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<東京怪談ノベル(シングル)>


Beanie Baby

「あら」
湖影梦月は、そう声を上げて足を止めた。
「あらあらあらあら」
垂れ目がちに大きな瞳を瞬かせ、無意識の呟きを口にしつつ、そのままぺたり、とショウウィンドウに両手を突く。
「あら〜?」
大きく首を傾げる、その動きに艶やかな黒髪が水の流れで肩を滑り、アイボリーのコートの襟元、純白の柔らかなファーに混じる。
「まぁまぁ。こちらをご覧なさいな〜」
傍らに呼び掛ける梦月だが、其処に連れと思しき姿はない…だか、確かな応えは中空から返った。
「なんだ」
前触れ無く、その長身が梦月の背後に立った。
 長身の青年、それは付かず離れず、そして余人の目に映る事なく梦月を守護しつづける鬼、である…それを証拠に彼の姿は額をくっつけんばかりに硝子に身を寄せる梦月が至近にその像を結ぶというのに、守護鬼の居る位置は向こうの風景を透かして行き交う人の姿を映すばかり。
 守護鬼に呼び掛けた梦月は、黒い瞳を輝かせてショウウィンドウに見入る…それはトイ・ショップの店先、クリスマスの近さに、ディスプレイの配色は濃い緑と赤、小さなトナカイやサンタクロースがプレゼント包装の施された箱の配送準備に忙しい、そんな様子が売れ筋の商品を混じえて展示されている。
 上部に吊されたミラーボールや、星、透明な硝子細工の天使。
 光を弾くそれはクリスマス用のオーナメントで、昨今流行りの電飾を映し透かして、煌びやかな輝きを増して人の足を止める。
 寒さに負けじとするかのように光踊り、わくわくと心浮き立つイベント、乗じた商魂の逞しさは購買意欲をそそって華やかさを競う。
 さて、梦月が気を引かれたのは飴を模したキャンドルか、それとも雪の結晶を模した硝子のオーナメントか…視線を動かし、少女の興味を惹いたそれ、を判じようとする守護鬼に、梦月は満面の笑みで硝子一枚隔てた世界の……片隅を指差した。
「どなたかに似ていると、思いませんこと〜?」
「思わん」
即答だった。
 彼女の細い指が示して見せた、それは一体のぬいぐるみである。
 色は黒、一抱えはありそうなモヘアの生地は手触りが良さそうではあるが…球体と言ってしまうには縦に潰れたカンジで、その両側から延びるのは…鳥の羽根を有して優雅なそれでなく、一枚の皮を張り渡らせたような翼。
 赤いビーズを埋め込んだような目は丸く梦月と視線を併せて円ら、なのだろうが、どうやら瞼らしく上方に貼り付けられたフェルトに半眼になり、目つきが悪い。
 そしてこちらは妙にてかりのある真っ赤な布で半月状のどうやら口…両側に小さく尖った白は牙のつもりのようだ…それ等の情報から総じる所は、デフォルメ化したコウモリのぬいぐるみ、という結論に行き着く。
 部品のひとつひとつを上げつらえば、愛らしさなぞ欠片も見出せないようなそれだが、全体的に見れば、妙な愛嬌がある…薄く被った埃から察するに、どうやらハロウィンの売れ残りがそのまま忘れられていた風情だ
「似てない、全然」
守護鬼は好意を覚える所か、警戒してし過ぎる事のない不吉な人物を思い出す縁を前面否定の姿勢を貫くつもりらしく、ダメ押しにそう否定した。
 だが梦月はコウモリと目線を併せたまま、嬉しそうに守護鬼に告げる。
「いいえ〜、似てますわ〜。赤いお目目も、あの羽も〜、ピュ……」
「いうな!」
口を掌で塞がれ、言い切れなかった言葉がもが、と形を失う。
 予断なく周囲を見回す守護鬼…噂をすれば影、名前を出したら姿を現わしそうな、そんな強迫観念にまで警戒してしまう、忠義者である。
 その守られるべき梦月は、突如口元を塞がれた無礼に対する抗議を、大きな手をぺしぺしと叩いて示す…これで守護鬼が一般の皆様に姿を現わしていれば、それは間違いなく誘拐魔として通報の憂き目を見る風景である。
 その訴えに手をずらし、ようやく満足な呼吸を確保した梦月は、ふはぁ、と冷たく新鮮な空気を吸い込んだ安堵に先の嬉しさを思い出し、梦月は胸の前で小さく両手を合わせると、コートのポケットを探って財布を取り出した。
「姉様と兄様達と、父様、母様……これだけあれば、みんなのプレゼントは買えますわね〜♪」
ひのふの、と中身を数え、にっこりと微笑む梦月。
「梦月……」
いやぁな予感がして、守護鬼は制止と確認の意味を込め、少女の名を呼んだ。
「少し待ってて下さいませ〜、買って参りますわね〜♪」
止める間もあらばこそ。
 梦月は自動ドアへ向って、軽やかに駆け出した。


「見て下さいませ、姉様、兄様方〜♪」
帰宅後、家族への贈り物はぎゅうぎゅうとベッドの下に隠し、梦月は戦利品を抱えて家族のくつろぐ居間へと向った。
「可愛いでしょう〜? 今日から一緒に眠るんですの〜♪」
購入時に埃を払って貰ったぬいぐるみをきゅ、と抱き締める末妹の様子に、年長に姉兄達は、告げるべき真実を一瞬の沈黙の内に呑み込む。
「……確か、仕事で使ったがあったわね。梦月、マントを上げるわ」
コウモリは吸血鬼の手下だものねぇ。と、席を立つ長女。
「貰い物なんだけど、とんがり帽子とステッキがあったな……梦月ならきっとよく似合う」
魔女っ子…と謎の呟きに部屋を去る長男。
「梦月、今からかぼちゃでランタン作ろう!」
ねらい所はいいが、時期を外している次男。
 愛しい妹の為なら助力を惜しまない、優しい姉兄の心遣いの意図が掴めないまでも、どうやらこのコウモリは家族に快く迎えられたらしく、ほにゃ、と笑うとコウモリを抱く腕に力を込めた。
「ありがとうございます〜、嬉しいですわ〜♪」
それはそれは嬉しそうな梦月の笑みが、ほのぼのとした幸せで家中を満たす…湖影家は、今日も平和である。