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<東京怪談ノベル(シングル)>


凶星
●旅路にて
 虫が知らせる――という言葉がある。何とはなく予感がするという意であるが、その予感に際して何故そのように思ったのか、明確に説明出来ることはそう多くはないのではないだろうか。
 その夜、旅路にあった凌神レイが不意に闇に包まれた空を見上げたのも、後から考えてみれば虫が知らせたのかもしれない。
「……不穏な……」
 サングラスを外し、奥に隠されていた赤い瞳で表情を変えることなく空を見つめるレイ。そのつぶやきは中性的な外見によらず、男であると判断出来るものであった。
 闇に包まれているからといって、空一面黒い訳ではない。僅かではあるが、星たちが弱々しい光に包まれているのが見える。が、その中にあって一瞬だけ、すっ……と空を横切る光をレイは目撃していた。それが先程のつぶやきへと繋がっていたのである。
 横切った光は今も見える星たちより、強い光に包まれていた。その色は赤く、嫌な例えになってしまうが鮮血よりも鮮やかな赤のように見えた。別の言い方をすれば、禍々しい色合いだ。ゆえに、レイが不穏さを感じるのも無理ない話だ。
 レイは目元にかかっていた白き髪を掻き揚げてサングラスをかけ直すと、しばしその場に留まっていた。何を考えているのか、見た目には全く分からない。
 やがて足元に置いた鞄を手にし、移動を開始した。裏路地から表通りへ、細い道から広い道へと出たレイは人の流れと逆行するように歩みを進めてゆく。
 行き着く先には煌々と光を放つ駅舎があり、ホームには発車を待つ特急列車の姿があった。まるでレイが乗ることを待っていたかのように――。

●急かされる感覚
 某山中にレイの姿があったのは不穏な星占いを視た翌日、間もなく日が落ちようかという頃だった。列車やバスを乗り継ぎ、休むことなく移動した結果である。
 本来、レイは日中はほとんど活動せず、夜を渡り歩く生活を送っている。それには体質も関係しているのかもしれないが、はっきりしたことは定かではない。
 けれども、昨夜から今日にかけての行動に関しては、そうしなければならないという感覚がレイの中にはあった。何かに急かされている、と言った方がぴったりと来るのだろうか。
 そんなレイが向かっているのは、とある村であった。名は……別にここで記す必要もないだろう。しかし、レイと縁浅からぬ村であることは間違いない。何故ならそこは、かつてレイが住んでいた村であったのだから。
(村に何か起こったのか……?)
 山道を歩きながら、レイはそんなことを考えていた。やはり昨夜のあれで、感じる物があったのであろう。
 少しでも先を急ぐべく、近道を使うレイ。近道といってもちゃんとした道がある訳ではなく、少々険しい所や、草木の生い茂る所を半ば突っ切ってゆくような形になるのだが。
 それでも、そのようにすれば直線距離で村へ近付くことが出来る。曲がりくねって迂回する形になっている普通の道を行くよりも、近道を行く方が早いのは歩きにくさを差し引いても明白だった。
 近道をした先では、急に視界が開けていた。それはそこに人の手が入ったことを示すものであった。そう、村が近くにあるのだ。
 レイが着いたのは村の横っ腹の辺りだった。村の入口から見れば、左手の方角だ。
 ごく自然に足元に目をやるレイ。別に何か落ちていることもない。あるのは、己の靴跡のみである。
 そして、レイはようやく村に足を踏み入れた。だが、目の前に広がる村の光景は、レイに懐かしいと感傷にひたさせる暇を微塵も与えなかった。
 そこに存在していたのは、まさしく『無』だったからである。

