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眠り姫のジュリエット
１．
「で、なんであなたの体は透けてる訳？」
碇麗香は怒りの声も顕わにそう聞いた。
月刊アトラス編集部に突然現れた奇妙な女。
どうやら麗香の勘は死人ではないと告げているが、麗香は女の態度から何から気に食わない。
なぜなら・・・
「だからぁ、パパがぁ、彼氏のことぉ、許してくれなくてぇ。『ロミオ＆ジュリエット』みたいにぃ、薬で死んだフリしてぇ、元に戻す薬を彼氏に渡したんだけどぉ・・・」
非常に読みにくい文章だが、碇麗香の前に居る半透明の女・川井美弥子(かわいみやこ)はいわゆる一昔前のコギャル系であるがゆえ我慢して欲しい。
「・・・要するに、駆け落ちしようとして薬使って仮死になったけど解毒剤を持った男に裏切られて生霊になった、と」
「ん〜・・イキリョウってのわかんないけどぉ、多分そんな感じ？」
わかんないならそんな感じもへったくれもあるものか、と思った麗香だが何も言わないことに決めた。
日本語の分からない生き物に対して何を言ったって無駄なのである。
「で、本題だけど。あなたはここに何をしに現われた訳？ここは除霊できる人間を紹介する場所じゃないのよ？」
「・・除霊ってぇ、あたしをぉ、追い払うって事でしょ〜？違うよぉ？あたしはぁ、起こしてもらいにきたのぉ」
「・・・は？」
「だってここぉ、雑誌の編集部なんでしょぉ？だったらぁ、いい男とかいるんでしょぉ？あたしを起こしてくれそうなぁ、いい男紹介して欲しいのぉ〜♪」
碇麗香は今まで三下忠雄にすら向けたことのないような怒りを、ふつふつとその胸の内にたぎらせていた・・・。
２．
素晴らしい話だ。日本に来てここまで良い機会に恵まれた事も中々無い。
エルツァス・アイゼンベルグは心なしかウキウキとした足取りでアトラス編集部へと足を向けていた。
未知の薬かもしれない・・・仮死状態になった女、そして解毒薬。
どちらも魅力的な研究材料だ。
だが・・・先ほど一緒になった男が妙に気になる。
男はモーリスと名乗った。どうも私と同じような匂いのする男・・・。
ヘルツァスは極力モーリスを気にしないように努めた。
アトラス編集部へは間もなく着いた。
「遅くなりましたね。で、彼女ですか？電話の件は・・・」
そう言いながらヘルツァス・アイゼンベルグは顔に掛かった金の髪をかき上げた。
「あぁ、ヘルツァスさん。・・えっとそちらはモーリス・ラジアルさんだったかしら？初めましてね。お忙しいのにわざわざ申し訳ないわね」
麗香がそう言うとモーリスはにこりとして「医者としては放っておけませんから」と言った。
そうか、だから気になったのだ。同業者とは・・・。
ヘルツァスはモーリスもまた同じように薬を欲しているのではないかと思った。
「こんにちわー」
爽やかに最後の１人が登場した。
「佐和(さわ)トオル、麗香さんのために駆けつけました」
大げさなほど丁寧に麗香に頭を下げる黒い瞳の青年。
「真打登場ね。来てくれないかと思ってたわ。忙しそうだものね」
「何をおっしゃいます。麗香さんのためならどれだけ忙しくても来ますよ？」
「相変わらずね。まぁ、いいわ。こちらモーリスさんとヘルツァスさん。２人ともお医者さんよ」
ヘルツァスとモーリスは軽く頭を下げた。
「佐和トオルです。よろしく」
佐和はニコリと挨拶をした。
３．
「いやぁ〜ん！さっすが雑誌の編集部ぅ〜！！メッチャいい男ばっかぁ〜！」
美弥子が奇声を発した。
「・・私はその手の話には加担しないことにしている」とヘルツァスが言った。
正直、うるさいのはホムンクルスどもだけでいい。
「私もそういった手伝いをしに来ているのではありませんから・・・」モーリスもヘルツァスに続くように美弥子のターゲットを辞退した。
