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冬の夢魔、甘い罠
●夢の中へ
12月23日、予告状を受け取った者たちは流伽の病院に集まっていた。
「どうやらもう、かなりの方たちが被害にあっているようですね…。」
ガランとした窓の外を淋しそうに眺め、セレスティ・カーニンガムはため息。
「夢の管理人として許せないぴゅ!おしおきだぴゅ。」
ピューイ・ディモンは予告状を手に口をとがらせている。
「これで全員かぁ?」
人事のように面倒くさそうに呟く流伽、火之都がいないとやる気が全く出ないらしい。
「もうお一人いらっしゃいます、お名前は…。」
名前を言おうとした丁度その時、ドアを壊れんばかりに勢いよく開けて入ってきたのは相澤・蓮。おもしろいほどの大慌てである。
「なあっ!どどどどうやったら夢魔退治できるんだっ?なんでもするぜ俺っ!!」
恋心を食べられるのがよっぽど困るらしく流伽にすがりつく蓮を見て、セレスティとピューイは少し笑った。
「わ、笑うなよっ!いったいなんなんだ、これ…って、火之歌?また会えたなっ。」
途端に態度は一変。蓮はにこにこと笑い、少しすまして見せた。
「お久しぶりなのだ、相澤さん。」
つられて微笑みを返すと、蓮は満足そうに頷く。お陰で場の雰囲気が一気に和む。
お互いに軽く挨拶と自己紹介を済ませた頃、やっと火之都が到着した。
「遅くなってゴメンねぇ、昨日飲み過ぎちゃ……。」
全員が気付いた時、すでに流伽は火之都まであと数歩の所に神速で移動していた。
「ひっさしぶりだな火之都さーーんっ!!」
「ぅぎゃぁぁあ!!」
叫んだのは無論火之都だが――。
「相変わらずなのだ…。」
強烈なカウンターパンチを顔面で受けた流伽は、うつぶせで床に転がったままサムズアップ。
「…ナイスパンチだ、それでこそ俺の火之都さん。」
これが二人のいつもの光景。爆笑する蓮以外は呆れかえっていた――。
結局夢魔の血を引く火之都と、夢の管理者であるピューイが夢に入り夢魔を捕まえることになった。
「恋の夢を見せる夢魔……全てが悪いとは言えませんが恋心を食べてしまうのは困りますね。」
「ちょっと怖いけど頑張るから、みんなは安心して眠るぴゅ。」
「頼むぜマジで〜、食われてたまるかっつの!」
「やらなきゃならん事あんだけどなぁ、火之都さんとも遊びたいし!」
病室のベッドに横になったもののまだ夕刻、しかもこの状況では――。
「それじゃ火之歌が歌でも歌ってあげるのだ。」
一つ咳払いをすると、澄んだ声で子守歌を歌い始めた。
部屋を囲むように次々現れるのは、暖炉のような暖かさと優しさを持った小さな炎。
彼女の歌声には不思議な力が宿っている。それは時に何かを焼き尽くし、時には優しく包み込む。
3人はゆっくりと、夢の世界に引き込まれていった。
「よっしゃ!ぴゅーちゃん、いくわよ?」
「いつでも大丈夫ぴゅ!」
そして火之都とピューイも、夢魔の気配を探るべく静かに目を閉じた。
●光の庭
セレスティは屋敷にいた。
優しい音楽、穏やかな陽の光、窓辺に置かれたテーブルセット。
ふと、よい薫りがして振り返ると、愛しい女性がお手製の茶菓子と紅茶を手に満面の笑顔。
「今日は本当に良い天気ですね。見てください、草木も嬉しそうでしょう?」
二人でテーブルにつき、ゆっくりとした時間を共に過ごした。
彼女は心から幸せそうな笑顔を見せる。セレスティにとってこれが何より嬉しかった。陽の光よりも眩しい彼女の笑顔が――。
真直ぐ瞳を見つめ、少しの沈黙。
「このままずっと、好きな貴方と一緒にいられると嬉しいですね。」
セレスティの素直な本当の気持ちが、驚くほど自然に言葉になった。
彼女が口を開こうとした瞬間、二人の間に突然一人の少女が現れた。
真赤な長い髪に金色の瞳、そしてコウモリのような翼。夢魔である。
「なんの、御用でしょう。」
セレスティの表情が厳しくなるが、そんなものはお構いなしに夢魔は小悪魔的な笑みを浮かべる。
「美味しそ〜、いっただっきま〜す!」
いち早く夢魔を見つけたピューイが、その腕を引っ張った。
「捕まえたぴゅー!」
「ちょ、ちょっとなんなのっ?!」
その隙にセレスティは愛しい人を庇い前に出る。
訳が解らず首を傾げている彼女に、セレスティは大丈夫ですよと優しく微笑んだ。
「あぁ、なんかこういうお屋敷って憧れ…じゃなかった!恋心返してもらうわよ!!」
火之都が捕まえるより一寸早く、夢魔はピューイの手からするりと抜け出した。
「もーっ、食事の邪魔しないでよぉっ!」
ぽんっと何かがはじけるように夢魔が姿を消した。恐らく流伽か蓮の方へ行ったのだろう。
「急いで追いかけるぴゅ、でもどっちに行けばいいぴゅ?」
「流伽くんはほっといていいわ、行くわよ!」
火之都の独断と偏見により、二人は蓮の夢へ移動した。
●宝石の夜
「っと、いたいた。」
綺麗にライトアップされた夜の遊園地に蓮はいた。その隣には――。
「あれ?棗さんぴゅ。」
