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雪が降る前に
【0】目覚め
彼は、ゆっくりと目を覚ました。漆黒の体を静かに起こし、顔――と思われる部分――を上向かせる。
全身にまとわりつくコードの類。ところどころに見える剥き出し機械。
機械人形。
そう呼ばれる彼は、虚ろに聞こえた声に促されて意識を覚醒させた。
彼に命令できる者。それは一人しか存在しない。
自らの創造主であり、生きる術を与えたモノ。
『大死霊』――大いなる闇であり、圧倒的な存在感を示す存在。その意に逆らうことを、彼は絶対に許されない。ただ主を守る為だけに、彼は生きる事を許される。
彼――主より与えられた名は、F・カイス――は、呼ばれた声の方へ青い眼差しを向けた。
広がる荒涼。幾つもの墓が軒を連ねる。
『墓場の森』と呼ばれるその地の、監視者でもある彼は、全てを見通すその眼で声の主を捜す。程なくしてそれは見つけた。
「……主、どのような御用でしょうか?」
恭しく頭を垂れる。
あらゆる敬意を払い、彼はただ静かに問う。静寂の空間に、彼の声が僅かに振動を起こす。
やがてその余韻も消え、沈黙が場を支配してから数刻。その長さは果てがないようにも思われ、あるいはほんの数秒のようにも感じられた。
だが、彼自身は気にも止めない。
時間の概念にどれほどのものがあるだろうか。
主の意を待つこと。それこそが彼にとっての最重要項目なのだ。
ただじっと、沈黙を保つ。
そして。
まるで天啓のように。
その声は空から聞こえた。
いや、それは正確ではないだろう。実際に声がしたのではない。現に周辺はいまだ沈黙の中にあるのだから。
声は、ただ彼の脳裏に響いたに過ぎない。
――来たる者、その意のままに力の至宝を守れ。汝に与えた盾をもちて――
疑問を挟む事なく、彼はその言葉を静かに受け止めた。
考えることはない。主の意は、彼などより大きな世界を見据えているのだから。
ゆっくりと頭を上げる。
既に主の気配は消えていた。
直後。
彼は、自分以外の存在を森の中に認識する。主を抹殺する為の敵か、と咄嗟に警戒をしたが、すぐに敵意が無いことを感じ取った。
では何者なのか?
そう考えた時、彼は主の言葉を思い出した。
――来たる者。
ならばこれがそうなのか。納得をしてしまえば、彼の行動は素早かった。あらゆるものを策敵するその眼が、すぐに気配の位置を特定する。そのまま彼は、気配の場所まで走っていった
【1】邂逅
気配の場所までは、ほんの数秒だった。
そして彼は、少なからず驚いた。そこにいたのは、まだ幼い人間の子供だったからだ。
だが、その考えはすぐに訂正する。冷静に見てみると、人間の子供にはあり得ない、その小さな体の周囲に僅かながらの妖気を纏っていた。
「……何者ですか?」
口調はあくまでも礼儀正しく。
だが、決して警戒は緩めない。主の言葉があるとはいえ、それが目の前の人物だという確証はどこにもない。一つ間違えば、主の危機にも繋がりかねない。
そんな彼の様子に、子供はクスリと笑う。
つくづく予想外の反応を返す。
驚きはいまだ彼の中にある。
普通の子供ならば、己の風体を見て少しは怖がるものだ。これまで監視者としてこの森に迷い込んできた人間の子供達を街に送り返そうとした時、姿を見せた自分に例外なく泣き出したものだ。
しかし、目の前の子供は、怖がるどころか平然と笑みを浮かべている。それ以上に、こちらを見つめる眼差しの冷たさが、彼の本能を妙にざわつかせる。
その時点で、目の前の存在が主と同類であると理解した。
「ねぇ、あんたが監視者?」
子供特有の遠慮ない口調。
気にする事なく彼は頷く。
「ええ、そうです」
「ふうん、そっか。一応あんたの主とは話つけたんだけど、聞いてる?」
「……はい」
「それなら話は早いや。この指のずっと先、見えるかな? 白い力があると思うんだけど、それを守って欲しいんだ」
子供が指差した先。
彼の眼差しがその先を追う。全てを見貫く『水銀の眼』に映ったのは、確かに白く綺麗な力の固まり。
「結晶?」
白く、どこまでも澄みきった力の結晶。
