はどれも手入れが充分な程行き届いていた。この店の店長はこの子達のことを充分に理解し、それぞれにあった手入れをしてるのだと凪砂は確信した。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」
 突然に声をかけられ、凪砂は危うく手に持っていた時計を落としそうになったが、慌てて両手でかかえ直し、そっともとの棚へ戻してやる。
 その様子を眺めながら、蓮の傍らにいた巳主神・冴那(みすがみ・さえな)は静かに紅茶を口に含んだ。香りの原因は彼女が飲んでいた紅茶の香りだった。濃いアールグレイのミルクティーに、香り付けにと蓮がキンモクセイの花を添えていたのだ。花の香りは紅茶の暖かい湯気と共に昇り、ゆっくりとアンティークショップの中を満たしていっていた。
「良い紅茶ね。香りがちょっとキツイけれど……」
「少し古い紅茶だから、香りも殆ど飛んじゃってるんだないかとおもって。ちょっと入れ過ぎちゃったかな?」
「これでは、まるで花の香水を飲んでる気分といったところかしら」
 そう文句を呟きつつも、あくまでも無表情に冴那は紅茶を堪能していた。
「それより、素敵なものが手に入ったそうじゃない? どんなものなのかしら」
「ええと……あ、丁度よいところにきたわ」
 キィ……とアンティークショップの入り口である扉がゆっくりと開かれた。紙袋を手にした真名神・慶悟(まながみ・けいご)と本郷・源(ほんごう・みなと)が共に店にはいってくる。
「あら、源ちゃんも一緒だったの」
「丁度外で出会っての。なにやら珍しいものがあると聞いてきたのじゃ」
 差し入れじゃ、と源はやや小さめの重箱を差し出した。漆塗りの蓋を開けると、中には野菜の煮物が詰められている。
「あやかし荘の野菜で作った煮物じゃ。この世のものとは思えぬ旨さを味わうことができるぞ」
「へぇ……なかなか美味しそうですね」
 一口味見をと、凪砂が手を伸ばそうとした瞬間、源はばっと振払い、重箱を引っ込めた。
「ま、まずは噂の鏡をやらを見てからじゃ! あと……この煮物は特別な味がするからの、普通の人はあまり……食べんほうがよいじゃろうて……」
「それって、あまりにも美味しいから他の物が食べられなくなるということですか? でしたら大丈夫ですよ。美食家みたいに味に固執はしてませんから」
 独り暮らしをしている人間が味に執着していては食べるものがなくなってしまう。とかく、仕事があまりなく、生活に困っているのではないが無職に近い身であるため、あまり贅沢なことはいっていられない。そういった意味で「美味い物しか食べられない」状態を否定しているのだろう。
「ま、まあ……そこまで言うのなら、食べさせてやらんことはないがのぉ」
 少し照れつつも、源はぼそぼそと呟いた。やはり自分の料理がほめられたのだから、料理店を運営している身としては、これほど嬉しいことはない。
「蓮、鏡面のヒビの方は鏡職人に修理してもらったが、この鏡が持つ力の補修はやはり専門家でないと難しいようだ。今の状態だと……こいつは只の人を映す道具でしかない」
 そう言いながら、慶悟は紙袋から鏡の入った箱を取り出した。木製のずいぶんと煤けた桐箱だ、札のような物が貼られているが、もう何が書いてあるのか判断すら出来ない。
 丁寧に包まれた布をほどくと、鏡面が完璧に修理された鏡が姿を現す。他の部分も多少磨かれてはいたが、どこかくすんだ感じを漂わせており、一見では蓮が気に入るような鏡だとは思えなかった。
「これがその噂の鏡……なのか? ただの古い鏡じゃぞ」
「このままじゃ、ね。だから私は……慶悟を呼んだの」
 艶っぽい口調で冴那は流し目を慶悟に送る。その視線に、一瞬どきりと胸を高鳴らせながらも、慶悟は術の準備を徐に始めた。近くに置いてあったテーブルに布を敷き、その上にそっと鏡をのせる。
「そこにいるあんた達。術の妨げになるから、もう少し離れていてくれないか?」
 ちらりと横目に、慶悟は凪砂と源をみやる。互いに顔を見合わせ、凪砂と源は足早に奥のテーブル……冴那達のもとへと駆けていった。
「さて、では試してみるとするか」

