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<東京怪談ノベル(シングル)>


星と夢の間に… 
ひょっとしたらこんなクリスマス

時は平成15年12月24日クリスマス。
世界の子供達に夢と希望と【おでん】を届けるために少女達は飛び立った…。

あやかし荘のすぐそばの電柱の下に、その店はある。
そろそろ夕闇が迫り始める夜8時…。
今日も少女達の明るい話し声が聞こえる。
「もうすぐ、クリスマスじゃ、楽しみじゃのお。」
「クリスマス?なにおいっておるのぢゃ?日本人にそんなこと関係あるまいに…。」
(少女達?明るい話し声?ここはおでん屋の屋台のじゃない。それにどう聞いたってこの話し方は、少女には…。)
ちょっと、そこの人。変な突っ込みはしないように。嘘じゃないんだから。
証拠に暖簾を潜ってみるといい。ほら、今日はここの店主と常連客がいるようだ…。

「ほお、クリスマスを知らんのか。嬉璃殿は。」
店主が皿にがんもとはんぺんと、それから大根を載せて差し出して、一人徳利を傾ける常連客に話しかけた。
「何を申しておる。源よ。クリスマスくらい知っておるわ。わしが何年この国で生きておると思うているのぢゃ。」
嬉璃は空になったガラスのコップを振りながら店主にそう言った。膨れたような、つまらなそうなその表情に店主 本郷・源は肩をすくめた。
「なんぞ、クリスマスにいやな思い出でもあるのか?嬉璃殿。」
「別に無いわ。ただ、恵美がなんぞ、『ツリー』だの『リース』だのを飾っておったようぢゃが、わしには関係ない。」
店主まで、屋台を赤く塗りおって、日本人ならクリスマスより花祭りじゃ…ちびらちびらと告がれたお代わりの酒をなめながら呟く嬉璃を見てははあ、と源は思う。
(恵美殿にハブにされたのがきにいらんのじゃな。きっと。)
嬉璃が恵美に『だけ』は弱い事をあやかし荘の誰もが知っている。
「一緒にやりたかったのか?」
「何を言うておる。わしは、別に…。」
雪よりももっと白い嬉璃の頬がほんのり赤みを帯びる。図星を指されて照れているのかも…。
くすっと笑ってみなとは梶棒にじゃれついていた猫二匹を手招きして呼び戻した。
一緒に飲んだ酒が回って気分がいい。源は軽く天を仰いで嬉璃に笑いかけた。
「まあよい。暇ならちいとわしにつきあわんか?」
「何ぢゃ、一体?」
「さんたくろーすじゃ!」
「…えっ?」
さっき飲んだ安酒が聞いてきたのだろうか…。嬉璃には屋台がゆっくりとだが勝手に動き出しているように感じた…。
「?いや!本当に動いておる〜〜〜?」
そう、おでん屋台【蛸忠】は、ゆっくりと動き出した。
思わずテーブルにしがみ付く嬉璃。源は満面の笑顔を浮かべる。
ガタッ!
鈍い振動が屋台を揺すった。中にいる二人と二匹には見えなくて解らないだろうから解説しよう。音と共にゆっくりと屋台から出てきたのは翼、だった。
さらにさらに、どこから出てきたのか屋台の背後には丸いジェットエンジンが二つ取り付けられている。
それが…
ズオオンン!
爆音を発し、共におでん屋台【蛸忠】は浮き上がった。目の前で揺れるコップ。浮かび上がる箸。
「フフフ…ハハハッなのじゃあ!!」
椅子を抱きしめて震える嬉璃とは正反対に源のテンションは急上昇!
『アテンション、アテンション…発進準備完了…コール願います。』
あやかし荘の渡り廊下、夢幻回廊の屋根はいつの間にか滑走路と化した。揺れる誘導灯と、旧館の管制塔が発進準備完了を告げる。
「世界の子供達に夢と希望と【おでん】を届けるために!クリスマスヴァージョンおでん屋台【蛸忠】FX-01!発進!じゃ!!!」
グオオオオン!!!
源の声と同時に【蛸忠】クリスマスヴァージョン FX−01は勇躍、夜空へと飛び出していった。
「ウギャアアア!!」
衝撃に目を回している、嬉璃を乗せて…。

「すまん、すまん、驚かせてしまったようじゃのお?」
大丈夫か?心配そうに顔を覗き込む源に、ふうっと息をついて嬉璃は頷いた。
「なんとかな。まったく、あんなのは生まれて初めてじゃ。」
おでん屋台【蛸忠】クリスマスヴァージョン FX−01(以下面倒なので【蛸忠】FX−01と省略)発射の衝撃は並大抵ではなかった。
例えて言うなら絶叫系ジェットコースターにシートベルト無しで立って乗るようなものだろうか?
倒れた嬉璃の反応が実は正しい。なぜ、源&猫たちが平気な顔でいられたのかは謎である。
「にゃん!」
「にゃにゃん!!」
二匹の『猫?』たちが源の横から顔を出した。
「うわっ!なんぢゃ!!」
気遣って出てきたのだろうか、顔を甘えるように舐める二匹に、嬉璃はさらに後ずさる。
「おお、にゃんこ丸!にゃんこ太夫よく似合うぞ!!」
なぜ『猫?』なのか。呼びかけられるまで嬉璃にはそれが猫だとは解らなかったからだ。
「これは…鹿か?」
「トナカイじゃ!!クリスマスには赤鼻のトナカイがつきものなのじゃ!!」
「にゃにゃあ〜ん!!」
源に褒められ喉を撫でられて、嬉しそうな猫たちは身体に似合わない泣き声をあげ夜空に飛び出していく。
「ほら、見てみよ。嬉璃殿。美しいぞ…。」
猫たちがかきあげた暖簾を軽く押さえて源が嬉璃を手招きする。
「ほおおっ、これは…。」
嬉璃も声を上げた。音速で飛ぶ【蛸忠】FX−01から地面を見下ろす。ベルベッドよりも深い黒に抱かれて輝くのは宝石の海。
人の営み、命の灯火という宝石が、夜の中で美しく輝く。
「綺麗ぢゃのお。」
珍しく素直に、『感動』する嬉璃を源は嬉しそうに見つめていた…。