「佐和くん、こういうの慣れてるでしょ。ちゃっちゃとキスして追い払って欲しいんだけど」
麗香はしれっと佐和にそういった。
「そりゃあ慣れてないとは言いませんけど、いきなり見知らぬ女の子にキスできるほど無神経でもないですよ、俺。大体、それで目が覚めたとして、その後、彼氏と揉めるの嫌ですよ」
「彼氏ぃ、逃げたからぁ、あたしぃ、今ぁ、フリーでぇす〜」
「・・・いや、でもさぁ・・・」
佐和は美弥子の期待するような目を退けようと一歩後ずさった。
と、麗香がなにやら佐和に耳打ちをした。
こそこそとなにやら話をしていた２人だが、どうやら交渉していたらしい。
にこやかに佐和が美弥子に向き直った。交渉成立・・といったところだろう。
「じゃあ、君にキスをすればいいんだよね？」
「まぁ、待ちなさい」
腹をくくり、早急に仕事を済ませようとした佐和をモーリスが制止した。
「なんですか？」
「その前に彼女に本体がどこにあるのか聞く必要がありますね。目覚めのキスも本体でなければ意味がないだろうし」
「・・それもそうですね」
「それに」
モーリスと佐和の会話にヘルツァスが口を挟んだ。
「本体には毒が残留している。それを分析すれば解毒剤も作ることは可能だろう」
「なるほど」
佐和が感心した。
ちらりとヘルツァスはモーリスを盗み見た。
特にこちらを気にしているような様子はなかった・・・。
４．
佐和、ヘルツァス、モーリスの３名は、美弥子の案内で今まさに通夜が終わった川井家へとやってきた。
川井家は白亜の豪邸・・・というにはあまりにも趣味の悪い豪邸であった。
人目を避けるため、美弥子がいつも無断で外出するときに使っていた出入り口を使い屋敷の内部へと侵入した。
「・・でかい家だなぁ・・」
佐和がそう呟くと美弥子は「そうかなぁ？」と目を瞬かせた。
「あまり時間はない。喋っている暇があったら案内してもらおう」
ヘルツァスがそう言った。
「そんなに焦らなくても、時間はまだありますよ」
モーリスがヘルツァスを制した。
微妙に棘を含んだ言い方にヘルツァスはムッとした。
「まぁまぁ、この家の人に見つかるのはよろしくないですし早く行きましょうか」
佐和が二人の間に割って入った。
「こっち、こっちぃ〜」
美弥子が１室の前で立ち止まり手招きをした。
入ると、美弥子の遺影が飾られたでかい祭壇がドドンと飾られた部屋だった。
「・・趣味が悪い」
ヘルツァスは一言呟いた。
赤と白のバラの花が一面に飾られ、棺桶を飾るのは総金箔の龍。
死者に着せるいわゆる白装束にも昇竜の金箔刺繍が施されていた。
「パパがぁ、好きなのぉ〜」
「早急にここをお暇するのがよさそうですね」
モーリスがそういうと美弥子の体になにやら触ろうとした。
「何をするつもりだ！？」
ヘルツァスは咄嗟にモーリスを見咎めた。
「私はあるべき姿に戻すことが出来ます。その方が仕事は早く片付くと思いますが？」
「だが、それは根本的な解決になるとは思えない。君も医者なら彼女が使った薬が気にはならないか？」
ヘルツァスは挑戦的ににやりと笑った。
ここまで言えば必ず相手は引くだろうと思った。
モーリスは少し考えると「分かりました」とその手を引いた。
ヘルツァスの思惑通りだった。
「では、採血と分析をする。少々時間をくれ」
手早くヘルツァスは美弥子の体から血を抜き取り、手持ちの検査用具で毒の分析を始めた。
５．
「毒が検出されない」
数分の後、ヘルツァスは一言呟いた。
血液検査はすべて正常値だった。
「検出されない？どういうことなんです？」
結果を待っていた佐和がそう聞いた。
「ちょっとお借りします」
モーリスはヘルツァスの手に握られていた分析結果を受け取り隅々まで眺め始めた。
「簡単に言えば、彼女は毒を飲んでいない」
「飲んでいない？」
佐和は混乱してきた。
「なるほど。これはまた面白い結果ですね」
一通り目を通したモーリスが薄く笑った。
「あたしぃ、薬ぃ、飲んだよぉ？」