●破壊の中に見える不自然さ
 ここで村の様子を詳しく説明してみよう。
 まず、人の姿は目に見える範囲では全く見当たらなかった。ついでに言えば気配も感じられない。レイが村を離れてから、廃村になってしまったのだろうか?
 いや、それは違う。そう言えるのは、立ち並ぶ家々が程度に差はあれども破壊されていたからである。ちなみに、ブルドーザーなど土木用車両が暴れた痕跡は地面には全く見受けられない。
「…………」
 無言で歩みを進めるレイ。さらに村の惨状がはっきりとしてくる。家々だけでなく、大地も破壊されているのである。大小の穴が、あちらこちらで見えていた。
 どう見てもただごとではない。レイは剣を一振り携え、村の探索を行うことにした。
 レイは村の入口の方へと歩きつつ、家々や穴を見て回った。音もなく、強烈な陰気の残滓が村の中に残っているのをレイは感じていた。破壊の程度は、入口に近付くにつれてまだましになっていた。そのうちに、レイは少々奇妙なことに気付いていた。
 当初何らかの爆発がレイの脳裏をよぎっていたのだが、どうもそうではないようなのだ。というのも、破壊された家々や穴などに、火を使った痕跡が見当たらなかったからだ。破壊の痕跡はこんなにはっきりとしているのに、焦げ跡すらない。また、べしゃっと潰れた形になっている家々があるのも特徴的だろう。
 それから穴の状態だ。何らかの爆発があったのであれば、周囲に爆発で舞い上がった土砂が堆積していてもおかしくはない。あるいは、穴の中にぎゅっと土砂が圧縮された痕跡があっても不思議ではない。しかし、そのどちらもないのだ。
 この2つの奇妙な現象をさらに決定的にしたのは、村の入口近くにあった巌の状態だった。まるでアイスクリームを一さじ掬ったかのように、抉れているのである。抉られた部分はどこにも存在しない。不自然な、あまりにも不自然な状態だ。
「……もしや」
 ピンときて、レイは近くの家々や穴を調べ直してみた。
「やはり……」
 小さく息を吐き出すレイ。そう、家々や穴も抉られたがゆえに、今の状態となってしまっていたのだ。べしゃっと潰れた家々は、抉られ屋根の重みに堪え切れなくなって自壊したと思われる。
 しかし、誰が何のためにこのような仕業をしたのであろうか。と、そんな疑問を抱いたレイが村の入口へやってきた時である。1メートルほど前方の地面に、何か小さな物が見えていた。
 近付き、身を屈めるレイ。そこにはカメオのブローチが落ちていた。彫られているのは女性の横顔、だがその女性が誰なのかは分からない。
 レイがそのブローチに手で触れた時だ。ブローチから、陰気を僅かに感じ取った。
「……同じのようだ……」
 村に残る強烈な陰気と同じ陰気が、このブローチに宿っていたのだ。
 レイはブローチを手に、立ち上がってゆっくりと村を見回した。記憶にあるのとは、まるで異なる風景がそこに広がっていた。
(どうやら破壊の主は村の入口より来て、破壊を始めたようだ)
 入口に近いほど破壊の程度がまだましになっていること、そして今のブローチ。恐らくはこの推測に間違いはないと思われる。
 レイはコートのポケットにブローチを仕舞うと、今度は村の奥へ向かって歩き出した。

●決意
 村の奥に向かっても相変わらず人の姿はなく、陰気も決して晴れることはなかった。破壊の程度は、入口に向かっていた時とは逆に、今度は激しくなっていた。
 そして――レイは『それ』を村の奥で見付けることとなる。
 『それ』とは陰気の残滓、今まで感じていたのとただ一点だけ除いて同じであった。違っていたのは、僅かだが意思を持って残っていたということである。
 そんな意思持つ『それ』の前に、レイが現れたのだ。『それ』がどのような行動に出るのか、容易に想像がつくことだろう。『それ』はレイの生気に引き付けられるがごとく、ゆらゆらとレイの方へ向かってきた。
 しかしレイは全く慌てることなく、コートの中より縄でまとめた数本の竹筒を取り出し、『それ』の要所要所へ目掛けて投擲した。竹筒の穴より、水がこぼれ出し『それ』へとかかる。
 その瞬間、『それ』は怯んだようだった。何しろ竹筒の中に入っていたのはただの水ではない。儀式により清められた水なのだ。陰気の残滓である『それ』が怯むのは、自然なことだと言えよう。
 もちろん、『それ』が怯んだのをレイが見逃すはずはない。携えていた剣を鞘から抜くと、間髪入れず一刀両断に斬り捨てたのだ。神気を帯びた剣――獅子王を以て。
 瞬く間に霧散する『それ』。神気を帯びた剣に斬られては、たまったものではない。一瞬にして、その場の陰気と『それ』の意思が消え失せた。けれども……そのことによって村に残る陰気が晴れた訳ではなかった。
「……この陰気の源ではなかったか。そうすると、本体はここではない何処かに……存在を……」
 剣を鞘に仕舞い、レイは辺りを見回した。目に入るのは、破壊の痕跡のみ。
 そして、レイはポケットからブローチを取り出した。陰気は変わらず宿っていた。これが今回の事件の手がかりの1つであることは、疑いようのない事実だろう。
(どうやら……追わねばならぬモノが居るらしい)
 ブローチをぎゅっと握り締め、レイは陰気の主を追う決意を固めるのであった――。

【了】