それは氷のように清廉で、何者にも汚されない硬さを備えているように見えた。こんな力がこの世にあるのかと、彼は自然と感嘆した。
だが。
「まとわりつく闇が気に入りませんね」
白い力の結晶の周辺。蠢くように波打つ闇色の気。
虎視眈々と狙っているのは明らかだ。
「そ。そいつらを、蹴散らしてくれるかな。ホントは俺がしたいんだけど、ちょっと野暮用が入ってさ」
子供の眼差しが、一瞬だけ柔らかくなる。
すぐに元に戻ったが、彼の目を誤魔化せる筈がない。
とはいえ、別段追求するつもりもない。彼の関心は、全て主の為だけにある。今回の事も主の言葉を思い出し、その意に従っているだけだ。
「了解しました」
軽く会釈をしただけで、彼はすぐさま飛び出した。
残された子供は、暫くその後ろ姿を眺めていたが、やがて静かにその場から姿を消した。
【2】闇、討つ
闇の中を彼は走る。
脇目も振らず、ただ一直線に目的の場所へ向かう。
先程見た状況では、今にも危険が迫っているのは間違いない。その力を助ける事に別段義理はなかったが、主より与えられた命だ。無様に失敗するわけにはいかない。
彼の中にあるのは、そのただ一点。
その為に周囲がどうなろうと知った事ではなかった。
訪れたのは、閑静な住宅街。
今の時分、人気もさほどなく、穏やかな静寂が漂っている。
そこへ、甲高い声が彼の耳に届いた。眼を向ければ、溢れんばかりの闇が一人の人間の男を飲み尽くそうとしている。
それは、先程感じた蠢く闇。
ではあの男が――いや、違う。見通す視界の中、見つけた力の結晶は、人の姿をして男のすぐ後ろにいた。
「まずいですね」
男を助ける義理はないが、男に潜む影には少なからず覚えのある気配がいた。
ならば。
彼は、その全身を広げて闇の前に立ちはだかった。ギロリと睨んでやれば、一瞬闇が怯えたように震える。
だが、構わずに迫ったきたものを、彼は両腕に備えた二つの大盾で防ぐ。
主より与えられた二つの盾。
右手の盾は魔力を、左手の盾は物理力を、それぞれ反射させる力を持つ。
故に、彼の体を傷つけられる力はどこにもない。
衝撃が閃光を放つ。闇は、自らの力に飲み込まれる形で一気に消滅した。
背後にいた男は、思わず腕で顔を覆っている。
「――深淵なる闇の皇を持つ者よ…主に感謝する事ですね」
彼はそれだけを言い残し、素早くその場を去った。
――再び、墓場の森。
役目を終え、彼は再び眠りにつく。
いまのところ、主に迫る脅威はない。迷い込む者の気配もしない。
ならば、今は静かに体を休めよう。
いつ主の声がかかるのかわからないのだから。その時には全力でもって対応する為に。
森は、いつまでも静寂の中にある――。
【終……?】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2319/F・カイス /男/4/墓場をうろつくモノ・機械人形】
【0086/シュライン・エマ/女/28/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0720/橘姫・貫太 /男/19/『黒猫の寄り道』ウェイター兼外法術師】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書】
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■ ライター通信 ■
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葉月十一です。
またしてもお待たせいたしました。申し訳ありませんでした。
今回、お任せという形でしたので、完全に個別な形になってしまいましたが、如何だったでしょうか。他の方の話と読み比べてみれば、全体が見えてくると思います。
この話は後編へと続きます。
タイトルは『雪が降った後で』です。
もしお見かけしましたら、またご参加していただければ嬉しいです。
それでは、またの機会をお待ちしております^^)
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