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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


僕の名前を探して

「僕の名前を探してください」
 そんなメールが雫のもとへ舞い込むようになったのは、一週間ほど前からだった。
 このテのいたずらメールにはなれているから、届くたびに削除していた雫だったが、こうも毎日毎日、まったく同じ時間に届くとなると、なんだか気になってくる。
「ただのイタズラにしては手が込んでるのよねぇ……あ!」
 インターネットカフェの入り口に見知った人物が立っているのに気がついて、雫は立ち上がった。
 このメールのこと、相談してみよっかなぁ、なんて思いながら……。

「朱羽ちゃーん!」
 雫からぶんぶんと手を振られて、朱羽はメガネの奥の金色の瞳に、困ったような色をやどらせた。
 雫が誰にでもちゃんづけするタイプなのはよくわかっているのだが、それでも、年下の女の子からそのような態度を取られるのは、正直、困惑してしまう。
「ねえねえ、あのね、ちょっと変なメールが来ててさぁ。相談に乗ってくれる?」
「変なメール?」
「うん、そうそう、そうなのよぉ。なんかね、一週間前から毎日毎日、『僕の名前を探してください』って……。なんか、変でしょ? いたずらにしては」
「確かに……そうだな」
「だから、朱羽ちゃんにちょっとお手伝いお願いしたいなぁ、なんて……どう?」
「ああ。うってつけの相談だ」
「だよねー。朱羽ちゃん、相手の正体見破っちゃう能力だっけ? 持ってたもんね。カーッコイイ〜!」
 雫が朱羽に飛びついてきた。
 いくら朱羽が細身だとはいっても、雫に飛びつかれたくらいではびくともしない。ただ、対応に困るので、朱羽は雫をじっと見つめた。
「あ、ごめんねぇ」
 あまり反省していないような様子で離れながら、雫が朱羽の手を引っ張る。
「こっち来て。今、ちょうどそのメール見てたとこなの」
 雫に言われるままにパソコンの前に座ると、くだんのメールが表示されていた。
 サブジェクトに「僕を探して」とあり、本文もサブジェクトと同じその一行きり。差出人の名前もなにもない。僕、というからには男なのだろうが……。
「とりあえずは、返事をしてみよう。かまわないか?」
「うん、もちろん。よろしくね」
 隣で雫がうなずくのを確認してから、朱羽は返信アイコンをクリックした。
 そうして、「了解した。返信を待つ 朱羽」とだけ入力する。そのメールを送信してすぐ、新着メールを知らせるウィンドウが開いた。
「……いいか?」
「うん」
 きちんと了解を取ってからメールを開く。サブジェクトは「Re:Re:僕を探して」となっていて、本文には「誰」とだけあった。
「誰……か。あたしの友達、かなあ?」
「まあ、そんなところだろう」
 焔法師などと名乗っては警戒されてしまうかもしれない。朱羽は「雫の友達」とだけ書いてメールを返信した。
 すると、またすぐにメールの新着を告げるウィンドウが開く。
「……早いね。メール、携帯に転送でもしてるのかな」
「さぁな。パソコンの前にかじりついているのかもしれない。本当に困っているのだとしたら、メールが気になって仕方ないはずだ」
「うん、そうよね。じゃ、それ、開いちゃって」
 雫に言われて、朱羽はメールを開いた。サブジェクトは先ほどのものにRe:をつけただけのもので、本文には「会いたい」とあった。それに朱羽は「どこで」と返す。するとまたすぐにメールが戻って来て、「どこでも」とあった。
「どうする?」
「ん〜、あそこでいいんじゃない? ほら……」
 と、雫が近くの喫茶店の名前を挙げた。確かにあそこなら、いつも誰かしら知り合いがいるし、さして広くないから待ち合わせには最適だ。
 朱羽はその店の名前と、簡単な場所の説明、それから今日、これからそこへ向かうということを返信した。そのメールにもすぐに返事がきて、それには「わかった」とだけ記されていた。
「いやー、よかったぁ。すぐに解決しそうだね」
「ああ。だが、油断はしない方がいい。足下をすくわれるかもしれない」
「もー、朱羽ちゃんてば」
 雫がばんばん背中を叩いてくる。
 朱羽は形のいい眉を寄せつつ、文句を言うべきか言わざるべきか考え込んだ。