「…へぇ〜〜蓮ちゃんって、そうなんだぁ。」
新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる火之都。からかう相手としてインプットされてしまったようだ。
「このまま夢魔をまちぶせするぴゅ!」
こうしてこっそり尾行をすることにした。
手を繋いで楽しそうに、蓮達はジェットコースターやコーヒーカップを楽しむ。
長身で大人の蓮に比べ童顔低身長の火之歌だが、蓮の幸せそうな顔を見ていればそんな事は全く問題ではないことがわかった。
「火之歌の笑顔が見れると、俺まで嬉しくなっちゃうんだよな。」
火之歌はにぱっと明るい笑顔を見せる。何ともほのぼのした光景だ。
そして二人はデートのおきまり、観覧車に向かう。
火之都は夢の中で良かったと思った。でなければ観覧車で上に行ってしまっては、手も足も出せなくなるから。
観覧車からの夜景はまるで宝石のよう。喜ぶ火之歌を見て、蓮は幸せそうに笑った。
「火之歌。また、会えるよな?」
真剣な眼差しで見つめあったその時……。
「今度こそっ、いただきま……っ!」
空腹で限界らしい夢魔が蓮に襲いかかるが、またもピューイが絶妙のタイミングで押さえ込んだ。
「観念して僕に食べられるといいぴゅ!」
「うわっ、なんだぁっ!?」
護ろうとしてかどさくさに紛れてか、蓮は火之歌をぎゅっと抱きしめた。
「またアンタ?!いい加減にしてよぉっ!!」
ピューイを振り払うと、ぎゅうぎゅうになった観覧車から夢魔は堪らず逃げ出した。
しかしそこには、火之都が待ちかまえていた。
「逃がすもんですかっ!行くわよぴゅーちゃん、うぉりゃあぁっ!」
華麗な空中回し蹴りが炸裂。
吹っ飛ばされた夢魔を、ピューイは一口でぱくりと飲み込んだ。
「ごちそうさまぴゅ。」
任務を完了した二人は、満足げに握手を交わした。
「よっし、さっさと出ましょっか。」
「一体なんなんだよ、いいとこだったのにーーっ!」
蓮の絶叫が虚しく響いた――。
●夢から覚めても
「みんなお疲れ様なのだ。」
全員が眼を開けたのを確認し、火之歌はやっと歌をやめた。
「夢? 夢に現れるのは願望だと云いますね、自分に正直になるのも良いかも知れません……。」
穏やかに微笑むセレスティ。
ピューイと火之都は顔を見合わせ、微笑みながら眼で合図を送った。
蓮はというと、あからさまにガッカリした表情でため息をついた。
「悲しい夢を見たら"夢でよかった"と思えるし、嬉しい夢だったら"実現させよう!"と思えるんだよな、夢ってよ。」
「相澤さん、悲しい夢だったのだ?」
心配そうに顔を覗き込んだ火之歌の肩を、蓮はそっとを掴む。
「…なぁ、俺の見た夢……現実にさせてくれねぇか?」
「なっ、なんのことなのだ?!」
今まで経験したことのない事態に慌て助けを求めるが、皆はただ見守るばかり。
「火之歌、俺……。」
しかしこのムードを一気に壊す者が目を覚ましてしまった。
「だー!結局なんだったんだ俺は、ほったらかしか!」
どうやら流伽の夢には夢魔は現れなかったらしい。
夢魔が蓮の夢に現れるまで時間はあったはずなのだが…。
「あの…どんな夢を見ていらっしゃったのかお聞きして宜しいですか?」
「あ?火之都さんにバックドロップされてる夢だけど。」
おかしい、必ず幸せな恋の夢を見るはずなのになぜ流伽だけがバックドロップなのだろうか。
セレスティがまさか、という感じで問う。
「……それが"幸せ"で、紅凪さんと結ばれる事など望んでいない…のですか?」
「当たり前だ、俺になびく火之都さんなんてあり得ないし面白くないって。」
皆が変わった生物でも見るような視線を送る中、本人はあっけらかんと笑っていた――。
「まぁ…、早く恋心を返して差し上げましょう。」
セレスティに促され、ピューイは夢魔の食べた恋心だけを選別して吐き出した。
眼には見えない暖かいものが通り過ぎ、八方に散らばっていく。
「クリスマスに間に合ってよかったぴゅ。」
「ほんとよねぇ、それじゃお疲れ〜!」
火之都は満足げ手を振り、ついでに流伽に一発パンチを入れると帰っていった。
「私達も帰りましょう。幸せな夢が護れてよかったです、それではよいクリスマスを…。」
「バイバイぴゅ!」
「じゃあなーって火之歌、さっきの返事聞いてねぇし俺。」
「ひ、火之歌コドモだからわからないのだぁっ!!」
はらはらと舞い落ちる白い雪、この街では何年ぶりかのホワイトクリスマス。
雪は冷たいけれど、心はとてもあたたかくなっていた。
彼らのお陰でこの年のクリスマスにも、笑顔と幸せが溢れることだろう――。
[完]
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2043/ピューイ・ディモン/男/10歳/夢の管理人・ペット・小学生(神聖都学園)
2295/相澤・蓮/男/29歳/しがないサラリーマン
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