◆蛇が望んだものは
「覗いてみたい気持ちもあるけど……少々怖い気もするわね」
 力の復活の儀式を眺めながら、冴那はそんな言葉をもらした。
「あら、冴那にも怖いものなんてあったのね」
「私だって見たくないものもあるわよ。生きている間、全てにおいて万能ではなかったですもの」
 今では、自分の正体が何なのかを自ら告白しているが、長い年月の間にしてしまった過ちは数知れない。その殆どが自分の正体を恐れる人間に対しての行動ではあったが、今思い出すと危害を加える程ではなかったのかもしれないと、後悔するものもある。
「もう、思い出したくても思い出せない、なくしてしまった大切なものとかあるもの。時にはその子達と向き合いたいものじゃなくて?」
「過去なんて思い出すのは得策と思ってないの。そんな風に思うことすらないわね」
 苦笑しながら蓮は煙草の煙をゆっくりと吐き出した。煙はすぐさま部屋の中に溶けていき、煙管煙草特有の甘ったるい香りを辺りに漂わせる。
 儀式は滞りなく準備が整い、術式用に着る着物を上着だけ羽織った慶悟が静かにするようにと、視線で警告してきた。無秩序な言葉が邪気を呼び、術に影響を及ぼすのだという。
「やれやれ、術が終わるまでじっと待つしかないみたいね」
 肩をすくめて、軽く両手をあげる蓮。視線だけ交わして、冴那は再び儀式に視線を戻した。

■儀式
 慶悟は小袋から取り出した土に桧(ひのき)の枝を燃やした灰を撒(ま)き、同時に鏡にもふりかけた。土を撒きながら、呪文のように言葉を低い声で紡ぎて儀式を続ける慶悟の姿を見て、源はぽつりと冴那に言った。
「あのような事をして本当によくなるんじゃろうか?」
「ああ見えても彼は腕利きの術師よ。確か……鏡は金属で……」
「鏡は金属すなわち金気。火は金を剋(こく)し、土は金を生ず。つまり、火で鏡の力を活性化させて、土の力で安定と構築をするといった感じかしら」
 傍らにいた蓮がさりげなくフォローの言葉を入れる。
「……つまりどういうことなんじゃ?」
「ええと、鏡に残ってる力を一旦溶かして、元に戻すということ……かしら?」
「違う」
 冴那の呟きに慶悟がすばやくツッコミをいれた。
「この鏡の力は時の流れで自然に衰退しただけ、これはそれを活性化させる儀式だ。炎は鏡にとりついた錆(さび)、すなわち水気を取払い浄化させる。溶かすとか怪しい術と一緒にするな」
「見た所、充分変な儀式じゃとおもうがの」
 ぽつりと呟く源の言葉を無視して、慶悟は行を続けていく。
 仕上げに、と慶悟は懐にいれていた小ビンから塩を振りまき、活を入れた。
 力のあるものならば、この時一気に強い気が解放されたのを感じただろう。
 土に埋もれていた鏡を取り出し、慶悟は軽く土を払い落とした。見事に銀のくすみはとれ、美しい輝きを取り戻していた。
「へえ……綺麗になるものね」
「言ったでしょ。優秀な術師だって」
 慶悟から受け取り、蓮はじっくりと鏡を手に取って眺めた。ぼんやりと鏡は青白く輝き、鏡面に細やかな光を走らせる。
「……あら。ねえ、ちょっと見てみて」
 蓮はさりげなく向かいの席にいた源にむけて鏡を向けた。鏡は途端に光と鏡面に集め、やがて鏡面に吸い込まれるように消えていった。
「あれ……」
 どんなものかと源の後ろから覗き込んだ凪砂は思わず声をあげた。そこに映っているものは、いま目の前にいる少女ではなく、少し幼いハムスターの姿だったのだ。
「なんじゃ? どうかしたのか? これがわしかの、なかなかの美人なのじゃ」
「……え、ええ……そうです……ね」
 どうやら源の目には普段通りの自分が映っているようだ。不思議そうに源と鏡を交互に見やる凪砂に、蓮はさらりと言った。
「この鏡は心の綺麗な人に真実を見せるの。嘘つきには鏡を嘘をつく」
「……それはどういう意味じゃ……」
 じろりと睨みつける源に蓮は「そのままの意味」と不敵な笑顔をみせた。
 儀式の後片付けを終えた慶悟も鏡を覗き込み、満足な表情をみせる。
「……ちゃんと力は戻っているようだな」
「さすがね、復元出来るかちょっと不安だったけど……それ以上のものに出来たみたいよ」
 ほら、と蓮は慶悟にも鏡を向けた。その中に映る姿に慶悟は眉をひそめる。
「あら……どうしたの? 望んでた物が見えたんじゃなくて?」
「ああ、これが俺の見たいものではあるよ。別に知ったところで……本物に会えなければ知ってる意味がないものだけどな」
「そうでもないわ。何も知らないより、少しでも知っていた方が良いものだってある。今映ってるものは……あなたが見たくて願んでいたものなんでしょ。見ることが出来て良かったじゃない」
 高尚なへりくつだ、と慶悟は言った。
「お褒めにあずかり至極光栄よ、クールな陰陽術師さん」
 蓮の口調はどことなく楽しげで、まるで慶悟をからかっているようなそぶりさえ見えた。それに気付いてるのか、慶悟はしきりに片眉をケイレンさせている。
「そうじゃ! 冴那殿がまだであった! どんなものが映るのか見せてもらおうかの!」
 ばっと蓮から鏡を取ると、源は冴那に鏡面を向けた。小さく声をもらし、無表情ながらも難しい顔を見せる冴那。その様子に興味半分に、恐る恐る源達は鏡を覗く。
『……ぎゃー!』
 冴那を覗く女性達の悲鳴がわき起こった。
「な、な、何じゃ今の! へ、へび! 大蛇がこっちを睨んでおったぞ!」
「いやっ……たくさんの……黒くて長い……っ!」
「……アレは……戦? 戦争なんかじゃない……もっと古い……」
「おい、鏡割れてるぞ」
 驚いた拍子に源は鏡を放り投げてしまったようだ。鏡面は見事に半分に割れて、枠からはがれ堕ちていた。
「あらあら、せっかく直したのに。また修理し直さなくてはならないわね」
 鏡をそっと拾い上げ、冴那は丁寧に箱へともどした。蓋を閉める時にそっと、お休みの言葉を添えて。
「仕方ない……また修理を頼みにいってくるか」
「壊したのはわしじゃ、わしが代わりにいってくるぞ」
「あの……そのぐらいならあたし直せますけど……」
 意外といった様子で凪砂を見る慶悟と源。少し照れくさそうに凪砂は知人から教えてもらった手順で修理を始める。
「すぐに終わりますから、少しくつろいでいてください」
「あ……そうだ。源ちゃんのつくった煮物……まだ頂いてなかったわね」
「い、いやこれは蓮殿にあげる為に持って来たんじゃ」
「あら、せっかくだもの。皆で食べましょう。凪砂ちゃんの分も取っておくわね」
 源から奪い取るように重箱を受け取ると、ティーカップの受け皿を取り分け用の皿として使い、蓮はひとりづつ渡していった。
「どうなってもしらんぞ……」
 誰にも聞こえないように源は小さく呟いた。
 