 それからすぐ、朱羽と雫は待ち合わせの店に向かった。
 その店は、雫が根城にしているインターネットカフェから歩いて10分もかからない位置にある。
 こぢんまりとした小さな店で、いつも適度に騒がしいので、相談ごとにはもってこいの場所なのだった。
「はー、なんか、ドキドキするね」
「ああ」
 嬉しそうに言ってくる雫に短く返し、朱羽は緊張しながら喫茶店のドアを押した。
 今日は珍しく、客がまばらにしかいない。
 ほとんどがこの店でよく見かける常連らしき客たちだったが、一番奥の席に、ひとり、見たことのない青年がかけている。どこかおどおどとした様子の、黒縁メガネをかけた冴えない青年で、朱羽と目が合うとすぐに目をそらしてしまう。
「……あの人かな」
「そのようだ……」
 言いながら、朱羽は奥歯をぎりりと噛みしめた。
「声、かけようか?」
「いや、やめておけ」
 朱羽はしぼりだすように答えた。
 相手の正体を見抜く能力を持っている朱羽には、声をかけなくとも、彼がどんな相手なのかわかってしまっていたのだ。
「だって、困ってる人なんでしょ?」
「……まあ、困っているとも言えるだろうな」
「どういうこと?」
 雫が不思議そうに首を傾げる。
「おい、お前だな。俺たちを呼び出したのは」
 朱羽はそれに答えずにつかつかと歩み寄って、青年の胸倉をつかむ。
「お、俺たち? なんのことですか! 僕が待っているのは朱羽ちゃんと雫ちゃんで……!」
「俺が朱羽だ」
「え、う、嘘……!」
「嘘のわけがないだろう?」
 朱羽は青年をぎ、とにらみつけた。
 青年が観念したように肩を落とす。
「朱羽さんって、雫ちゃんの彼氏さんだったんですね……そうと知ってたら、あんなメール、出さなかったのに」
「……え、なに、どういうこと?」
 追いかけてきた雫に向かって、朱羽は答えた。
「こいつは、ストーカーなんだよ。まあ、正確に言うならストーカー予備軍だな」
「えええええっ!?」
「ストーカーだなんて……ひ、ひどいですよぅ」
「なにを言っているんだか知らないが、俺は名前も知らないんだ。ストーカー以外になんと呼べと言うんだ」
「ぼ、僕……瀧沢正治と言います。実は雫さんのこと、好きで……でも雫さん、怪奇現象にしか興味ないみたいだし、ああいうメール送ったら僕に興味を持ってくれるんじゃないかって……」
「ふ、ふぅん……」
 雫の額に青筋が浮いた。表情こそ笑顔なものの、かなり怒っていることは間違いない。
「どうしよう、あたし、今、ものすごく手がすべっちゃいそうな感じがするの……間違えて当たっちゃったらどうしよう」
「大丈夫だ、俺が押さえといてやる」
 朱羽は答えて、鼻を鳴らしながら瀧沢をがっちりと両腕でホールドした。
「え、ま、待って……!」
 雫のストレートが瀧沢の腹に決まる。14歳の少女がくりだしたパンチとは思えない衝撃が朱羽にも伝わってくる。
「やめ……」
 2発目を準備している雫に、瀧沢が悲鳴を上げたが、朱羽は瀧沢には毛ほども同情しなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2058 / 矢塚・朱羽 / 男性 / 17歳 / 焔法師 】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。浅葉里樹と申します。
 OMC登録二日め、しかも初依頼とあって、ものすごく緊張しています。
 こんなオチで本当によかったのかー!? なんて……。もしよろしかったら、苦情でもなんでもかまいませんので、感想などお寄せいただければ嬉しく思います。
 もし機会がありましたら、またよろしくお願いいたしますね。書いていて楽しかったです。ありがとうございました。