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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


推定恋心〜Bianco Natale〜


 Il lieve tuo candor, neve

 discende lieto nel mio cuor

 nella notte santa il cuore esulta d'amor

 e Natale ancor


 1年中で1番教会が忙しい夜―――クリスマスイヴ。
 日本という国はヨハネ・ミケーレ(よはね・みけーれ)にとってとても不思議な国だった。
 クリスマスには教会に行き聖歌隊の歌に聞き入り、大晦日には寺院で108回の鐘を突き、そして新年には神社へとお参りに行くという。
 たった1週間のうちに3つもの宗教を掛け持つのだ。
 初めてそれを知った時はかなりのカルチャーショックを受けたものだが、最近ではなんだかすっかりそれにも慣れてしまった。
 ミサも無事に終わり――とはいっても、ヨハネはあくまでミサの手伝いに終始していたわけだが――教会に居た親子連れや聖歌隊の歌声にに聞き入りながら寄り添っていたカップルはおろかその聖歌隊の面々やこの教会の主すらすっかり居なくなってしまった聖堂でヨハネは1人、天井近くのステンドグラスにはらはらと舞う雪を眺めていた。
「Bianco Natare、か……」
 東京でこの季節に雪が降るなんて珍しいんだよ―――今晩雪が降るらしいのだと天気予報で言っていたと嬉しそうに話していた彼女の姿が浮かび、ヨハネの口元に自然と笑みが浮かんだ。
 ヨハネがカソックのポケットに手を入れるといつも持ち歩いているピアノ線の代りに小さな箱に掛けられたリボンに指先が触れて軽い音をたてた。
 がさがさと取り出すと銀のリボンが掛けられた水色の小箱が自らクリスマスプレゼントだと主張している。
「やっぱり、包装はこんなに綺麗にしてもらわない方が良かったのかも―――」
 周囲に脅されたり諭されたりして、ヨハネはとうとう女性に生まれて初めての特別な意味のこもったクリスマスプレゼントを買ってきてしまった。
 彼女―――杉森みさき(すぎもり・みさき)にこれを渡すべきか否か、不謹慎だが実は彼の師匠が珍しく真面目にミサを執り行っている最中ですら心の片隅でその事を考えてしまっていた。
 それにしてもどうして自分はあんな甘言に諭されてしまったのだろうと今更ながらに後悔していた。
 プレゼントを用意すると決めてから、ヨハネは何度も色んな店に下見に行き、何時間も悩んだ末に決めたのは小さなイヤリング。それが髪の隙間から彼女の耳元を飾る姿を想像して結局それに決めた。
 それを見て買い物に付合ってくれた友人は、
「えぇ、なんで指輪じゃないのぉ。やっぱり恋人へのクリスマスプレゼントっていったら指輪じゃない」
と、言われたが彼女はとても大きな才能を秘めたピアニストの卵だ。きっと毎日レッスンに励んでいるであろう彼女の妨げになるかもしれない指輪ではなくイヤリングを選んだのはヨハネなりに考慮に考慮を重ねた結果だった。
 そんなに悩みぬいて選んだプレゼントだというのに、今日は1年中で1番……それこそ日本の教会にすら人がひっきりなしに訪れる日。
 ミサが終わるのは夜。
 渡しようがないのは判っていたはずなのだが、それでもやはり今日という特別な日に渡したい―――そう思うのも無理はない。
 人の気配がなくなった聖堂はすっかり寒くなっていた。
 その中で、ヨハネはずっとそんなことを悩んでいたのだ。
 再びステンドグラス越しの雪から手元のプレゼントに目を落とした時、不意にヨハネの携帯の着信音が聖堂に鳴り響いた。
 あわてて長椅子の背もたれに掛けていたコートから携帯電話を取り出す。
 背面ウィンドウで確認すると相手は先日ひょんなきっかけで初対面を果たしたみさきの双子の姉からだ。
 急いで電話に出たヨハネにもたらされたのは、みさきが行方不明になったという連絡だった。
 それを聞き、ヨハネはプレゼントをポケットに押し込んだコートを引っつかんで、教会を飛び出した。
 
 1時間以上当てもなくみさきを探して外を駆け回っていたヨハネだったが、当然といえば当然なのだが彼女を見つける事は出来なかった。
 手元の時計を覗くともう後少しでクリスマスイヴが終わる。
 外を走りまわっている間にも雪は降り続け、傘も差さずに飛び出した為、ヨハネのコートにもうっすらと雪は積もり、髪もすっかり濡れてしまっている。
 こんな時間に理由もなく姉に心配を掛けるような彼女ではない。
 きっと何か理由があるのだろう……それでも、ヨハネは心配で探しに行かずには居れなかったのだ。
「みさきさん、一体どこに―――」
 あれだけ降りつづけた雪がいつの間にかいったん止み、雲と雲の隙間から極々微かに月の光が覗いていた。
 失意のまま仕方なくいったん教会に戻って来たヨハネは、重厚な、自分の気持ち同様重い扉をゆっくりと開いて聖堂の中に入った。
 ステンドグラスから聖堂の中に僅かな光が見える。
 それが雪の光りなのか微かに覗いていた月の光りなのか、ヨハネには判らなかった。
 だが、2つだけ判った事があった。
 ひとつは、誰も居なかった聖堂の中に人影があったこと。
 そしてもうひとつは、逆光になり一瞬はっきりとは見えなかったが、ヨハネが扉を開いた音で気が付き振り向いたその人影が探しつづけていた彼女だということだった。