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 綺麗に仕上がった鏡を改めて覗き、蓮は満足げな表情を浮かべた。
「まるで新品みたいに生き返ったわね。なかなかやるじゃない。あの子達」
 それぞれに謝礼も送ったが、本人達はこの鏡の中身を覗けたことが一番の報酬だったようだ。
 箱におさめられていた鏡を取り出し、蓮は何気なく中を覗き込む。
「鏡よ鏡。このアンティーク達のもうひとつの姿を見せて頂戴……なんてね」
 
おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/  PC名 /性別/ 年齢/ 職業】
 0376/巳主神・冴那/女性/600/ペットショップオーナー
 0389/真名神・慶悟/男性/ 20/陰陽師
 1108/ 本郷・ 源/女性/ 6 /オーナー 小学生
 1847/ 雨柳・凪砂/女性/ 24/好事家
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■         ライター通信          ■
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 新年明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願い致します。
 
 このお話が今年初納品の作品となります。その割には季節感が全く感じられない内容となっておりますが、多少はご了承願えると幸いです。
 
 というわけで。
 大変お待たせ致しました「あなたの心お見せします」をお届けします。
 話が鏡中心から修理の話中心になってるのは、谷口的お約束です。ええ、そんなもんです。
 
巳主神様:ご参加有難うございました。600年も生きてると、高々20数年程度生きてる人間ではとても予想がつかないほどの体験をしてきているのでしょうね。それを一気に見るとなると、はやりダイジェスト方式なんでしょうか。

 綺麗に直された鏡は蓮が趣味に堪能し、そのあと店頭におかれるもようです。
 それまでは店の奥にひっそりといることになりますので、当分の間はアンティークショップ・レンの幻の一品となりそうですね。
 
 それではまた別の物語にておあいしましょう。