「あっ!!いかん!!すっかり忘れておった!!」
源の声に、嬉璃は振り向いた。その声には明らかに焦りの色が浮かんでいる。
「どうした?おんし、これからさんたくろーす?とやらをするのではなかったのか?」
「そのつもりじゃったが…、すっかり忘れておったのじゃ。」
しょんぼり力を落す源に、今度は嬉璃が心配そうに顔を伺う。
「何を…。」
「わしには夜の営業と、明日の仕込みがあったのじゃ!!世界を回っている暇はないのじゃあ!!」
ずるっ…。嬉璃は脱力する。
(こやつ…、夢と希望よりも明日の銭儲けが大事か…。)
だが、それも人…。嬉璃は胸の中で笑った。長く座敷童などをしていると人が見える。
バイタリティに溢れ、いつも前を見る。だからこそ、人間は面白い…。
感じていたもやもやも、音速の旅のうちにどこかに吹き飛んだようだ。気分はいい。
「ならば、帰るとするか…?店主よ。」
「そうじゃな、にゃんこ丸、にゃんこ太夫。帰るぞ!!」
「にゃにゃん!(×2)」
主人の言葉に梶棒を引っ張っていた二匹のトナカイが、くるりとUターンして走り出そうとする。
「目標…あやかし荘!!」
「にゃ…!!!」
返事の泣き声が急に止った。誰かがいる、いや、自分達を取り囲んでいる。
そんな気配に、少女達は顔を見合わせ、頷き合うと同時に暖簾をかきあげた。

最初に見えたのは、黒いトゲのついたジャケット。金の鋲で飾られた…。どうやら誰かの腰らしい。
「よう、嬢ちゃんたち、だ〜れに断って俺達のシマで騒いでんだい?」
頭の上から振ってくる声を確かめようと、ゆっくりと顔を上げた…。
黒いリーゼント。真っ黒なグラサン。二人は言葉が出なかった。
一応言っておくが恐怖とか、そういうのではない。地上ではすでに絶滅したような彼らを描写する言葉が、素直に見つからなかったのだ…。
「俺達をコケにするつもりなら、嬢ちゃんと言えども容赦しねえぜ!」
彼の背後には、多分二桁を超える男達が屋台を取り囲んでいる。彼らの跨っているのはトナカイで、角にはクリスマスツリーも真っ青な電飾が光っている。
ピカピカに光る赤い鼻がライトのように煌き、身体に黒いスプレーで描かれたような拙い文字を照らし出す。
「【サタン苦露主】?」
ポン!
「おお、ヤンキーじゃ!!」
手を打った源の言葉は正しく彼らを表現していたが、当然、彼らの逆鱗に触れた。
「てめら!俺達をおちょくってんのか!!」
男達のトナカイのモーター音が唸りを上げたその時!!
「止めないか!!」
「やべえ!!」
稲妻のように響いた太い声。時が止ったように唸りも、男達の動きも凍りついた。
呆然と成り行きを見つめていた二人の足元が、急に逆さになった。
「しまった!ロケットエンジンは止ると墜落するんじゃったああ!!」
(今頃気付いたのだろうか?)
源の声と共に、屋台と、空と、空間が捩れて、回る…。

『君達を待っている人のところに、帰りなさい。良い子たちよ…。』

優しい声が、嬉璃の悲鳴と重なって聞こえたような気がした。
太い声と似ているかも。
そんなことを考えているうちに、二人の意識は闇に溶けて消えていった。

「?ここは…。」
源は目を開けた。見慣れすぎるほどに見慣れた、ここは自分の屋台である。
「ん〜〜。嬉璃殿と、飲んでいたあたりからどうも記憶が怪しいのお。」
目の前には自分と同じように、カウンターに突っ伏して眠っている嬉璃がいる。
「あっ、ここにいたんですね?」
優しい声と、白い手が暖簾をたくし上げた。
こんばんは。と頭を下げるあやかし荘の管理人に源も頭を下げた。
「今日は、住人の皆さんと一緒にクリスマスパーティしようと思ったのに、嬉璃ったらいなくなっちゃうんですもの。」
「むにゃ〜やんきーが空を飛んでおる〜。クリスマスは〜目が回る〜〜。」
小さな身体を抱き上げられても、嬉璃は目覚めない。安心しきった顔で爆睡している。
「このまま連れて行って脅かしちゃお。良かったら後で源さんも来て下さいね。一緒にパーティしましょ。」
店が終わったら、と頷いた源に会釈して管理人は去っていった。
見送りに出た源の肩に、ふわり音の無い花が舞い降りる。
「ほお、雪か…。ホワイトクリスマスじゃのお。あれ?」
振袖の裾を巡らせて、空を見上げた源は暗い夜の闇の中に、唸り声を立てるトナカイと、赤と白の影を見たような気がした。
「気のせいかのお。夢…かのお?」

おでん屋台【蛸忠】の椅子の下で二匹の猫が何かにじゃれて遊んでいる。
お揃いの二つの箱に添えられたカードが落ちる前に、源は気付くだろうか?

「源&嬉璃 サンタクロースになれなかったお嬢ちゃんたちへ
                      メリー・クリスマス!!!」