「みさきさん――――!」

 いつにない声でヨハネは聖堂の中心に立っているみさきに駆け寄った。
 抱きしめた彼女の細く小さな身体はすっかり冷え切っていて、ヨハネは少しでも彼女が暖かくなるようにと自分のコートの前を開いて自分の体とコートでみさきをすっぽりと抱きかかえる。そして、彼女の冷え切った頬を暖めるように両手で包み込んだ。

「ヨハネ君……」

 その温もりが確かにみさきがこの腕の中に居るのだと実感させる。
「心配、したんですから……」
 安堵の言葉が無意識に、自然と零れ落ちた。
「うん、ゴメンね」
 みさきの声が直接ヨハネの胸に伝わったり、ヨハネは抱きしめる腕に更に力をこめた。


■■■■■


 姉と一緒に作ったクリスマスケーキをつくったみさきだったが、姉妹2人では当然の事ながらホール丸々1個ぶんのケーキは余ってしまった。
 片付けもそこそこにさっさとお風呂に入ってしまった姉に、
「もぉ」
と、呆れつつケーキを冷蔵庫に仕舞おうとしたその時、TV画面のある映像がみさきの手を止めた。
 雪の降るとある教会で子供達が賛美歌を歌っている。
 そして、そのバックにはパイプオルガン独特の響き―――
 時計を見るともう夜の10時も過ぎていたが、行けないことはない。
 みさきは綺麗にカットしたケーキを小さな箱に納めて、赤いリボンを掛ける。
 そして、こっそりと家を出たのだった。
 それが、こんなに大騒動を―――まぁ、大騒動だったのはヨハネ1人で、意外に彼女の双子の姉は大方の予想がついていたらしくみさき発見の電話をしても落ち着き払っていた―――巻き起こすとは思いもよらなかったらしい。
 ぎゅっと抱きしめられてみさきの腕の中には件のケーキ箱がある。
「ヨハネ君、そんなに強く抱きしめたらケーキが潰れちゃうよ」
 抱きしめられた腕の中で、みさきはそう言って彼を見上げた。
「……す、すいませんっ」
 急に我に返ったらしくヨハネはわたわたとその腕を離した。
 小柄なみさきの身体はまるであしらえたようにすっぽりとヨハネの腕の中に収まる。
 その腕の中に心地よさを感じていたみさきは、慌てて腕を離された事を少し寂しさを感じた。その寂しさを彼女自信が自覚していたかどうかは判らないが。

 ヨハネに導かれるまま、みさきは教会の奥にある部屋へ通された。
 そこには旧式のストーブがまわりを赤く、そして暖かくしていた。
「みさきさん、寒かったでしょう?」
と、みさきに経緯を聞いたヨハネはそう言って暖かいお茶を彼女に渡した。。
 結果的にヨハネと入れ違いに聖堂に来て、1時間近くヨハネを待ちつづけたみさきの身体も冷えていたが、外を探しまわっていたヨハネもすっかり冷たくなっていた。
「ヨハネ君こそ、指先まで冷たくなっちゃってるよ」
 みさきは受け取ったマグカップをいったんテーブルの上に置き、両手でヨハネの手を自分の口元に引き寄せて、はーっと息を吹きかける。
「ね? だからおあいこだよ」
 ヨハネの頬の赤さはストーブの炎によってうまく誤魔化されていた。
 その笑顔、その仕草に身体よりも先にヨハネは自分の心が温まる。
 そんなヨハネに、みさきは、
「はい」
と言って件のケーキ箱を置いた。
 ヨハネはゆっくりとそのリボンをほどいて箱を開けた。
 箱の中には、母親の料理も知らないヨハネにとって、初めての手作り――しかも彼女が作った――ケーキがある。彼にとってそのケーキは世界中のパティシエが作るどのケーキよりも特別な物だ。
 そんなケーキが今、彼の目の前に在り、そして何より彼女が―――みさきが傍に居る。
 今までこんなクリスマスイヴが彼の中で存在した事があっただろうか。
 想い人と過ごすクリスマスの夜が、初めて、彼の中の敬虔な神への気持ちをかき消した。
 今、ヨハネの中に広がるのは偏に彼女への愛しさだった。
「クリスマスプレゼントだよ」
 ただ、みさきのその台詞でヨハネは重要な事を思い出し、慌てて掛けてあったコートのポケットに手を入れた。
 しかし、確かにそこに入れたはずの探し物は見当たらない。
 そう、ヨハネはみさきを捜索している際に彼女へのクリスマスプレゼントを落としてしまったようだ。
―――ミサの間、気もそぞろになってしまうほどどうやって渡そうと悩んでいたプレゼントなのに……。
 せっかくみさきと会えたというのに肝心のプレゼントがないのでは話にならない。
「すいません、みさきさん。僕、プレゼントどこかに落としてきたみたいで―――」
 あまりのバツの悪さにヨハネは苦笑しながら、ケーキについていたリボンを彼女の髪にそっと結んだ。
「ううん、いいの。それくらいヨハネ君はみさのこと心配して探してくれたんだもん」
 そう言ってみさきはヨハネに微笑んだ。
 その瞬間、教会の柱時計の音が聞こえた。
 1つ、2つ……12回鳴り響く。
「メリークリスマス、ヨハネ君」
「Buon Natale、みさきさん」

 クリスマスイブの1番最後の瞬間と、クリスマスの1番最初の瞬間を2人で過ごせた幸せを、ヨハネは感謝した。
 神様に。
 そして、それ以上にこの寒い中、自分の元へ来てくれた彼女に――――


 Un canto vien dal ciel, lento

 e con la neve dona a noi

 un Natale pieno d'amor

 un Natale di felicita


Fin