美弥子が口を挟んだ。
「では聞くが、君が飲んだという薬はなんという薬だった？」
ヘルツァスの問いに少し考えて美弥子は思い出すように言った。
「別にぃ、『飲むと死んじゃう薬』としか聞いてないけどぉ」
「プラシーボ効果という言葉を知っていますか？」
モーリスが笑ったまま美弥子にそう聞いた。
どうやら面倒な説明はモーリスがしてくれるようだ。
「なんですか？それ」
佐和もよく分かっていなかったため、思わず言葉が口をついて出た。
「思い込みの効果・・つまり、彼女の場合は暗示によって自分が毒を飲んで仮死状態になると信じたがための今の状況・・ということです」
「・・・」
「うそぉ〜！」
佐和は絶句した。
と、ヘルツァスは帰り支度をし始めた。
「これ以上科学的に彼女を目覚めさせることは不可能だ。ということは私の出る幕ではない。能力とやらで目覚めさせるもよし、キスで目覚めさせるもよし。とにかく私は必要ではない」
毒の存在がない以上、ここにいるのは無駄だった。
だが、まぁ、ここまで思い込みが激しい人間に会えるもの貴重な体験だったと思えば無駄ではないが・・。
「・・私としましても、思い込みで眠っておられるお嬢さんの意思は尊重したいと思いますので佐和さんに目覚めをお譲りいたしましょう」
ヘルツァスに続きモーリスが帰り支度を始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ！」
佐和は慌てた。
このままキスをして目覚めさせるのは簡単であったが、キスをした相手・・・つまり王子さまはお姫様と末永く幸せに暮らすのが定説。
美弥子がもしそう思い込んでいたら・・・？
「お、俺も帰りまーす！！」
佐和もヘルツァス、モーリスの後を追い川井家を後にしたのだった。
「えーーーー！！あたしを目覚めさせてくれるんじゃないのぉおお！！？」
美弥子の常人に聞こえぬ叫び声が川井家に響いた・・・。
その後、美弥子がどうなったかと言うと
実は密かに戻ってきた彼氏により生き返ることが出来た・・という噂である。
めでたし、めでたし？
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
1963 ／ ラクス・コスミオン ／ 女 ／ 240 ／ スフィンクス
1887 ／ ヘルツァス・アイゼンベルグ ／ 男 ／ 901 ／ 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。
2318 ／ モーリス・ラジアル ／ 男 ／ 527 ／ ガードナー・医師・調和者
1781 ／ 佐和・トオル ／ 男 ／ 28 ／ ホスト
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■ ライター通信 ■
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ヘルツァス・アイゼンベルグ様
またお会いできて光栄です。
この度は「眠り姫のジュリエット」へのご参加ありがとうございました。
なお、ラクス・コスミオン様はキャラ設定上一緒に出せなかったため別シナリオとなっておりますのでヘルツァス様のシナリオでは登場いたしません。
今回お医者様がモーリス様とヘルツァス様のお二方もいらっしゃいましたので当初のシナリオを改変させていただきました。
お２人とも美弥子の飲んだ薬と彼氏が持ち逃げした薬に興味を持っておいでのようでしたので・・・。
コメディになっているのか私的に微妙なのですが、楽しんでいただければ幸いです。
もしお気を悪くさせたら申し訳ないです。
それでは、またお会いできる日を夢見て・・・。
とーいでした。
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